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第31話 第一期『特殊な部隊』

 すぐにカウラは路地から国道に車を進めた。地球外惑星を代表する企業である菱川重工業の企業城下町らしく次々とトレーラーが通る国道を、車高の低いカウラのスポーツカーが走る。


「でもあれよね。乗り心地はパーラの前の車の方が良いわね」 


「だったら、今降りても良いんだぞ」 


 余計なことを言うアメリアとそれに突っ込むかなめを振り返りながら、誠は次々と三車線の道をジグザグに大型車を追い抜いて進む車の正面を見てはらはらしていた。カウラはそれほどはスピードは出さないが、大型車が多く車間距離を開けている時はやたらと前の車を抜きたがる運転をする。そして駅へ向かう道を左折してがくんとスピードが落ちる。周りは古い繁華街。見慣れた豊川の町が広がる。


「あそこのパチンコ屋は駐車場があったんだが……うどん屋にはあるのか?」 


「パチンコ屋の立体駐車場は取り壊し中だ。いつものコインパーキングが良いだろ」 


 かなめのアドバイスにうなづいたカウラは見慣れた小道に車を進めた。そして古びたアパートの隣にあるコイン駐車場に車を止めた。


「じゃあ行くぞ!」 


 かなめの笑顔を見ながら誠は商店街のアーケードに飛び込んだ。平日の日中と言うことで客の数は思ったよりも少なかった。


「はやってるんですかね」 


 誠の言葉に答える代わりにアメリアは指をさした。


 そこにはすでに到着していた島田にサラ、茜とラン、ラーナの姿があった。


「おう、アメリア。丁度いいときに来たな」 


「ご馳走様であります!中佐殿!」 


 そう言うとアメリアは素早く暖簾をくぐって店に消える。誠は『讃岐うどん』と書かれたのぼりを見ながら店の中に入った。


「いらっしゃい」 


 店に入ると出汁の香りが広がる。そこで恰幅の良い大将が振り向きもせずにそうつぶやいた。


「客が居ねえな……その方が都合がいいや」 


 ランはそうつぶやいた。その言葉を聞いて巨漢の大将が振り向いてため息をついた。まるで親子のようでほほえましいと思いながら誠はそのまま奥のどんぶりに向かった。


「それじゃあ私から!」 


 いつの間にか脇をすり抜けてきたアメリアが飛び出してカウンターに手をかける。


「おたくの艦長さんかい……でかいね」 


「なんでそんなこと知ってるの……でかくて悪かったわね……ぶっかけうどんの大で」 


 そう言いながらアメリアは揚げ物をしている女性従業員に声をかけた。


「揚がっているのはかき揚げしかないけど……」


「こいつ等は客じゃねえよ……かなめ坊……何だねその目は」


 大将はそう言うとまだ入り口で外を気にしているかなめに声をかけた。


「まるで重要拠点だな。狙撃手は308ウィンマグか?」


「308ウィンマグ?なんですそれ」


 誠はそう言ってかなめに目をやる。大将はその言葉を聞くとにやりと笑った。


「ここの入り口の狙撃だったら距離はいらねえんだ。5.56ミリで十分だ」


「へー……」


 誠は大将の『5.56ミリ』と言う言葉でそれが銃弾をさしていることが分かった。誠の使っているHK53の使用弾も口径は5.56ミリだと記憶していた。


「狙撃手付きうどん屋?」


 カウラはそう言って店内を見渡した。店内には誠達の他に客は無かった。 


「ここの大将は第一期『特殊な部隊』の副隊長……つまりアタシ等の先輩って訳だ」


 ランはそう言って誠を見上げてきた。


「第一期『特殊な部隊』……」


 反芻するように誠はそうつぶやいていた。そしてランがただうどんをおごるためだけでここに誠達を連れてきたわけでは無いことに気が付いた。


「そうだ……うちの隊長が初めて率いた部隊……その時の副隊長がここの大将ってわけだ……」


 ランはそう言って背を向けたままの恰幅の良い店の大将を見つめた。


「そうだ……レイチェル、そう言うわけだからこいつ等客じゃねえ……」


「そうなの……」


 白い割烹着に三角巾を頭に巻いた金髪の美女が揚げたイカゲソ揚げをトレーに並べている。


「この人も?」


 島田はそう言ってレイチェルと呼ばれた女性を指さした。

 

