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第32話 凄腕を紹介する訳

「そんな……俺ってそんなに喧嘩っ早く見えます?」


 島田は大将の言葉に苦笑いを浮かべた。


「なあに。うちの人の部下達はね街中で銃撃戦をやることのスペシャリストなんだよ。兄ちゃん。アンタのご自慢の拳の届く範囲はせいぜい数メートル。でも銃弾の届く範囲ってのは……まあ、アンタも司法局の人間だ。銃器の訓練ぐらい受けてんだろ?」


 レイチェルはそう言ってほほ笑む。島田は青ざめてこの間も黙ってランに目を向けた。


「だから言ったろ?喧嘩を売る相手は選べって。なあに、レイチェルさんの言うとおり、この親父さんの部下達は人込みでターゲットだけを射殺して、無関係な民間人に弾を当てないぐらいの芸当はできる猛者ばかりだ。お祈りしろよ……ここの親父さんがオメーの挑発で気分を害していないことを。もし親父さんが怒っているなら、オメーが店を出たとたんに顔面に二三発銃弾が命中すんぞ」


 かなめはそう言って笑った。


「嘘……」


「嘘ついてどうすんよ」


 絶句する島田をランは静かに見つめていた。


「おい、ラン、西園寺の嬢ちゃん。くだらない戯言を言いにわざわざ出かけてきたのか?ご苦労なこった」


 親父はそう冷酷に言い放った。その後ろ姿を見ながらかなめは不敵な笑みを浮かべる。


「親父。そうつんけんするなよ。実は頼みがあってきた」


「頼み?」


 親父はかなめの言葉に思わず振り向いた。


「そうだ。頼みだ。ここにいるアタシとラン以外の連中の身の安全のことだ」


「へえ……」


 かなめの言葉が意外だったようで、レイチェルは感心したようだった。


「かなめ嬢ちゃん。ようやく自分が何をしてるのか、見えるようになったみてえだな」


 そう言う親父の目は笑っていない。かなめはその言葉に思わず頭を掻いた。


「アタシだってアンタに言わせればぬるいかもしれないが、それなりに修羅場って奴を経験してるんだぜ。アタシが軍人を始めた最初の職場があの租界だ。銃弾の雨が降り注ぐあそこで諜報工作なんて仕事をして、同僚が無慈悲に殺されていくのを見れば、嫌でも周りを見て生きるようになる。日々観察とその結果を反映しての自己の成長に努める。まあ地獄から学んだアタシなりの仕事の流儀だ」


 日頃、誠が見ている粗暴で考えなしに見えるかなめから意外な言葉が飛び出した。誠は思わず目をカウラとアメリアに向けた。二人とも誠と同じくあまりに意外なかなめの言葉に呆然としていた。


「なるほど。御大将が姪だって理由だけであんたを重用するわけがないと思っちゃいたが……嬉しいね。後輩にこんな見どころのある人材がいるんだ」


 店に入ってから初めて見る親父の心からの笑顔だった。親父はそのまままるでかなめのことを自慢しているように妻のレイチェルに目をやった。


「そりゃあ、西園寺のお嬢さんもアンタの御大将が目を付けた御仁さ」


 レイチェルは砕けた調子でそう言った。かなめはレイチェルの言葉に覚悟を決めたように一息ついた。


「それじゃあまるでアタシ達が足手まといみたいな言い方じゃないの!」


 いつもの態度と明らかに異なるかなめの言動に戸惑ったようにアメリアがそう叫んだ。


「勘が鈍ったんじゃねーか、アメリア。この中じゃ、西園寺とアタシ以外で戦場という世界の中に身を置いた経験のあるのはオメーだけなんだぜ。思い出せよ、遼州系アステロイドベルトを。あそこでゲルパルト帝国のネオナチ残党の先兵として戦争をやっていた二十年前をさ」


 小さなランはそう言って自分より遥かに大柄のアメリアを見上げた。


「アメリアさんって……」


 ランが漏らしたアメリアの過去。誠が聞いたのはほんのわずかな情報だというのに、アメリアを見る自分の目が変わっていることを誠は自覚した。


 お祭り好きで底抜けに明るいムードメーカー。島田の隣で戸惑っているサラにとってはいつでも愚痴をこぼせる信頼できる同僚である。


 そんなアメリアに戦場の地獄を見た過去がある。先の大戦で戦場で失われた人口を補うため、戦局が配線濃厚だったゲルパルト帝国が戦うために作りあげた存在であるアメリア達『ラストバタリオン』だった。


