第28話 きさらぎ街の人々
心愛命の事件後、次の月曜日。
荘子がいつものように通学の為に電車に乗り、いつもの席を見ると、そこにマキナ達の姿はなかった。代わりに、品のない女子高生が3人、大股を開いて座っていた。荘子は、すぐに手元の文庫本に視線を移した。
学校が終わると、なぎなた部に顔も出さず、大須に向かった。地下鉄を降り、沢山の鳩に迎えられ、赤い門をくぐる。アーケード街の左右に並ぶ可愛い雑貨屋さんや飲食店が甘い誘いを仕掛けてくるが、荘子は目もくれず、真っ直ぐ進み、電気街に向かった。 電気街の前に立つと、心なしか、全体がどんよりしているように感じられた。
うーん……。
荘子は暫く立ち尽くした後、踵を返した。
「入るよ」
荘子がスカムズ屋敷に入ると、マキナはコタツの中に上半身を突っ込み、志庵は木の柱に向かって突っ立ったまま何らやブツブツと呪文のようなものを唱え、なづきはまるでVRMMORPGの世界に閉じ込められたプレイヤーのようにVRのゴーグルをつけたまま仰向けになった状態で硬直していた。
「ちょっとみんな、そんなふうにしてたらカビが生えちゃいますよ」
反応はない。
はぁ、とため息をつき、荘子はポール・スミスの鞄を開けた。すると、マキナの身体がピクピクと動いた。
「こ、このニオイは……唐揚げぇぇぇ!」
そう言って、3人は荘子の方に向かって飛びかかってきた。荘子の鞄には、沢山の唐揚げが詰め込まれていた。3人は、無人島で漂流していた遭難者みたいに、唐揚げにむしゃぶりついた。
「ごはん、食べてなかったんですか?」
「だってよぉ……」
心愛命記念病院特殊閉鎖病棟の最上階で見た、ミミックと呼ばれたピエロの顔をした謎の人物、それが3人にとてつもない衝撃を与えたのは確かだ。それが何なのか、荘子は知りたかったが、今は聞かない事にした。
3人から話してくれるまで、そっとしておこう。
「ふぅ、食った食った!」
荘子は熱い緑茶を入れてみんなに配った。
「荘子、ありがとにゃ」
「うむ、生き返る」
荘子もコタツに入り、緑茶を飲み、一息ついた。
「学校へ行って下さい。事件の直後から休むと不自然で怪しまれます」
「うむ、荘子の言う通りだ」
「なづきだって思いっきり現実逃避してたでねぇか!」
マキナは唇をツンと尖らせて言った。綺麗なブランドの髪がピンと跳ねている。もしかして、ろくにシャワーも浴びてないのかもしれない。
「余は単にゲームを楽しんでいただけだ。別にゲームの世界で湖畔に佇むログハウスを手に入れてそこで新しい人生を始めようとか思っていたわけではないぞ」
「絶対思ってたにゃ! 根暗〜にゃはは」
「な、なんだと!」
「そういう志庵が1番ヤバいけどな! 柱に向かって話しかけて、なんだべあれ! ぎゃははは!」
「う、うるさいにゃ!」
志庵はマキナとなづきに向かって飛びかかった。確かに、あの様子を見て、志庵は完璧にイっちゃってるのでは、と荘子も思った。しかし、いつもの3人に戻ってくれたようで、少し安心した。
「気晴らしに、散歩でもしませんか?」
荘子の提案に、3人は喧嘩を停止した。
「行こう!」
スカムズ屋敷を出ると、きさらぎ街をぶらぶらと歩いた。荘子は、スカムズ屋敷より奥に行くのは初めてだった。相変わらず、寂れた灰色の街並みが続く。人影はないが、やはり気配はする。街路を少し歩くと、銀色の瞳を持つ少年、縷々が猫に餌を与えていた。
「よぉ、縷々! 元気かぁ?」
マキナが話しかけるが、縷々は反応しなかった。
「無視かよ、この野郎! お前なんてどうせ猫ちゃんしか友達いねぇんだろ!」
「そうにゃそうにゃ!」
縷々は少し顔を赤らめた。
「う、うるせぇな」
縷々は猫を抱きかかえて奥へ行ってしまった。
「そういうのをイジメって言うんですよ」
「そうだ。寄ってたかって理不尽に人を責め立てるのは人道的に問題があるぞ」
「ふんだ!」
「偽善にゃ!」
風の音と、瓦礫を踏む音。そして、マキナ達の話し声。それらが混ざり合って、灰色の空の中に溶けていく。不思議と、草原の中にいるような心地よさを荘子は感じていた。
