第四話 オレが愛したこの世界
時折、政府調停により和解させられるコトもある。
地域に焦土が際限なく広がるのを避ける為だ。
再生される期間よりも荒野の期間が長ければ、国としての運営が成り立たなく云々。そんな無理無体をねじ込んでくる。小利口者の屁理屈だが、区長が頷けばオレも首肯するしかない。
正義をねじ曲げられるのは不本意なれど、人々の生活の場を奪うのもまた本意ではなかった。相手が素直に負けを認めれば済む話なのだが、どの世界にも己の欲望を世界の理想と取り違える意固地な阿呆は居る。皆の平和の為、苦渋を呑んでの判断だ。
やはり邪悪の芽は小さい内に摘んでしまわねばと、強く思う瞬間である。
更に小利口者はこうも言うのだ。「対話こそが平穏の入り口なのだよ」などと。
現実を知らぬ者が夢見る机上の空論。何処の与太話だと思う。寝言は寝ている時だけにして欲しい。
当方、正義において歪みなし。その主張を真っ向から否定している状態で既に悪なのだ。話し合いというものは、同じ価値観を持つ者同士で初めて成立する。
そのコトが理解出来て居ない者が何を言うのか。
対立したままの和解など所詮ただの時間稼ぎ。小利口者のお為ごかしに過ぎないのである。その様な偽りの調停、まやかしの平穏は常に火種を燻らせて居るものだ。
表面は静かでも、水面下ではどんな不穏や悪徳が息を潜めているか分からない。それを詳らかにし、二度と立ち上がれないよう完膚なきまで叩きのめさねば、真の正義、真の平穏は手に入れられないのだ。
そして人々は常に望んで居る。平穏の中だからこそ求めているのだ。血湧き肉躍る物語を。
古くはローマ帝国の円形闘技場、罪人達の見せしめの磔、刑場の公開斬首、公共の場での火あぶり、政争に敗れた為政者の広場でのギロチン。
ソレ的なモノが催される時は常に市井の者は集まって、黒山の人だかりと記録に残っている。余りにも分かり易い。眉根をひそめこそすれど、集まっている時点でそれがポーズだと丸わかりだ。
表立って口にはしないが、みな興味津々、他者への残酷を楽しんで居るのだ。
近年に至ってはリアルな公的処刑は失せたが、残虐系娯楽作品は巷に溢れている。
ソフト路線でも「謎解き」を免罪符に殺人在りきで語られるミステリー。
少し踏み込んで、反戦を謳いつつも多量の人死にを全面に押し出した作品。そしてそれらを楽しみにする我ら大衆。
もっとダイレクトに、「人外」を理由にヒトにソックリなソレを刃物で解体するホラーもの。殺人、スプラッタ、グロテクス、ゴア、カルバニズム、枚挙に暇はない。
みな残酷を求め、ソレに飢えているのである。
故に殺戮は人々の欲求に従って居るとも言える。
自分や家族友人知人がその対象になるのはまっぴらだけど、安全な場所から眺めるダケなら「オッケー・カモン、もっとくれ」なのである。
おお、なんてワガママ。なんて自己中。
そして、とばっちりを受けて死んでも「ま、いっか」と納得して物故するのだ。なんという潔さであろう。
「だからこうしてオレが此処に立ち、こうして正義を振っているのは社会規範と秩序の維持に加え、人々の本能の渇望にすら応えてのコトなのである」
故にオレの行動に誤りなど無い。一点の曇りも無い。正に、問答無用に正義の中の正義。ジャスティス・オブ・ジャスティスなのである。
さあ来い、隣町、近隣の有象無象ども。このオレの正義とマンシオンの足元に屈するのだ。塵と為り失せるとよい!
