旧時代の遺産 17
「なんだか埃っぽい、この部屋」
ウネがそう静かに呟くとおり、部屋はろくに掃除をしていないのか埃っぽい。そして当然ながら食事など出ないので、食事は各自何処かでしなくてはならない。
まさに一晩体を休めるだけの目的しか出来ないこの宿唯一の救いは、砂と汗に塗れた体を洗う事は出来るということだけだった。
「ま、皆今日は我慢してくれ」
「仕方ないからな……」
ジュラードが溜息と共にローズの言葉に返事をする。
皆それぞれ不満はあれど、今日は我慢してこの安宿で体を休めるしかなかった。
「それじゃ、体洗ってくるな」
「ユーリ、覗きに来たら目ぇ潰すからね」
「行かねーよ」
食事を終えて日がすっかり落ちた時間、体を洗いに風呂へ行くというローズとマヤを見送ったユーリは、ふと狭い部屋を見渡す。
部屋の中にはジュラードとアーリィとイリスとうさこがいて、ウネはまた例の如く一人で自由に町の中へと繰り出して行ってしまっていた。
そして部屋の中の様子といえば、ジュラードとアーリィはうさこの生態を真剣に観察し二人で真剣に議論していて、イリスは先ほどまでは荷物を整理していたが、今は少し離れた場所で暇そうにジュラードたちの様子を無表情に眺めている。
それぞれの様子を確認したユーリは、数秒考えた後に一番暇そうな様子のイリスに近づく。物凄い胡散臭い笑顔と共に。
「イリス~」
「……」
ユーリに声をかけられたイリスは、彼を一瞥して即座に目を逸らす。どうにもロクでもない事で声をかけられたと、イリスは本能でそう直感したからだった。そしてそれは普通に正解だった。
「イリスちゃーん、ちょっとご相談が……」
「……気持ち悪い声と気持ち悪い言い方で私を呼ばないでくれる? 捻り潰すよ」
「そう冷たいこと言わないで~」
「うっさい、近寄るな」
怪しさ満点のユーリを警戒するイリスは、心底迷惑そうな顔で自分に近づくユーリを追い払おうとする。だがユーリはしつこくイリスに声をかけ続けた。
「なぁイリス~、ちょっとお願いがあるんだよ~」
「知るか!」
「まぁ話だけでも聞いてよ。俺たち親友だろ~」
「いつの間に友達から親友にまで格上げになったの? つか都合の良い時だけ出る友人発言を止めろ、蹴り殺すぞ」
段々マジで苛立ってきて口調が穏やかじゃなくなってきているイリスに、ユーリは負けじと猫なで声で話しかけ続けた。
「ねぇねぇお前も暇だろ? 暇ならちょっと俺と酒飲みに行かね? ね?」
「はぁ? なんであんたと飲みに行かなきゃいけないの? 嫌だ」
「そう言わずに~! いいじゃん、お前酒強いんだろ、付き合えって!」
どうにも暇でしょうがなかったユーリは、時間的に酒を飲みに行きたくなっていたらしい。
だが一人で飲みに行くのは寂しいし、だからといってジュラードは(一応)未成年だから誘えないし、アーリィは酒に強いけどあまりお酒が好きじゃないっぽいし、ローズはマヤと二人でいちゃいちゃお風呂だし、ウネは自由にどっか行ってるし、うさこは……とにかく消去法で誘えるのがイリスしかいなかったユーリは、彼を酒に誘ったのだった。
「ねぇ~、いいだろ~」
「よくねー!」
「イリス、今日も素敵! 重力に逆らった寝癖のある髪型とか逆の意味で最高! 醜く歪んだ性格と反比例した容姿とかマジ美人!」
「てめぇは私を酒に誘いたいのかブチ切れさせたいのかどっちだよ……」
しつこい上に微妙に悪意ある言葉を向けてくるユーリに、イリスはブチ切れる寸前の凶悪な顔で彼を睨む。ユーリは笑って「わりぃ」と、まるで反省皆無な様子で謝ってから、真面目に彼にお願いをした。
「真面目にお願いします! 一人で飲みに行くなんて寂しいじゃん!」
