熠燿宵行(六)
「暗くなってきたな」
窓の外をみながら曹植は言った。
寝所のなかは少し前から屋外よりもだいぶ暗くなっており、すでに燭台に火は灯している。
日はまだ沈みきっていなかったが、空の半ば以上は青みがかった闇に覆われていた。雨上がりの宵の刻だった。
「日が落ちる前に、書庫へ返しに行くか」
「そのままお手元でお読みいただいても、かまいません」
「いや、すべて読んだ。よければ、今夜読むための書物も新しく借りたい」
「かしこまりました」
今度は、補修が完全に済んだ一巻も含め、書庫から借りだしてきた簡牘すべてを曹植ひとりで抱え上げた。
せめて半分はわたくしが、と手を伸ばした崔氏を制し、携帯用の燭台を持って行き先を照らしてくれるように頼んだ。
明かりを頼りにしながら寝所のある棟から出てみると、回廊からみえる空は先ほどよりも濃紺を増していた。
夕刻近くまで小雨が降ったり止んだりをつづけていたこともあり、仲春の終わりというには空気は冷たかったが、遠くに見える杏の木々からほのかに甘い香りが漂ってきていた。
「平原侯さまは」
歩いているうちに、崔氏がふと曹植に問いかけた。
日中に書庫から寝所へ戻ったときの問答を思い起こしたのかもしれなかった。
「詩のなかではどれがお好きでいらっしゃいますか」
「たくさんあるから、挙げるのが難しい」
「そうなのですか」
「だが、―――そなたが挙げた「七月」のように豳風のなかで選ぶなら、「東山」が好きだ。
物悲しいが、最後に救いがある」
ええ、と崔氏もうなずいた。
「東山」は、毛序(毛詩学派の祖や継承者が作ったとされる各詩の解題)の解釈でいえば、西周の初め、いわゆる三監の乱を平定するために東方遠征軍を率いていた周公旦が、三年にわたって家を空け従軍した兵士たちの労苦をねぎらい称えることを意図してつくったものであるという。
「兵士たちの苦難に寄せた周公の御心が、全編に滲むかのようです」
(俺は必ずしも、周公の作だとは断じないが―――)
曹植はそう思ったものの、そこを争点にしたいわけではないので口には出さなかった。
毛序・毛伝そして鄭箋は、詩の解釈を周代の歴史的事件や人物に大きく寄せすぎ、そのために無理が生じるところがある。
幼い時から韓詩のほうにより深く親しんできた曹植の目には、そう映る。
だが語句によっては、韓詩そして魯詩・斉詩を併せた三家詩より毛詩やその関連注釈のほうが合理的な解釈を示している場合があり、柔軟に考えるべきだとも思う。
「ちょうど、いまぐらいの時刻だな」
「え?」
「熠燿 宵に行く。畏るべからざるなり、伊れ懐うべきなり」
―――ええ、と崔氏はうなずいた。
「東山」の中盤、兵士らが家族から離れて軍務に就いているうちに、男手のなくなった彼らの家がうら寂しく荒れ果ててゆくさまを描写する一節であった。
どう思う、と曹植はつづけた。
「薛漢が韓詩に付した章句では、“熠燿”を鬼火、言い換えれば燐だと解している。
『説文解字』によれば、戦死した兵士の血や牛馬の血が鬼火になるという。『論衡』も同じようなことを言っている。
だが毛伝は、“熠燿”は燐であり、燐とは蛍火であると説く。
そなたなら、どちらの解釈に与する」
「そうですね、―――」
崔氏は考えるように少しうつむいた。
「鬼火と考えたほうが、戦場に斃れた者を悼む周公の御心の尊さを、―――彼らを恐れるべきではなく追慕するべきだ、というお気持ちの深さを、より切々と感じられる気がいたします」
「なるほど、それも道理がある」
「ですが、この一節は兵士たちが不在にしていた家とその周辺の荒廃を―――もうしばらくしたら兵士たちが帰ってくるはずの郷里を詠っているのですから、そこに鬼火が舞っているというのは、筋が通らないかもしれません。
“畏るべからざるなり、伊れ懐うべきなり”はやはり、遠く離れていた家と家族を想え、と解すべきではないでしょうか」
「俺もそう考えた」
灯火に浮かび上がる崔氏の横顔をみながら、曹植はうなずいた。
「この詩は結句では婚姻の喜びを詠うから、その時点では仲春かもしれんが、そこに至るまでの帰路には当然、四季の移ろいがあるはずだ。
だから、兵士たちが想念する郷里の情景も季節によって移ろうのではないか」
「たしかに」
「“熠燿宵行”はおそらく、蛍が夜に飛ぶ季節であろう。ちょうど今日のように雨がちな時候であれば、草木が十分に潤いを含んで、それもまた光を放つ。そういう情景だと思う」
「―――美しいですね」
そう口にしてから、崔氏は補足が必要だと思ったのか、後をつづけた。
「もちろん、兵士たちは、廃屋のように荒れ果てた家の情景をも胸に描きながら帰郷するのですから、とても物悲しいのですけれど―――それでも、もし家に家族を残しているならば、帰郷後は蛍が舞う情景をともに眺め、秋冬は家で過ごせるのだと思いながら、心を慰めることもできるようになります」
そういう捉え方もあるか、と曹植は思った。
肯定を示すようにうなずきながら、彼はふと、自分が近年みた蛍のことを考えた。
少なくとも曹家の本拠地が鄴に移ってから、つまり自分が十三歳になった頃より後は、水軍の演習用として開鑿された玄武池の岸辺か、広大な銅雀園中に配された池や小川の水際でしばしば目にしてきたはずだ。
ある年の夏の終わりか秋の始めごろ、いまと同じような宵の刻に、銅雀園の一角にある池の岸辺で、偶然長兄とその妻とに行き会った。
彼女はあの頃まだ、それほど床に臥せがちではなかった。
園内で長兄が彼女を連れ歩くところを見かけるのも、それほど稀なことではなかった。
その水辺にいる間、曹植は努めて長兄に話しかけた。
嫂に直接話しかけるのがすでに憚られる年齢に達していたということもあるが、長兄にだけ用があるのだという態度を保つことができれば、ほんの一瞬彼女のほうに視線を向けることぐらいは許されるような気がしたからだった。
実際には一瞬といわず、何度も目をやってしまったように思う。
彼女は自分たち兄弟から少し離れて佇み、池の水面に飛び交う蛍をひっそりと眺めていた。
宵の薄闇のなかでもその横顔は白く浮かび上がり、今にもどこか遠い場所へ去ってしまうのではないかと危ぶまずにはいられなかった。
彼女が自分のものだったことはかつて一度もなく、これからも決してあるはずはないのに、これ以上遠く引き裂かれたなら生きてはいけない―――そんな思いすら、すべてを薙ぎ払う波濤のように何度となく胸のうちに差し迫り、そして砕けた。