5階建の廃ビルの前を通りかかったところで、人の気配に気づいた。背の高い、40代くらいの男が立っている。鋭い目に、丸メガネをかけている。頬は少し痩けていて、痩せ型だ。まるで、これから雑誌か何かの撮影をするかのように、上質なスーツをきっちりと着こなしている。全体的に、神経質そうな印象を受けた。荘子が少し警戒したその時。
「こんにちは、ドクター!」
マキナは仲良さげに手を振って話しかけた。
「あぁ、こんにちは」
ドクターと呼ばれた男はいっさい表情を変えずに返事をした。
「今日はお仕事にゃ?」
「そうだ。これからマサチューセッツ州に行ってくる。今回のがうまく行ったら、また君達に仕事を頼むかもしれない」
「まいどー! そん時はよろしくね!」
「あぁ、では失礼するよ」
ドクターはそのまま、電気街の方へ向かって行った。
「今の方は?」
「よくわかんないけど、怪しい研究をしている科学者の司馬さん!」
「たまに、作戦に使うギアの開発を手伝ってくれたりする。愛想は悪いが、悪い人間ではない」
この日は珍しく、なづきは歩きながらゲームをしていなかった。
「あ、ちびっ子3人組」
突然、声がして振り向くと、フランス料理店の廃墟の入り口に佇む、ぷっくりと太ったおじさんが立っていた。顔もまん丸で、目は細くて愛嬌のある顔だった。白い調理服を着て、頭にやたらデカいコック帽を被っている。
「あぁ、マッツさん! こんにちは」
「こんにちは。どうだい、店に寄っていかないかな?」
「絶対嫌にゃ!」
「今日はタダでいいよ」
「嫌ったら嫌にゃ!」
マッツが開けている緑色の扉から、良いにおいが漂ってきた。食いしん坊のマキナ達が頑なに断るというのは、よっぽど不味いからだろうか。
「それなら、食材の調達を頼めるかい?」
「あー、それならいいよ!」
食材?
「山菜採りや動物狩りですか?」
「違うべ、犯罪者狩り」
「え……」
「マッツさんは、人肉嗜好の人にゃんだよ。このお店は、人肉レストラン!」
まさか、そんなものが実在するとは。
「しかも、犯罪者だけを食材にするの。だからみぃ達も強力してる」
マキナ達がスカムズだというのは、きさらぎ街でも秘密だ。表面上は、マッツの食材探しを手伝ったりと、細かい仕事をして暮らしているという事になっている。
「では依頼を受けるとしよう。リクエストは?」
マッツは両手の人差し指を頬に当てて考えた。
「う〜んと……、引き締まった肉!」
なづきは、派手なフォルクスワーゲン・タイプ2の後部座席に座りながら、ポータブルゲーム機の画面に、あるリストを表示していた。通称、削除リスト。そこには、まさに抹殺すべき凶悪犯罪者がリストアップされている。
「今回の目標は、こいつだ」
そこに表示されたのは、おやじ狩りを繰り返していた大学生だ。格闘技を習っていたこともあり、腕っ節は強く、それを利用して1人で歩いているサラリーマンを狙い、恐喝し、暴力を振るっていた。被害者の1人は、打ち所が悪く今も寝たきりになっている。しかし、犯行当時、クリミが未成年だった事もあり、大した罪にも問われなかった。それが、この今の日本だ。未成年だからと言って、何でも許されていいわけではない。昔少々ヤンチャしてた若者が改心して真面目な大人になるのとは、次元が違う。こいつは、救い難い罪を犯した犯罪者だ。更生など、必要ない。殺してしまうべきだ。
「犯罪者が行方不明になるケースが多々あったのですが、こういう理由だったのですね」
「そうだべ。あとは、犯罪者を労働力として欲しがったりする人がいるから、その人達に渡すとか、かなー」
「某カイジのように、地下で働かせるんですか?」
「あれとは少し違うな。クリミの脳にちょっと刺激を与えて、思考出来なくするんだ。ただ身体だけを動かす、旧世代のロボットみたいに。一切飯も与えず、壊れたら捨てる」
素晴らしい、と荘子は思った。それを正式に、政府は採用すればいい。単に死刑にするよりも、労働力として使われた分だけ、犯罪者も世の中の役に立ったことになる。
「後は人体実験に使ったりとかにゃ」
「人体実験?」
「新しい薬を試したり、科学的な実験とかにゃ」
「もしかして、先ほどの司馬さんとかも」
「そうそう! ピンポーン!」
「そういう仕事がけっこう来るから、きさらぎ街の人間は食うのに困らない」
