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陳思王軼事  作者: 仲秋しゃお
兄弟
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(八)曹彰と孫氏

子文(しぶん)兄上!」


 遠くからかけられた声に、橘の樹林が始まるあたりを歩いていた大柄な影がこちらを向いた。


 そのかたわらには小さな影が寄り添っている。義姉上さまもおいでなのだわ、と崔氏は気がつくと、義姉を不用意に驚かさぬよう夫に注意を促そうと思ったが、その袖はすでに手の届くところにはなかった。


「兄上も朝方の庭園散策を好まれるとは知らなかった。

 やあ、義姉上もおいでか」


 崔氏が追いついたころには、曹植はすぐ上の兄曹彰(あざな)子文とその妻孫氏に向かって、朗々と挨拶を向けているところであった。

 礼教の原則からいえば理由もなく顔を合わせるべきではない夫の兄弟と偶然でくわしてしまったことに、孫氏はやはりいくらか居心地が悪そうであったが、曹植のほうは期せずして次兄に会えたうれしさか、至って呑気なものであった。


 困ったかただわ、と崔氏は義兄夫妻に礼を捧げながら思いつつ、自身もできるだけ曹植の背後に隠れつつ、一方では夫の声がふだんの明朗さを取り戻したことに安堵をおぼえてもいた。


 曹操と正室(べん)氏の間の次男にして曹植のすぐ上の兄である曹彰は、曹植と同様実質的には丞相邸に隣居しているようなものであるが、やはり妻帯して家を成しているので、毎日顔を合わせるというわけにはいかない。


 長兄曹丕の万能さについて語るほど頻繁ではないとはいえ、猛獣とも素手で格闘できるという次兄曹彰の武勇について曹植が憧れと感嘆をこめて語るのを、崔氏はこれまで何度となく聞かされてきたので、


(約束を交わされたわけでもないのにこうして兄君と偶然お会いできたのが、本当にうれしくていらっしゃるのだ)


とほのかに温かい気持ちにならざるをえなかった。


「庭園の散策というか、橘を見にきた」


 重厚な体格に見合ったよく響く声で曹彰が答えた。


「橘?」


「これには懐かしかろうと思ったのだ」


 これ、と言ったのはむろん彼のかたわらに立つ孫氏のことであった。

 中原の人間の感覚からすればやや小づくりにすぎる体格ではあるが、いかにも南方の佳人らしい、どこか幼さを残した顔の輪郭に丸みを帯びた眼がぱっちりと愛らしい婦人である。


 孫氏は曹操がつい先だって討伐軍を向けた孫権の親族であり、正確には孫権の従兄孫賁(そんほん)のむすめにあたる。

 孫賁は先年曹操の意向により征虜将軍に任じられており、孫権の一族のなかで戦略的に“取り込まれた”人物ではあるが、曹家における孫氏の立場はやはり、人質という意味合いを色濃く含むものであることに変わりはない。


 だが、崔氏の眼に映る二番目の義姉は、決して不幸そうというわけでもない。

 孫氏と曹彰の結婚はいまだ曹操が華北攻略において袁紹に圧倒されていた十年以上前のことであり、ほとんど幼児婚といってよい出会い方でありながら、いまに至るまで睦まじく暮らしているのだから、たしかに不幸ではないはずであった。


