163.最終回【神の名を冠する死】
【私の罪は、何の罪?】
そう声が聞こえてきた。
あくまでその錯覚に頭を振って、ハンスは並んでいる墓の一つの前で膝を突いて座っている。旅支度は済んでいる。これ以上このケープ市に留まっているのは、自分はまだしも隣の少女にとってあまり良くないことだ。そんな少女は墓の前でしゃがみ込んで、まるでその墓石と同じ目線でいなければ会話もままならないとでも思っているのか、やたらと真面目に視線を向けている。彼女の足下の真横を行く蟻が、その足に力が入ってジリと動いたのに驚き慌てて逃げていくのを観察した後、顔を上げて周囲を確認する。
さらにそこから離れた場所に妙齢の女性がこちらを見つめていたが、目を合わせる気はない。それでも幾つか確認しなければならないことがあり、なんとか届く距離で声だけを向ける。
「神が神を望むことなんて、あるのですか?」
実に突拍子もない問いだったが、それでもその女性は不思議がることもなく返答をしてくる。
「あったのだから、今の貴方がいるのでしょう」
「……そうですか」
不安そうにこちらを見上げてくるツインテールの少女の頭を撫でる。どことなく気持ちよさそうに目を細める彼女に少しだけ微笑んでから、意識を元に戻す。
「では、もう俺は人間じゃ無いんですね」
「いえ、人間です。それは貴方が否定したことでしょう」
「ああ、そうでした。だからこそ俺は二度とあんなことを繰り返させたりしない」
そうなる可能性を秘めた少女がここにいる。
「彼女は、テースはそれを知っていた。だから先に教えてたんじゃないかって気がしてるんです。実際、この子には無くてもいい才能があります。……放っておけば同じことが繰り返される」
「連中に目をつけられる前に、ここを去るのですね」
「はい。親父が俺にしてくれたように、先にこの子には世界を見て貰いたい。テースの知っている世界は『ここ』だけで、余りにも小さすぎたから」
「あなたはそれでいいのですか?」
「それ以外、俺に何をしろっていうんですか?」
「あなたは自由を手に入れる権利があります。この国を出る勇気もあります。これ以上関わることもありません」
それが出来ないからここにいるんじゃないか。
皮肉に近い本心を飲み込んでから、ハンスは肩を竦めて見せた。
「俺がやりたいこともまた自由です」
本心ではないが嘘でもない。誤魔化している気分は拭えずとも罪悪感は無かった。
「やりたいこと? 義務に感じていることでも?」
痛いところを的確に突いてくる。
「――行こうか、アンナ」
「うん」
少女を促して立ち上がらせ、そして女性の隣を通り抜ける寸前で一度だけ頭を下げる。
それ以上の言葉は無意味であり、価値がない。何にしろ彼女と自分との価値観は全く違うのだ。相容れることもないし、お互いに歩み寄る努力すらしない。しかしそれでいい。ケープ市という地に何かを残すつもりもないのだから。
ケープ市はあれ以来実に静かな街となっていた。
一種の病気にでもかかったかのような静けさは、実際にその通りなのだろう。ついこの間隣の人間ですら疑い殺し合っていたのだから、すぐ元に戻る訳がないのだ。むしろ彼らは死を迎えるまでこのままなのかもしれない。
時がいつかは解決してくれるのだろうが、しかしケープ市民は【罪深い】のだから、それも期待薄なのだろう。
(……神殺しの子孫、か)
この地は神が死んだ地だ。
故に神聖であり、故に危険視されている。
その証拠を知っていた連中は挙ってこの地を封印したかったに違いない。それが先日の大量虐殺にと発展したのだが、今もこうして形だけは健在しているのだから企みも失敗したということだ。国が本気で潰しに来たというのにそれを回避した奇跡は神の御業なのかもしれない。
(テースの……)
彼女ならやりかねないが、それだけではないのだろう。
スティーブは再び刑事職に戻ることとなったが、あのホマーシュが行方不明のままだ。生きているか死んでいるか、調べようにも手掛かりがない。
