第十話 脅威の深空類!
「凄いなこりゃ……戦艦のどてっぱらに、大穴が空いてるよ」
人差し指の長さほども厚さがある鋼板。
板というよりは鉄のかたまりとでも言いたくなるそれに、巨大な穴が開いていた。
ひどく縦長で端が鋭利に尖ったそれは、何かに引き裂かれたかのようである。
巨大なナイフか何かで斬りつけたとすれば、ちょうどこんな感じになるだろうか。
「これ、明らかに何か魔物にやられてるな。でもこんな戦艦を落せる魔物なんて……」
横目でシルフィの様子を伺う。
たちまち、彼女は頭を横に振った。
疑われたのがよほど心外だったのか、目が回るんじゃないかと思うほどその動きは早かった。
「だとすると……アガリか? でも何でこんな船を……?」
「ここから中に入れるみたいだな。来るんだ!」
「はいはい、今行くよ!」
レミオットの命令口調にため息をつきながらも、裂け目の広い部分から中に侵入する。
すると、戦艦の中は驚くほどに物がなかった。
普通、飛行船の中というのはごちゃごちゃとしている。
まして軍船なんて、居住部分は物であふれかえっているのが普通だ。
それが、小銭一枚に至るまで何もない。
「憲兵たちが持って帰ったのかな?」
「主様、何やら嫌な気配がします」
「それってもしかして、魔物の気配とか?」
「それとは少し違います。これは、瘴気ですな」
「瘴気?」
思わず額にしわが寄る。
この世界で瘴気がある場所と言ったら、大瘴空ぐらいしかない。
そんなものがどうして、ミッドフィールドのこの島にあると言うのか。
これは……やはり、アガリだろうか?
うーん、いろいろわからないことが多いな。
「気を付けて行こうか」
「ええ。主様、私から離れないでくださいね」
不意に身を寄せてくるシルフィ。
う、胸が……!
柔らかい感触に表情が緩むが、すぐさまいかんいかんと首を振る。
今はそれどころじゃない。
「どこから調べようかな。船室は……あいつらが調べてるか」
次々と扉を開いては、凄い勢いで家探しをしているアイスとレミオット。
……あいつら、何か少しでも金目の物が残って居たらこっそり持ち帰る気満々だな。
すっかり目の色が変わってしまっている。
「ちょっと、船の中をいろいろ探ってみようか」
「分かりました、お供します」
通路に出ると、そのまましばらく奥へと進む。
外から見た時から分かっていたけど、改めて大きな船だ。
なかなか最後尾には到着しない。
「ん? なんか、変な気配を感じるな」
「気配ですか?」
「そう。風が吹いてくるみたいに、温かいものがこう、ボンッと!」
「そのようなものは、私には感じられませんが……」
「こっちだね。付いてきて」
「ああ、はい!」
ドアを開き、脇の船室へと入る。
こざっぱりとした部屋が、たちまち目に飛び込んできた。
備え付けのベッドとこれまた備え付けの質素な戸棚しかない。
うーん、おかしいな。
ここから確かに、何かを感じるんだけど……。
「シルフィ、あの奥の壁を破れる?」
「無論です」
「じゃあ、やっちゃって!」
「はい、お任せくださいッ!!」
ドンッと胸を叩くと、シルフィはいきなり拳を振りかぶった。
鈍い衝撃。
振り抜かれた拳が、船室の壁をいともたやすくぶち破る。
すげえな、素手でもこれだけのパワーがあるのか。
思わず手を叩いてしまう。
「流石だ、シルフィ!」
「いやあ、それほどでも」
「そんなことはないって。さて、壁の向こうには……」
空いた穴に頭を突っ込むと、やっぱり。
壁の向こうには、飛行船らしからぬデッドスペースがあった。
壁と壁の間に、人が一人立って入れるほどの空間がある。
「お、箱だ!」
さすがにここまでは、憲兵の連中も見ていなかったのだろう。
黒い箱がデッドスペースの下に置かれていた。
俺は壁の穴を無理やりに押し広げながら手を突っ込み、どうにかこうにかそれを取り出す。
「何です、それは?」
「分からない。でも、この中から感じるんだよな。暖かい気配をさ」
箱の取っ手に手をやり、押し開こうとする。
だが、蓋はびくともしなかった。
指先が赤くなるまで頑張ったけれど、サッパリ駄目だ。
「これ、小さいけど金庫だな……。鉄でできてるみたいだし」
「お貸しください。破ります」
「頼んだ!」
俺から金庫を受け取ったシルフィは、いともたやすくこじ開けてしまった。
……恐ろしい奴だな、これじゃ銀行強盗がし放題じゃないか。
あまりの力にビビりながらも、せっかく開いたので中を覗き込んでみる。
するとそこには、美しい青を湛えた八角形の結晶があった。
「これは……凄い! とんでもないお宝だぞ!」
「主様、それに触っては――!」
「ぬわッ!!」
指先が石に触れた途端、身体に何かが流れ込んできた。
氷水でも掛けられたかのように、背筋がゾワリとして全身の毛が逆立つ。
な、何だこりゃッ!
