第九話 森の深部へ
「主様、本当に良かったのですか? まさか、ご自分も参加したいだなんて」
翌朝。
ギルマスに集合場所として指定された店へと向かっていると、シルフィが不安げな顔で話しかけて来た。
そう、俺はシルフィを参加させる条件として自分もクエストに参加させろと言ったのだ。
「奴ら、何をしてくるか分かりませんぞ? 私は襲われても平気ですが、主様はそうは行かないでしょう?」
「大丈夫。連中だってギルマスからの依頼でそこまでの騒動を起こしはしないさ。せいぜい、あれこれ嫌がらしてくる程度だろうよ」
「だからと言って、何で参加するのです?」
「アイスに持ち出した地図をどこへやったのか聞き出したいんだよ。もし万が一売っていたりしたら、早いうちに何とかしないと取り返しがつかないしな。ついでにだけど、あいつの悪事の証拠とか掴んでやりたいし」
そう言うと、俺は胸ポケットから小さな魔導具を取り出した。
一見すると洒落たブローチか何かのようにしか見えないが、中には「ある仕掛け」が施されている。
いざという時のために、さっき店で購入したとっておきだ。
これで銀貨五枚もする、なかなかの高級品でもある。
「そういうことなら、私が始末をつけてきましょうか? その方が早いでしょう」
「や、それはちょっとな」
腕まくりをしたシルフィに、慌てて頭を横に振る。
そこまでのことはちょっと……な。
人に手を汚させるようなことはしたくない。
「お、あそこが待ち合わせの店じゃないか?」
こうして歩いていると、通りの向こう側に大ジョッキの描かれた看板が見えた。
あそこが、ギルマスに集合場所として指定された「金麦亭」のようだ。
まだ昼というより朝に近い時間にもかかわらず、エールを煽る客でにぎわっている。
「こんにちはー! レミオットとアイスの二人は来てますか?」
「ああ、来てるよ。奥のテーブルだ」
親父に言われて店の奥を見やると、そこにはビシッと服装を決めたアイスとレミオットの姿があった。
あまりにもカッチリした格好をしているので、酒場の雰囲気から浮いてしまっている。
どうやらあの二人、他に誰が来るのか知らされていないらしい。
きっとAランクの誰かが来ると予想して、精一杯、自分たちを良く見せようとしているのだろう。
ほんと、こういうところだけはしっかりしてるなあ……。
悪い意味で感心してしまう。
「どうも、今回はよろしくな!」
「こちらこそ! はじめまし――げェッ!!」
「な、なんで!?」
ある程度近づいたところで、二人はようやく相手が俺とシルフィであることに気づいた。
彼女たちは途端にくぐもった呻きを漏らすと、盛大に眼を見開く。
その驚きぶりと来たら、見ていて面白いぐらいだった。
「どうして、ウィードたちなわけ!? 選りすぐりの開拓者が来るって聞かされてたんだけど!」
「その選りすぐりってのがこっちのシルフィなんだよ。俺はおまけだけどな」
「ふーん、あんたの連れがね……。だったら、証拠を見せて頂戴よ」
「良かろう」
すかさず胸元から、依頼書を取り出すシルフィ。
そこにはギルマスの字で「シルフィ・ウィードの両名に委託する」とはっきり記されていた。
ついでに判子まで押してある。
ほとんど疑いようのないその書類に、流石の二人も唸る。
「な、ギルマスはいったい何を考えているんだ……!」
「こんなのって……!」
「とにかく、俺たちが参加するのは事実だ。ま、せいぜいよろしく頼むよ。……と言ったところで、仲良くやれるとは思えないけどさ」
「当たり前だ、どうして僕たちがお前みたいな無能と仲良くしなくちゃいけないのかね!」
「そうよ。どういう手を使ってるんだか知らないけど、あんたみたいなのはさっさと開拓者をやめてほしいわ!」
二人は苛立ちをあらわにしながら席を立った。
そしてそのまま会計を済ませると、店の入口へと向かってしまう。
