1.霧島夫妻、異世界に立つ
【あらすじ、ご覧になられる→ご覧になる】2人を乗せたスペースシャトルは光学迷彩を起動させながら静かに着地した。
機体は霧島重工業製のスペースシャトルで、最近一般向けの販売が始まったばかりのものだ。
個人向けと言うにはいささか大きすぎるその機体には、どんな環境でも数10年は生き残れるだけの設備と備蓄が積まれている。
それだけの設備とあってお値段も目玉が飛び出るほど高い。
「ねぇ、あきらくん、ここ、どこ?」
不安げにそう聞いてくる美しい女性は私の妻で、なをひとみという。
「わからん。ちょっと植栽と気候を調べてみる。」
シャトルに据え付けられている気候調査キットを起動させてしばらくすると、出てきた結果は冥王星では無いとのこと。
また、どの太陽系惑星とも大気の構成成分が違うため、違う世界である可能性が一番高いと言う結果が出た。
近年の調査によると、どうやら異世界というものが存在する可能性が高いという論文が発表されたばかりなので、タイムリーなことこの上ない。
「異世界らしい。」
「あら、異世界。」
「リアクション薄くないか?」
「あなたが一緒ならどこでも変わらないわよ。」
「そうか。」
地球から始まった私たちの道はどんな困難も (ほぼ運の力で)乗り越えてきた。
今更何を恐れることがあろうか。
「むしろこれは大きなビジネスチャンスかもしれない」
「そうね、今なら競合他社はいないわ。
あるとすれば、現地の企業だけ。」
「ここに、DAYS HDの異世界支店を作ろう。」
「異議なし!」
2人はシャトルに戻ると、もう一度エンジンを起動させて近くの人里、それもできるだけの都会を目指した。
このシャトルは空気と太陽光を動力として動く完全無公害シャトルであり、駆動音もほぼない。また、受電部がなんらかのダメージを受けたとしても、自己修復し、修復完了までは水のみで駆動することができるようにされている。
この技術ももちろんうちが開発し、世界に大きなイノベーションをもたらしたのだが、その自慢はまた今度だ。
しばらくシャトルを飛行させるとそれなりの都会の反応をキャッチした。
「キャッチしたセンサーによると人口100万を超える大規模な都市が見つかった。
これより情報収集に移る。」
「了解。」
シャトルは大規模な都市の上空にて旋回を始めた。
数分もすると現地の言語、社会生活、風俗など大体の情報が手に入る。
戦争目的の利用もされそうなものだが、あちらの世界ではすでに戦争など過去の遺物だ。内戦すらない。
「ひとみ、面白い情報だ。」
「なにかしら?」
「この世界には魔法がある。」
「へ、へぇ〜。」
気の無い返事をしているが、興味を惹かれまくっているのは見ればわかる。
ひとみは興味を惹かれると耳がピクピクと動く。
今耳を見てみるとかつてないほど大きく動いている。
「発動は大気中に含まれる、いわゆる魔力のようなものを媒介にしているようなんだが、その魔力を動かすためのエネルギーは個人によって違うらしい。」
「た、たとえば?」
「単純に体力を使って発動する奴もいれば、魔力と親和性が高い奴は血液中に魔力を誘引する因子を持ってる奴もいる。」
「つまり、魔法を使った後息が上がる人もいれば、貧血みたいになる人もいるってこと?」
「そうなるな。だが、一番魔力と親和性が高いのはそのどちらでもない。」
「え?」
「資金力だ。」
「はっ?」
「金で魔法が発動できるらしい。」
「ちょっと意味わかんない。」
「この世界では貴族が絶大な力を持っているようだが、なぜか。
それは莫大な資金力を持つからだ。」
「でも私たちこの世界のお金持ってないわよ?」
「そうだな、すでに俺たちの世界では現金という文化さえ失われた。
そのかわりどうなった?」
「生体認証…。」
「そう、つまり俺たち自身に資産情報が紐つけられるようなになったんだ。」
「ということは?」
「この世界で俺たちの資産状況が確認できれば魔力が使える。」
「…ッ!!!!」
「まぁ、魔法を使うのは免許制らしいからとりあえず免許取りに行こうか。」
「どこに?」
「魔法免許センター。」
「いや、名前ダサっ!」
2人はシャトルで収集した言語情報をデータに落とし込み、超小型の翻訳装置を装着するとシャトルを降りた。
シャトルが見つかるとまずいので、光学迷彩を起動させた状態で惑星外の衛星軌道上に隠し、都市に入り込む。
入管での検査も、それなりに本当に聞こえる嘘をでっち上げ、都市に入った。
「案外ちょろかったな。」
「ね。」
二人はまずはこれとばかりに免許センターに向かう。
二人はコンタクトレンズなような超小型コンピュータを装着している。
このおかげでシャトルの情報に随時アクセスでき、また、シャトルのデータベースも随時同期される。
つまり、道に迷うこともなく、免許センターで受ける予定のテストも楽々パスできるという寸法だ。
「でっかいなぁ…。」
「大きな建物には慣れてるはずなんだけど、これは大きいね…。」
二人の前には堂々とした建物がそびえ立っていた。
その大きさは日本の国会議事堂にも匹敵する。
「そこの二人、こちらへ。」
大きな建物を見てぼーっとする二人に声をかける守衛。
「何か御用ですか?」
「えっと、二人で免許を取得しに。」
「かしこまりました、それではこのまま真っ直ぐ進まれますと受付がございますので、そちらで受付を済まされた後、本日の試験時間は2時間後ですので、西棟402号室へお進みください。」
「西棟?」
「見えている建物の右側です。」
「あ、はい、わかりました。」
「それではどうぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
