古代竜狩り 57
恐怖の半竜集団から逃げ切れた事は本当によかったと安心すべき事実なのだが、しかし涙目のうさこの頭を撫でながらジュラードは考える。
なんだろう、このもやもやとした胸の不安は。
「……おい、ローズ」
「なんだ?」
せっかく窮地を脱したというのに何故こんなに不安なのか……その理由に気づいたジュラードは、うさこを撫でながらローズに視線を向ける。
「俺たち、迷子なんじゃないか……?」
「……」
数秒の沈黙の後、ローズはジュラードの問いに引きつった笑顔を返した。
「……大丈夫、なんとかなる」
「おい、それ答えになってないぞ」
全然大丈夫に聞えないローズの表情を見て、ジュラードの顔色もまた一段と悪くなる。しかし二人の不安を察したマヤが、呆れた表情で「ウネがいるんだからどうとでもなるわよ」と二人に声をかけた。
「さっきも話したじゃない。脱出に関しては、ウネの力があるから心配はいらないって」
「あ、そ、そうか……そうだったな」
マヤの言葉にローズがそう安堵の返事を返し、ジュラードも『そういえばそうだった』と安心する。ウネも傍で「それは大丈夫、まかせて」と頼もしい言葉を呟いた。
「まぁでも……ここがどこかよくわかんないから、迷子なことには間違い無いけどね」
「結局迷子なんじゃないか……」
マヤの呟きに対して、げんなりした表情でジュラードが言葉を返す。そして彼は立ち上がり、「とりあえず動かないと」と言った。
「大きなドラゴンがいる気配もあるみたいだし、見つけてヴォ・ルシェかどうかだけでも確認したい……」
ジュラードがそう言った直後、彼の足元でうさこが急に激しく鳴きだす。ジュラードは「どうした?」とうさこに視線を向けた。
「きゅうぅ! きゅいいぃー!」
「? 気をつけろ……? 危ないって、どういう……」
もう誰もツッコまないが、完全に一行はうさこ語をマスターしているらしいので、うさこが何を伝えようとしているのかをジュラードは理解する。
うさこが何か危険を伝えようとしていると知ったジュラードが、それをローズたちに伝えようとした時だった。
「おい、ロー……」
ジュラードがそう口を開いた時、彼は金色に輝く細かい光が天井から降り注いでくるのに気づく。思わずジュラードは言いかけていた言葉を止めて、「なんだこれ……」と呟いていた。
ローズたちもいつの間にか音も無く降り注ぎだした謎の光に、困惑した表情で目を奪われている。やがて同じく光の粒に困惑しながらそれを観察していたマヤが、ハッとした様に目を見開いてこう叫んだ。
「ヤバ……ちょっと、これってもしかして……っ!」
だがマヤが何かに気づいた時には、もう既に遅かったようだった。降り注ぐ不気味な金色の輝きの中で、突如ウネが眠るようにしてその場に倒れる。後を追うようにフェイリス、そしてローズも根を閉じてその場に倒れ込んだ。
「なっ……おい!」
「きゅいいい ぃーっ!」
次々倒れていった仲間たちに、ジュラードはひどく焦った表情で「何なんだ!?」と声を上げる。そしてマヤが「この光、吸い込んじゃダメ! これって前の虫と同じやつよ!」と言うのが聞え、彼が再度頭上を見上げた時、ジュラードの意識も突如襲い掛かった強烈な睡魔に遠のく。
「ジュラード!」
マヤの叫ぶ声が遠くに聞える。
意識が完全に睡魔に飲まれて消える直前、ジュラードは天井に無数にへばりつく蝶のような生き物を目撃したが、直後に彼の意識は闇に完全に飲まれた。
「……ぅ……」
ゆっくりと目を覚ます。
体が鉛のように重く、意識がはっきりとしない。だが何度か無意識に瞬きをすると、少しだけ意識が覚醒した 。
何かふにふにして冷たいものが、自分の頬の辺りに密着しているような気がする……。
「きゅいいぃー! きゅいいぃー!」
「あら、ジュラードが一番に起きたのね」
「……?」
自分の直ぐ傍で聞えたそんな会話に、ジュラードはぼんやりとしたまま、声のした方へと視線を向けようとした。
体を動かそうとしても、まるで自分のものじゃないかのように重くて動かない。辛うじて首だけは動かせそうなので、僅かに動かした首と視線だけで彼は声の主を認識した。
「……うさ、こ……に、マヤ……?」
自分の顔にべったり張り付いて頬をぺちぺち両手で叩いているうさこに、その頭の上に乗って自分を観察している様子のマヤがそこにはいた。
「大丈夫、ジュラード」
「きゅううぅ~……」
二人(?)に気遣う言葉をかけられ、ジュラードは重い体をなんとか動かして上体を起こしてみる。まだ少し頭がぼんやりするが、無理矢理にでも起きてみると、意識はだいぶはっきりしてきた。
ジュラードは額を押さえながら軽く周囲を見渡し、「俺は一体……」と弱く呟く。するとマヤが「また虫にやられたの」と、彼に言った。
「虫……?」
「ほら、前に体が動かなくなっちゃったアレ。今回は眠っちゃうタイプだったみたいだけど」
マヤに説明され、ジュラードは「あぁ……」と思い出す。そして何か鈍く痺れるような両腕を軽く振り、ややおぼつかない足取りながらも彼は立ち上がった。
「なんか……やっぱ体もおかしいぞ……ちょっと痺れるというか……」
「あらん、それは厄介ね……ローズも今回はがっつり食らっちゃったみたいだし」
マヤのその言葉に、ジュラードは改めて周囲を見渡す。すると自分の少し遠くにローズが倒れているのを見つけた。マヤの言うとおり、彼女も虫の鱗粉をおもいっきり吸い込んでダウンしてしまっているらしい。
「けどアタシが無事でよかったわよねー」
「え? なんでだ?」
自分の頭上を飛び回りながら何故か得意げな顔をするマヤに、ジュラードは疑問の表情を向ける。するとマヤは「あんたらが寝てる間にアタシが虫退治しといたのよ」と答えた。
「あ、あぁ……そうだったのか」
「感謝しないさいよね、全く……あの虫、なんかあんたら眠らせた後急に活発に動き出してびっくりしたわよ。あれは間違いなく、ぐっすり眠らせたあんたらを餌にしようとしてたわね」
「うげ……っ」
マヤの言う事が本当なら、心底マヤには感謝しないといけない。ジュラードが「ありがとう」と素直に礼を言うと、マヤは得意げに笑って「いいわよん」と返した。
「ぶっちゃけあんたを助けたのはついでだからね。ローズが餌にされちゃたまらないから燃やしただけだし~」
「……あぁ、そうか」
マヤはいつでもマヤだという事を確認して、ジュラードは自分の足を一生懸命よじ登ろうとしていたうさこを抱き上げた。その時、倒れていたローズの呻く声が聞える。
「ん……」
「!?」