両手を合わせて頼むユーリの姿に、イリスも切れるのを止めて、溜息を吐いてから真面目に受け答えする。
「いいじゃん、別に一緒に行かなくても酒場で誰か気が合う人と一緒に飲んでくれば」
「そうすると俺の場合十中八九、酔った勢いで綺麗なお姉さんを見つけて大変なことに……」
ちらりとアーリィの様子を窺いながらそう小声で訴えたユーリに、イリスは納得した表情を見せる。
「そうだね、即離婚問題に発展するね」
「だろ? だから俺が酔って暴走しないように、見張り役の意味も込めてお前に頼んでるんだよ。お前だって夫婦問題の修羅場は見たくないだろ?」
イリスはしばらく考えた後、また大きな溜息を吐く。そして彼は「しょうがないな」と言った。そしてその返事に、ユーリの表情が笑顔に変わる。
「お、いいの?」
「その代わり奢ってね」
にっこり微笑んでそう言ったイリスに、ユーリの笑顔は途端に苦いものに変わった。
ジュラードたちに『ちょっと酒場で飲んでくる』と伝え、ユーリとイリスは安宿を出て夜の街中を歩く。
肌寒い砂漠の夜の空気の中、二人は弱い街灯と店の灯りが輝く道を、まばらに歩む人々と共にすれ違いながら進んだ。
「まさかあんたと肩並べて酒飲みに行く日が来るなんてね」
若干不機嫌そうな顔でそう呟いたイリスの隣で、酒が飲めて嬉しいユーリがご機嫌な様子で「だよなー」と答える。
「俺もまさかって思うぜ。誘っといてアレだが」
「あの頃じゃ考えられないよね」
自虐的に笑みながらそう呟くイリスに、ユーリは一度眼差しを向ける。そして表情無く前を向いた彼は、何気ない話を聞くように、イリスへこう問いを向けた。
「お前はさ、あの頃の……ヴァイゼスの奴らと今も顔あわせたりしてんの?」
問いかけられた言葉にイリスは数秒沈黙し、彼もまた前を向いたままこう答える。
「会うわけないじゃん。……本当はあんたたちとだって顔を合わせたくなかったんだから」
「だよな」
正直な気持ちを話したイリスに、ユーリも「俺もあそこ抜け出した時はそうだったもんな」と返事をする。
「……過去は捨てたかった。あの頃の自分と決別したかった。……だからあの頃の自分を知る人のいないところで静かに暮らしたいって思ってた」
どこか遠くを見つめる眼差しで、イリスはそうぽつりと呟く。
その言葉はユーリには心底理解出来るものだった。多分、どこの誰よりも。
「ホント、あんたらになんて会いたくなかった。面倒なことにも巻き込まれて……すっごい迷惑」
「うっせーな、今更文句言うなっての」
刺々しく言葉を交し合う二人だったが、互いに前を向いたその顔にある表情は微笑が浮かぶ。本気で言い合っている訳ではないやり取りを、二人は無意識に楽しんでいた。
「でも……あんたらに会ったおかげで、私は命を繋げることが出来た……そこは素直に感謝しないといけないよね」
思えば自分は生きる事に関しては、おそらく悪運が強いのだとイリスは思う。何度死の淵に立たされても、その度に自分は結局命を繋いできた。
「以前は死んだら死んだで、それでおしまいだなって考えてたけど……今はどうしてだろう、死ぬのが少し怖く感じる」
「そりゃ、お前が今幸せだからだろ」
何気なく呟いたイリスの疑問に、ユーリもまた何気なく答える。彼の言葉を聞き、イリスは納得したように「そっか」と言った。
「私、幸せなんだね……」
「何お前、自分のことなのにわかってなかったの?」
不思議そうな眼差しを向けてそう問うユーリに、イリスは少し考えるように沈黙してから、「わ、悪い?」とどこか恥ずかしそうに返事をした。
「いや、悪ぃってか馬鹿だなーって」
「なっ……む、ムカツク……ホントあんたっていちいち癪に障る……」




