救済の方法 13
一晩洗ってない髪を気にしながらそう言って起きてきたイリスに真っ先に気づいたのはうさこで、うさこは「きゅいいぃ~!」とテンション高く鳴きながらイリスの元に駆け寄った。
「きゅうう~きゅうぅ~」
「うん、うさこ、おはよう……」
イリスは自分の足に飛びついてきたうさこにそう挨拶し、そしてじっとうさこを見つめ続ける。やがて彼は小さくこう呟いた。
「……ゼリー」
「きゅっ!?」
昨日の昼から一切物を口にしていない空腹過ぎるイリスの目には、うさこの姿が甘くて美味しい獲物となって映る。
「水色って……何味なのかな……」
「きゅ、きゅううぅぅうぅ……っ」
不吉なことを呟きながら自分を見下ろすイリスに、うさこは涙目でぶるっぶるに震える。そして恐怖のあまり動けないうさこにイリスが屈んで手を伸ばした時、「イリス」と呼ぶ声がしてイリスは顔を上げた。
「なに……むぐっ……」
「飢えてるからってうさこに盛るなよ」
顔を上げたと同時に口にパンを突っ込まれたイリスに、いつの間にか彼の傍に立っていたユーリが呆れた顔で声をかける。勿論パンを突っ込んだのも彼だ。
イリスは口に突っ込まれたパンをもしゃもしゃと食べてから、何か不満げな表情でユーリを見た。
「こんな大きいのいきなり口に突っ込むなんてサイテー」
「あぁ? 腹減ってたんだろ? むしろ感謝しろよ。あとお前、いちいち言い方が卑猥でムカツク」
「私は思ったことをそのまま言っただけなんだけど。それなのに卑猥だなんて発想しちゃう方がどうかと思う」
「うるせぇ、口にソーセージ突っ込むぞ」
「ポークビッツの間違いじゃなくて?」
「あっはっはっ、言いやがるなぁこの真性淫乱野郎。マジで太いの突っ込んで黙らせるぞてめぇ」
「無理無理、だからあんたの細くて短いのじゃ満足出来ないってば」
「誰が短小ホーケイだっ!」
「いや、包茎とまでは言って無いけど……え、うそ、あんたってそうなの? あの、ごめん……」
「ちげぇよ馬鹿っ! マジ顔で謝んなっ!」
ユーリがマジキレ顔で叫ぶと、『何を騒いでいるんだろう』と思ったジュラードが彼らの元へとやって来る。そして彼はイリスが起きたのを見て、「あ、先生。よかった、起きたんですね」と声をかけた。
「きゅいいいぃ~!」
うさこはジュラードを見ると、涙目のまま彼に保護してもらおうと、一目散に彼の元へ走る。そんなうさこを抱きかかえ、ジュラードはイリスたちに近づいた。
「あ、ジュラード、おはよー。ねぇひどいんだよ、ユーリってば起きたばっかりの私の口に突然大きいものを入れてね……」
「誤解するような言い方すんな! パン食わせてやっただけだろ!」
「えー? 誤解を与えるような言い方するなら『大きい』なんて言わないよ。『皮被った短くて細いの口に突っ込んできて笑えた』とか言うし」
「お前マジでぶっ殺すぞ」
「ちょ、人の家で血生臭いことはしないでくれ……」
ユーリが洒落にならない凶悪な顔になったのを見て、ジュラードが怯えながら彼にそう言う。すると怖いユーリを無視して、彼にイリスが声をかけた。
「ところでここってあの、フェイリスさんの家だよね? 私、一晩ここでお世話になったってこと?」
昨晩は疲労で早々に寝てしまったイリスは、まだ事情の把握が出来ていないのだ。首を傾げて問う彼に、ジュラードは「詳しく説明します」と言った。
「でも、まずはお腹空いてると思うんでご飯を食べた方がいいと思うんですが……あ、ご飯は用意してあります」
「そうなんだ……うん、食べる。あ、あと体も洗いたいな……髪とかベタベタで気持ち悪くて」
イリスがそう苦笑と共に言うと、ジュラードは困った顔で「風呂は勝手に入っていいのかな?」と呟いた。
「一応女性の家だし……」
「体洗うくらいならいいんじゃね? フェイリスも『自由に使って』とか言ってたし」
一人暮らしにしては広すぎる一軒家がフェイリスの家だが、それを『自由に使っていい』と言ってくれる彼女の厚意を言葉どおりに受けとっていいのか、まだ密かにジュラードは悩んでいた。だが体を洗いたいと言うイリスの訴えも理解できる。
