旧時代の遺産 16
「ユーリ、あんた戦闘後だってのに元気ねぇ」
元気に文句を言っていたユーリを見て、マヤがそう呆れた視線を向けながら呟く。ローズも思わず苦笑しながら彼を見て、そして改めて皆に怪我は無いかを聞いた。
「怪我とか、大丈夫か? 何かあったら言ってくれ、治すから」
「俺の怪我はアーリィが治してくれたし、他も怪我あるように見えねぇし大丈夫じゃね?」
ローズの呼びかけにユーリがそう答える。確かに大きな怪我をした様子の者はいないようなので、ローズは安心した様子で先に進む事を提案した。
「じゃあ、先に進むか」
「あぁ」
ジュラードが頷き、そして彼は少し不安げな表情でこう呟く。
「しかし、またあんな魔物が出たら不安だな……」
するとそれを聞いたローズは、「そうだな」と頷いた後にこう続けた。
「だが倒せないわけじゃないと、たった今わかったんだし……一度に相当大量に相手しなきゃならないって状況にでもならない限りは、きっと何とかなるさ」
毎度お馴染みのローズの『なんとかなる』を聞き、ジュラードは「そうか」と返事を返す。
「じゃあ大丈夫だな……行こう」
「あぁ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
長い砂漠の移動を終えて、彼はぐったりした様子で重い荷物を床に下ろす。荷物を下ろした事で身軽になり、やっと彼は楽になったと大きく息を吐いた。
「あー……疲れた」
「お疲れ様です、ジューザス様」
思わず『疲れた』と自然に口走ってしまったジューザスに、背後で女性が気遣う言葉をかける。ジューザスが背後を振り返ると、特徴的な褐色肌がこの砂漠の地の民である事を示す長身の美女が、開けっ放しだったドアの向こうで薄く微笑んで立っていた。
「あぁ、えっと……」
「無事ここに到着されたと聞き、挨拶と今後の予定の説明にお伺いさせていただきました。私、フェイリス・ヤーエンと申します。ロンゾヴェル学会長の秘書を務めております、以後お見知りおきを」
眼鏡を押さえながら深々と頭を下げたフェイリスは、顔を上げると「失礼します」と言って室内へ入る。そうして彼女はジューザスへ説明を続けた。
「クノーに滞在中はこの部屋を自由にお使いください。宿泊費はこちらで負担致しますので」
「あぁ、ありがとう。わざわざこんないい宿泊施設の部屋を取ってもらってしまって」
今ジューザスがいるのは、大都市のクノーで一番に高級な宿泊施設の一室だ。広々とした室内の窓からの眺めは街を遠くまで見渡せて素晴らしく、クノーに着いて用事ある場所にたどり着いた後、まず重い荷物をどうにかしたいと話をしたら彼はここに案内された。
「ここは食事も非常に美味しいと評判ですので、是非滞在中は息抜きにそちらもお楽しみください」
「そうなんだ、ありがとう。この地域の料理はあまり食べた事が無いから楽しみだよ」
最近遠出続きで、ゆっくり家に居られない事を嘆いているジューザスだが、その地方で食べれる料理は楽しみにしていたりする。が、次のフェイリスの言葉にその楽しみも無惨に打ち砕かれた。
「えぇ、是非この地方でしか味わえない『サンドワーム焼き』や『バジリスクの刺身』を味わっていってください」
「え……それ、本当に食べれるものなのかい? それって両方魔物だよね? しかも危険な……」
微笑んだフェイリスがさらりと告げた料理名に、ジューザスの笑顔が引きつる。しかしフェイリスは笑顔を変えず、「とても美味な料理ですよ」とジューザスに返事した。
「そ、そうなんだ……じゃあそれはその……胃腸と相談して食べてみることにするよ……」
「それで、この後のことですけれども」
フェイリスは眼鏡の位置を直しながら、持っていた手帳を開いて何かを確認する。
