第27話
特殊閉鎖病棟の46階、最上階。
そこは、教会のような施設になっており、半円形のホールに長椅子が左右に並び、その奥中央には横に長い祭壇がある。祭壇の後ろの壁には決してセンスが良いとは言えない心愛命の集いのシンボルマークが掲げてある。
そこに、黒装束に身を包んだマキナ、志庵、なづきがいた。マキナが祭壇の隠し蓋を開けると、そこには人形のように眠る郡上燻がいた。 病衣を身に纏い、拘束具を取り付けられている。
その時、突然、後ろにあるホールの扉が開いた。マキナ達は振り向く。そこには、白衣に身を包んだ鷹遠が立っていた。
『ごめん、遅れて』
そう言うと、鷹遠は白衣を脱ぎ、自らの顔の皮を剥いだ。すると、黒装束に包まれた救世主の顔が現れた。鷹遠の正体は、変装した荘子だった。
『よく抜け出せたな』
『うん、なんとか』
額の傷が、痛んだ。
『上手くいきましたね』
『まさか、予告を出す前から郡上燻が人形に入れ替わってるなんて、流石に思わなかったみたいだにゃ』
マキナ達は、殺害予告を出す前から入念な準備をしていた。IDを偽造し、看護師に扮してまぎれ込み、郡上燻を精巧な人形と入れ替え病室から運び出すと、ここのホールに隠した。強力な睡眠剤を投与したので、起きる心配もなかった。万が一起きたとしても、拘束してあるから動く事は出来ない。ホールは1ヶ月に1回の集会にしか使われない為、人が出入りすることもなかった。
『あぁ、大病院である事や心愛命側の異常な隔離状態、郡上燻の人形のような顔が幸いした。警察は郡上燻の病室には入れないし、医師や看護師も極力近づこうとはしない。治療とは名ばかりで、郡上燻は薬づけにされ、投獄されていたに近い。誰も人形だとは気がつかない。必要なところでは監視カメラの映像は差し替えてあるしな』
『後は、目標を殺したら鷹遠と看護師に化けて連絡通路を抜ければ、外に脱出出来る』
鷹遠に化けて看護師に変装したマキナ達と連絡通路を通り抜けるのが荘子の役割だった。尾乃陀警視総監の指示で捜査員は医師の行動を規制することが出来ないから、医長以上の医師の姿になれば無条件で連絡通路を往来出来た。本物の鷹遠は今頃、自宅のマンションで日中続いた万引きお仕置きプレイに疲れ果て、深い眠りに落ちている。
『やっぱ事前の準備って大事だべな! じゃ、ちゃっちゃと殺って帰るか』
マキナがそう言うと、今まで伏していた郡上燻の長いまつ毛が翼を羽ばたかせるように舞い、オレンジ色の瞳が姿を現した。マキナは何も言わず、エボルヴァーのハインで黄金色の刃を出現させた。
「まさか、スカムズ?」
燻が、幼さの残る可愛らしい声で言った。マキナは返事をせず、ハインの刃を突き立てた。 燻は、その美しい表情を崩して不敵に笑った。
「フフ。まさか、スカムズが女だったとはねぇ」
なっ……
マキナの手が止まった。
「においでわかるよぉ。汚れを知らない、処女のにおいだ。その手は汚い血にまみれてるけどねぇ」
燻は歌うように言った。
『にゃんだこの子……』
『危険です。すぐに殺してしまいましょう』
そう言って、荘子は三条の刃を出現させた。
この少女からは、とてつもなく危険なものを感じる。
「まぁ、殺すといいよ。くーちゃん、この状態で動けないし、流石にエボルヴァー持ってないとキミたちには勝てないから」
なづきが、燻の首にリリパットを巻きつけた。いつでも絞め殺せるように。
『お前、何者だ』
「キミたちと、同じ」
なづきがリリパットに力を入れようとしたその時、爆音と共に、壁に掲げてあった心愛命のシンボルマークが吹き飛んできた。4人は後ろに跳躍し、瓦礫を避ける。すると、リリパットで燻を捕らえていたなづきのもとに、大きな黒い爪が迫ってきた。あまりにもの速さに、なづきは避けきれず、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
