クズ男、下振れる
D1ダンジョン。城内。
ゲートを通ると城の正門を入ったところ、つまりホールに出た。
数メートルの巨大な門は固く閉じられている。
おそらくここが開くことはないのだろう。
正門からまっすぐ赤い絨毯が伸びており、正面には壁が待ち構えている。
左右には廊下が二つ。ホールには絵画や花瓶などの美術品や、アンティークな家具が置かれている。
あの家具は実際の家具とは違う。持ち運びのできないダンジョンのオブジェクトのようなものだ。
まるでゲームだな。
俺たち以外には探索者はいない。
ここまで人気がないとは肩透かしだな。
てっきりミミックの奪い合いになると思ったのに。好都合だけど。
「こっち」
ドーラが軽い足取りで右の廊下を進む。
ここはダンジョン。モンスターが出るかもしれないのに、ずいぶんと不用意だ。
「おい、待てって!」
俺とヒマリちゃんは慌てながらドーラの後に続いた。
ここはランクDのダンジョン。
ランクEよりも強いモンスターが出てくるだろうし、罠も危険度が増す。
ランクEは精々が小さな矢が飛んでくるとか、床が一メートルくらい落ちるとか、あるいは笑気ガスが出るとか、致命傷になる罠は少ない。
だがランクDとなると罠のレベルも上がるはずだ。
「……気を付けて進もう」
「は、はい!」
ヒマリちゃんに注意を促す。
彼女は若いながらも理解力が高く、そして調子に乗るようなことがない。
それは探索初心者が最初に学ぶべきことだ。
油断は命取りなのだから。
廊下を歩いてしばらくして、ドーラが足を止めた。
遠くに何かが蠢く姿が目に入る。
それは俺たちに気付くと、金属音を発しながら徐々に近づいてきた。
蠢く鎧。リビングアーマーだ。
中身のいないプレートアーマーが剣を片手に歩いていた。
建造物系のダンジョン、特に中世から近世エリアに現れるタイプのモンスターだ。
「……ドーラって属性スキル持ってたりしないか?」
「ないね。あたしは強化スキルだから」
「まずいな。相性最悪だ」
相手は金属の鎧。当然、打撃も斬撃も効果は薄い。
だがやるしかない。
俺は短剣を、ドーラはナイフを、ヒマリちゃんは弓矢を構える。
奇妙な緩急をつけつつ襲い掛かってくるリビングアーマー。
敵がロングソードを振り下ろす。
俺とドーラはそれを回避。俺は大きく、ドーラは小さく飛び退いた。
俺が後方で着地する前にドーラが地を蹴る。
「ふっ!」
重力を感じさせない身のこなし。
異常な速度でリビングアーマーとの距離を詰めたドーラは、すれ違いざまに斬撃を放つ。
ギャリィ。
小気味いい金属音。
ドーラの攻撃はリビングアーマーの腹部に直撃。
だが鋼鉄製の鎧には傷一つつかない。
ドーラは手首を何度も振っていた。
「かったいなぁ」
間髪入れずにヒマリちゃんが矢を放つ。
カン。
リビングアーマーの腕部に直撃するも、奴はまったく意に介してない。
やはり硬度はかなりのもの。
近接攻撃が通じる相手ではない。
予想通りだ。
「あ、あの! 全然効いてませんけど!」
「鋼鉄製の鎧だからな。物理的な攻撃はよっぽど威力が高くないと効果がないはずだ」
「じゃあ、どうすれば!?」
ヒマリちゃんはわかりやすいほどに焦り始める。
三人とも物理攻撃しか手段がないのだからそうなって当然だ。
だがやりようはある。
「鎧そのものが生物なんじゃなくて、鎧に魂が乗り移っているんだ。だから魂を鎧から引きはがせば無力化できる。そのためにはまずあいつの頭部を吹き飛ばす必要がある」
「わかりました! 頭を狙えばいいんですね!」
「いや、弓矢の攻撃じゃ、鋼鉄製の兜は弾き飛ばせない。ヒマリちゃんはあいつの注意を引いてくれ。ドーラ! おまえは奴をかく乱してくれ! 俺が奴の頭部を狙う!」
