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第29話 スカムズの日常


 月曜日。平日の朝。



「ほら、起きろふたりとも」



 という声で目を覚ました。接着剤でくっつけられたように動かない瞼を無理やりこじ開けると、制服の上にハート柄ピンク色の割烹着を着たなづきがいた。



「起きないと朝飯は抜きだぞ」


「ふぁい」



 マキナは仕方なく布団から出て、洗面所に向かう。洗面台の鏡の目に立つと、綺麗な金髪が横に飛び跳ね、イルミネーションに彩られた派手なクリスマスツリーのようになっている、マキナの寝癖ヘアースタイルが鏡に映っている。マキナは歯ブラシを取って、歯磨き粉をつけて歯を磨く。シャカシャカと磨いていると、後ろから背中に覆いかぶさるように何者かが抱きついてきた。



「眠いにゃ」



 志庵の赤髪はストレートだが肩のところで毛先がピンと跳ねていて、遠目から見るとタコさんウインナーのように見える。2人は寝ぼけながら歯を磨き、顔を洗う。



「うぅ、冷たい」



 洗面台は昔ながらのこじんまりとしたもので、2人が一緒に使うのには少々狭い。



「あ、志庵鼻毛出てる」


「にゃ!? うそー!」


「ウソだよーん、ぎゃはは」


「にゃー! お前このやろう!」


『いてっ!』



 突然、朝からじゃれ合う2人の頭を、何かが叩いた。



「お前ら、いいかげんにしろ」



 調理器具のおたまを持ったなづきだった。顔がちょっと怒っている。



「はい……」



 しかし、ピンクの割烹着が可愛い。






 2人とも制服に着替えてコタツの前に座ると、なづきが調理した朝ごはんが用意されていた。白いご飯に、卵焼き。 鮭の塩焼き、納豆……



「な、納豆⁉︎」



 納豆を見た瞬間、マキナの表情が硬くなった。




「オーマイガッ! ワタシ納豆ニガテアルヨ!」


「こんな時だけハーフっぽく外国人風のカタコト言葉を使ってごまかすな! しかも何だ、アルヨって!」


「だってマキナ納豆苦手なんだもん」


「えー、美味しいにゃ?」



 涙ぐむマキナの横で、志庵はグリグリと納豆をかき混ぜている。



「そのニオイがダメなんだべ。ううう」


「食べないと、マッツさんのところにマキナ用の出前頼むぞ。和風納豆オムライスとかどうだ?」


「ごめんなさい、食べるぅ」



 そう言って、マキナは超高速で納豆をかき混ぜて始めた。まるで、遠心力でニオイを飛ばすみたいに。






 鯉に餌を与えて、スカムズ屋敷を出る。電気街に向かおうとすると、3階建の廃ビルの屋上に座って灰色の空を見上げている縷々の姿があった。冷たい風に、黒い髪とマフラーがなびいている。



「もしかしてあいつ……ニートか?」


「うるせえ、違うわ!」



 縷々が顔を赤くして屋上から叫ぶ。



「聞こえてたんか、めっちゃ地獄耳!」






 スラスラと電気街を抜けると、途中で裏口に出た。まだ店舗の方は営業していない時間帯なので、裏口から出入りしなければならないのだ。裏口から大須の商店街に出ると、まだ開いている店もなく、人通りも疎らだ。


 でも安心していい。これから人で溢れ、また慌ただしい1日が始まる。






 商店街を抜け、電車に乗る。いつもの決まった車両、決まった席に座る。外ではいかなる情報も漏らしてはいけない為、彼女らは極力言葉を交わさないようにしている。互いに、それぞれの趣味に興じる。そうしていると、いつも決まった時間に、国内随一の進学校の制服を身にまとった、清楚な顔立ちの、とても可愛らしい女子高生が乗ってくる。彼女は電車に乗ると、鞄から、今時珍しい、カバーのかけてある紙の文庫本を取り出し、読み始めた。マキナ達は、この少女に、根拠はないが、ある意味運命的なものを感じていた。何か、私たちと同じものを感じる。


 その予感の通り、彼女は一般人とは一線を画す思考をしており(世界を変えると言い出した時にはさすがにとんでもないクレイジーガールだと思ったが)、今では家族同然の間柄になっている。彼女は一言も言葉を発する事なく、電車を降りて行った。





 マキナ達が通う羅刹高校は、もう少し先に行った所にある。マキナ達の通う学校は、女子校である。


 そこは、世間一般の女子校のイメージ(秘密の花園的な)とはかけ離れた、まさに野生動物が自由に伸び伸びとその生を謳歌できるジャングルのような場所であった。彼女達は、学校でもあまり話をしない。


 強力なスカムズATフィールドによって他人を近づけないようにしている。それでも、近寄ってくる奇特な女子もいる。



「マキナさん、お弁当一緒に食べよ?」



 机に突っ伏して寝ていたマキナは、イヤホンを取って見上げた。そこには、ジャングルに咲く一輪の白い花があった。珠理奈だ。腰まである黒髪に、美しい笑顔。顔も良いのに性格も優しい。神は二物を与えた。



