古代竜狩り 55
三日月のような弧を描いた刃は、半竜の頭と胴を切り離す。斬首された半竜の首は、蒼い瞳に忌々しげな感情を宿して地面へと転がった。
まだ敵は倒しきっていないと、一息つく間も無くローズが次を相手しようと顔をあげる。すると激しい銃声が連続して周囲に響いた。
「っ……」
思わず視線を前方へ向けると、空薬莢が地面に落ちる音と共に、魔物もドサリと重い音を立てて地面に倒れる光景が見える。その中心にいたのは、銃を下ろして深く息を吐くフェイリスだった。
元・軍人だったという彼女の周囲を警戒するその眼光は、その経歴を示すとおりの鋭い険しさで、思わずローズはその横顔を見つめて硬直する。しかしフェイリスがローズの視線に気づくと、彼女はいつもどおりの妖艶な笑みでローズに振り返り微笑んだ。
「ローズさん、大丈夫ですか?」
「え? あ、あぁ……フェイリスがほとんど倒してくれたし、他はジュラードたちが倒してくれたみたいだし……」
フェイリスに声をかけられ、ローズは周囲の状況を確認しながらそう答える。どうやら襲ってきた半竜は、いつの間にか全て倒し終えたようだった。
そうしてローズが安堵の息を吐くと、フェイリスはローズの腕の怪我を見て眉を顰めた。
「怪我をなさっていますね……」
「あ、これは……大丈夫、魔法で治してもらえるし……」
自分を心配してくれるフェイリスにローズは微笑み、「ありがとう」と助けてくれた事を含めての感謝を告げる。するとフェイリスも微笑み、彼女はローズが予想していなかった行動に出た。
「では……私はこちらの傷を治して差し上げます」
「へ?」
フェイリスの不可解な言葉の意味をローズが理解するより先に、フェイリスは妖しく微笑んだまま身を乗り出してローズに顔を近づけた。
間近に迫るフェイリスの美貌に、ローズは一瞬思考停止して動けなくなる。そして吐息が顔に触れるほどに、フェイリスはローズの頬へ唇を寄せて…
「ひぅ……っ」
思わず妙な声がローズの唇から漏れる。温かいフェイリスの舌が自分の頬を舐め、それが一体何を意味していたのかローズはすぐには理解できなかった。
ただ驚いて硬直するローズに、フェイリスは熱っぽい眼差しを向けながら「ほっぺ、怪我してますよ」と言った。そのフェイリスの言葉にローズはやっと何が起きたか理解し、急激に頬を赤く染める。
「なな、な、舐め……っ!」
「うふふ、ローズさんのお肌ってホント肌理細やかで柔らかくって……東洋の方はみんなこうなのでしょうか。それともローズさんが特別? ふふっ、なんにせよ……」
艶っぽく目を細めて「ご馳走様です」と囁くフェイリスに、ローズはまたよりいっそうカッと顔が熱くなるのを感じる。『ホント何なんだこの人』と、ローズは混乱しながらうろたえた。
そこにマヤ様が恐い監視員の目でゆっくりと二人へ近づく。
「ちょぉーっとフェイリス、なにアタシの許可なく勝手に楽しいことしてんのよ……」
淡い色の光を纏いながら恐い顔で近づくマヤは何かの悪霊に見えて、思わずローズは悲鳴を上げそうになる。一方でフェイリスは何故か嬉しそうな笑顔で、恐い顔のマヤへと振り返った。
「あぁすみませんマヤ様! お仕置きですか!? ですよね! 私、何でも致します!」
「……フェイリス、あんたなんでそんなに嬉しそうなの?」
色々危険なフェイリスに、ついついマヤもドン引きな反応を返す。そんな二人の様子を眺めながら、ローズは先ほど見た鬼気迫る雰囲気のフェイリスはなんだったのかと真剣に悩んだ。
(なんかこの人、普段と真剣な時とそれ以外の時のギャップがすごい……)
先ほどちらりと見えた戦闘後のフェイリスの姿は、普段の優しく色っぽい彼女とは大きくかけ離れた、まるで鬼神の如き迫力を持った姿だった。
(……本当に何者なんだろう、この人は)
頼りになる事は間違いないのだが、それ以上に常に自分は身の危険を感じる……と、ローズはやや困った眼差しでフェイリスを見つめた。
一方でジュラードも戦闘を終えて、今のフェイリスとローズたちの様子を、休憩しつつやや離れたところから眺めていた。
ジュラードはウネに怪我を治してもらいながら、フェイリスの行動を呆れた眼差しで見やる。何となくそこに”羨ましい”という感情が含まれているような気がしたが、ジュラードはそんなことは無いと思う事にした。
「何をやってるんだ、あっちは……」
思わずそう呟くと、ウネが「治療、終わった」と告げる。それに対してなぜかうさこが「きゅうぅ~!」と素早く返事を返した。
「あ、あぁ、悪い……って、ウネ、何故俺の後ろに隠れるんだ」
治療が終わると直ぐに自分の背後に隠れるように移動したウネに、ジュラードが不思議そうにそう問いを向ける。
ウネは彼の疑問に真顔でこう答えた。
「私、あの人苦手……」
「……フェイリスか?」
ジュラードが聞くと、ウネは神妙な面持ちで頷く。ウネをここまで怯えさせるとは、フェイリスはやはり只者じゃないと、ジュラードもそんなことを再認識した。
やがてローズたちがジュラードたちの元へとやって来て、「無事か?」とローズがジュラードらに声をかける。
「きゅうぅー!」
ジュラードが返事するより先にうさこが『無事』だという事をローズに伝えると、ローズは「ならよかった」と彼らに微笑んだ。
「というか、お前が一番無事じゃないぞ。早く治してもらえ」
ジュラードが心配そうにローズの腕の怪我を見ると、ローズは今度は苦笑いして「だな」と返す。そして彼女はウネに治療を頼んだ。
そうしてローズが治療中、マヤはジュラードたちに語りかけるようにこう口を開く。
「段々と敵が多くなってきたわよね……頻繁に戦闘になるし」
「そうだな」
まだドラゴンとは遭遇していないが、今日はやたらと半竜とは接触している。このままさらに奥へ進めば、おそらくドラゴンに遭遇するのも時間の問題だとジュラードは思った。
「ま、そうやって敵がたくさん湧いて出てくれなきゃ困るからいいんだけどー」
「いや、それはそうだけど……むやみやたらにたくさん沸くみたいなのはちょっと……出るなら目標だけでいいんだが……」
そんな会話をしていると、ふとローズの治療をしていたウネが何かに気づいたように治療の手を止めて顔を上げる。
「ウネ、どうした?」
ローズが不思議そうにそうウネに声をかけると、ウネは何か気配を探るような様子で数秒沈黙した。そしてローズが疑問の眼差しのままウネを見つめていると、やがて彼女は口を開く。
「なにかまた来るかも……しかも、今度はもっとたくさん」
「え?」




