旧時代の遺産 8
「モコモコ! モコモコ! と、飛びつきたい……っ!」
「モコモコしてるのに興味津々なのはわかるけど、少し落ち着いたら? アーリィ」
今にもモコモコした生き物のところにすっ飛んでいきそうなほど興味津々のアーリィに、マヤが苦笑を漏らす。そして彼女はモコモコした生き物を改めて見て、「モロね、あれ」と言った。
「確か砂漠を移動するのに利用されてる生き物よね」
「モロ……随分暑苦しい生き物ね……あの毛を根こそぎ刈ってやりたい」
モコモコの毛に全身覆われたモロに対して、ウネがそう静かに呟く。その目は本気で暑苦しい毛を刈り取ってやりたそうな殺気宿る目で、それに気づいたジュラードは思わず「可哀想だから止めてくれ」と呟いた。
「違う、私は善意で刈り取ってやりたいと言ってるの。このクソ暑い砂漠であんな毛塗れ、イライラする……あぁ服脱ぎたい」
「ウネ、自分が暑くてイライラしてるんだな……」
「なんか怖いな……というか、見えなくても毛塗れモコモコってわかるんだな……すごいなぁ」
ウネの若干物騒な物言いに、ローズとジュラードが小声で怯え合う。
砂漠の初日にローズたちに散々『服を着てくれ』と突っ込まれたので、今のウネは仕方なく服の上に日よけのマントを羽織っている。しかしそのせいで暑さと窮屈さを感じ、普段は温厚な彼女は戦闘時並……いや、それ以上に殺気立ってイライラしているようだった。
「えーっと……で、ジュラードの提案に戻りましょうか。砂漠を歩きたくないというユーリのわがままに対して、ジュラードはあのモロに乗って移動することを提案したわけだけど」
「おいマヤ、俺のわがままってなんだよ。わがままじゃねぇ、俺の魂の訴えだ」
ユーリのわけのわからない言い分は無視して、マヤは話を続ける。
「どうする? あのもっこもこした生き物に乗って移動してみる?」
マヤが皆に問うようにそう言うと、アーリィは元気よく手を上げながら「乗る!」と即答した。
「あれに乗らないと私、一生後悔する気がする……っ!」
いつに無く真剣な表情でそう強く訴えるアーリィを見て、基本的にアーリィには甘々なマヤは「じゃあ乗りましょうか」と即決した。それは思わずジュラ ードも「はやっ!」と言ってしまうほどの早さだった。
「いくらで乗れるのかとかもわからないのに……」
「だってアーリィが一生後悔したら大変じゃない。一生後悔するくらいなら、今ここで乗せてあげるべきでしょ?」
「……ありがと、マヤ!」
マヤの言葉にアーリィは本当に嬉しそうな笑顔になりながら礼を言う。するとマヤは途端にデレデレになった。
「いいのよ、アーリィ。あぁもう可愛いなぁその笑顔! そんなにモロ気に入ったなら一頭買っちゃいましょうか~」
「マヤ、それは止めろ!」
暴走するマヤに、ローズが慌てて突っ込む。が、アーリィはちょっと買って欲しそうな顔をしていた。
「なによぉ、アーリィが可愛く微笑んでくれるならモロの一頭二頭くらい買ってもいいじゃない~。あーそれにしてもかーわいいー」
「……なんだろう、あの光景に見覚えが……いや、それより寒気が……」
アーリィにデレデレになるマヤを見て、イリスが顔色悪くなりながら呟く。すかさずユーリが「お前に対するあの変態魔族の態度に似てるんじゃね?」と答えを言った。
「それじゃあ……あの動物に乗せてもらうことにしよう」
話が決まったので、ローズが改めてそう確認するように言う。するとウネは物凄く不服そうな顔をした。彼女的には暑苦しそうな生き物には、近づきたくも無いのだろう。しかし結局文句は言わず、一同はモロを貸し出しているらしい人物の元へ向かった。
「たびびとサン、いらしゃい」
モロを貸し出しているらしい中年の男にジュラードたちが近づくと、彼は拙い共通語で彼らに愛想良い笑顔で声をかける。麦藁帽子と遮光眼鏡が妙によく似合う男は、ジュラードたちに「モロかわいいヨ」とモロを勧めた。
「うん、かわいい!」
男の言葉にアーリィが力強く頷き、ローズはそれに苦笑しながら男へこう問う。
「あの、私たちそれ借りて砂漠を移動したいんですけど、一頭おいくらですか?」
ローズが値段を聞くと、男は愛想良い笑顔のまま「砂漠わたて隣のまちまで15000ジュレヨ」とカタコトな共通語で答えた。
「15000……た、高いなぁ……」
予想外に高額なお値段に、ローズは思わず苦い顔をする。マヤも「う~ん……」と困った顔で唸った。しかしアーリィに『借りる』と約束してしまった手前、今更借りないわけにもいかない。
「……どうするローズ? 一頭くらいなら借りれる?」
「いや、頑張れば二頭はいける……しばらくは町に着いても安宿で我慢になるけど」
ローズとマヤがこそこそと話し合い、ジュラードたちが心配そうに見守る中、二人は結局二頭借りることを決める。
「よし、二頭貸してくれ!」
色んな覚悟を決めたローズが力強くそう言うと、男は「はいヨ」と喜んで返事をした。
「ありがとネ、うちのモロ賢くていいこばかりだからあんしんヨ。大切にあつかてネ」
男はそう言うと、ジュラードたちを複数いるモロの元に案内する。ついに触れることが出来る魅惑のモコモコに、アーリィの目は最高潮に輝いていた。
「しかしローズ、二頭借りてどうやって全員が乗るんだ?」
モロの元へ歩きながらジュラードが彼女へ問う。
サイズ的に人数に含めなくていいうさことマヤを抜かすと、人数は六人だ。モロは大型の動物とはいえ、一頭に三人は乗れそうも無い。
「うちのモロは二人乗りネ。それいじょうは重くてモロにげちゃうヨ」
男もジュラードたちをモロの元に案内しながらそう言う。つまり交代で乗ったとしても、最低でも二人はモロに乗れず、徒歩移動になるということだろう。
「……まぁ、やはり交代で乗ることになるんだろうな」
ジュラードの問いにローズはそう答え、彼女は足を止める。目の前にはつぶらな瞳が可愛いモロが、客であるジュラードたちを待つように待機していた。
「……確かにかわいいなぁ」
「うん、アーリィが好きならローズも好きだろうと思ったわ。あんたら基本的に好み似てるし」
モロのつぶらな瞳に、ローズまでもが心を奪われる。ローズは金銭的には辛いけど、でも借りてよかったと密かに思った。
「じゃあたびびとさんたちやさしそうだから、うち一番にかしこい子たち貸すネ。かわいがてネ」
男はそう言うと、白と茶色の毛の二頭のモロに向けて声をかける。
「ケッタ フ エアヅ!」
「?」
男が何を言ったのかさっぱりわからずジュラードが怪訝な顔をすると、イリスが「ヤッサ語だね、あれ」と説明するように言った。
「ヤッサ語……」
「アサド大陸全域で古くから使われていた言語ね。ちなみに今のは『こっちおいで』って意味よ」
マヤがそう補足するように言うと、確かにマヤの翻訳どおりに二頭のモロは男の方へ歩いてくる。そうして男は二頭のモロをジュラードたちの前に連れてきた。
「たびびとさん、この子たちオススメヨ。この子たち、命令きくからネ」
「命令?」
ジュラードが不思議そうにそう問うと、男は「そうヨー」と言って説明を始める。