「義姉上もやはり橘がお好きですか」


「あら、あなたも?」


「はい、最近初めて食しましたが―――」


 言いかけて、曹植ははたと口ごもった。彼に橘を食す機会があったとすれば、むろん先日の江南征伐の陣中である。

 だが孫氏は気にしたふうもなく、愛すべき記憶をたぐり寄せたかのように顔をほころばせた。

 人質に近い任務を負いながら曹家で暮らしつづけるうちに、このような場面は何度も遭遇し、そして周囲の者に気を遣わせないすべを身につけてきたのかもしれなかった。


「あらよかった。わたしは()も好きだけれど、花はもっと好き」


 そういって少女のように屈託なく笑う。


「とてもよい香りがするの」


「香り、ですか」


「そう、ちょうどいまの季節に。

 ここでは見当たらないけれど、橘の花が本当に咲き誇ったら、樹林いっぱいに香りを散らして、樹下を歩くだけで衣服は香木を焚きしめたようになるの」


「それはすばらしそうだ」


 曹植もふだんののびやかさを取り戻したようにほほえんだ。

 曹彰と曹植の間ばかりでなく、孫氏と曹植の間にも、いつのまにか肉親同士のような自然なくつろぎが生まれつつあるのを崔氏は感じた。

 嫂叔(そうしゅく)の別を意識して決まり悪そうにしていた孫氏の先ほどのようすは、むしろ作為だったのかとも思われた。


 ―――ああ、そうなのだわ、と崔氏は今さらながら思い至った。

 彼女自身はこれまで、義理の妹として孫氏のもとを訪ねたり招いたりしたことは何度かあったものの、夫と孫氏が向かい合っているところは当然ながら見たことがなかった。

 だがこうして眺めてみると、外見こそ似通わないが、ほとんど実の姉と弟のように互いの呼吸を心得ている。


 孫氏が曹家に迎え入れられたのは曹植が数えで七、八才のころであるから、そのころはまだ、ふたりで会話や児戯をともに楽しむくらいは許されていたはずである。

 礼法では男女七歳にして席を同じくせずとはいうものの、曹家はこの水準の貴門にしては異例なほど、規律の緩い面がある。


 殊に曹植のように好奇心の強い子どもにしてみれば、はるか長江の南からやってきた人間とはどんなものだろうかと、兄の婚約を祝うのとは別の意味で胸ふくらませていたに違いない。

 そうして歳のあまり変わらない義姉を迎え、しきりと質問責めにしたり押しかけたりしているうちに、孫氏のほうもこの人懐こい義弟をかわいく思わざるをえなくなった、という流れが眼に浮かぶようであった。


(甄の義姉上さまも、子建さまがそれくらい幼いころにこの家へ来られたのなら、―――子建さまはどうお思いになっただろう)


 そんな思いがふと浮かんで、崔氏は急いで胸のうちに蓋をした。

 曹植と甄氏のふたりを結びつけて考えること自体が、重苦しい気持ちの訪れる前触れになってしまうことは分かっていた。

 誰かを憎んだり貶めたりすることに行き着いてしまう想念ならば、最初から抱かないほうがいいに決まっている。


(孫の義姉上さまと同じように自由に行き来することができれば、甄の義姉上さまのこともきっと、自然とお慕いできるはずなのだ)


 曹植の甄氏に対する思慕にはやはり不安を拭いきれない一方で、崔氏は生家にいたころは同世代のなかで最も年長だったこともあり、嫁ぎ先で姉を持つということにはいくばくかの期待があった。


 実際、孫氏とは当初、互いの訛りや身長、そして気質の違い―――江南では女児といえども比較的自由に育てられるのか、あるいは女児でも本格的に武術を習うことが許されるという孫家独特の家風によるものなのか、孫氏は愛らしい外見とはうらはらになかなか活発な婦人なのだった―――などでやや隔たりを感じる面はあったものの、夫同士の仲が良いこともあって少しずつ打ち解け、いまではほとんど心おきなく交流している。


 孫氏のさらに上の義姉である甄氏とも、許される限りは親しく行き来し、そして好きになりたいという崔氏の気持ちは本当だった。


 問題は、甄氏とはなかなか接点をもてないということである。

 伝え聞くところでは生来繊細な体質であるようだが、曹丕のために一男一女をなしてからはとくに体力が衰え、(ねや)の外に出ることが難儀な日も多いという。

 婚礼の翌日におこなった挨拶を含めても、崔氏は甄氏と顔を合わせたことが数えるほどしかなかった。


 妻は夫の兄弟とはできるだけ接点を持つべきではないという原則がある一方、兄弟の妻同士は同じ義父母、同じ祖宗に仕える姉妹として、日々睦まじくすることが奨励される。

 崔氏もむろん孫氏だけでなく、日常生活や四季折々の行事に甄氏を招待したり訪問を打診したりしてきたものだが、折悪しくというべきか、あるいは恒常的に体調がすぐれないためか、その多くは謝絶されてきたのだった。


 甄氏の閨まで見舞いに参上したことは何度かあるが、寝台の(とばり)越しでの短い会話にとどまり、互いを深く知ることもないまま現在に至っている。

 だがそれでありながら、婚礼の翌日、夫方の親族女性を順々に訪問し挨拶を交わす中で、初めて甄氏に対面したときの印象は、いまだ忘れようにも忘れられないものであった。


(あのかたはまことに、天女ではないのだろうか)


 崔氏はいまでも、そう思うことがある。


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