第31話 首都クライシス・後編
走り去るメイド2人を、女子高生と刑事が追いかける格好となった。人混みの中を縫い、荘子と沙亜紗は逃げる。
「見失うな!」
納屋橋と捜査員は本気の刑事走りで追ってくる。お前、追いかける相手が違うだろ、と言いたいが、とても言える状況ではない。萌と千聖もありえないペースで追ってくる。あいつら、文化系のくせになんであんなに早く走れるんだ? ありえない。刑事の走りについていってる。何故か、2人の目は輝いていた。萌は、鼻息を荒くしながら全力疾走している。周りの一般客は、何かの余興だろうと荘子達が逃げる様子を楽しそうに眺めている。
「あの角を曲がれば、更衣室です」
「ふっ、我々の勝ちね」
荘子と沙亜紗は安堵した。この角を曲がれば、逃げ切れる。更衣室に飛び込んだら、エクストリーム脱衣をして私服に着替えれば、後は何事もなかったかのようにすました表情で表に出ればいい。荘子は地面を蹴り、角を曲がる。
「あ、さっきのメイドさんにゃ」
しかし、角を曲がった先に、3人の刺客が待ち構えていた。スカムズだ。
「荘子?」
爪楊枝の先に刺した唐揚げを持ったマキナが言った。荘子は一瞬固まった後、思いっきり沙亜紗の手を引っ張って反対方向へきびすを返した。
「ちょ、ちょっと荘子さん!?」
「やっぱり荘子だべ!」
「人違いですわ!」
そう叫んで、荘子は世界新記録が出せそうなダッシュでスカムズから逃げた。
「追うぞ」
「にゃにゃ!」
追っ手が増えた。どうせ逃走劇を繰り広げるなら、スカムズとしての方がよかった。
「荘子さん、こっちよ」
今度は沙亜紗が荘子の手を引いた。沙亜紗は、大須を知り尽くしていた。素早く裏路地に入り込み、商店街を抜けた。商店街の裏側は、昔の雰囲気が残る懐かしい街並みだった。そこに、ふるぼけた二階建ての家屋があった。
「ここに逃げましょう」
「いいんですか? 住居不法侵入では」
「私は刑事よ!」
沙亜紗は自信満々にそう言い放ったが、明らかに住居不法侵入だ。扉を開け、薄暗い部屋に入る。中は狭く、手前に2階に上がる階段が見えた。
「2階に上がって外の様子を伺いましょう」
そう言って、階段を上がり、2階に上がると、
「あ……」
「あ……」
3人の男が薄暗い部屋の中央で、ポータブルPCや、何かの図面を囲んで座っていた。男達は、驚いた様子でこちらを見ている。1人の男の手元には、ケースに収められたライフル銃が置かれていた。荘子達は瞬時にそれらを観察し、それが何を意味しているか理解した。
「テロリスト……確保!」
「はいっ!」
「くそが!」
1人の男が沙亜紗に殴りかかったが、沙亜紗は軽く交わし、男の背後にまわり、首を打った。
「かはっ」
もう1人の男が拳銃を取り出そうとしたが、荘子がすかさず男の手を蹴り上げ、拳銃を弾き飛ばした。そして、更に身体を回転させて回し蹴りを食らわした。男は倒れた。沙亜紗と荘子は残った1人の男に詰め寄った。
「あんた達、何企んでるの?」
「くっ……」
男は右手で拳銃を構え、左手で携帯端末を取り出した。
「ス、スパロウ、変なメイド服の刑事にやられた。計画は失敗だ」
『よく分からんが、もういい。俺がやる』
沙亜紗はすかさず男の腕を取り、銃を奪った。そして銃口を男の額に突きつけた。
「何を企んでるのか、話しなさい」
「い、言わねぇよ」
荘子は床に置いてあるポータブルPCをチェックした。そこには、恐ろしい計画が記されていた。
「沙亜紗さん、メイン会場に設置されたまねきねこの像に化学兵器が仕込まれています」
「なんですって?」
「へっ、起爆すれば毒ガスが一気に拡散する。10万人は殺せる代物だ」
