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第22話



 この人、只者ではない——


 そう思った瞬間、隙が出来たのか、面を打たれた。勝敗が決した。互いに礼をして、下がる。荘子となぎなた部の部長は、共に防具を脱いだ。



「いやぁ、やっぱ強いね。本気出さないと勝てないわ」


「お手合わせ、ありがとうございました」



 練習が終わると、なぎなた部の1年生が駆け寄ってきた。



「部長、白川さん、お疲れ様です! すごい試合でした!」


「お疲れ様。今日の練習はここまでにしようか」


「ありがとうございました!」



 荘子は、なぎなた部の部員全員に勝利していた。この部長を除いては。彼女は、なぎなたに関しては、とんでもなく強かった。それが、荘子の静かな闘争心に火をつけ、ほぼ部員のように毎日なぎなた部で練習をしていた。



「荘子、お疲れー!」



 道場を出ると、萌と千聖が荘子を待っていた。千聖は大きなマフラーをぐるぐる巻きにしている。なんだか、若干苦しそうにも見える。



「ごめんね、待たせちゃって」


「いいのよ、私たちも今まで部室にいたし」


「だめだめ、寒かったから荘子に奢ってもらう〜」



 奢る、か……。


 先の磨瀬木と于醒義ファミリーの仕事で、高校生のバイト代とはよほど比べ物にならない多額の報酬を得ていた。荘子も分け前をもらった。しかし、スカムズの仕事で得たお金は、世界を変えるための資金にしようと決めていた。そのお金は別として、普段なかなか遊べない萌と千聖に何か奢ってあげるのも良いかな、と思った。



「いいよ」


「ホントに!? やったー!」



 千聖は両手を上げてジャンプをした。この千聖の無邪気さが、荘子は好きだった。



「ちょっとは遠慮しなさいよ」



 それと相反するクールな萌も。この平和を、わたしは守りたい。







 駅近くのドドールコーヒーで、3人は外側のカウンターに並んで座っていた。荘子は宇治抹茶豆乳ラテを、萌はブレンドコーヒーを、千聖はマシュマロ・ショコラを注文した。



「ごちになりまーす!」



 そう言って、萌は幸せそうにコーヒーカップを口に運ぶ。



「悪いわね、今度は私が奢るから」


「じゃあ千聖にはひつまぶしを奢ってもらおっかなぁ〜」



 歌うように言う千聖。



「なんでひつまぶしなのよ」


「だって、久しぶりに食べたいもん」



 荘子は2人を見て微笑んだ。この2人と一緒にいると、拓にぃを刺したあの夜の事が夢だったように思えてくる。しかし、それは紛れも無い事実なのだ。それを忘れてはならないし、もう自分は人殺しである事を自覚しなくてはならない。だが、決して罪悪感は抱いていない。犯罪者を殺す事は正しい行いだし、現在の法律的には違法だとしても、そんなものわたしが変えてみせる。そのような事を考えていると、スマホが鳴った。鞄から取り出して見てみると、マキナからのメッセージだった。



『新曲ゲットしたぞ♪(´ε` )』



 新曲——新しい仕事が入ったと言う意味だ。荘子はすぐさま席を立った。



「ごめん、急用が入っちゃった」


「えー! 彼氏?」



千聖が口のまわりにクリームをつけたままで言う。



「違うよ、家の用事」


「お父さんの仕事?」



 萌が、珍しく少し心配そうな表情を見せて言った。



「それも違う」


「そう。気をつけてね」


「うん、ごめんね」



 萌と千聖に嘘をつくのは、気が引けるな。なんだか申し訳なく感じて、振り返る事なく荘子は店を出た。



「どんな彼氏なんだろ〜」


「それはない」



 でも、最近の荘子は本当に様子がおかしい。


 まさか……彼氏?



