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「あっ、椅子倒していいですか?」

 俺が後ろの席の人にそう言う。

「はいどうそ」

 気持ちの良い答えが返ってきた。

 ──俺が乗っているのは新幹線。魔塊狩りで報酬を貰えるようになってきたので、俺は京都への小旅行を計画し、朝早くから家を出た。

 斎藤にかなり羨ましがられたが、「別に今回は遊びに行くわけじゃないからな」と言って、土産を買って帰るからと歴史バカの肩を叩いた。


 俺の目的は、京都にある源常久の墓を訪ねること。

 京都駅に着いた俺は、八つ橋の匂いがする土産物店を見て回って、京都タワーが見える正面口から外に出た。

 これが日本を代表する古都の駅なのかよ……。

 振り返って、近代的な構造をした京都駅ビルを眺めて、まあいいかとタクシーを拾った。

「源常久の墓ですか? いや~、ちょっと分かりませんね」

 そう言う運転手にガイドブックを見せて、はいはい、ここなら……と納得してもらい、タクシーは走り出した。

 東大路という京都を南北に突き抜ける道を抜けて、八坂の塔が見える場所でタクシーを停めてもらった。

 ああ、何か懐かしいな。中学の時の修学旅行以来だ。

 そうそうこんな狭い路地があって……石畳の道を抜けて……山の方へ続く道に出た。

 こんなところに墓があるのか。

 草ボーボーの場所に放置されていたりしないだろうな。

 ガイドブックと道を見比べながら、俺は山道を登って行った。


 常久さん……まだお礼も言ってなかったな。


 どんどん山道を進み、草木の隙間から京都の街を見下ろせるような場所に着くと、俺は一休みして買っておいた八つ橋の袋を開けた。

 ふわ~んと、甘ったるい匂いが漂ってくる。

 京都の人はいつもこんな物を食べてるのか。

 そりゃ甘ったるい喋りになるわけだ。


 八つ橋を食べ尽くした俺は、ペットボトルのお茶を飲み、ふうと息を吐いた。

 そして、京都の街を眺めてみる。

 正面が西の白虎、そして右側に北の玄武、左側に京都駅があった南の朱雀。

 そして俺が今いるのが、東の青龍。

 京都は東西南北のこの四神獣に守られている……ガイドブックにそう書いてある。不動市と同じだ。

 地面に直接座っていた俺は立ち上がると、パンパンと尻の汚れを払って常久さんの墓参りの続きをすることにした。


 おかしいなあ、ガイドブックにはここら辺に源常久の墓があるって書いてあるのに。

 他の墓に混じって、分からなくなっている。

 どこを探せばいいんだ? とうろついていると、道に迷ってしまった。

「何かお探しですか?」

 スキンヘッドにお坊さんの衣を着た人に声を掛けられた。というかどう見てもお坊さんだ。

「あ、ええ、源常久って人のお墓を探してるんですけど……」

「ああ、常久様ですか」

 お坊さんはそう言うと、俺に付いて来るように言い、案内してくれた。

「源常久様は平安時代に活躍した魔物退治のスペシャリストでしてねえ、魔塊という恐ろしい化け物や鬼を退治する役目を担っておりました」

 今はそれを俺がやっていますよ、ふたば曰く常久さんにそっくりな俺が……などと言うとお坊さんは驚くだろうか。でもこの人も魔塊狩りの仲間かもしれない。

「常久さんは、子どもを庇って亡くなったって聞きましたが……」

「ええ、子どもを庇って背中に魔塊の爪を受けて……壮絶な最期だったと文献に残っております」

 ふたばの言っていたとおりだ。

 常久さんの勇気ある行動は、今でも語り継がれている。

 そうか、男なら最期は前のめりと決めていた俺は、そういう終わりもアリかと少し考え直すことにした。

「格好良いですよねえ、常久さん」

「ええ、常久様といえば女性にモテる方で……いろんな女性の屋敷に通っていたという話です」

 ズルッ。

 思わずズッコケそうになった。

 まあ英雄色を好むというけど……ちょっとイメージ崩れたな。

 っていうか、そういうところは俺とは全然違うのな。

 顔はそっくりだというのに。

「着きました。ここが源常久様のお墓になります」

 とお坊さんは言うと、頭を下げて去って行った。

「これが……」

 常久さんの墓は、お世辞にも立派とは言えなかった。

 墓石には苔がこびり付いて、手入れがされているとは言えない。文字も何と彫られているか読めない。 さすがに平安時代の物なので仕方がないのかもしれないが、それにしても……。

