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クズ男、逃げられない

 出ない。

 全然出ない。

 クリティカルヒットがまったく出ない!

 道中、何度も戦闘になったが、一度もスキルは発動しなかった。

 城の奥にある謁見の間が間近というところでまたリビングアーマーと戦うことになったのだがクリティカルは出ず、結局ドーラが兜を引っこ抜き、俺が鎧内の文字を消すことで戦闘は終了した。


「そのクリティカルヒットとやらはいつになったら出すのさ!」


 呆れたように振り返るドーラ。

 俺は何も言い返せない。

 すでに1500回は攻撃している。

 九頭竜に連れて行かれた日を思い出す。

 あの日も同じようにパチンコでハマりまくっていた。

 こういう日は引けないというのがパチンカーの常識だ。


 まずい。マジで今日は運が悪い。

 ただクリティカルヒットが発動するまで攻撃すればいい、と楽観的に考えていた自分がいる。

 スキルさえ発動すれば大抵の相手は倒せるからだ。

 しかしそれではいけないのかもしれない。やはり何か方法を考えないと……。


「きゃあ!」


 後方から聞こえたヒマリちゃんの声。

 振り返ると彼女が転倒していた。

 しかも顔面から。


「だ、大丈夫か!? ヒマリちゃん!? 顔から行ってたぞ!?」

「ら、らいろうぶれふ……いらい」


 そりゃ痛いだろう。

 むしろよく無事だったと褒めたいくらいだ。

 彼女の顔は赤くなって、目じりには涙が溜まっている。

 よく転ぶし、何かが落ちてくるし、何かが壊れるしで、ヒマリちゃんに不幸が連続で訪れているようだった。

 以前からその兆候はあったが、今日は特にひどい。

 もう不注意のせいとかいうレベルじゃない。

 何か原因がなければおかしい。


「……実は私、不幸体質で……たまにこういう時があるんです。すごく運が悪くなって嫌なことが頻繁に起こって……しばらくすると止まるんですけど。前は小さな不幸が積み重なる感じだったんですが、最近は大きな不幸がやってくることもあって……ご、ごめんなさい……」


 ヒマリちゃんは半泣きになりながら、気まずそうに俯いていた。

 たまにそういう人がいるとは聞いたことがある。

 彼女は高校生ながらこんな場所で探索をさせられているし、そもそも父親が借金をして、母親がその返済のために過労死してしまい、残された妹を守るために若いながら返済に追われているわけで。


 それに加えて小さな不幸が連続している。神様なんてのがいたとしたらあまりにひどすぎないか?

 ドーラは嘆息しながらつぶやく。


「組む相手間違ったかな……はぁ」


 俺とヒマリちゃんは気まずそうに顔を見合わせる。

 確かにここに来るまで俺たちはドーラの足を引っ張りっぱなしだ。文句を言われても仕方ないだろう。

 ただ、言われっぱなしは癪だ。ここは言い返してやる!


「いいかドーラ! パチンコってのは波があるんだ! いつか当たると思っていたら当たらず、どうせ当たらないと思ったら当たり、どうせ当たらないと思い込めば当たると思っていたら当たらない! オカルトに頼り始めたら終わりなのに、誰しもそれに頼り始める! 当たった日と同じ服を着たり、同じルーティーンをしたりして運を呼びこんだり、最後には神社で神頼みするもんだ! 確かにそれは意味がない! オカルトは所詮オカルトだからな! だがな、絶対に当たらないなんてことはあり得ないんだ!」

「……何言ってんの?」

「つまり、何をしようがいつか当たるってことだ! 確率っていうのは必ず収束するからな! そしてクリティカルヒットが発動した時、きっとおまえは驚愕するだろう! ヤバすぎでしょ、あのスキル……! って思わず漏らすほどにな! その時を楽しみにしておくんだな! それとここまで負担をかけてごめんな! じゃあ行くぞ!」