「あー、いいけども」



 マキナ達は近寄るなオーラを全開にしているが、来るものは拒まない。



「わぁ、マキナさんのお弁当、今日も可愛いね! 自分で作ってるの?」


「まぁな!」



 そう答えた瞬間、後ろから殺気を感じた。なづきだった。


 だ、だってよぉ……



「すごいなぁ、わたしは自分じゃ作れないよ」



 珠理奈の言葉に、嘘や計算などは一切なかった。本当に、純粋で良い娘なのだ。ただ1つ、問題があるとすれば——


 珠理奈は、マキナの手に自分の手を重ねた。



「マキナさん、今日私のお家に来ない? 美味しいお茶とお菓子があるんだけど」



 ——女好き、ということだ。しかも、その点に関してだけはかなり積極的になるのだ。もし珠理奈の家に遊びに行ったりしたら、何をされるか分からない。マキナの貞操が危ない。



「今日は塾があるからなぁ、あははははは」


「そうですか、それなら仕方ありませんね」



 と、心から悲しそうな表情をするので、マキナも辟易してしまう。



「じゃあ私がお弁当を食べさせてあげますよ。あーん」


「あ、あーん」



 その光景を見て、志庵は笑いを堪えるのに必死になっていた。そんな時、志庵と、電子書籍を読みふけっているなづきのもとに1人の生徒が寄ってきた。髪を明るい茶色に染め、サイドでくるくるに巻いている。幾重にも積み重ねれたつけまつげは、今にも崩れ落ちそうになっている。



「志庵、パンくれよぉ」



 このギャルギャルしい彼女も、スカムズに近寄る奇特な生徒の1人だ。



「なんであげなきゃならないにゃ」


「だって忘れたからー」



 学校での昼食は、マキナは弁当、志庵はパン、なづきはおにぎり2個と決まっていた。



「お前は学習しろよ! 毎日忘れてるじゃにゃいか!」


「だって忘れるんだからしょうがないだろー。なづき、おにぎりくれ」



 なづきはおにぎりをさっと隠した。



「断る。売店で売ってるだろ」


「えー金ないし」


「そこの金髪がおかず沢山入った弁当持ってるぞ」



 そう言って、なづきは前の方の席に座り珠理奈にベトベトに絡まれているマキナを指差した。



「いいねぇ。おーいマキナ、弁当くれよ!」



 マキナは席に座ったまま上半身を捻って後ろのほうを向いた。



「嫌だ! 玲奈はいつもマキナの好きなタコさんウインナー食うでねぇか!」


「いいじゃないかー!」



 そう言って玲奈が近づくと、珠理奈がテリトリーを守る獣のような目で玲奈を威嚇した。目で殺す、とはこういうことを言うのだろうか。玲奈は素早く踵を返した。



「ま、まぁ今日は志庵となづきに分けてもらうよ」


「誰もあげるなんて言ってないにゃ」



 志庵が急いで残りのパンを食べようと口に突っ込んだところに、玲奈が飛びついた。



「くれー!」


「にゃ……にゃにゃにゃー!」



 少しかじったパンが宙に舞う。なづきはすかさずおにぎりを口に押し込んだ。スカムズATフィールドが唯一通用しないのが、この2人だった。






 スカムズは、お昼ご飯以外は基本、寝て過ごす。夕方からの作戦に備える為だ。


 しかし、この日は作戦もなく、そのままスカムズ屋敷に帰宅した。帰ってくると、送られてくる依頼のチェックをする。とくに依頼が入って来ない、平和な日だった。その為、新世界の神となる系女子高生も今日は訪ねて来なかった。


 普段ダラダラしている彼女達も、仕事の事となるとストイックになる。地下での基礎体力づくりのトレーニングは毎日欠かさず行い、エボルヴァーでの対人戦闘訓練なども決められた回数こなす。それが終わると、それぞれの得意分野に分かれる。


 マキナは更に高度な戦闘訓練をし、志庵はギアのメンテナンス、なづきはあらゆる分野についての書物を読み、知識を深める。スカムズの芸術的とも思える暗殺術は、この日々の鍛錬から生まれる。




 スカムズ屋敷は、建物が旅館だったので大浴場があり、露天風呂も存在する。いつもは屋内の大浴場で済ませてしまうが、難しい作戦を終えた後などは露天風呂で疲れを落とす。



「はぁ、極楽だべ」



 マキナは頭に白い手ぬぐいを乗せ、浴槽の縁に腕を投げ出している。湯船に、マキナの白い胸がぷかぷかと浮いている。志庵はバタバタと犬かきをして泳ぎ、なづきはぷくぷくと潜水している。



「今度は荘子と一緒にお風呂に入るべ」


「しっかりボディチェックしないとにゃあ」


「また殺されるぞ」



 こうして、スカムズの平和な1日はのんびりと過ぎていく。


 闇に包まれるきさらぎ街に、スカムズ屋敷から漏れる明かりが暖かく浮かんでいる。







 その様子を、縷々と封羅が、公園の真ん中にある富士山の遊具の上から眺めていた。



「縷々」


「何」


「ムラムラしてきても覗いちゃダメよ」


「の、覗かねぇよ!」


「それか、私が抜いてあげましょうか?」


「殺すぞババア!」


「フフフ」


「くそっ!」



 縷々は富士山の遊具から飛び降り、電気街の方へ向かった。





 きさらぎ街は、これから動きだす。






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