旧時代の遺産 29
ジューザスの言葉を遮り、マヤがそう彼に言う。ジューザスは「どういうことだい?」と彼女に問う。マヤは簡潔に「今のアタシたち、ここに不法侵入中なのよ」と答えた。
「あぁ……そういう訳か」
「あなたは見たところ、不法侵入でここにいるって様子じゃないみたいだけど」
マヤがそうジューザスに聞くと、ジューザスは苦笑しながら「勿論」と頷く。
「一応客人として招待されてここにいるよ」
「そう。だったらアタシらのことは見逃してくれるわよね?」
問いながらも拒否することは出来ないプレッシャーを与えてくるマヤに、ジューザスは苦い顔で『うん』と返事をするしかなくなる。
「み、見逃すのはいいけど……外の警備してる人が寝てたのも、もしかしなくても君たちの仕業だよね?」
「いや、主にイリスの仕業」
「ちょっとユーリ、私一人のせいにしないでくれない?」
また言い争いそうなユーリとイリスにマヤは「はいはい、喧嘩はしないで」と言って、彼女はジューザスに向き直ってこう言った。
「アタシたち、もう少しここに用があるの。だから今はアタシたちのことは見なかったことにして、アタシたちがここにいることも中の関係者に秘密にしといてくれない?」
「そ、それは別にかまわないけど……でもきっとこのままじゃ、直ぐに君たちのことはばれると思うよ? 外の警備員が寝てるのがまず怪しかったし……」
「まぁ、それはそうね……」
出入り口で警備員が寝ていた事で、たまたま保管庫前を通りかかったジューザスは不審に思って保管庫内へと足を踏み入れたのだろう。
ならば確かにこのままでは、他の施設関係者が不審に思ってこの部屋の中を調べに入ることは確実だろう。
「今回はたまたま私だったからよかったけど、そろそろ定例会議が終わる時間だから、それが終わると建物内を移動する人は増えるだろうから危険だと私は……」
ジューザスがそう説明すると、マヤは一人納得したように「わかったわ」と言う。ユーリが「何がわかったんだよ」と彼女に聞くと、マヤはこう答えた。
「一先ずは撤退しましょう、これ以上の長居は危険だからね」
するとマヤのこの一言に、ジュラードが慌てる。
「ちょっと待ってくれ、マヤ! まだリリンの病気の手がかりを見つけてないじゃないか!」
まだ肝心の病気の治療法を見つけていないのに撤退するなんてと、ジュラードはそれをマヤに訴える。するとマヤは「大丈夫よ、チャンスはまだあるわ」と返した。
「この中を自由に出入り出来るジューザスがいるってわかったんだからね。だったらほら、いくらでもチャンスはあるでしょう?」
マヤのこの一言に、勝手に何か面倒に巻き込まれたことが決定した様子のジューザスがひどく困った顔をする。ジュラードは不安そうな顔をしたが、しかし一応納得したのか口を閉ざした。
「さ、そうと決まればさっさとここを出て……」
「って、どうやって?」
ユーリの問いに、マヤはイリスを見ながら「イリスはもう使い物にならないしねぇ」と呟く。『使い物にならない』烙印を押されたイリスは、苦い顔で「どうせ使い物になりませんよ」とふて腐れたように呟いた。
「じゃあここは次なる便利道具になりそうなジューザスを使いましょう!」
マヤは可愛らしい笑顔で、また人を道具のように扱う鬼発言をする。突然指名されたジューザスは、当然ながら「えぇ?!」と驚愕した反応をみせた。
「な、なに? 私を一体どうする気なんだい?!」
「大丈夫よジューザス、そんなに怯えないで。あなたにはただ一緒に行動してもらうだけでかまわないんだから」
マヤは怯えるジューザスに、「自分が連れてきた的な顔しながら、ジュラードたちと歩いてもらいたいだけよ」と説明する。
「ね? それならごく自然にここを出て行けるでしょう?」
「そうは言ってもね……一応私自身が客人だし、そう上手くいくか……」
不安がるジューザスに、マヤは根拠無く「大丈夫よー」と言い、そして彼女はジュラードたちに向き直ってこう言った。
「さ、そういうわけだからさっさとジューザスと一緒にここを出ましょう」