 俺は一息に言い切ると納得する。

 よし、思ったことは言えた。これでなんのストレスもない。

 ドーラは何度も目をパチパチさせると、なぜかプッと吹き出した。


「あはは! あんた馬鹿でしょ!」

「よく言われる」


 俺は鼻を鳴らしつつ答えた。

 生まれてから今まで馬鹿だ馬鹿だと何度言われたからわからない。自分でも馬鹿だと思う瞬間が数えきれないほどあるから反論できない。

 俺とドーラのやり取りを見ていたヒマリちゃんが慌てて頭を下げた。


「ご、ごめんなさいドーラさん。足を引っ張ってばかりで」

「ほんとだね。あんたずっとこけてるし、なんか降ってきてるし、罠にはハマるし。ここまでの不幸体質な人間は初めて見たよ」

「うう、すみません……」


 ヒマリちゃんはしゅんとしてしまった。

 何かフォローしようと思うも言葉が出ない。

 若い女の子を励ましたことなんてないから、何を言っていいかわからなかったのだ。

 ドーラは大きくため息を漏らす。


「……ま、あたしにはお似合いか。さ、行くよ。もうすぐボスのいる謁見の間だ」

「はあ!? ボスを倒すのか!?」

「ボスは倒さなくてもいいけど戦いにはなると思う。ボス部屋にある宝箱にミミックが化けてんの。だから適当に相手してミミック奪って逃げる! 開けなければミミックも襲ってこないからさ」

「そんな上手くいくかねぇ」


 俺は一抹の不安を覚えた。

 だがここまで来て引くわけにもいかない。


「じゃあ、そろそろそのヤバいスキルとやらを発動してくれる? ボスも一撃なんでしょ?」

「任せろ! 俺は生活費を使い出してからの方がヒキが強いんでね!」

「……それもう死にかけじゃんか」


 ドーラからジト目を送られても俺は無視する。


「わ、私も頑張ります! いつも通りならそろそろ不幸モードが終わるはずなので!」


 なるほど。

 幸運に波があるなら、不幸にも波があるということか。

 つまりヒマリちゃんもパチンカーと同じように、運の波に乗る人生を歩んでいるわけだ。

 ふっ、俺と似ていたんだな、彼女は。


「変顔してないで、さっさと行くよ」


 キメ顔をしていた俺を馬鹿にしつつ、ドーラはさっさと先へと進み始める。

 俺とヒマリちゃんは慌ててドーラの後を追った。


 そしてしばらくして。


「ここがボスがいる謁見の間か。本当にこの中にミミックがいるんだな?」

「そ。ボスの宝に化けてるはずだよ」


 ボス部屋の位置はリセットする度に変わることが多いが、城などの建造物系のダンジョンでは大体同じ場所に現れる。

 それが謁見の間、あるいは玉座の間と言われる大部屋だ。

 眼前には両開きのやや大きめの豪奢な扉がある。

 ボスを倒さずに宝を開けるのは難しい。

 大人数であればボスの注意を引きつつ、別動隊が宝を盗んで逃げることは可能かもしれない。

 だが中身はミミックだ。

 モンスターを運ぶのは簡単じゃない。それに俺たちは三人しかない。

 ボスを倒せれば一番いいんだがな。


「行くよ」

「おう」

「はい!」


 三人が覚悟を決めた。

 ドーラが扉を徐々に開く中、俺とヒマリちゃんは武器を片手に警戒を続ける。

 重低音と共に扉は開かれた。

 中には……。


「誰もいませんね」


 いない。

 ボスもモンスターも他の探索者も。

 奥の方に宝が一つあるだけだ。


「どうなってんだ? ボスがいないぞ」

「リセット後、すぐに再配置リポップするはずなんだけどね」

「誰かが倒しちゃったんでしょうか?」

「いや、その兆候はなかった。ボスが倒されるとダンジョン全体が振動するから。俺たちがオークを倒した時もそうだっただろ?」

「確かにそうですね……じゃあ隠れんぼしてるとかでしょうか?」 


 言い方は可愛いが着眼点は悪くないかもしれない。

 擬態するモンスターもいる。

 ボスにもその類がいてもおかしくはない。

 モンスター図鑑にそういうタイプがいたような気がするが、さすがに十年以上前のことだ。

 忘れてしまっている。

 なんだったったか、くそ! 思い出せない!


「奥にある宝がミミック。ボスがいないなら好都合。さっさと討伐するよ!」


 ドーラが焦れたように言い放つ。

 確かにな、と返そうと思った瞬間、勢いよく後方の扉が閉じる。

 そこにいたのは。


「これでもう逃げられねぇな?」


 顔面タトゥーと数人のごろつきたちだった。


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