(いつか会うこともあるだろう)
ケープ市の出口に差し掛かったところで振り返る。
アンナもまた同じく振り返り、ハンスの袖を引っ張る。
「帰りたい?」
「まさか」
心配されてしまうほど、顔に出ていたのか――改めて気を引き締めつつ、小さく笑う。
「ここは色々とありすぎたから、もういいんだ」
「友達もいるのに?」
「いいや、それは違う。『いた』んだ。もう俺には友達なんていやしないよ」
「じゃあわたしが友達になるね」
「……ああ、そうだな。そうしよう」
友人だった彼は今頃どうしているのか、それについて思いをはせるのですらタブーな気がしてくると、これ以上ケープ市に目を向けるのすら辛くなってきた。
「行こう」
振り返り、見果てぬ道の先へと身体を向ける。
「ねぇ、ハンスさん」
そんな彼の後ろをちょこちょことついてくる少女は、ふとそれを思い出したかのように言葉を続ける。
「ファイリーがね、こんなことを言ってたの」
「何を?」
「昔、テースおねえちゃんが言っていたこと、ファイリーが教えてくれたの――」
『一つだけ教えてやるってもんよ。テースはな、一度だけこの世の中を指してこういったんだよ。――世界はいつ滅ぶのか、ってな』
それを聞いたハンスはぞっとして思わずケープ市に振り返ってしまった。
「テースは……」
一体どこまで先を見据えていたというのだろうか。
そして、余程のことがない限り、もう二度とこの地に戻ってきてはいけない。――そういう決意をするに足る理由がとうとう出来てしまったことが、残念だった。
そして――とても悲しかった。
.....End.
最終回まで長らくお待たせ致しました!大ッッッ変申し訳ありませんでした!
そしてここまでお付き合い頂いた読者様、大感謝です!
この回にて死神少女は完結となります。それぞれのキャラクターが自分の中でどう気持ちに決着をつけ、そしてこれから始まる物語をどう踏み出していくのかは、物語のキャラクター達にしか分かりません。何しろここが最終回ですからね。つまり続きがないのです。
正直10年以上前に書いた小説なので記憶も色々と曖昧ですが、テースの結末だけは書き始めた当初から決まっていました。そこに辿り着くまでの展開に四苦八苦しながらせっせと書いてコミケに出していた遠い思い出が甦ってきます……!今振り返ってみるともっともっとキャラを上手く動かせたんじゃないかと後悔もありますが、とにかくこれだけ長いのを書き切った当時の達成感はまだ忘れていません。
なにしろ、ほら、文章くどいじゃないですかコレ。
雰囲気とキャラクターの心情とかめっちゃ重視したるわー、と意気込んだ結果がコレですよ!
いやほんと、よくぞ読んでくださいました……!
ありがとうございます!
この設定をちょろっと活かしてこの間までコミケに出していた小説があったんですが、それはまた完全に別のお話なのでこのシリーズには繋がりません。あ、繋がってはいるんだけど直接の後編というわけではありませんので……。(そちらは今Pixivのほうでゴールデンウィーク終わるまでの期間限定で全話公開している「私、魔法少女やってます」になります。タイトル軽ぅい。ご興味ありましたら下記のURLへどうぞー)
https://www.pixiv.net/novel/series/1288125
死神少女自体の設定はもう20年ぐらい前に考えていましたが、ここまで付き合いの長くなる作品だとは当時思いませんでした。いざ書き始めるまでにまた数年の月日を経過したんですが、本当に良い経験でしたね。当時HPで晒した短編が2ちゃんのAAを使った話に再構築されていた時は驚いたものです。
本当はまたこのキャラクター達で何かしら続きをやりたい気もしますが、それは機会があれば……ということで。
それでは死神少女に登場したキャラクター達、ここまで読んでくださった皆様、これにて本物語はひとまずのお別れとなります。
今はただ彼らの全てを知ったアンナが普通の女の子になることを祈りつつ、終幕とさせて頂きます。