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第24話



 ベッドルームか……、と思いながら志庵が中に入ると、そこは小さな事務所のような部屋だった。簡素な事務机と安物のソファが置かれ、壁にはロッカーと、部屋の角にはダンボールが積まれている。正しく、事務所だった。



「ここはなんのお部屋なの?」


「僕の自慢のプレイルームの1つさ」


「プ……、プレイルーム?」


「あぁ、万引きして、お仕置きされるんだ」


「……あ、あぁ!」



 志庵は理解した。アダルトビデオでよくある、女子高生が万引きしたところを見つかり、店長が黙っておくかわりに性的な要求するというお決まりのパターンの1つだ。



「も、も〜! 先生も好きですね」


「ははは、君はものわかりが早いね。では始めよう」



 そう言って、医師はその場で四つん這いになった。



「え?」


「さぁ、はやく罵って蹴ってくれ!」


「え、ど、どういうこと?」



 医師は、四つん這いの姿勢のまま顔だけをこちらに向けて言う。



「なんだ分からないのか? 中年のおじさまの万引きがバイトの女子高生に見つかり、その女子高生に中年のおじさまがお仕置きを受けるという、万引きお仕置きプレイだ。は、はぁはぁ。さぁ、早く、そのローファーの底で僕を蹴ってくれ! はぁはぁ!」


「キ……」



 理解不能な性癖を目の当たりにし、志庵の思考は完全に固まった。



「……キモい!」


「はうぁっ!!」



 志庵は思わず、医師の背中を思いっきり蹴りつけていた。医師は、ヘブン状態で意識を失っていた。



「みぃとしたことが、これじゃ薬の意味なかったにゃ」









「通常の病棟内は、一般職員のIDで入れる。しかし、特殊病棟に通じる地下通路は、一定の役職以上の指紋認証がないと入ることが出来ない」


 なづきは、ういろうを一口サイズに切り分けながら言った。



「じゃあ、その偉い人のIDを手に入れればどこでも入り放題ってことだべな」


「そうだ。これが、立ち入りを許可されている医長以上の人物リストだが」



 コタツのモニターに医師達の顔写真が並ぶ。志庵は1人の医師に目をつけた。



「こいつだにゃ」



 そう言って選び出したのが、あの変態医師の鷹遠だった。



「ここはみぃが人肌脱ぐにゃ」


「え〜このキモい奴とやるべか? 不潔だー!」


「にゃんだやるって、この金髪ビッチ! 汚らわしい!」


「あぁ、やんのかー!?」


「やらねぇよ!」



 そしてまた小競り合い始まった。











 志庵は素早く、気絶している変態医師鷹遠の腕を掴み、指先を小型のギアに当てた。指紋などの情報をコピーする特殊なギアだ。それが済むと、鷹遠のスーツのポケットからIDを取り出し、その情報もギアで抜き取った。そして、ボトルに残っていたシャンパンを流しに捨てると、テーブルの上に置いてあった医師のスマホを手に取り、ボイスチェンジャーのギアをスマホに取り付けた。そして、キーパットに番号を入力して電話をかける。3回の呼び出し音の後、野太い男性の声が聞こえた。



『はい、ガチムチレスリング倶楽部です』


「ワクワク5Pコースをお願いしたいんだけど」



 志庵が話す声は、完全に鷹遠のそれになっている。



『ありがとうございます』


「ではこちらの住所に、えぇ、今からでお願いします。それと……万引した中年の医師がマッチョな店長といかつい店員達にお仕置きされるプレイでお願いします。……えぇ、大丈夫です。はい、ではお願いします」



 志庵は通話を終えると、ボイスチェンジャーを取り外し、鷹遠の携帯をソファーに投げ捨てた。



「小娘とイチャつくよりも、もっと刺激的な世界が待ってるわよ、変態さん。ばいにゃ」



 志庵はそっとドアを開け、部屋を抜け出した。


 30分後、医師の部屋で、新たな快楽に目覚めた男の雄叫びがこだました。











 スカムズの予告状が届き、警察内部は慌ただしくなっていた。剛は、心愛命記念病院の会議室に捜査本部を展開し、対策に追われていた。



「部長! 監視カメラの設置、完了しました」



 剛の部下、真山が言った。まだ20代の、若い男の刑事だ。



「あぁ。ありがとう」



 院内は、常設の監視カメラの他に、死角がなくなるように更に監視カメラを増やした。捜査員を変装させて、患者や医師、看護師の中に紛れ込ませた。厳戒態勢で、スカムズが殺害予告をした日、金曜日の夜に備えていた。



「ですが、郡上燻の病室はどうしても監視カメラの設置をさせてくれないんですよ。特殊なセキュリティとかで、病室は疎か、特殊閉鎖病棟にすら近づけなくて」



 心愛命側が、頑なに拒否しているのだ。心愛命の要求には従うように、という尾乃陀総監の指示なので、剛も強くは出られなかった。剛は人差し指で眉間を押さえた。



「仕方あるまい。予告日当日だけは特殊閉鎖病棟にも立ち入らせてくれるそうだ。あくまでも、病室は立ち入り禁止のようだが。当日、郡上燻の病室周辺は、30人体制で警備する」


「了解です! でもなんか、納得いかないですね」


「うむ……納屋橋は何をしている?」



 剛は、突然思いついたように聞いた。



「納屋捜査一課長ですか? 今は別の殺人事件で捜査本部に詰めてます」



 剛は眉間に人差し指を当てたまま、何かを考えていた。



「斑目管理官は?」


「斑目……分かりませんが、聞いてみます!」



 そう言って、真山は走って捜査本部を飛び出した。


 剛は、デスクに両手をついて首を垂れた。











 荘子が父のPCから拝借した警備配置図を、スカムズ屋敷のコタツのモニターに映していた。



「すげぇな、大統領が来るみてぇだ」


「目標がいる部屋に至っては上下左右、360度囲んでいますね」


「でも、肝心の目標がいる病室には捜査員が配置されないみたいだにゃ」


「どうやら、心愛命側が拒んでいるらしい」



 明らかに、心愛命の郡上燻に対する扱いは異常だった。奴らは、何かを隠そうとしている。



「やはり、問題はこの本棟と中央の特殊閉鎖病棟を繋ぐ地下連絡通路だな」


「ここしか入り口がないからにゃ、絶対に通る事になる」



 なづきは見取り図を見つめた。



「連絡通路の攻略は、荘子に任せたい」



 なづきはそう言って、荘子を見た。荘子は頷いた。



「わかりました」


「頼んだ。それでは、脱出の段取りだが——」



 作戦会議は、大須の商店街が静かになるまで続いた。










 荘子が家に帰ると、剛がリビングのソファーに座っていた。



「お父さん、帰ってたの?」



 意外だった。事件を担当すると、父は余程の事がない限り家には帰って来ない。



「あぁ、ちょっとな」


「お疲れ様」



 そう言って、2階に上がろうとすると、剛が荘子を呼び止めた。



「なに?」



 荘子が振り返ると、父は背中を向けたまま、



「いや、何でもない」



 と言った。荘子はそのまま2階の自室へ行き、部屋着に着替え、1階のリビングに降りて行った。その時、すでに父の姿はなかった。



「お父さんは?」


「仕事行くって。少しでも休んでいけばよかったのに」



 母は、剛が座っていたソファーを見つめながら言った。





 こうして、作戦決行の日、金曜日を迎えた。




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