 と、墓の右側に、石が三段積まれただけの墓とも呼べない物があった。


「私のお墓には誰も参ってくれませんけどね!」


 と言っていたふたばのことを思い出した。

 ふたば……常久さんと同じ場所に葬ってもらってたのか。良かったな。

 俺は来る途中で買った落雁とローソク、線香をリュックから取り出して、常久さんの墓と、ふたばの墓に供えた。線香に火を点ける時にあちちとなってしまったが、それを見てふたばは笑っているだろう。

 どうやって弔おうか。

 俺はお経なんて知らない。

 取り敢えず頭を下げ、常久さんとふたばの墓の前で手を合わせておいた。

 ──心の中で何か言ってくるかな? とちょっと楽しみにしていたが、何も聞こえなかった。二人は無事にあの世へ逝ったってことなのだろうか。

 それから俺は、しばらく二人の墓の前でボーっとしていた。

 墓石を撫でてみたり、タオルでゴシゴシ磨いてみたり……。

 でも、二人の声はもう聞こえない。

「静也さん!」

 というふたばの元気な声も、もう聞こえない。

 鬱陶しい幽霊だと思っていたけど……いなくなるとなんか寂しいなあ。

 その後、俺はもう一度手を合わせた。

「また来るから」

 そう言って、墓から去って行った。


               〇


「おいでやす。どうぞ、よくいらっしゃいました」

 俺は、とある和菓子屋に来て歓迎された。

 ここは、魔塊狩り支部の一つ。京都にある本部はまた別の場所だという。

「ささ、奥へどうぞ」

 と中へ通された。

 これがうなぎの寝床という京都独特の家の作りなのか。奥が長くて広い。

 小さいが中庭があって、そこは綺麗に手入れされていて、緑の楓が見頃になっている。

 俺は靴を脱いで一段上がった畳部屋に入った。

そこでお茶を出されて、美味いなこのお茶と思いながら、そういえば京都は宇治茶の産地だったな、と思い出して味わって飲んだ。

「どうもどうも。あなた様があの峠剛士を成敗したお方と聞いております」

 と着物姿の綺麗な女性が奥からやって来て、畳部屋に上がって手をつき俺に頭を下げた。どうやらこの人がここの女将さんということなのだろうけど……。

 それにしても──どことなく鈴原さんのお母さんに雰囲気が似ているな……と思っていたら、顔をよく見るとそっくり。俺は驚いて女将さんの顔をポカンと見つめ続けた。

「え……あ……」

「どうかしはりましたか?」

 女将さんが微笑しながら尋ねてくるので、俺は「へえ」と思わず声を漏らした。

「いや、あの、俺の知り合いの女性によく似ているなあって思って……」

「うちがですか? ホホホ。それはどんな女性でしょうか」

「それはもう、女将さんに負けないくらい綺麗で、品があって……」

「あら、綺麗で品があるやなんて嬉しい」

「お世辞じゃないですよ、そんな人がもう一人いるんです」

「あら、それは不動の香子のことでしょうか」

 女将さんは口に手を当てて朗らかに笑う。

「そう、香子さん! 瑠璃さんのお母さんですよ!」

「香子はうちの双子の姉で、うちは妹の蘭子らんこです」

「ふ、双子……」

 こりゃまたおかしなことがあるもんだ。

 香子さんに似ているということは、イコール鈴原さんにもよく似ている。

 鈴原さんが三人……嬉しいような怖いような。

「姉は京都から不動へ嫁ぎました。そこで瑠璃を産んだんです」

「そうだったんですか……鈴原さ……瑠璃さんのお上品でいてどこかチクチク嫌味な感じは京都の人の血が入っているからなんですね」

 なんか滅茶苦茶失礼なことを言ってるな俺。

 しかし蘭子さんは、そんなこと言われ慣れているといった風にホホホと笑って受け流した。

「まあまあ、お菓子でも。魔塊狩り京都東支部特製の物ですよ」

 和菓子を勧めてくる。

「ここも支部で、本部はどこにあるんです?」

「それはトップシークレットになっているんです。まあ、やんごとなき方々のお傍とでも言っておきましょうか」

 同じ魔塊狩りの俺にも教えてくれないのか──まあ、峠剛士のようなやつが現れたら狙われかねないしな。

「それにしても、あなたのようなお若い方が峠剛士から不動丸を取り返したとは……驚いています」

