旧時代の遺産 12
「ぐっ……ぶっちゃけこれは俺も苦手なタイプだな……」
イリス同様に一撃のパワーより手数で攻めるタイプのユーリも、サンドワームのような固い敵は苦手だ。だが彼は短剣を腰の鞘から二本引き抜き、戦闘の構えをとった。
そしてローズとジュラードも、それぞれに凶悪な凶器である大剣を構え持つ。ウネも無言でその手に弓を召喚した。唯一武器の無いアーリィは、しかし既に呪文詠唱が行える精神集中の状態になっている。
「三匹か……厄介だが、全て倒そう!」
ハルファスの力が完全に復活し、久々におもいっきり剣を振る事が出来るローズがそう力強く言うと、サンドワームが獲物である彼らに向けて本格的に襲い掛かってきた。
激しく砂煙の舞う中で、サンドワームがそれぞれに動き出す。ウネはその内の一匹、一番に前に出てきたサンドワームに向けて素早く魔力矢を一発放った。
ウネの先制攻撃はサンドワームが纏う鎧とも言える甲殻に弾かれたが、しかし一瞬相手を怯ます程度の衝撃を与える。その怯んだ一瞬の隙に、ユエから借りた漆黒の大剣を持ったジュラードが果敢にも飛び出す。
ジュラードはサンドワームの右前足の先に向けて振りかぶった大剣を、迷い無い直線でおもいっきり振り下ろす。大きく、そして固く固める事でスピードを犠牲に進化したサンドワームは、ジュラードの一撃を回避することなくまともに受けた。
触れ合った黒い金属とキチン質が激しい音を立て、サンドワームを守る甲殻に亀裂が走る。その瞬間、ジュラードの頭上を黒い影が走った。
「ジュラード!」
叫んだのは誰だったかは、ジュラードにはわからなかった。だが次の瞬間、自分目掛けて振り下ろされた別のサンドワームの前足が、横から飛び出してきた何かに受け止められて助かったことは理解できた。
「くっ……! ぁあああっ!」
大きな鎌のような凶悪な凶器を宿すサンドワームの前足を受け止めたのは、ローズの大剣だった。
彼女はその細い腕で、雄叫びと共に受け止めた人の胴まわりほどありそうなワンドワームの足を押し返す。その横顔は美しいが弱さは無く、ひどく勇ましい”聖女”はジュラードの瞳に鮮烈な印象を残した。
ジュラードがローズに礼を言う暇も無く、彼女は攻撃を押し返したサンドワームに追撃を仕掛けに動いていってしまう。ジュラードも目の前の敵に集中した。
ジュラード、ローズがそれぞれサンドワームを一匹ずつ相手している頃、残り一匹にユーリとウネが挑んでいた。
「ちっ、やっぱかてぇな……」
素早さを生かしてサンドワームの懐には易々と飛び込むことが出来たユーリだが、しかしやはり一撃の破壊力の無い自分の攻撃ではサンドワームの中身を守る固い鎧は傷つけることも出来ない。
甲殻の鎧に弾かれた短剣を握り直し、ユーリは自分に向けて振り下ろされたサンドワームの前足を、サンドワームから離れるように飛びのくことで回避した。
ユーリを仕留められなかったサンドワームは、今度こそと言わんばかりに執拗にユーリを狙って凶器を足を振り下ろしたり、薙ぎ払う動作を行う。単純な思考しか持たない類の魔物であるサンドワームは、一番近くにいる獲物を襲うことを最優先するのだろう。だがそれはユーリの狙いでもあった。
ユーリはサンドワームの周囲で派手に動くことで囮になり、攻撃の回避に神経を集中させる。そしてなかなか仕留められないユーリにどことなく苛立つ様子を見せるサンドワームを、少し離れた場所からウネが狙っていた。
「サンドワーム……熱と乾燥には強いが、水や寒さには弱い……」
呟き、ウネは弓を構えたまま呪術の準備を始める。彼女がもっとも得意とする術の属性は風だが、サンドワームの弱点となる水の属性の術もいくつか扱う事が出来る。
だがアーリィやローズのように水の属性、すなわちミスラのマナと相性が一番いいわけでは無いので、ウネが扱える水の属性の魔術は得意とする風の術に比べると威力が数段下がってしまう。
その為ウネは不足する分の術の攻撃力を、構えた弓矢で補おうとしていた。