「こいつはうちの家内……隊長のことは知ってる……身内だ」


 そう言って大将はようやく誠達に顔を向けた。


 蛇のような鋭い視線とそれに似つかわしくないユーモラスな顔に思わず誠は吹き出しそうになる。


「そこの一番デカいのが神前か……聞いてたよりましな面構えじゃねえか……アサルト・モジュールの操縦下手なんだってな」


 ぶっきらぼうに話題を切り出した大将の言葉に誠は照れながら頭を掻いた。


「隊長は……確か甲武軍治安機関の出身ということは……」


 カウラのつぶやきに大将の目から輝きが消える。


「そうだよ。俺達は遼南で『ゲシュタポ』の真似事をしてたんだ……当時はな。今はカタギでやってるのもいればいまだに戦場で傭兵稼業に励んでいる奴もいる……色々あるもんだ」


 大将はそう言うとにやりと笑った。


「昔話はそれくらいにしてだ。志村三郎の実家のうどん屋をご存じなんですか?」


 レイチェルから受け取ったかけうどんをトレーに乗せた誠は意を決して無表情な店の親父に声を掛けた。


「あそこの親父は俺の兄弟子だ……遼南の名店で修業した口だ」


 親父が言ったのはそれだけだった。かなめとランはわかりきっているというように黙ったままうどんをすすっている。


「なんでそんなこと知ってるんですか?あそこって租界の中じゃないですか?」


 島田はそう言った。誠は島田の表情を不自然に感じていた。


 甲武国陸軍の工作員として活動していた経験のあるかなめや、遼南内線で共和政府軍のトップエースとして鳴らしたランという二人の百戦錬磨の戦士に警戒感を抱かせる程に危ない男。この店の親父がまともな経歴の持ち主でないことは誠にもわかる。


「だからどうした」


 親父は黙ってそう言った。島田の顔にあざけりの笑みが浮かぶ。


「あそこは一般人は立ち入り禁止っすよ。危ないですから。俺達みたいな司法執行機関員でもない限り出入りは難しい。アンタみたいなパンピーが行くところじゃないですよ」


 そう言って島田は親父をにらみつける。親父は口を真一文字に結んだまま島田の言葉を黙って聞いていた。


「正人……挑発するのやめなさいよ」


 それまでうどんに夢中だったサラが止めに入った。それでも島田は不敵な笑みを浮かべて親父をにらみつける。


「茶髪のあんちゃん。喧嘩慣れしてるな。腕っぷしに自信がある。そんな餓鬼の面だ」


 そう言うと親父はにらみ合いに飽きたとでもいうように島田に背を向けて壁に並んだ湯切りざるの整理を始めた。


「ふん!」


 勝ちを確信した島田がどんぶりに視線を落とした。


「茶髪の兄ちゃん」


 ドスの聞いた女性の声が店中に響く。誠はそれがこれまで客向けの笑みを浮かべたレイチェルから発せられたことに気づいた。さすがの島田も彼女の突然の変化に驚いたように顔を上げる。


「あんた。半グレ上がりだね……せっかく今はこうして更生して司法局実働部隊なんて言う堅気の仕事についているんだ。自重しなよ……それと隣の嬢ちゃん……」


 レイチェルの目。先程まで誠達を客として見つめていた目には人間性のかけらも見えなかった。


「はっはい……」


 サラがおずおずと赤い髪に隠れそうな顔を上げた。


「あんたも自分の男が間違いを犯したら止めてやりなよ。特にこの兄ちゃんの目。狂犬だ。まあ、心根まで狂犬ならとっくの昔に人の道から外れていたんだろうけど……。兄ちゃん」


「なんすか?レイチェルさん」


 島田は今度はレイチェルを挑発的視線でにらみつける。


 レイチェルも一歩も引く気はないと言うようににらみ返す。


「いい年なんだろ?喧嘩自慢は結構だが……相手を選びな。アンタ、そのままだと近いうちにその娘を泣かすよ。まあアタシの言葉の意味はアンタがくたばってその娘が悲しむってことだけど」


『この人、かなめさんと同類……いや、もっと上だ。人の死んでいく様をかなめさん以上に見てきた目』


 誠はレイチェルの青い瞳を見てそう思った。


「島田の。レイチェルさんの言うとおりだぞ。オメーは自分より弱い奴には手を上げないが、強い奴にはまるで土佐犬みたいに無境にかみつく。悪い癖だぜ」


 うどんの汁を啜りこむのを一旦止めて、ランは顔を上げてそう言った。


「ランの姉御。ひどいですよ。俺が犬っころみたいじゃないですか」


 島田は笑いながらランを見つめた。


 ランの表情に笑顔は無かった。

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