するとイリスが慌てた様子で「待って」と言う。
「なに?」
「脱出はいいけど、私今こんな姿だよ? 私は堂々とは脱出出来ないよ」
「あー……まぁ、そうね」
力の使いすぎで一目見て『異質』と判断される角が頭部に現れてしまっているイリスは、本人が主張するとおりジューザスの後をついて行っても誰にも何も言われずにこの場から避難出来る確率は少なそうだった。
「そのフード被って角隠せねぇの?」
イリスの上着についている頭巾を指差しながらユーリがそう言うと、イリスは一応被る努力をしてみてから、「無理、角でかくて入らない」と答える。
「どうしよう……下手に力使って、今度は尻尾出たらますます困ったことになるし……」
困ったようにそうイリスが呟いてしばらくした後、マヤは何か思いついた様子で彼にこう告げる。
「じゃあさ、あなたはここに隠れてなさいよ」
「え……何それ」
マヤの発言に投げやり感を感じたイリスは、思わず「役立たずは用なしだからここに置いてくって言うの?」とマヤに問う。するとマヤは「あら、さすがのアタシもそこまで鬼じゃないわよ」と返した。
「夜になったら、きっとここももっと人気も無くなるでしょ? そしたらジューザスにも協力してもらって、ここに再潜入よ。そん時にあなたは脱出すればいいのよー」
「……で、でもさぁ」
何かここに一人で置いてかれるのは心細いものがある。そう感じたイリスがマヤの提案に直ぐに頷けないでいると、マヤは「じゃあアタシもここに残ってあげるわよ」と言った。
「え?」
「そうだったら文句ないでしょ? さ、これで決まりっと。これ以上の文句は受け付けないわよん」
マヤのまさかの提案に、今度はユーリが「おいおい、それってお前が別行動になるってことか?」と驚いた様子で口を開いた。
「なに~? 今文句は受け付けないって言ったじゃない~」
「いや、文句っつーか、いいのかっていう……ローズが心配すんじゃねぇの?」
「そぉね……ローズが心配するって言うより、アタシがいなくてローズが心配だけど……」
マヤはそう言って数秒考えた後、自分を心配そうに見つめるユーリにこう返事を返した。
「ローズのことは、お姉さまもいるし大丈夫よね。あ、勿論アタシも平気よん。まぁローズが心配してくれたらそれは嬉しいけど、でも『大丈夫』って言っておいてちょうだい」
「そうか……? いやでも、こんなところでこいつと二人で残るってのは……」
何かまだ不安げな様子のユーリは、『こいつ』と言ってイリスに視線を向ける。
「何? 私が彼女を襲うとでも?」
イリスがそう不機嫌そうな顔でユーリに言うと、ユーリは真顔で「無いとも言い切れないだろ」と返す。その返事を聞き、イリスは無言でユーリに借りていた短剣を投げつけた。そしてその自分目掛けて飛んできた短剣を、ユーリは表情変えずに両手の平で刃を挟んで受け止める。ユーリのその反射神経の良さに、ジュラードは無言で目を丸くして驚いていた。
「そんなことしないってば」
「えー、信じられねぇ」
「大丈夫よユーリ、そもそもアタシと彼じゃサイズ違いすぎるし~」
イリスと睨みあうユーリと戸惑いの表情を浮かべるジュラードに、マヤは「とりあえずあんたたちはローズたちのとこに戻りなさい」と繰り返した。
「その気になれば、アタシはすぐローズの元に戻れるしね」
「……わかった。じゃあ二人とも、くれぐれも気を付けてくれ」
ジュラードがそうここに残るマヤたちに声をかけると、二人はそれぞれに返事をする。それを確認してから、ジュラードはジューザスに向き直った。
「あの、それじゃあ……えっと……」
「ジューザスだよ、よろしく」
「あ、あぁ……よろしく……ジュラードだ」
ジューザスの笑顔にジュラードは戸惑いながら返事をして、彼はジューザスに脱出の手助けを改めてお願いする。
「俺たちと一緒に、ここを出てもらえるだろうか?」
「うん……マヤたちには色々借りがあるからね。いいよ、私も協力するよ。出来るだけ怪しまれないようにここを出よう」
微笑みながら頷いたジューザスに、ジュラードは「すまない」と告げた。