「どうしたの、萌? なんか怖い顔してる」



 千聖が萌の横顔を覗き込みながら言った。



「そんなことないわよ」


「なに怒ってんのよ〜。やっぱり荘子に彼氏が出来た事が羨ましいんだ?」


「ち、違うわよ!」



 照れてそっぽ向く萌を、千聖はニヤニヤしながら眺めていた。








 地下鉄を降り、赤い門をくぐり、賑やかなアーケード街を歩くと、電気街が見えてくる。荘子は迷う事なく電気街に入る。


 きさらぎ街へ通じる道順を、荘子は完璧に覚えていた。一度も迷う事なく、分岐点を通過していく。出口が近くなった頃、通路で赤いドレスを着た女の人とすれ違った。最初にここに着た時、お手洗いの前で会った人だ。とりあえず、ただ者ではない事は確かだろう。荘子はいつでも三条を出せるように構えて歩いた。しかし、赤いドレスの女性はまるで荘子の存在に気づいていないようにすうっと横を通り抜けた。女性の姿が見えなくなっても、荘子は警戒を緩めなかった。


 ガラス戸を開け、きさらぎ街に入る。


 冷たい風と謎の視線が、荘子を出迎えてくれる。しかし、出迎えてくれたのはそれだけではなかった。左手の廃ビルの壁にもたれて、空を見上げている少年がいた。身長は荘子より少し高いくらいで、男性にしては少し長めのストレートの綺麗な黒髪。口元は黒いマフラーで隠しており、見えない。肌が白く、目の周りが、アイラインを引いているのか黒っぽくなっている。不思議な、銀色の瞳を持っている。年齢は、荘子と同じくらいに見える。荘子が少年を見ていると、少年も荘子に気がついたようだ。しかし、とくに関心を示す訳でもなく、ひらりと身を翻すと、廃墟の街の中に消えて行った。


 荘子はマキナ達の家に急いだ。



「おー荘子! 来たか!」



 マキナ達は、いつものようにコタツを囲んでミカンやお菓子を食べていた。



「遅くなってごめん。新しい依頼?」


「うん、今回もなかなか刺激的だにゃ」



 荘子もコタツに入り、上に置いてあるモニターを見た。 そこには、ミントグリーンの長い髪、前髪を眉の上で揃え、オレンジ色の不思議な瞳を持ち、人形のような綺麗な顔をした少女の写真が映し出されている。


 郡上燻(ぐじょうくゆる)。女性。14歳。


 名門の私立中学校に通っていた。部活中に、部室にいた同中学の生徒男女6人を殺害、直後に逮捕されたが、心神喪失が認められ。無罪となる。現在、精神科専門の病院である心愛命記念病院の特殊閉鎖病棟にて治療を受けながら入院生活を送っている。荘子もよく知る人物であった。未成年の残虐な犯行という事で、連日報道された。荘子は、父の捜査資料を盗み見てよく思ったものだった。



 即刻死刑にすべきだ。



「今回の依頼は、このクリミを殺すことだべ! カンタンカンタン!」


「殺すだけにゃらね」


「難しいですね、特殊閉鎖病棟となると」


「そう、そこが問題なんだ。厳戒態勢で守られているからな」


「犯罪者を厳戒態勢で守る意味なんてわかんにゃ〜い」


 荘子は、心愛命記念病院の内部構造を頭の中で思い浮かべていた。謎の多い、特殊な設備がある病院だから、以前、興味本位で調べた事があった。


「殺害予告、出すんですか?」


「もちろん。決まりだからな」



 マキナはミカンの皮を使って猫の形を作っていた。



「殺害予告を出すと、作戦は困難になります。ただでさえセキュリティーが整った施設で、更に警察が警護に着くとなると、隙が全くなくなります」



 マキナはニヤリと笑った。



「それを華麗にクリアーするのが〜……」


『スカムズ!』



 マキナと志庵が声を揃えて言った。



「その作戦を考えるのは余だがな」



 荘子は肩の力を抜き、微笑んだ。



「予告状を出すのは、模倣犯や、冤罪を防ぐ為ですか?」


「あったりー! さすが荘子」


「我々は極力、分からないように殺すからな。それで関係ない人物が疑われたりしたら、それは我々の本意ではない」



 もしかして、彼女達は警察にも気を使っているのではないか、と荘子は思った。予告状を出して、完了後に×印をつけるのは、警察としても分かりやすい。それに、逃亡犯や、犯人が確定していない段階で警察より先に犯人を割り出して殺害した場合は、その犯人が間違いなく犯行を行なったという確実な証拠をわざわざ現場に残していく。それを見れば、警察もそこで被疑者死亡で捜査を終了出来る。もちろん、スカムズへの捜査は終わらないが。逆に、警察はスカムズを雇った方が早いのでは、と思うほどだ。