ヒマリちゃんには優しく、ドーラには聞こえるように大き目の声で伝えた。
「おっさんの腕力でできんのぉ?」
ドーラは俺を小馬鹿にしつつ、鼻で笑う。
あのガキ……俺を完全に舐めてるな。
「見てろ!」
俺の疾走を合図に全員が動き始める。
ヒマリちゃんは後方から矢を射る。
彼女は腕前が良く、命中率はかなり高い。
リビングアーマーにダメージは通らないが、奴の注意を逸らすことはできている。
「こっちだよ!」
先にリビングアーマーに辿り着いたのはドーラの方だった。
俺よりも距離があった上に、俺より後に動き始めたのに。なんて素早さだ。
後方から攻撃されたリビングアーマーは緩慢に振り返る。
だがそこにドーラはもういない。
「ここだ!」
俺は短剣をリビングアーマーの頭部に向けて横なぎに払う。
直撃……したのだが奴の頭部は微動だにしない。
まったく歯が立たない。
「何してんの! 全然効かないじゃんか!」
「う、うるせぇな! スキルが発動しなかったんだよ!」
「はあ? スキルが発動したらって……まさか、確率系スキルじゃないよね!?」
「そのまさかだよ! いいから発動するまで続けるぞ!」
チッと聞こえるように舌打ちをするドーラ。
不本意ながらも俺の作戦には協力してくれるらしい。
ヒマリちゃんが矢を放ち、ドーラは攪乱し、俺が頭部を攻撃。これを繰り返した。
「きゃあ!?」
「ヒマリちゃん!? 大丈夫か!?」
ヒマリちゃんの悲鳴に振り返る。
弓の弦が千切れていた。
「す、すぐに張りなおします!」
わたわたしながらヒマリちゃんはバックパックから新しい弦を取り出していた。
彼女が参戦できるまでこっちでどうにかするしか。
「きゃあ!?」
「ヒマリちゃん!?」
再び振り返ると、今度は盛大にこけていた。
「ううう、なんで屋内なのに足元に大きな石が……」
まずい。
ここに来てヒマリちゃんの不幸体質が本領発揮し始めている。
「ああもう! なにしてんのさ!」
ドーラがヒマリちゃんの分も働いてくれている。
注意を惹きつつ攪乱しているが、かなり負担が大きくなっている。
俺も隙を見て攻撃しているが、やはりクリティカルヒットは発動しない。
「まだ!? いつになったらそれ発動すんの!?」
「も、もう少しだから待ってくれって!」
「きゃああ!」
轟音と共に後方で悲鳴が聞こえた。
今度はヒマリちゃんのすぐ横に天井に吊り下げられていたシャンデリアが落ちていた。
さすがにおかしい!
運が悪いってレベルを超えてないか!?
他にモンスターがいるのか、あるいは罠が発動したのかとも思ったが、そんな形跡はない。
単純に運が悪いだけらしい。
ようやくヒマリちゃんが態勢を整えて戦闘に参加してくれた。
戦闘は継続。俺のスキルが発動するのを待ち続けた。
そして、十分後。
「だあああああああああ! そのゴミスキル、いつになったら発動すんの!?」
「ゴミって言うな! 発動したらすげぇんだぞ!」
「発動しないんだったらゴミでしょ! ゴミゴミ! このゴミクズおっさん!」
言いすぎだろ!? と思いつつも、全員が疲弊しきっている中では言い返せない。
ドーラの苛立ちも理解できた。
すでに100回近く攻撃してる。
今日はヒキが悪いのだろうか。
確率論の観点では319分の1を100回で当たる確率はなんと約27%である。
当たる可能性は低いということだ。
100回攻撃していたら大抵は敵を倒せているか、自分が死んでいるだろう。
よほどの長期戦を前提にしなければ、このスキルがゴミと言われても仕方はない。
けどムカつく!
100回転以内に当たることなんて稀なんだぞ!?