道案内に従い、順当に西棟402号室に到着する。
するとそこには受験者が数十人ほどいた。
「結構多いね。」
「たしかに。」
結論から言うと、普通に試験には合格できた。
その日のうちに免許証を発行してもらい、とりあえずの宿を探す。
「なんか、昔の日本の運転免許証みたいだね。」
「たしかに。俺もそう思う。とりあえず宿探そうか。」
「はーい。でもお金は?」
「それも見てみる。」
この世界では高度なキャッシュレス化が進んでいる。
お金を媒介にして魔法を発生させることができる以上、その人の持つ資産を数値化する必要がある。
そのため、この魔法免許証にはウォレット機能が付いており、いつでも現在使用できるお金が確認できるようになっている。
もっとも一般の人々は自らの口座と直結しているのだが。
「お、接続できた。」
「えっ本当に?」
「使用できる金額は…」
「金額は?」
「920兆円」
「えっ。」
「920兆円。」
「それってどれくらい?」
「あっちの世界で俺が自由に動かせる金額とほぼ同じかな。」
「こっちの世界だとそれはどれくらいの凄さなの?」
「うーん、多分世界で一番大きい魔法が使えそう。」
「……開いた口が塞がらないね。」
「ひとみも同期してみたら?」
「わかった。」
しばらくしてのち、ひとみが口を開く。
「できた。」
「どう?」
「残高は600兆円くらい。」
「やっぱり向こうの資産と同じくらいか。」
「うん、そうみたい。」
「じゃ軍資金もできたことですし、ホテル探しますか。」
「そうしましょう。」
シャトルのデータベースにアクセスして一番高級な、セキュリティのしっかりしているホテルにたどり着くと、まるで地球の高級ホテルのようにドアマンがいた。
「すいません。」
「はい、いかがいたしましたか?」
「2名一室で一番セキュリティのしっかりしている部屋をお願いしたいのですが、空きはありますか?」
「少々お待ちくださいませ。確認いたします。」
地球で見たインカムのようなものでやりとりするドアマン。
しばらくしたのち、こう告げた。
「一室だけ空きがございますので、そちらでよろしければご案内いたしますが、いかがなさいますか?」
「そちらで構いません。お願いします。」
「かしこまりました、こちらへどうぞ。」
ドアマンに連れられフロントまでやってくる。
まるで地球かのような錯覚を覚えるがここは異世界と自分に言い聞かせる。
「お待たせいたしました、こちらに身分証明証をおかざしいただくか、紹介状をお見せください。」
ほう、このやり取りは初めてだなと思いつつ、先ほど発行してもらった免許証を二人ともかざす。
「ありがとうございます。霧島様ご夫妻でいらっしゃいますね。
それではお部屋の説明と料金の説明に移らせていただきます。」
部屋は最上階のスーペリアルスイートで、一泊150万円程だった。
そんなホテルは地球でも山ほどあるので今更大して驚かない。
「じゃあ年間契約でお願いできますか?」
「えっ?」
「そうね、年間契約にしましょう。
その方が帰って安く済むわ。」
「おいくらですか?」
「か、確認してまいりますので少々お待ちください。」
程なくして支配人らしき人が現れた。
「霧島様、本日はお越しいただきありがとうございます。
私、当ホテルの支配人を務めております金子と申します。
スーペリアルスイートの年間契約とお伺いしましたがよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
「それでは料金が、こちらでございます。」
電卓のようなものに示された金額は3億円。
おそらく現地通貨で提示されているのだろうが、コンタクトのおかげで日本円に換算されてみることができる。ありがたい。
提示された金額は、だいたい二億四千万ほど割安になっている。
「結構です。ウォレットから精算お願いします。」
「かしこまりました。」
先ほどかざした機械にもう一度身分証をかざす。
チャリーンと言う間の抜けた音ともに4億円が引き去られた。
「それではお部屋にご案内申し上げます。」
支配人が直々に案内してくれたので、この先に色々と聞いておく。
「私たちは商売をしにこの街にやってきたのですが、話を通すべきところはありますか?」
「それならまず商工会に行くと良いかと。
必要な手続きを全て教えてくれますよ。」
「そうなんですね。
では…」
そんな話をしているといつのまにか部屋についた。
「お話をたくさんありがとうございました。
また何かあれば聞いてもいいですか?」
「もちろんでございます。
それでは私は失礼いたします。」
「はい、ありがとうございました。」
案内された部屋は2ベッドルーム、3バスルーム、2リビングの部屋でめちゃめちゃ広かった。
「ねぇ!あきらくん!お風呂もめっちゃ綺麗!」
「うぉ!しかも広い!」
テンションがただ上がるだけの二人。
風呂に入り、まさかあるとは思わなかったが、ルームサービスまであったため晩飯を頼み、本日の情報を整理する。
「俺思うんだけど、日本みたいだよね。」
「それはめっちゃ思う。」
「あとさっきお風呂一緒に入った時に思ったんだけど、若返った?」
「うん、たぶん。こっち来た時はたぶん前の顔だったけど、さっきお風呂はいった時によくみたらたぶん大学生くらいの時まで戻ってる。」
「ひとみもだよ。」
「なんかそれだけでもうこの世界に来た甲斐があったよね。私これから先どんなに苦しくても我慢できる自信ある。」
「さすがだな。」
「女の美容にかける情熱なめたら怖い目見るよ。」
「かしこまりました。」
「とりあえず明日は情報収集に動こうか。」
「そうしましょう。」
若返った肉体でテンションが上がった二人はたいそう燃え上がったとかそうでないとか。