区長が巡回中のオレを呼び止めた。
「ああ田仲くん、田仲くん。ちょっとイイかな」
何ですか、と足を止めると折り入って話が在るのだという。招かれるままに公民館に入ると、お茶を出された。
「あの、何のお話なんです?」
「ちょっと面倒な内容でね。まぁ、腰を据えてジックリ話そうか」
どうぞとお茶菓子まで出されて、ずずっと緑茶をすすった。
ふむ、玉露入りか。予算のキビシイ町内会にしては随分と奮発している。そして向かいに座った区長は小さく頷くと「実はね」と切り出すのだ。
「田仲七朗くん。実はきみに消滅してもらいたいんだよ」
一瞬、ナニを言われているのか分からなかった。
「は?いま、何と」
「だから、キミはもう要らない。不要だと言っているんだよ」
テーブルを挟んで向かい側に座る区長は、いつもの柔らかな表情で柔らかに話しかけていた。
「不要、不要ってどういう意味……」
「だからその言葉のままだよ。キミはもうダメだ。だから廃却することにした。備品が使い物にならなくなったら捨てて新しいものに交換する。当たり前の話だろう?」
区長の言葉が脳髄に染み渡るまで数瞬の間が必要だった。
やがて視底下部の辺りにまで到達すると、直ぐさま我に返った。
オレは使い捨てのウェットティッシュじゃない、そう叫んで立ち上がろうとした。だが出来なかった。突然足がもつれてそのまま床に転倒したのだ。
どういうコトだ。両足が利かない。腕も指も痺れて動かない。舌も、上手く動かせない……
「すごい即効性だね。ボクもここまでよく効くとは思わなかったよ」
柔らかい物言いのまま区長は語り続けた。
「いやあ、キミが素直な性格のままで助かった。腰掛けた途端、いの一番にお茶を飲んでくれるなんてなぁ。
どうやって話を長引かせようか、どうやってお茶やお茶菓子を口にさせようか色々と考えて居たんだけど杞憂だったね。こうもあっさりカタが付くとは思ってもみなかったよ」
そ、そうか。一服盛ったのか。濃い緑茶でクスリの味を誤魔化して……
「不要と判断されたロボットパイロットの末路は知っているだろう?」
区長はテーブルの端に置いてあったクラッチバッグから注射器とアンプルを取り出した。
クスリの名前までは見えない。だが見当はついた。区や町が所有するロボットパイロット用再生者、それを処分する為の細胞分解剤、通称「永眠薬」だ。
ヒトのタンパク質や骨までキレイさっぱり分解して泡となり、最後は染みしか残らないらしい。水拭きで簡単お掃除、洗剤いらずがセールストークなのだとか。
全然嬉しくない。
細いガラスの注射器で、ちゅうとクスリを吸い上げると、そのままオレの首筋にぷすりと刺した。そしてそのまま一気に全部注入する。
何の惑いも無ければ躊躇も無い。サンマに醤油を垂らすような素っ気なさだ。
「く、区長、なぜ?」
「ああ、キミ、ちょっとやり過ぎだ。世の中には手加減ってもんも必要なんだよ。いくらマンションに住めば再生権が無制限とはいえ、ヒトには我慢の限度ってモンがある。苦悶苦痛が日常茶飯事なら誰だって離れていくよ」
そう言って区長はやれやれといった風情で、子供を諭すように語るのだ。
「最近はこの区域からも引っ越すヒトたちが増えてね。区費の収益がダダ下がりなんだよ。宇宙人さんの観戦客からも『義憤と独善を履き違えている』って意見が増えたし、チケットの収益も下がってきてるし。
賭けの利率こそ安定しているけれど、キミ本人の人気はどん底なんだよ。嫌われちゃったねぇ」
更には、コレ以上低下すると区の収支にも響く、などと、ため息までつくのだ。
観戦客?チケット?しかも賭けだと?なんだソレは。
オレの信念は、正義の戦いは、宇宙人相手に収益化されていたのか?まさか、ホントに、ソレが目的でオレ達ロボットのパイロットは……
拝金主義者に踊らされる、闘争ゲームのキャラクター。そして区長もその片棒を担いでいた。そういうコトなのか。
オレや他のロボットパイロット、蹴散らされる住民まで全部含めて、宇宙人から利益を得るための手段だったと。
オレの正義は、今や整えられた盤面を乱すイレギュラー。不人気となったが故に排除される不必要な駒、そういうコトなのか?
コレが、コレが正義だとでも?
瞬間、脳裏に瞬いたのは甲村スミレ788の皮肉めいた横顔だった。
「キミの意見だけで世界は回っていないんだ。判るかい?」
「せ、正義は我に、あり。忖度、無用……ちゅ、中途半端は……むしろ害悪」
「そんなだからダメなんだよ、キミは。六郎くんは大人しかったから、キミを構築するときに自発性を強化したんだが、ちょっと我が強すぎたね。八郎くんの構築はもうちょっと抑えめにしないとなぁ。いやあ、微調整って難しいよね」
「オ、オレが消えれば正義も消える。正義は、真理は一つ……」
「ああ、そんなコトないない。キミにキミの正義が在るように、他のヒトにも他の正義が在るんだよ。百人居れば百の正義と真理が在るからね。
事実は一つだけど、立場や見るヒトによって変わるんだ。価値観が違うからね。自分の信じて居るモノが世界で一番正しいなんて考えちゃダメだよ」
な、何というコトか。このような結末、死んでも死に切れん。
オレがマンシオンを駆って下したロボットどもよ。己の力の無さを呪いながら消滅していったパイロットたちよ。
都度に勝利の勝ち鬨をあげ歓喜に浸ったが、今はおまえ達がうらやましいぞ。何しろ自身の信念の元、矜持を貫き全力を尽くした果ての昇天であるのだから。
このような、無様な最後では無かったのだから。
とは言え、キサマらが悪である事に何ら変わりはないのだがな。ソコは譲らんぞ。譲る必要もなければその必然性も皆無だ。
「み、味方に裏切られるとは。正義もこれまで、無念……」
悔し涙が滲んで奥歯を噛みしめた。英雄は殺されるべきだ、とは誰の言葉だったろう。
「でも、ま、いっか」
所詮オレもマンシオンを操るためにデザインされた正義の味方。大勢の人々の欲求の元に形作られた存在。不要と断ぜられれば消え去るのが運命。
あとは頼むぞ、後釜の八郎。さよならバイバイよ、オレが愛したこの世界。
ああ、虚無の呼ぶ声が聞こえる。
こうしてオレは永眠薬に分解され、泡になって果てたのである。