「ああああああもおおおお! 面倒くさい!」
ドーラがイライラしながら叫び加速すると、リビングアーマーの攻撃をかわしながら距離を詰める。
リビングアーマーにしがみつき兜を掴むと強引に引き抜こうとした。
「んがあああ!」
ドーラが顔を真っ赤にして後方に体重を傾ける。
スポン。
小気味いい音を発しながらリビングアーマーの兜は外れた。
ドーラはそのまま後ろへ倒れながら、空中で態勢を整えて着地。
兜は明後日の方へと転がる。
リビングアーマーは視界がなくなったのか、所構わず剣を振り回して始める。
俺は咄嗟にリビングアーマーへと駆けた。
「うお! あぶねぇ!」
奴の剣をかいくぐり、兜がなくなった部分から鎧内部を覗く。
そこに描かれた幾何学模様の文字を短剣で傷つける。
「ウゴゴゴゴ」
リビングアーマーが苦しそうにうめき声をあげる。
俺はすぐに奴から距離を取り、身構えた。
リビングアーマーはしばらく暴れまわっていたが、やがて体から黒い霧を出しつつ、動かなくなった。
次の瞬間、アーマー全体がバラバラになった。
全員にほぼ三等分された経験値が入る。
「だはあ! た、倒した!」
俺たちはその場に座り込んだ。
疲弊しすぎた。まだダンジョンに入って間もないっていうのに。
モンスター一体相手でこの疲労はまずい。
「おっさん! 全然、スキル発動しないじゃん!」
「しょうがいないだろ! 確率319分の1なんだから!」
「は!? そんなの当たるわけないでしょ! 戦闘なんて数秒で死ぬこともあるのに、低確率のスキルが発動するの待ってたら死ぬわ! あたしがさっさとやればよかったよ! てっきりすぐ発動すると思って期待しちゃったじゃんか!」
「ぐっ! う、運が良ければ発動するんだよ!」
「319分の1って319回やっても発動確率64%くらいでしょ。どんだけ気が長いのさ。相手がもっと強かったらその前に死ぬよ」
「ぐぬぬぬ」
正論だ。
数字まで出されたら言い返せるはずもない。
パチンコと違って金を支払う必要はないが、攻撃する際にはリスクが伴う。
戦いが長期化すれば危険度も上がる。
疲弊もする。
腹も減る。
喉も乾く。
金を払って回す方がよっぽどリスクが低いかもしれない。
今までは運が良かったのか、比較的早い段階でスキルが発動していた。
だが、確かに下手をすれば一日中発動しないこともある確率だ。
クリティカルヒットを前提として作戦を考えていたが、危険な考えだったのかもしれない。
「そのスキルはないものとして考えるから! どんなに強いスキルでも発動しないとただの役立たずでしょ。だから確率系スキルは使えないんだよ! まったく……死ぬかと思った!」
ドーラはいら立ちを隠しもせずに俺を睥睨してから、奥へと進む。
確率系スキルは役立たずのゴミスキルだと言われることが多い。
それは俺も知っているし、実際そう言われてもしょうがないと思う。
でも俺にとっては夢のスキルなんだ。
ずっと欲しくてたまらなかったスキルがようやく手に入ったんだ。
誰もがゴミと言おうが俺にとっては大事なスキルなんだ。
でも、俺のスキルが発動しないせいで二人とも疲れ切ってるし、下手すれば死んでたかもしれないという事実がある。
もっと考えて行動するべきだろう。
「あ、あの! シンさんのスキル凄いと思いますよ! 発動したら本当に強いですからね! ズバババって、かっこいいですし! それにあの……私も……役に立てていないですし……」
ヒマリちゃんの励ましが、今は心に突き刺さる。
俺は苦笑を返し、立ち上がった。
ここで腐ってしまったらおしまいだ。
俺にはクリティカルヒットしかない。だったらこのスキルをどう活かすか考えるしかない。
確率系スキルを実践で使えるようにする。運要素に頼り切るのではなく、運を前提とした戦略を練る必要があるんだろう。
……でもそんなことが可能なのか?
今までギャンブルをし続けて、その結果、借金まみれになった俺が?
運要素を前提とした立ち回りもできなかった俺が?
そんなことできるのだろうか。
俺は一抹の不安を抱えつつ、ドーラの後を追った。
視界の隅では心配そうな顔をするヒマリちゃんが見えた。