「心愛命記念病院の見取り図だ」



 コタツの上のモニターに病院の見取り図が表示される。心愛命記念病院は37階建の建物で、上から見ると大きなひし形になっており、中央は吹き抜けのようにまた同じひし形の広い中庭がある。その中庭の真ん中に46階建の塔がある。


 その塔の40階に、目標はいる。



「中央の塔——特殊閉鎖病棟は、地上からは入れない構造になっている。厳重なセキュリティーがかけられた地下の連絡通路を使わないといけないようだ」


「みぃのアサルターで狙えない?」


「塔は、入り口や窓は1つもないコンクリートの塊になっている。しかも、特殊な電磁波でスコープなどを使った透視も出来ない」


「精神科の病院にしては厳重だにゃあ」


「本当に病院なのか怪しいもんだべな。もしかして、とんでもない化けもんが捕まってる収監所なのかも。ガオガオ〜」



 確かに異常だな、と荘子は思った。それに、この病院の経営母体は『心命愛の集い』だ。荘子が最も嫌悪している、過剰な人権保護団体だ。死刑制度が廃止されたのも、この団体の代表者の、救いようのないほど愚かで稚拙な主張が元凶になっている。荘子が、いつかは潰してやろうと考えていた団体だ。



「塔に侵入して、直接または間接的に殺害するしかなさそうですね」


「あぁ。だが、病院自体はバカデカイ故に、忍び込むのは簡単だ」



 なづきがそう言うと、志庵がコタツの中から何かを引っ張り出した。



「じゃーん!」



 それは、真っ白な白衣とナース服だった。



「いいだろう、白衣やナース服。そそられるにゃあ」



 そう言うと、志庵は荘子のセーラー服を脱がし始めた。



「なにしてるんですか?」


「試着にゃ、試着♡」


「今試着する必要はないじゃないですか?」


「いいからいいから」



 志庵は荘子のセーラー服を剥ぎ取り、荘子はスカートと白いキャミソール姿になった。志庵はさらにキャミソールを脱がそうとする。



「それは脱がさなくてもいいのでは?」


「いいからいいから。その方がセクシーにゃ……はっ!」



 キャミソールをめくり、綺麗なくびれといちご大福のような白く滑らかな腹部が現れたところで、上から凍りつくような視線を感じた。志庵はキャミソールをそのまま下げ、諦めるようにナース服を着せた。荘子はナース服姿になった。



「おぉ、似合ってるべ! これで侵入はバッチリだべな!」


「うぅ、ナースプレイしたかったにゃあ」



 志庵は残念そうに体温計を口に加えている。



「でも、わたしは捜査員達に顔が割れていますよ?」


「ダイジョーブ!」



 そう言って、志庵はウィッグとメイクセットを取り出した。



「特殊メイク張りの変装が可能にゃ。荘子はセクシー看護師さんにしてあげる♡」


「後は、職員のIDを手に入れ、警備システムをハッキングすれば侵入は容易い。問題になってくるのは、警察の警備だ」


「そろそろ、荘子のパパさん本気出してくるんでねぇか?」


「恐らく、今回は最大規模でくるでしょう。ですが、わたしがみんなに情報を流し、誘導すれば問題ないでしょう」


「助かる。作戦当日は荘子にもある程度動けるようにしてもらいたい。可能か?」


「はい、病院内に本部が設置されると思いますが、わたしは参加しないようにします。本部に入ると自由に動けないですし、不審な行動を取ると怪しまれます。前日までに警備の配置などを把握しておき、当日は図書館で勉強している風に装います」


「うむ。作戦に一番重要なのは、事前の準備だ。それで全てが決まると言ってもいい」


「んだんだ、スポーツする時も準備運動が大切だかんな!」


「メイクするにも下地が大事にゃ」


「また話しが脱線しようとしている。作戦会議に入るぞ」


「はーい」



 4人はコタツを囲み、お菓子をつまみながら作戦会議を始めた。その様子は、普通の女子高生と変わらないものだった。


 ただ、話している内容が違うだけだ。



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