「以前も言われてましただが、きさらぎ街の住人は一般人には手を出さないんですか?」
「おう、それが決まりだからな。そんな事をしたら、ルーラーに処分される。一応、あそこにもルールがあるんだべ」
「ルーラー? 監視する人がいるんですか」
「あぁ、だが我々もその正体は知らない」
「だけど、過激なことをする人間もいる。みぃ達は別に殺しが好きでやってるわけじゃないけど、快楽でやってる人間も一部存在するんだ。例えば、封羅さんとかにゃ」
封羅さん——あの、赤いドレスの女の人。腕の立つ殺し屋。
「封羅さんが痴漢常習犯の殺害を依頼された時の話だが——」
若い女性ばかりを狙った痴漢常習犯のクリミの自宅。狭いアパートの一室で、痴漢のクリミは椅子に縛りつけられ、頭と右手だけを動かせる状態だった。クリミの前にあるテーブルの上には、白い皿が置かれ、その皿の上に、切り取られたクリミの性器が置かれていた。棒状のものと、丸い玉が2つ。
「さぁ、食べなさい」
テーブルの上に長い脚を組んで座っている封羅は、真っ赤な唇で妖艶に微笑んだ。
「か、か、か、かんべんしてくださひ」
クリミはすでに、言葉を話すのも困難な精神状態になっていた。しかし、封羅は容赦なく続ける。
「ほら、早くしないと、今度は眼球をほじくり出してやるわよ。眼球は、ソテーにしてあげようかしら?」
「ご、ご、ご、ごめんなはい!」
そう言って、クリミは性器を手にとって口に運ぼうとしたが、手が震えて、途中で床に落としてしまった。それを見た封羅は、急に顔つきが変わった。ゆっくりと立ち上がり、フォークを手に取ると、そのフォークで床に落ちているクリミの性器を突き刺し、それをクリミの口に突っ込んだ。
「ふごごごごぉ」
「さぁ、食べて。どんな味がする? 美味しいでしょ? 全部食べ終わるまで楽にしてあげないからね。フフフフフ、アハハハハハ!」
「さすがにそれは気持ち悪くなりますね」
「だろう? あと、誘拐犯の時は、クリミの指を切り取って、それをクリミの自宅に隠して探させたんだべ? 早くしないと指がくっつかなくなっちゃうわよって」
「もういいです」
荘子は思った。今度から電気街に入る時は、必ず迎えに来てもらおうと。そして、スカムズがマキナ達で本当に良かったと。
「でも、そんな怖い事するのはほんの一部だべ。きさらぎ街の人間は、基本みんな優しいから」
「世話を焼いてくれるけど、必要以上に干渉しないし、興味も示さない。みんな、1人で生きてる。何かしら背負って、表の世界で生きていけなくなった人が最後に行き着く場所。そこが、きさらぎ街」
「悲しみを知っているから、人に優しく出来る。 でも、ルールを破る奴には容赦なしにゃ」
404地区——通称、きさらぎ街。今の日本には必要な場所なのかもしれない。やはり、わたしはきさらぎ街のような場所が必要でなくなる世界を創らなければならない荘子は決意を強くした。
人通りが少なくなった羅刹区栄の裏路地。通りかかるのは、ギターケースを抱えたバンドマンや、スケートボードを持った若者くらいだ。閉店した煉瓦造りの店舗の前に、薄緑色のフォルクスワーゲン・タイプ2がハザードを点灯させ停車すると、シャッターが開いた。タイプ2はバックでシャッターの奥に入り、すぐにまたシャッターが下りた。
シャッターが完全に閉まると、薄暗い奥の部屋から体格の良い男性が現れた。マッツだ。
「お疲れ様。おやおや、良い肉じゃないか」
「取れたて新鮮だぞ!」
マキナ達が車から降りてきた。
「相変わらず良い腕だねぇ。無駄な傷が一切ない」
「高値で買い取ってにゃ♡」
「うちの店のサービス券でどう?」
「いらねーべ!」
「それは残念」
車から肉を下ろし、報酬を受け取ると、マキナ達は近くある一風堂に入ってラーメンを食べた。
「うむ、下界のラーメンもなかなかイケるな」
「はい……まさか、あのラーメン屋さんは普通の食材を使ってますよね?」
磨瀬木を殺害した夜に入った、きさらぎ街のラーメン屋の事だ。
「当たり前だべ! あんな変態ばかりじゃないからな!」
「マッツさんのお店は、下界に出店してる店舗の方が流行ってるみたいにゃ」
「勉強になります……」
また一つ、恐ろしい世界を知ってしまった荘子だった。
「替え玉くださーい!」