まさか今の、呪いとか何じゃないだろうな!?
石を放り投げると、大慌てで全身を確認する。
良かった、今のところ特に異常は無いみたいだ。
「な、なんだこれ……!」
「分かりませんが、強烈な魔力を帯びていますな。微かにですが、瘴気もあります」
「それ、かなりヤバいってこと?」
「ええ、あまり持ち歩かぬ方が良いかと」
「……仕方ないな、元あった場所に戻すか」
「あ、なにそれ!!」
声がしたので振り向くと、そこにはやけに良い笑顔をしたアイスが居た。
彼女は俺に近づいてくると、すかさず金庫の中を覗き込んでくる。
「すっごーいッ! あんたが見つけたの、これ!」
「……まあな」
「貸して!」
「ダメだ。この石、何か嫌な気配がするらしいからな。置いて帰るんだよ」
「何よそれ、もったいないじゃない!」
「もったいないって、そもそもこの飛行船のものを勝手に持っていくのはダメだろ。ちゃんとギルドに届けないと」
「そんなの、どうせ分かりやしないわよ。これだけの事故だもの、石の一つや二つ、空に落っこちたってことで終わりよ」
「やめておいた方がいいぞ。その石の魔力は、並の人間に扱えるものではない。置いていくんだ!」
シルフィの口調は、いつになく強かった。
その勢いに気圧されて、アイスは渋い顔をしながらもこちらを離れる。
「ち、あんたまで一緒になって。分かったわよ!」
捨て台詞を吐くと、アイスは乱暴にドアを閉めて去っていった。
やれやれ、猫ババを止めたぐらいであんなに怒るか普通?
「まあいいや、次へ行こうか」
「はい!」
こうして俺とシルフィは、次の部屋の調査へと向かうのだった――。
――○●○――
「一日かけて調べたけど、何にも出なかったな」
その日の夜。
俺たち四人は森で野営をしていた。
街から近いこともあって、食料には余裕がある。
焚火を囲んで、たくさんの肉や野菜を炙りながら摘まむ。
「ギルマスの心配は、やっぱり杞憂だったみたいね。なーんにもなかったじゃないの」
「もしかしたら、僕たちに恐れをなして逃げたのかもしれないね」
「それだったら、大したことのない奴ね!」
「おいおい……あれだけの戦艦が墜落したんだぜ。何かあったと思うけどな」
「これだからFランクはダメなのよ。ビビりすぎ」
そう言って笑うアイス。
この自信はいったいどこから湧いてくるんだか。
「明日、周辺を軽く調査したら街へ戻ろう」
「そうね。じゃあ、私はもう休むから。間違っても覗くんじゃないわよ」
「誰がお前なんか。俺はお前の地図にしか興味ないっての」
「地図? なんだい、それは?」
「な、何でもないのよ! ウィードッ!」
恐ろしい目つきで睨みつけてくるアイス。
うお、こわッ!
本性剥きだしって感じのキツイ眼差しに、肩がびくっとする。
「じゃあ、あっちで休んでるわ」
「ああ、行っておいで。この男は僕が見てるから!」
「だから、興味無いって言ってるだろうに……」
全く聞く耳もたないアイスたちに、ふうっと息を吐く。
隣のシルフィもあきれ顔だ。
二人して顔を見合わせ、互いに肩をすくめる。
「しかし困ったな。このままじゃ、地図取り返せないぞ……」
証拠については、この際あまり気にしてはいない。
問題は地図だ。
あれだけは、何が何でも場所を聞き出して取り返さなきゃいけない。
こうなったら、夜中にシルフィに探ってもらうか……?
寝床は同じだし、チャンスはあるだろう。
「シルフィ、夜中にアイスの持ち物を見てもらえるか?」
「持ち物をですか? 私、誇り高きドラゴン族としてそういう夜盗のような真似はあまり――む!」
「どうした?」
「巨大な魔力が近づいてきています! 速いッ!」
「きゃあッ!!!!」
アイスの悲鳴が聞こえた。
慌てて彼女が向かったテントの方向へと向かうと、そこには――
「アガリだッ!!」
「なッ!? 深空類じゃないかッ!!」
「主様、こいつはなかなか強いですぞ!」
毒々しい紫色の表皮。
とぐろを巻く長く巨大な身体。
丸い口元に生え揃った無数の牙。
世界最悪と言われる深空類の一種、テイオウウツボの姿があった――。