『ARRCOPIENCCOLDOWEIVERCE.』
精神集中を行いながらウネが呪文詠唱を行うと、彼女が構えて切っ先をサンドワームに向ける魔力矢の先に、小さくも強く発光する青白い光が宿る。その光は彼女が呪文詠唱を重ねるごとに大きさと輝きを増した。
『PIEMUMRPIERFASTCEPIERCECEMAXI.』
やがてウネの準備する攻撃の気配に、ユーリが相手するサンドワームが気づく。サンドワームはユーリを獲物と認識するのを一旦止めて、ウネに攻撃の意思を移した 。
「おっと……そうはさせねぇぞ」
一度サンドワームの攻撃が掠った腕から激しく出血しながら、しかしユーリはサンドワームの意識を自分に繋ぎとめておく為に行動する。
彼は怪我をした右手ではなく、左手で投擲用の短剣を続けて三本、サンドワームのとある一点に向けて鋭く投擲した。そして彼の放った刃は、三本中一本がサンドワームの大きく濁った目に突き刺さる。
「やっぱどの生き物も、目は剥き出しだから弱点だな」
サンドワームはそう呟くユーリの声を掻き消す程に大きな声で悲鳴のような声を発し、怒りの感情で再びユーリへ殺意を向ける。そしてサンドワームは蠍のような長い尻尾を自身の頭上高くに掲げた。それはユーリにとって不吉で、今まで見たことの無い動作だった。
「なにを……、っ!」
疑問に思ったユーリが動作の意味に気づいた時は、もう既にサンドワームの攻撃が彼を襲っていた。
天高くに掲げられた尻尾の先端から、甲殻で出来た先が鋭利な刺が連射される。砂埃を上げる程の勢いで、ユーリに向けて凶器の雨が降り注いだ。
「ユーリ!」
ウネから少し離れた場所で魔法を準備していたアーリィは、ユーリの危機に気づいて悲鳴のような声を上げる。そして砂埃が激しく舞い上がり、視界がほぼゼロの状態で彼の安否もわからない中で、ウネが紡いでいた魔法矢がついに完成した。
砂煙の中で彼女が狙うはサンドワーム。元々視力に頼らない彼女に、舞い上がる砂は何も障害ではない。なので彼女は躊躇なく矢の狙いを定め、そして彼女が獲物を狙う矢の先に蒼い魔法陣が大きく輝いた。
「これで砕け散りなさい!」
静かにそう叫び、ウネは青白く輝く矢を放つ。そして矢が彼女の正面に出現していた魔法陣を通り抜けると、その瞬間に矢は蒼く煌く羽を纏う、巨大な氷の槍と化した。
ウネの放った氷の刃は、蒼い羽と軌跡を生みながら一直線にサンドワームへ向かい、砂煙の上がる中でサンドワームの体を貫く。甲殻の鎧などまるで紙のように、刃は易々とそれを貫いた。
やがて砂煙が徐々に収まり、巨大な刃に貫かれたサンドワームの姿が目視でも確認出来るようになると、サンドワームは貫かれた姿勢のまま息絶えている様子が見える。だがそれよりもアーリィは、ユーリの安否が心配でならない。
アーリィはローズたちを援護する為に紡いでいた術を取りやめ、砂煙がまだ僅かに舞う中で「ユーリ!」と叫びながら彼を探して駆け出した。
「ユーリ! ユーリ、大丈夫?!」
サンドワームが不安定な姿勢で息絶える傍で、アーリィはそう不安を叫びながらユーリを探す。するとサンドワーム足の付け根の直ぐ傍で、「呼んだぁ~?」と言う気の抜けるようなユーリの声が返ってきた。
「ユーリ!」
ユーリの声を聞き、アーリィは即座に声の方へと走る。するとそこには、息絶えたサンドワームの右前足に背中を預けるようにして休んでいるユーリがいた。
「大丈夫、ユーリ!」
アーリィがそう言いながら彼に駆け寄ると、ユーリは体中に傷を負いながらも苦い笑顔で彼女を迎える。
「大丈夫でーす」
「大丈夫じゃないよ! 怪我、いっぱいしてる!」
ユーリが返事をすると、即座にアーリィがそう言い返す。そして泣きそうな顔をしながら、彼女はひどく血に塗れたユーリに治癒術を施し始めた。
ある程度傷が塞がると、ユーリはアーリィに礼を言う。
「……ありがと、アーリィ。もうマジで平気だよ」
「本当? 本当に大丈夫なの?」