「う~ん……いい、の、かな……?」
まぁ別に湯船に入りたいとまで言ってるわけじゃないんだし、後で話をしとけばいいかなぁとジュラードは自分を納得させた。
「もう宿もチェックアウトしてしまったから、そっちの風呂を使うことも出来ないしな」
「そーそー」
昼前にジュラードとユーリで宿の荷物をこっちに移し、チェックアウトも済ませてしまっていたので、やはりこの家で何もかもお世話になるしかもう選択肢は無かった。
「それじゃご飯食べてお風呂貸してもらって……あ、状況はご飯食べながら聞くってことでいいかな?」
イリスがそうジュラードに問うと、ジュラードは「はい」と頷く。そうして彼は、今はローズたち女性陣は皆街中へ行っていて居ないので、イリス用に作ってあった食事を温める為に台所へ向かった。
食事を終え、体も洗ってさっぱりしたイリスが頭にタオルを被せながら再び居間に戻ってくると、街へ買出しに行っていたローズたちが戻ってきていた。
「あぁ、よかったイリス。全然目を覚まさないからちょっと心配してたんだ」
ローズにそう声をかけられ、イリスは「ご心配どーも」と返事をする。マヤも彼に「正直苛めすぎたかなって、アタシも心配したわよ。ほんの少しだけね」と言ってイリスを苦笑させた。
「それでジュラードやユーリから話は聞いてると思うが、今日の午後6時過ぎから皆で中央医学研究学会の建物へ行くことになっているから」
「あぁ、うん。わかった」
ローズの言葉に頷きつつ、そこに行くとまたジューザスと顔をあわせなくてはならないことを思い出し、イリスは心底嫌そうな顔をした。
「しかしジューザスか……会いたくない」
そう正直に呟いたイリスだが、彼に借りたままの上着を返さなくてはならないので、仕方ないかと自分を納得させる。傍で彼の呟きを聞いていたローズは苦笑を漏らしていた。
「ところで今日は見た目普通ね。角出てないじゃない」
マヤにそう声をかけられ、イリスは「え? あ、うん」と頷く。
「散々寝たら体力戻ったのかな。上手く変身できたよ」
「そうか、それは良かった。これなら堂々と会長さんに会いに行けるな」
笑顔でそう言ったローズに、イリスも安堵した笑みで「そうだね」と返した。
フェイリスと約束した時間の少し前、彼女の家にジューザスがやって来る。
何故か手にお菓子詰め合わせの手土産持参でやって来たジューザスは、家で待機していたジュラードたちに「フェイリスさんに言われて迎えに来たよ」と声をかけた。
「あとコレ、焼き菓子だよ。あとで皆で食べるといいよ」
玄関でジューザスの訪問の対応をしたジュラードは、彼から袋詰めのお菓子を受け取って「あ、ありがとう?」と疑問系に礼を言う。何故お菓子を……とは、やはり彼は問えなかった。
「もう会長さんの方には話をしてあるようで、彼も君たちから色々話を聞きたがっているようだよ」
「わかった……でも、話ってどう話せばいいんだ……」
ジューザスの言葉を聞き、ジュラードはそう不安そうな表情で呟く。おそらくはフェイリスに話したとおりのことをまた伝えればいいのだろうが、何やら今度は相手が偉い人っぽいことがジュラードを余計に緊張させて悩ませていた。
するとジューザスはやはり「私やフェイリスさんに話したみたいな感じで伝えればいいんだよ」と、優しく微笑みながら言う。
「そ、そうか……」
「大丈夫、君にはローズ君たちもいるし、私も傍に居る。だから緊張しなくてもいいよ。会長さんも優しい人だしさ」
ジューザスのその言葉に少し心が軽くなった気がして、ジュラードは俯き加減に「あぁ」と頷く。たった一言で勇気付けられるなんて、なんだか自分は単純だと彼は内心でそう思い恥ずかしくなった。
「それじゃあ皆、準備出来たら出発しよう。今回は私が居るから、不法侵入はしなくても大丈夫だよ」
なんだか凄く心に痛い事を言われた気がして、ジュラードは苦い顔で「あぁ」と頷く。そんなジュラードを見て、ジューザスは小さく「ごめん」と言って笑った。




