救済の方法 5
「マヤ、イリス、どこに居るんだー?」
そうローズが小さく呼びかけながら隠れているはずの二人を捜すと、本棚の奥から小さな光が彼らの元へと飛んでやってくる。
「あ、マヤ。よかった、無事だったか」
光の正体はマヤで、ローズは彼女の姿を確認すると安堵の笑みを漏らした。そしてマヤもローズを見ると、物凄い速さで彼女に近づいて無事を確認する。
「ローズ! あー、もうすっごい会いたかった! っていうか、ねぇ大丈夫?」
「え? な、何が?」
再会していきなり自分の心配をされたローズは、驚いた様子で首を傾げる。するとマヤはそんな彼女に、こう言葉を付け加えた。
「あなたがアタシ以外の何かに抱かれてる気配がしたからもう心配で心配でっ」
「!? そそ、そんなわけないじゃないかっ」
マヤの異常な第六感に一瞬ギクリとしたローズだったが、若干不自然な様子ながらも彼女の不安を否定する。マヤは疑わしげな表情で「本当かしら」と呟いたが、しかし目の前のローズが普通に無事なので一応彼女の言葉を信じることにした。
「ところでマヤ、イリスはどこだ?」
飛び出してきたマヤとは違い、イリスの姿が未だに見えない事を不思議に思ったローズがそう問う。するとマヤは「彼ならあっちよ」と、たった今飛び出してきた本棚の方向を指差した。
「ここか……?」
マヤが指差したのを見て、近くに居たジュラードとウネが本棚の奥を見に行く。すると確かにマヤの言うとおり、本棚の陰となった奥の奥にイリスが膝を抱えて静かに座っていた。
「せ、先生……?」
何故か膝を抱えてぐったりした様子で座り込んでいるイリスに、ジュラードが不思議そうに声をかける。するとイリスはゆっくりと顔を上げ、ジュラードたちを見ると少し泣きそうな顔をした。
そのイリスの様子にジュラードが「どうしたんですか?」と心配そうに聞くと、イリスはひどく疲れた声でこう答える。
「マヤが……マヤが私の精神をまた壊そうと……」
「え……?」
なんかよくわからないけど、でもマヤと待機していた間に何かあったのだということだけはジュラードたちにも理解が出来た。とにかくマヤに何かされたのだろう。ウネが「よしよし」とイリスの頭を慰めるように撫でると、彼は「もうヤダあの悪魔っ」と言いながらウネに抱きついて涙目で震えた。
ジュラードが呆れたような非難するような眼差しをマヤに向けると、マヤは涼しい笑顔で「嫌ね、ちょっと暇つぶしに遊んだだけよー」と答える。
「それよりも重大発表があるのよ、それを聞きなさい、皆」
「重大発表?」
イリスのことはどうでもいい感じにスルーして、マヤはジュラードたちに「そう、重大発表」と繰り返し告げる。ユーリが「なんだよ、それ」と聞くと、マヤはニヤリとした笑顔と共にこう答えた。
「ここで待機してる間に”禍憑き”の治療法を探してたんだけど、それでさっきそれを見つけたのよ」
「ほ、本当か!?」
マヤの報告に驚く声を上げたのはジュラードだ。そんな彼に、マヤは胸を張った態度で「本当よん」と頷いた。
「……見つけたのは私なんだけど」
ウネに慰められながらの状態でイリスがそうぼそっと呟くと、マヤは聞いてないふりをして彼を無視する。そして彼女は皆にこう言った。
「これでリリンちゃんや、他の禍憑きの人たちを助けられるわ」
マヤのその言葉に、ジュラードは安堵の息を吐く。ローズも嬉しそうな笑顔で、「そうか、よかった」と呟いた。
だがここからマヤの笑顔は深刻な表情へと変わる。それに気づいたローズは、「何か問題でもあるのか?」と彼女に問いかけた。そしてそれにマヤは素直に頷く。
「そう、問題っていうかね……一言で言うと、簡単には薬は手に入らないようなのよ」
「どういうことだ?」
マヤの発言にジュラードが怪訝な表情を返す。その時、突如ウネが「何か来る」と硬い声で言った。そして皆の間に緊張が走る。
互いに険しい表情で口を閉ざすと、直ぐにウネの言葉の正しさを証明するように、硬い廊下をゆっくりと歩く甲高い靴音が聞えて来る。その音からして、おそらく靴は女性物のヒールの高い靴であろうと推測できた。
「っ……」
緊張した空気が流れる中、ヒールが床を叩く音が徐々に保管庫へと近づいてくる。足音からするに、近づいてくるのは一人だ。ジュラードはローズに視線を向け、ローズは険しい表情で保管庫の入り口扉を見つめた。
そして、やがて足音が止まる。おそらくは保管庫の前で立ち止まったのだろう。それはジュラードにもわかる事実だった。
うさこでさえ大人しく口を閉ざして緊張が高まる中、ジュラードの耳に保管庫の扉が開かれる音が聞える。この時の緊張は最高潮に達し、ジュラードは乾いた喉を潤すように無意識に唾を飲み込んだ。
そして、声が聞える。
「誰かいるのですか?」
コトコトと湯沸し用のポットが蓋を鳴らし、やがて高い笛の音のような音で湯が沸騰したことを知らせる。
彼女はそれに気づくと直ぐにポットを火から下ろし、事前に用意していた沢山の湯飲みを前にお茶の準備を始めた。
「お待たせしました」
お茶を用意し終えたフェイリスが、そう言いながらお盆にたくさんの湯飲みをのせながらやって来る。細い腕で軽々とたくさんのお茶を運んでくる彼女に驚きながら、ローズは「すみません」と謝りながら湯飲みを受け取った。
「な、なんだかお茶まで用意してもらって……そんなことしてもらえる立場では無いのに……」
そう気まずそうな様子で言うローズに、中央医学研究学会の会長秘書であるフェイリスは、優しい笑顔で「いえ、いいんです」と返した。
今現在ジュラードたちは中央医学研究学会の建物から移動し、クノーの高級住宅街にあるフェイリスの自宅にお邪魔していた。
何故彼らがそんなところにお邪魔しているかといえば、あの不法侵入の時に建物内に残って仕事をしていた彼女に見つかったのだが、ジューザスが彼女へ事情を説明したことでとりあえず彼女はしかるべき場所へ通報することは止めてくれた。
それどころか彼女にとって犯罪者以外の何者でもないジュラードたちを彼女は自宅に招き、『詳しい話を聞きたい』と言う事でお茶を出して持て成してくれたのだった。それが今現在の状況の説明である。
「一人暮らしですので、遠慮なくくつろいでください」
そう言ってフェイリスは茶菓子まで用意してテーブルに置く。どこかの高級菓子店の品だということがわかる包装の菓子を目の前に、ローズは物凄く食べたそうな顔で湯飲みを握り締めた。
だが一応自分たちの事情の詳しい説明を先にしなくては失礼だと、そう考えている彼女は遠慮なくお菓子を食べ始めるアーリィを視界に入れないようにして、お菓子を我慢して口を開く。
「それでフェイリスさん、私たちのことなんですけど……」
「えぇ、先ほど少しジューザス様からお伺いしましたが……”禍憑き”の治療法を捜していた、と」
ソファーに腰を下ろしたフェイリスはローズの言葉に頷き、向かいに座るジューザスに眼差しを向ける。彼女の視線を受け、ジューザスは苦笑しながら「そうらしいんだ」と言った。




