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第65話 大人の意見

「兄さん、良いんですか?またクラウゼ少佐達が何か始めてますよ」 


 隊長室に入るなり管理部部長の高梨渉参事はそう言うと腹違いの兄である司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐の顔を見ながらソファーに腰掛ける。


「まあいいんじゃないの?アイツ等も今回の件で俺等の仕事が結局何が出来るのか、何が出来ないのかがわかったんじゃないかな?結局は俺達の立場じゃ事件が起きなきゃ動きが取れない、終わったときには被害者の涙ばかり。あんまりおいしい仕事じゃ無いってことだよ俺達のお仕事は」 


 嵯峨は安城秀美が土産に持ってきた羊羹をうまそうに頬張る。その姿に立ったままで二人を見つめる安城秀美は大きくため息をつく。


「いつのもことだけど……そんな部下の使い方しているとそのうち足元掬われるわよ。今回の事件だって厚生局の07式の投入とあの法術覚醒プラントの登場くらいは予想してたんでしょ?」 


 その声に頷きながら司法局実働部隊技術部部長の許明華大佐が湯飲みを高梨に差し出す。目の前の湯飲みを包み込むようにして持った高梨は同意するように大きくうなづいた。


「なに、忠告したってやることは同じなんだからさ。まあ俺は隊長なんて柄じゃねえことはわかっているんだ。今回だって辞表を司法局長代行のタコの野郎に提出したんだけどさあ……」 


「また握りつぶされたの?これで何度目?」 


 噴出す安城に嵯峨は情けない顔をしてみせる。明華も呆れたようにその光景を見つめていた。


「でも今回はかなり事後処理に手間取りそうですね。東都軍部の上層部と同盟厚生局の幹部連中は全員諭旨免職処分になったそうですが……まあ厚生局の背後にいた遼北では大粛清の嵐だそうですよ」 


「身分が自由になれば好き勝手なことを言い出しかねないってこと?まあそれを相手にするほどマスコミも暇じゃないでしょ。まあ甲武やゲルパルトなんぞの地球人至上主義者や東和の妄想遼州人のネットユーザーが騒いで終わりよ」 


 安城の一言を聞いても高梨は納得がいかないというように頭を掻く。小太りで小柄と言うまるで兄の嵯峨とは似たところの見えない彼から嵯峨に明華が視線を移した。


「けど……今回の厚生局の違法研究のデータが流出した件の方が軍幹部の政治ゲームよりももっと重要な事件だと思うんですけど」 


 そんな高梨の言葉を聞くと嵯峨は一口目の前の湯飲みの茶を口に含んだ。


「研究が不完全なものだったのは誰もが認めるものですもの。直接応用しようなんて動きは無いでしょうけど……まあ警戒しておくに越したことは無いわね。その辺は本局の調査部に連絡しておくわ」 


 そこまで言うと安城はじっと嵯峨の顔を見た。明らかに納得がいかないというように手元にあった書類の角をぴらぴらとめくっている嵯峨に不思議そうな視線を向ける。


「何か気になることでもあるの?」 


 安城の言葉に嵯峨は顔を上げた。相変わらず納得がいかないと言う表情で高梨に目を向けて、そしてそのまま天井を見つめる。


「俺はさあ。アメリカ陸軍のネバダの実験場で人体実験の材料にされたことがあるからわかるんだけどさ。今回の事件であの化け物の材料にされた被害者いるだろ?ランの奴は自分達の制御が出来なくなった彼らが誠に止めを刺してくれって言ってたっていうんだけどさあ」 


「クバルカ中佐らしい話ね」 


 そう言うと安城は手にした湯飲みを口に運ぶ。


「だとしたらそんな言葉がなぜ周りの研究者にはその声が聞こえなかったのかなあって思うんだよね。俺の場合は意識があったから注射針とか突き刺してくる連中をにらみつけてやったら結構びびってたよ」 