『大丈夫か!?』
3人はなづきのもとに駆け寄った。なづきは、額から血を流していた。
『大丈夫だ、問題ない。それより』
4人は振り返った。そこには、拘束具を外して立ち上がった郡上燻と、もう1人の影があった。コック帽のように縦に長い真っ黒なシルクハットに、ハットの底から胸の辺りまで伸びるストレートの黒い髪、黒い髪の間から見える顔は、ピエロの面で覆っていてその素顔は窺い知れない。黒いタキシードの上に、黒い大きめのポンチョを羽織っている。そのポンチョの下から、大きな黒い爪が伸びている。
そのシルエットを見た時、明らかにマキナ、志庵、なづきの様子が変わった。
3人の脳裏に、鮮明な映像が蘇る。
真っ暗な洋館の中で月明かりに照らされて佇む、返り血を浴びて真っ赤になったシルクハット、ピエロのような顔、大きな黒い爪。
あの時と、同じ影。
瞬間、マキナのハインが大きな曲刀に変化し、ピエロに斬りかかった。
ピエロは大きな爪でマキナの攻撃を受ける。 大きな衝撃が起きたかと思うと、志庵がアサルターで大砲のようなエネルギー弾を放つが、それをもう片方の爪で弾き返すと、エネルギー弾は上に進路を変え、天井を破壊した。なづきは、天井から落ちてきた瓦礫を縫うようにかわして飛び、鞭の先を砲丸のように変化させたリリパットでピエロの頭めがけて投げおろしたが、それも大きな爪で弾き返された。
『みんな、冷静になって!』
荘子の声が聞こえていないように、ただひたすら3人はピエロを攻撃する。ピエロは3人の攻撃をかわし、燻を片手で抱き上げると、大きな穴の空いている壁際に飛んだ。
「安心しろ、お前達の依頼人は殺した。もう郡上燻を殺す必要はない」
『なんだと……』
「ナーイス! ミミック、ありがとぅ」
燻は、小さな手で拍手をした。そして、ミミックと呼ばれたピエロの身体に抱きついた。
「フフ。薬を打った時、殺しておくべきだったね。バイバイ」
燻はヒラヒラと手を振り、ミミックと共に飛び立った。志庵はアサルターを撃ち続けた。そのオーラの色は、黒みがかった赤に変わっていた。
『どうしたのよ、みんな!』
マキナ、志庵、なづきの3人はうな垂れたまま、その場から動かなかった。
『ほら、とりあえず早く行くよ!』
荘子に促されながら、マキナ達は脱出した。
突然の事態に、現場は混乱していた。
その混乱に乗じて、マキナ達は脱出し、荘子は治療室に戻った。剛は現場を落ち着いて収めると、自ら特殊閉鎖病棟に赴き、心愛命の制止を振り切り、郡上燻の病室に入ると、ベッドに寝ているそれが人形であることを発見した。
荘子と沙亜紗は、特殊閉鎖病棟の最上階、天井と壁に大穴が空いたホールに立っていた。壁の穴から、冷たい夜風が吹き込む。
「荘子さん、どう思う?」
「まだ分かりませんが、おそらく壁を破壊したのはスカムズとは別の勢力だと思われます。スカムズは、こんな荒っぽい方法は取りません。エボルヴァーによる戦闘を行なった形跡もありますし」
「おそらく郡上燻は?」
「別の勢力に連れ去られた。でしょうか」
「私もそう思う。スカムズは郡上燻を殺害するつもりだった。それで、人形と差し合えて郡上燻をここまで連れ出した。しかし、そこに第三者が現れた。刃を交え交戦したけど、第三者に郡上燻は連れ去られた」
その通りだ。
「なんか、ややこしいことになってきたわね。スカムズを取り巻く闇は、私が思っているよりもずっと大きなものなのかもしれない」
荘子と沙亜紗は、壁に開いた穴から夜空を見上げたが、星は1つも見えなかった。
スカムズ——たった4人の少女達が、とてつもなく大きな渦となって世界を巻き込み、破滅への扉を開く。




