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クズ男、やらかす

 それは突然の出来事だった。


「ごめんね、突然帰ってきて」


 四つ上の幼馴染の岐リリの姿を見て、俺は愕然としていた。

 彼女の横には3歳くらいの女の子が立っていたからだ。

 俺はまだ高校生でガキだった。

 だから余計に混乱して現実を受け入れることができなかった。


 高校卒業後、就職するために東京へ行ったはずの彼女が、なぜ帰ってきたのか。

 なぜ子供を連れているのか。

 俺の記憶ではリリは大人びてはいたがまだ学生だった。

 それがたった四年経っただけで……。


 何も言えず呆然と立ち尽くす俺を見て、リリは一瞬だけ顔を歪めると誤魔化すように悲し気な笑みを浮かべた。


「この子はあたしの子。ヒマリって言うの。ほら、挨拶して」


 ヒマリと呼ばれた小さな女の子は窺うように上目遣いで俺を一瞥したが、リリの後ろに隠れてしまった。

 リリのスカートの裾をぎゅっと握りしめている。


「……実は色々あってさ。旦那は東京にいるんだけど……親に顔を見せに戻ってきたって感じかな」

「そ、そうか」


 ギリギリ絞り出した自分の声はしゃがれていた。

 動揺があからさまに声音に出ている。

 動悸を激しく感じる中、それでも俺は理性をかき集めて平静を装った。


 俺はただの幼馴染。

 彼女に想いを伝えることも、彼女から好意を寄せられることもなかった。

 ただの……友人だ。

 だから俺から言えることは何もない。

 疑問も祝福も言葉にはできなかった。


「シン、あのね」


 俺の胸中など知る由もないリリは少しだけ目を伏せながら声を漏らした。

 リリの娘が、ひょこっと顔を出している。

 なぜか少し心配そうにリリのことを見上げていた。


「もしもあたしに何かあったらこの子のこと……」


 そこまで話してリリはきゅっと唇を引き結んだ。

 するとパッと表情を明るくして、俺の知っている明るいリリの姿に戻る。


「あはは、なんでもない。ごめんそろそろ行くね」

「あ、ああ」


 彼女に何か事情がありそうなことは感じ取れていた。

 でも何を言えばいいかわからなかった。

 身近に感じていた幼馴染が数年ぶりに再会すると別人のように思えてしまったんだ。

 けど背を向けて立ち去ろうとするリリをそのままにはしておけなかった。


「なあ! いつでも戻って来いよ! ボロ公園でさ、また話、聞かせてくれよな!」


 リリは背を向けたまま足を止める。

 数秒後振り向いた彼女は俺を馬鹿にするように嘆息した。


「何言ってんの。いっつもあたしの方があんたの馬鹿話を聞いてあげてたんでしょ。探索者になるんだ! 俺は世界一有名になるんだ! ってさ。ほんっといっつも同じことばっか言ってた癖に」


 いつもの彼女だ。高校生だった時の岐リリがそこにいた。

 あるいは敢えてその姿を演じてくれたのかもしれない。

 でもそれでもよかった。

 安心できた。

 彼女がまだ俺の知っているリリのままだと思えたからだ。


「う、うるせぇな! いいだろ、夢なんだから!」


 俺とリリが軽口をたたく様子をヒマリちゃんがきょとんとしたまま見ていた。

 交互に俺とリリを見た後、なぜか意を決したように俯き、俺のもとへと走ってくる。


「あ、あの……私、岐ヒマリ……です」

「お、おお? よ、よろしく? 甲斐シンです」


 ヒマリちゃんは宝石みたいな綺麗な瞳を俺へとまっすぐ向けていた。

 さっきまであんなに怯えていたのに一体どういう心境の変化だ?