 嵯峨の口元に微笑が浮かぶ。それを見て安城はため息をつく。高梨は黙って茶を啜っていた。


 ぼんやりとした視線で自分を見上げている嵯峨の顔を見て、ハッとしたのは安城だった。


「嵯峨さんにはわからないかもね。ずっと平和とは無縁に生きてきた人ですもの」 


 その遠慮してオブラートに包んだような安城の言葉に嵯峨は首をひねった。


「どういうこと?まあ俺の周りじゃあ刃傷沙汰が絶えなかったのは事実だけどね。餓鬼の頃からそうだ……甲武に行けばさっそく地球相手に大戦争だし。一度死んでまた戻ってみれば故郷の遼南は内戦状態。平和より戦争状態の方が俺にとっては普通のことだからな」 


 そう言うと嵯峨は引き出しを開けた。そして湯飲み茶碗の隣にかりんとうの袋を置く。空の湯のみに気を利かせた高梨が茶を注いだ。


「平和な時代だと自分の手が汚れていることに気づかないものよ。他人を傷つけるのに戦争なら国家や正義とか言う第三者に思考をゆだねて被害者ぶれば確かに自分が正しいことをしているとでも思いこめるけど、立ち止まって考えてみれば自分の手が汚れていることに嫌でも気づく。でも……」 


 安城の言葉に明らかにそれがわからないというような顔で嵯峨はかりんとうの袋を開ける。彼女は視線を高梨に向けるが文官の高梨はただ困ったような笑顔を向けるだけだった。


「俺が言いたいのはさ、自分の正義で勝手に人を解剖するのはやめて欲しいってことなんだよ。理系の人にはわからないかなあ」 


「理系とか関係ないと思いますけど」 


「渉はそれなりに苦労してるじゃん」 


「神前曹長からすれば嵯峨さんの方がもっと質が悪いかも知れないわよ」 


 そう言って安城は嵯峨の目の前のかりんとうの袋を取り上げた。取って置きを取られた嵯峨が悲しそうな視線を安城に向けた。


「技術が進んでも人は分かり合えない。そう言うことなんじゃないですか?別に平和とか戦争とか関係ないでしょ」 


 一言、高梨がつぶやいて湯飲みに手を伸ばす。嵯峨は手にしていたひとかけらのかりんとうを口に入れて噛み砕く。


「そうかもしれないわね。結局、人は他人の痛みをわかることは出来ない。でも、想像するくらいのことは出来るわよね」 


「それくらい考えてもらわねえと困るよなあ。でもまあ……俺も人のことは言えねえか」 


 いつもの自分を皮肉るような笑顔が嵯峨の顔に宿る。そして嵯峨は気がついたように後ろから差し込む冬を感じるはるかに光る太陽を見上げた。


「ああ、まぶしいねえ。俺にはちょっと太陽はまぶしすぎるよ……で、思うんだけどさ秀美さん」 


 突然名前を呼ばれて安城は太陽をさえぎるように手を当てながら両目を天井に向けている嵯峨に目をやる。


「この世で一番罪深いのは想像力の不足じゃないかと思うんだよね。今回の件でもそうだ。生きたまま生体プラントに取り込まれる被験者の気持ちを想像できなかった。研究者連中の想像力の欠乏が一番のこの事件で断罪されるべきところだったんじゃないかなあ」 


 その言葉に安城は微笑んだ。


「そうね、これから裁かれる彼等にはそれを何時かは分かって欲しいわよね。でもそんな私達もたとえ想像が及んだとしても相手に情けをかけることが許されない仕事を選んだわけだし。そんな私達はどう断罪されるのかしら?」 


 嵯峨は苦笑いを浮かべる。


「さあ……誰がいつ俺達を断罪するのか……因果な商売だねえ、軍事警察機構の隊員てのは」 


 そして嵯峨は頭を掻きながら手元の端末を操作する。中には大会議室で応接室のかなめと志村三郎の父との会話を覗き見ている誠達の姿があった。


「あいつ等もそのうちこんなことを考えるようになるのかねえ」 


 嵯峨の冬の日差しを見上げる姿に珍しく安城は素直な笑顔を浮かべていた。



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