救済の方法 8
「そのマナ水というものは絶対に手に入らないものでは無いんだな。なら……」
ジュラードの言葉に続けて、マヤが考える表情のまま「そうね」と頷く。
「絶対に手に入らないわけではないけど、入手には時間がかかるということね」
「なら他の材料はどうなのでしょう?」
今度はフェイリスが問いかけを向け、マヤは「他も難易度高いわよ」と答えた。
「古代竜は旧時代から生きてる竜を言うのだけど、そのヴォ・ルシェというドラゴンの瞳が欲しいの」
「ヴォ・ルシェは確かここアサドの大陸になら比較的多く出没するドラゴンだけど、入手が難しいのかい?」
ジューザスが不思議そうに問うと、マヤは「言ったでしょ、古代竜がいいんだって」と彼に返した。
「旧時代から生きてなきゃ意味無いの。理由は旧時代にマナに触れていたドラゴンじゃなきゃ、薬の材料には使えないからよ」
「何でだよー」
今度はユーリが問い、マヤはいちいち説明するのが面倒くさそうな様子で言葉を返す。
「今の時代に生まれたドラゴンじゃ、材料として必要な部位に必要な……えーっと、エネルギー的なものが備わってないの。旧時代、マナが豊富だった頃に生まれたドラゴンにならそれがあるのよ。だから古代竜じゃなきゃダメなの」
マヤはそう説明してから、こうも続ける。
「おそらくはこのまま世界にマナが満ちてくれば、別に古代竜じゃなきゃいけないっていう制約は無くなるだろうけどね。マナが満ちれば、そのマナに触れて成長したドラゴンが材料に使えるようになるだろうし。とりあえず今の段階では古代竜じゃなきゃいけないの」
「と言う事は、ヴォ・ルシェの古代竜を探さないといけないということか……」
ローズがそう呟き、「確かにそれは難易度高そうだな」とも続ける。ジュラードも、マヤから話を聞けば聞くほどテンションが下がっていった。
「それじゃあ残りの材料も、なんかそんな感じに入手困難なのか?」
ユーリの言葉にマヤは「そうよ」と頷き、残りの材料についても説明した。
「フラメジュもグラスドールも、どちらもマナが濃い場所でしか手に入らないのよ。マナを栄養にして育ったり作られたりするものだから。だから審判の日以降はどちらも見かけなくなって、グラスドールに至っては絶滅したとさえ言われているわ」
「そう言えば審判の日で絶滅した動植物は多いね。グラスドールも確かにそのうちの一つと言われているけど……」
ジューザスの言葉が、ますますジュラードのテンションを下げる。
完全に無くなったと言われる植物が材料に含まれるならば、それはもうどうしようもないじゃないかと、そう彼は思い肩を落とした。
「しかし絶滅したと言われるものでも、後に発見されて保護されている植物なども多くあると聞きます。それらに詳しいわけではないのではっきりとしたことは言えませんが、もしかしたら何処かにまだその植物が残っている可能性もあるのではないでしょうか?」
肩を落とすジュラードを気遣うように、そうフェイリスが発言する。確かに探してみれば、もしかしたら何処かにはあるのかもしれない。しかし、その”何処か”がわからず、世界中を闇雲に探すしか手段が無い現実は、ジュラードを励ますことは出来なかった。
「……とりあえずわかったことは以上よ。薬さえ作れれば、リリンちゃんを助けることは出来るのだけど……」
気を落とすジュラードを気にしながら、マヤがそう皆に告げる。その後しばらく、部屋にはどこと無く重苦しい空気が流れた。
”禍憑き”の治療薬の話の後、マヤからさらに詳しい事情の説明を受け、フェイリスはジュラードたちの事情をさらに詳しく把握する。そして彼女は全面的にジュラードたちに協力することを、改めて約束してくれた。
そして大体話に区切りが付いたのが、そろそろ日付が変わろうという時刻。