 俺は突然の彼女の行動に驚いてしまう。

 しかしすぐに我に返り、膝を曲げて視線を彼女に合わせた。


「ママ、嬉しそうだった。いつも元気ないから。おにーさん、ママと仲良しなんだね」

「そう……かな。そうだといいけどな」


 リリとは幼馴染だが、それほど一緒にいたわけじゃない。

 彼女は陽キャで人徳があり、スポーツやら学業やらで優秀な成績を収める優等生。

 常にモテモテでヒエラルキーのトップにいる人だ。

 それに比べて俺は陰キャで友達も少ない。

 スポーツはやや得意だが勉強は苦手な劣等生。

 当然、女の子にモテたことなんて一度もない。

 ヒエラルキーの下の方の人間だ。

 でも不思議とウマが合ってたまに二人で駄弁ったりすることもあった。

 俺はその時間が好きだった。


「ヒマリ! 行くよぉ」

「はーい!」


 ヒマリちゃんはリリに呼ばれると元気よく走り去っていく。

 最初に感じた人見知りの印象はなくなっていた。子供ってのはよくわからんな。

 リリと手を繋いだヒマリちゃんは、俺へと振り返ると笑顔のまま元気いっぱい手を振った。

 俺は思わず笑みを浮かべて手を振り返す。

 リリはそんな俺とヒマリちゃんを見て微笑ましそうにしていた。

 二人が去っていく後ろ姿をなんとなく見送る。

 そして。

 それ以降、リリともヒマリちゃんとも会うことはなかった。


   ●□●□●□


 目を覚ますと、見知らぬ天井が俺を出迎えてくれた。

 窓の外から朝日が差している。

 どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。

 ふと横を見るとヒマリちゃんが寝息を立てて静かに眠っている。



「……思い出したよ。本当に会ったことがあったんだな」


 ヒマリちゃんから言われるまですっかり忘れていたくらいだったからな。

 幼馴染のリリに子供がいることが衝撃的すぎたせいか記憶が曖昧だった。

 我ながら身勝手だと思うが、リリに子供がいて欲しくないという思いが強すぎて勝手に記憶を改ざんしてしまったのかもしれない。

 あの時……リリは何かを抱えていたように思えた。

 今になってヒマリちゃんと会ったのは偶然か、それとも必然か。

 リリが会わせてくれたのかもしれない。

 さっきの夢もリリの仕業だとしたら、ずいぶんと用意周到だ。


 リリらしい。

 あいつは優秀で、いつも俺の先を行っていたし、なんでもわかっていた。

 単純な俺のことなんて完全に理解しているだろう。

 十数年後にまさかあの時の一方的な約束を思い出させるなんてな。

 俺は立ち上がり、軽く身なりを整えた。


 少し頭を冷やそう。

 昨日から色々とありすぎて混乱している。

 朝ならヤバい奴らも少ないはずだ。

 散策がてら少し歩きながら考えたい。

 そう思い、部屋を出た。


  ●□●□●□

 

「う、嘘だろ!?」


 俺は巨大な看板を見上げていた。

 そこには『闇カジノ』と堂々と掲げられている。

 ここは違法ダンジョン。

 違法行為なんて当たり前、むしろ日常茶飯事な場所だ。

 当然、違法ギャンブルもあるだろう。

 そんなことさえ今の今まで頭になかった。


 ダンジョン外とは違ってここは営業時間の上限なんてないらしい。

 まさかこんな朝早くにカジノが開いているとは。

 しかし客はほとんどいない。アルフヘイムの住人は早起きが苦手なのだろうか。


 俺は生唾をごくりと飲み込んだ。

 パチンコパチスロは賭博……というか遊技の中ではかなり良心的な方だ。

 なぜなら賭け金の上限があるから。

 競輪、競馬、競艇、カジノ。

 それらは基本的に上限がない。

 つまり一回のギャンブルで飛ぶこともある。

 逆に少額で遊ぶこともできるわけだ。


 今まではパチが面白かったので手を出さなかったのだが、ここはダンジョン内。

 現代機器の必要なパチは存在しない。

 入りたい。

 ギャンブルがしたい。

 でも俺には金が……。


 いや、ある。あるぞ!

 ステータスリングに金があるじゃないか!

 上限までは金が使える。

 つまり俺は1340万程、金を持ってるってことだ!

 これは借金である。

 しかし使える金でもあるのだ。

 つまり俺の金だ!


 大丈夫。

 勝てばいいんだ。

 倍にすればいいんだよ!

 カジノで借金帳消しにすればすべて解決じゃないの!

 ひゃっほーっ! テンション上がってきた!


 俺は意気揚々と闇カジノへと入っていく。

 ようし、まずはバカラだ!

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