「馬鹿な事を」
沙亜紗はスマホを取り出した。そして、電話帳から納屋橋の番号を探し出し、タップする。
「納屋橋課長」
『どうした?』
「今すぐメインひ——」
——プツッという音と共に、通話が途切れた。男が、ニヤリと笑った。
「何をしたの?」
「電波をカットしてやった。半径1キロ圏内の通信を不可にする、特別な装置を大須の商店街に隠してある」
男は不敵に笑うと、ポケットに隠してあった電波をカットする為のリモートコントロールスイッチを床に叩きつけて破壊した。
「これで通信はできねぇ。もうすぐスパロウが毒爆弾を起爆させる。終わりだ」
「首都クライシス!」
沙亜紗はかかと落としで男の首を思いっきり打ち、気絶させた。2階の窓から外を覗くと、人頭飛び出た大きなまねきねこの像が見えた。
「ここからライフルで撃って起爆させるつもりだったのか」
「沙亜紗さん」
「えぇ、いきましょう!」
大須観音の敷地内に設置されたメイン広場には、大きなまねきねこの像が置かれ、その前にステージが設置されていた。大須の商店街を回ってパレードしてきたコスプレイヤーは、最後にこのステージに上がり、その姿を披露する。2次元から飛び出してきたのかと見まごうほどのクオリティの高いものから、ネタ感満載のコスプレまで様々だ。
その中に、スネークのコスプレをした1人の男がいた。腕には、小鳥のタトゥーが入っている。男は静かにパレードの列に並び、ステージに上がる順番を待っている。
文字通り、これが俺の最後にステージになる。そして、この国の安全神話の崩壊の始まりとなる。
男の前に並んでいた富竹コスの男がステージに上がり、やたらとシャッターを切る動作を披露した。富竹の順番が終わると、男がステージに上がった。男は、拳銃を天にかざした。観客の誰も、その拳銃が本物だとは思わない。男は観客に背を向け、拳銃をまねきねこの像に向ける。
これで終わりだ。
ゆっくりと、引き金を引く——
「待ちなさい!」
突然、観客席から2人のメイドが飛び出した。
「なんだお前らは!」
観客席は余興が始まったと思い、歓声を上げる。
「そこまでです」
「くっ!」
男は引き金を引こうとしたが、荘子はその白い脚を思いっきり上げ、拳銃を持った男の腕を蹴り上げた。拳銃は男の手を離れ、ステージの端に飛んでいった。そして、沙亜紗が男を取り押さえる。
「ぐっ、離せ!」
「テロリスト、スパロウ。確保!」
観客の歓声は更に大きくなる。沙亜紗が観客の方を向く、そこには納屋橋がいた。
「納屋橋課長、早くこいつを確保してください」
「お前、そんな格好して何やってるんだ?」
「あ……」
荘子は沙亜紗を置いてすかさずステージから逃げ去ろうとしたが、無駄だった。観客席の中には、マキナ、志庵、なづきのスカムズ3人、萌と千聖、更に真山と父・剛の姿があった。
次の日、『女性キャリア刑事と女子高生刑事がメイド服姿でテロリストを逮捕』という見出しで大々的に報道された。その様子は、海外でも報道され、世界的に有名なニュースとなった。
荘子は一週間ばかり、自室に引きこもった。父はまた、頭を抱えた。
「いや〜荘子にそんな趣味があったとはな! 言ってくれたらもっと戦闘服を可愛くしたのに!」
「そうそう、むしろ普段からメイド服着るにゃ! 可愛かったにゃ」
「うむ、あれくらいのクオリティなら認めてやらんでもない」
「それ以上言うとわたし、ダークサイドに堕ちますよ」
荘子のメイド服いじりは、1ヶ月間続いた。
「うふふ、可愛い」
萌は、荘子のメイド服姿を密かにスマホの待ち受けにしていた。