 誠の知る限り、彼女達は結局大戦には間に合わず、地球軍が彼女達の製造プラントを制圧したときは、ほとんどの『ラストバタリオン』は培養ポッドの中で完成の時を待っていたはずだった。ここにいる同じ『ラストバタリオン』である、サラが起動したのは終戦後、隣で様子をうかがっているカウラに至っては稼働開始まだ8年であり、当然戦争などは経験したことがない。


「誠ちゃん。まあ隠しておくつもりは無かったんだけどね。ネオナチの連中。ゲルパルトが降伏してもなお、抵抗をやめなかったの。まあ、あの人達は諦めが悪いから。まあ、アタシは製造プラントから移送されてアステロイドベルトで目覚めるという最悪の経験をしたのよ。まあ、抵抗といってもそれほど長くできるはずもなく、数年で残党狩り組織に制圧されて、私はそこで保護された。まあ、昔の話よ」


 いつもとまるで違う、悲しげな表情でアメリアはそう言うと苦笑いを浮かべた。


「まあ、オメエが戦場の匂いの序の口を知っている戦場初心者ってことはどうでもいい。アタシが親父さんに頼みたい内容に違いはねえんだ。親父……」


 かなめはそう言うと親父の顔を見た。そこにはいつもの仏頂面があった。


「なんだ」


 相変わらず不愛想に親父はそう言った。


「アタシと中佐は戦争狂に出会ってもテメエのケツぐらいはちゃんと拭ける流儀は心得てる。まあ、アタシ等の仕事じゃそんな馬鹿に出くわす可能性は一般企業に勤めてるサラリーマンに比べたら嫌になるくらい高い」


 そう言うとかなめは再びどんぶりの汁を啜った。


「で?何が言いたい」


 再び親父は口元に笑顔を浮かべた。そう言って次の言葉を選んでいるかなめの顔を見つめる。


「後でこの戦場初心者が本当にヤバくなったらここに駆け込むように説得する。だからそん時は頼む。アタシや中佐も体は一つだ。年中こいつ等の世話して回るなんてのは不可能だ……頼む……」


 こんなに深々と頭を下げるかなめを誠は初めて見た。隣ではランも軽く頭を下げている。


「なんだ!西園寺!私達が甘ちゃんだとでも言うのか!」


 そう叫んだのはカウラだった。一応は、第二小隊小隊長。かなめの上司である。誠も彼女がそう抗議するのもうなづけた。


「カウラよ。オメーのそう言う真っ直ぐなところは上司としては嫌いじゃないが、このことは西園寺とアタシが神前が配属になったときにすで決めてたことでな。いつかここにオメー等を連れてきて頼もうと思ってたんだ。まあ、今回の事件はかなりヤバい事件だ。まあ、いい機会だ。アタシの顔に免じて堪えてくれ」


 ランは笑顔でカウラにそう頼んだ。真剣な顔でランにそう言われてしまえばカウラも黙るしかなかった。


「で?西園寺の嬢ちゃんよ……その頼みに俺はどう答えると思う?」


 不機嫌そうに親父はつぶやく。その瞳をにらみつけながらかなめは笑顔を浮かべた。


「受けるね、アンタは。アンタはそう言う人だ」


 かなめはそう言って再びどんぶりを手に取った。


「俺も随分お人よしに見られたもんだな」


「じゃあ断るのか?」


 かなめは矢継ぎ早にそう言った。


 親父は目をランに向けた。小さなランは不敵な笑みを浮かべながらにらみ返す。


「アンタの腹はこの娘等が来た時から決まってたんだろ?」


 レイチェルはそう言ってほほ笑んだ。


 親父は苦笑いを浮かべつつ静かにうなづいた。


「しゃあねえね。ランと西園寺の嬢ちゃんとの仲だ。引き受けてやるよ」


「よし!」


 ランはそう言うと店の中を見回して、黙ってやり取りを見つめていた誠達一人一人を目で確認した


「それよりランよ……うどんは頼まねえのか?」


 ぼそりと大将がつぶやくのを聞いてアメリアが手を挙げる。


「かけうどん大!」


 アメリアの注文ににやりと笑った大将はうどんを茹で始めた。


「じゃあ、アタシもかけの小で」


「アタシは釜玉」


「そうだな……私はおろし醤油の中がいい」


 ラン、かなめ、カウラが次々と注文する。


「じゃあ僕は……」


「俺はざるうどん!」


 注文しようとする誠を遮って島田が叫んだ。


「もう!正人ったら……誠ちゃんが注文しているところじゃないの……私もざるうどんの大」


 サラが慌ててそう言った。


「はいはい、サツマイモが揚がったよ」


 レイチェルはそう言ってトレーにサツマイモの天ぷらを並べる。


 先ほどまでの殺気はすでにこの場には無い。誠はその事実に気づいて苦笑いを浮かべた。

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