「会長は午前中は会議を行っておりまして……午後の一時過ぎ頃に施設の方のご案内と面会を行わせていただきますので、申し訳ありませんがそれまでここでお待ち頂けますでしょうか?」
「あぁ、わかった。私も少し休みたいし、かまわないよ」
「ありがとうございます」
フェイリスは「では、また時間になりましたらお迎えに参ります」と言って手帳を閉じる。
「失礼したします」
「うん」
フェイリスがまた深く頭を下げ、部屋を出て行く。広い部屋に一人になったジューザスは、もう一度深く息を吐いてから、傍のベッドに仰向けに倒れた。
「……あぁ、本当に疲れた」
体を横にしてしまうと、つい睡魔が襲ってくる。ずっと砂漠を移動してきて疲労しているのだし、このまま体が休まるまで寝てしまいたい気持ちになる。
しかしたった今フェイリスが告げた予定では、この部屋で休めるのは二時間ちょっと程だ。このまま寝てしまえば、間違いなく自分はそれ以上は寝入ってしまう。
「……でも、まぁいいか」
約束の時間までにやらなくてはいけない事は沢山ある。
持ってきた資料の整理や荷物の片付け、着替えなど……だがそれらが全てどうでもよくなるほどに、今のジューザスは強い睡魔の誘惑を受けていた。
「寝てしまおう……」
結局彼は、睡魔に身をゆだねる選択をする。
自分がここに来た目的はとても重要なものだったが、取りあえず今はそれについて考える事はせず、ただ寝たかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
昼間に砂漠をモロで渡り、日が落ちた今現在ジュラードたちは、砂漠に点在するオアシスの町の一つにいた。
モロとは町の前で別れ、町に入った彼らはそこの安い宿にで部屋を取る。砂漠での野宿は冷え込む為になるべくなら控えたい行為であるので、日が沈む前に町にたどり着いて宿に泊まれたのは幸運だった。
「それじゃあ、今日はここで一晩ゆっくり休もう」
そうにこやかな笑顔で皆に言うローズだが、部屋に集まる皆の顔には不満ばかりがあった。
なぜ皆がそんな顔をしているかなんて、勿論ローズもわかっている。
「……皆、せっかく室内でゆっくり休めるんだ。もっとこう……喜んだ顔をしてくれ」
空元気だった笑顔を消して、どこか疲れた様子でそう言うローズに、ユーリが皆を代表して不満を呟く。
「ゆっくり休めるったって……このオンボロ宿でゆっくりも何もねぇよ」
「し、仕方ないだろ。モロ借りたから、お金に余裕が無いんだよ」
ユーリの不満にそうローズが言い返す。彼女の返事を聞き、ユーリも理解はしているのでそれ以上は文句は言わず、ただ深く溜息を吐いた。
モロという割高な移動手段に手を出してしまった為に、ちょっと金銭的に余裕が無いジュラードたち一行の今日の宿は、以前ローズがモロを借りる時に口走っていたとおりの安宿だった。
本当に節約をしないとヤバイらしく、今日ローズが借りた部屋は一室だ。つまり今日はさして広いとはいえない一つの部屋に、マヤとうさこを人数に数えなければ六人で雑魚寝をしなくてはならない。
「ベッドは当然無くて、部屋にあるのは毛布が二枚……」
イリスが部屋の隅に置いてあった毛布を手で掴みながら、そう静かに呟く。それを聞き、ジュラードは冷静に「足りてないな」と言った。
「まぁいいじゃない、毛布なんてどうでも。自前のものがあるんだし、部屋の足りて無くても何も問題は無いでしょ」
確かにマヤの言うとおり、別に部屋の毛布が足りなくても、自分たちで持っている分があるので別にそれは問題無い。だがこの安宿の利用に、何か気持ち的なもので引っかかるものがあるのだ。そしてそこが一番の問題だと各々は思っていた。