「……あぁ、もうこんな時間だね」
話が一区切り付いた為に時計へと視線を向けたジューザスが、文字盤の時刻を確認してそう独り言のように呟く。
いつの間にかジュラードの膝の上に座っていたうさこも眠り、アーリィも眠そうな顔でうつらうつらとしていた。
「あ……随分と遅くまでお邪魔することになって申し訳ないです」
時間を気にしてそうローズがフェイリスに言うと、フェイリスは優しい笑顔のまま「お気になさらず」と返事をした。そしてさらに彼女はこんな事を言う。
「そうですわ、今日は家に泊まられたらいかがでしょう」
「え?!」
急な提案に驚くローズに、フェイリスは「その方がいいんじゃありませんか?」と聞く。そして彼女はもうすっかりソファーに座ったまま熟睡しているイリスを見た。
「このままイリスさんを起こすのも可哀想ですし、その方が皆様も楽なんじゃないかと思うのですが」
確かにフェイリスの提案してくれるとおりの方が、ジュラードたち的には楽には楽なのだが、しかし素直にフェイリスの厚意に甘えるのも何か申し訳ない気もする。
「でも、私たちもう宿も取っていますし、それにこんな大人数で泊まるのは凄く迷惑なんじゃ……」
そうローズが遠慮をフェイリスに告げると、フェイリスは「迷惑ではありませんよ」と、やはり笑顔のまま返事をした。
「このとおりの一人暮らしですので、むしろ皆さんが居てくださった方が賑やかでいいなと思うんです」
「で、でも……」
それでも遠慮するローズに、どちらかと言うともうこのままここで今日は夜を明かしたい気分になっていたユーリが、「いいんじゃねぇの?」と声をかけた。
「居てくれた方がいいって言ってくれてんだしさ」
「でも宿に荷物とか置いてあるし」
貴重品以外は宿に置いてきてしまっているしと、ローズは考える表情でユーリに言う。そしていつもならユーリと一緒に『いいじゃない』と言いそうなマヤも、今回はローズと共に遠慮した態度を見せた。
「そうよ。迷惑になるから宿に戻りましょ。ね、ジュラード?」
「え、俺?!」
急にマヤに話をふられ、ジュラードは困った様子で「えーっと」と言う。だがマヤは声をかけるだけかけといてあまりジュラードの意見には興味なかったのか、彼の返事を待たずにフェイリスに声をかけた。
「そういうわけでアタシたちは戻……」
「あぁ、でしたらここに滞在の間はこの家を宿代わりにして下さってかまいませんよ。ですからここでお休みになられてはいかがでしょう」
マヤの言葉を遮り、フェイリスは優しい微笑みでそうジュラードたちに告げる。さらに彼女はこうも続けた。
「パジャマも必要でしょうからこちらで用意しますし、他にも必要なものがありましたら遠慮なく仰ってください。あ、勿論朝には朝食もご用意しますよ」
「……」
この至れり尽くせりな提案に、ついにローズの心も揺らぐ。
元々すごくお金がギリギリな状態なのだ。今日の分の宿代はもう払ってしまったからしょうがないとして、しかし明日以降もこの様子だとまだこの街に留まっていないといけない気がするので、このままフェイリスの厚意に甘えてしまえばそれ以降の宿代が浮く……。
「……あの、本当にいいんでしょうか?」
金欠を恐れるローズが揺れる心のままにそうフェイリスに問う。するとフェイリスは「はい、勿論です!」と、力強くそう返事をした。
「そ、それじゃあお言葉に甘えて……そうだよな、イリス起こすのも可哀想だし」
ローズはそう言うとジュラードたちに「それでいいだろうか?」と聞く。ジュラードとユーリ、それにアーリィとウネは得に反対する理由も無いので彼女の言葉に頷いた。しかしマヤだけが、胡散臭いものを見るような目でフェイリスを見ながら反対する態度を返した。