「いえいえ、大したことは……魔塊狩りとして当たり前の仕事をしただけです。それに、俺だけの力じゃありませんからね、みんなの力を合わせて成し遂げたことです」

 俺はこしあんたっぷりの茶色い和菓子を切って口に運んだ。とろけるように甘くて美味い。

「峠剛士については、私たちも困り果てていました……しかも魔塊にまで堕ちてしまうなどと、ほんに魔塊狩りの恥でございました」

「でも、昔の峠剛士はまともな男だったんでしょう? 何がきっかけであんな人間に……」

「それは……それほど力を欲していたということは、何か企みがあったとしか思えません。峠剛士は魔塊狩りとは別の……違う組織に属していたのではないかと思います」

「その組織とは?」

「そこまでは……本部でも調査中です。峠剛士のような人間をまた出せば、魔塊狩りの名に傷がつくことになります」

「峠剛士は、平気で仲間の魔塊狩りを殺し、不動丸を奪いました。そんな人間がまた現れると言うんですか?」

「ええ、もちろんその可能性は大いにあります。魔塊狩りを続けていると、魔塊を殺した時の快感に溺れて、人間を殺したくなる者も現れます。これは現代の話だけでなく、平安時代からの話です。愚かですが、その時は魔塊狩り同士が殺し合うことになります。あなたたちのように」

「虚しいですね、それは」

 俺は手を閉じたり開いたりしながら、峠と戦っていた時の感覚を思い出していた。

「日本全国、魔塊の数は増えています。普通の魔塊狩りたちは、人々を守るために一生懸命働いております」

 鈴原さんや高子先輩、小川さんのことを思い出す。

 そして俺も……責任を持ってことに当たらなければならない。

「……あなたのような、これからの魔塊狩りを支えてくださる若いお方が現れるのは喜ばしいことです。そして、そのお方が峠剛士を倒した……それは歓迎すべきですね。我々魔塊狩りは、まだまだ希望が持てると勇気を貰えます」

「あの、蘭子さん」

「はい、何でございましょう?」

「香子さんは魔塊狩りを引退していました。蘭子さんはまだ現役だったり……しますか?」

 俺がそう尋ねると、蘭子さんはまたホホホと笑った。

「さて、どうでしょうかね」

 とだけ言って、答えてくれない。

 いけずの京都人……こういうのもそれに含まれるんだろうか。

「じゃあ、そろそろ帰らせていただきます」

 と立ち上がろうとすると。

「まあまあ、ごゆっくりなさってください」

 引っ張られるように引き止められる。

「そんなこと言って、ぶぶ漬けでも出されたら困りますからね」

「今の京都人はそんなことしませんよ。本音と建て前は使い分けますけども」

 怖っ。

 さすが和菓子屋の女将。商売人の顔を持っている。

 香子さんの二重人格っぷりも、そこから来ているのかもしれない。

 娘の鈴原さんは割と何でもハッキリ言う方だけど、やっぱり奥がある……これからはこの家系の人とは気を付けて話そう。

「いえ、やっぱり帰らせてもらいます。お話し出来て良かったです」

「そうですか……。まあ無理にお引き止めすることもありませんし。なら神社仏閣にでも行ってみたらどないですか?」

「うーん、観光名所、どこにも回ってませんけど、時間がありませんので」

「そうですか。まあそれなら今度京都にいらした時にごゆっくり」

「はい。友だちを連れて来るかもしれません」

 斎藤と一緒に来ると、良いガイドとして働いてくれるだろうな。

「ありがとうございました。それじゃあ、また」

「ええ、またよろしゅう」

 ──その後、俺は予約していた旅館に泊まり、翌朝余裕をもってチェックアウトした。

 天気が悪くなってきたので、どこにも寄らずに京都駅へ真っ直ぐ向かった。そこで斎藤や鈴原さんへのお土産をいろいろ悩んで選ぶと、切符を買ってすぐに新幹線に乗り込んだ。

 魔塊狩りを続けている限り、また来ることになるだろう古都。俺は新幹線の小さい窓から流れゆく景色を見ながら、ふたばと常久さんのことを想い、ちっぽけな覚悟を胸に刻んだ。(了)


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