「僕たちは一足先に門へ行かせてもらう」
「また後でね!」
ドタンッと乱暴に締められるドア。
これほど愛想のない「後でね」というセリフを聞いたのは、初めてのことかもしれない。
予想はしていたことだけど、凄い反発だ。
もしこれがギルマス直々の依頼じゃなかったら、あいつら即座に破棄してただろうな。
「やれやれ……ひどいもんだ」
「あの二人、何であんなに主様のことを目の敵にするのです? 異常ではありませぬか?」
「そりゃあ、俺がいつまでたってもFランクだからだろう。自分で言うのもなんだけど」
「だからと言って、あれほど毛嫌いされるものなのですか?」
「……俺の爺さんがさ、有名な開拓者なんだよ。バスクードって言ってさ、あの七色列島を発見したんだ。だから俺も、昔は期待されてちやほやして貰ってたんだよ。でも、全然結果を出せなかったから……」
そう言うと口から大きなため息が漏れる。
昔はみんな、すげえ優しかったんだよな……。
パーティーには良く誘われたし、受付嬢もニッコニコで対応してくれた。
でも一か月もしたら、ちっとも成長しない俺にみんな変わって行ったんだよな。
パーティーには誘われなくなるし、受付嬢たちは低級クエストしか受けない――正確に言えば、受けられない――俺にドンドン不愛想になった。
俺もそんな状況が嫌で、何とか見返そうと張り切っては見たけどその度に失敗して。
いつしか俺の周りからは誰も居なくなり、陰口ばかり叩かれるようになってしまったんだ。
そんな時、声をかけてきたのがアイスで……。
「……思い出すと腹が立つな」
「主様、そんな暗い顔なさらないでください! 大丈夫、今のあなたには私が居ますぞ!!」
「……ありがとな、シルフィ。俺も何とか、人並みぐらいにはならなくちゃ……!」
「大丈夫です、主様の才能ならすぐに一流の開拓者になれると思いますぞ! 光り輝くほどの才能が、この眼には見えます!」
「ははは、世辞はいいよ。それより、あいつらを追いかけないと」
「ううむ、別に世辞を申したつもりはないのですが……そうですな!」
西門へと向かった俺とシルフィは、そこで待っていたアイスたちと合流した。
そしてそのまま飛行船の墜落現場を目指して、森へと入る。
その間、俺たち四人の会話は驚くほど少なかった。
特に、俺たち二人とアイスたち二人との間ではほぼ完全に無言である。
困ったな、流石にしばらく一緒に居れば隙を見せるかと思ったけど……。
思った以上にガードが堅い。
「なあ、アイス」
「何?」
「今回の依頼、どう思う? ギルマスはいろいろ疑ってるみたいだけどさ」
「さあ」
むむ、取り付く島もないな。
いっそ魔物でも出てくれば、強制的にでも連携を取らざるを得ないんだけど……。
今日に限ってやけに森が平和だ。
もしかしたら、シルフィにビビっているのかも。
昨日、あれだけ暴れまわったんだから無理もないか。
「ん?」
「どうした、シルフィ」
「向こうに、赤茶けた鋼の山ようなものが見えるのですが」
「それ、飛行船だよ! どっちの方角!?」
「あちらです!」
そう言って指さしてくれたものの、俺の眼には何も見えなかった。
アイスたちも分からないようで、怪訝な表情をしている。
しかし、シルフィの眼には確かに見えているらしく、彼女はドンドンと指さした方向に向かって進んで行ってしまう。
「おいおい、待ってくれよ!」
「こちらです、こっち!」
「分かったからさ、もうちょっとゆっくり!」
シルフィを追いかけて、森を進むことしばし。
やがて木々が途切れ、俺たちの視界を茶褐色の船体が埋めた。
「これは……!」
「驚いたな。飛行船というより、飛行戦艦じゃないか!」
「ギルマスが気にもするわけね……!」
森の木々を薙ぎ倒し、大地に横たわる巨大すぎる影。
その武骨なフォルムと威圧的に突き出した砲塔の群れは、明らかにそれが戦艦と呼ばれるものだと示していた――。




