旧時代の遺産 9
「この子たち、ヤッサ語で命令きくのヨ。簡単な命令だから、たびびとさんたちも使えるヨ」
「そうなのか」
ローズが感心したように頷くと、男は彼女に「おじょさん、試しに命令してみなヨ」と言う。
「え、命令? ヤッサ語、私知らないんだが……」
「だいじょぶだいじょぶ、簡単ネ。じゃあ『シヲル』ていてごらんヨ」
ヤッサ語は残念ながらよくわからないローズだが、男に言われたとおりにモロに向けて「シヲル」と言ってみる。するとモロ二頭はローズの前で足を折り曲げて座った。
「おぉ、座った! 可愛い!」
「こうすれば、おじょさんでも乗りやすいでしょ? 他にも進んでほしい時は『シシム』、とまてほしい時は『テモル』言えばオケーヨ」
「て、ても……? 覚えられるかな……」
男は他にも待機していてほしい時の命令や、移動が済んでモロを放す時の命令などをジュラードたちに教える。ジュラードたちはそれを必死で頭に叩き込み、そしてついにモロに乗ってみる事となった。
「じゃ、モロ乗てみるといいネ」
料金の支払いを終え、ついに待ちに待った瞬間がきてアーリィのテンションは上がりに上がる。アーリィは期待に胸踊らす瞳で、モロのふかふかな毛に向けてダイブした。
「もこもこフカフカ~。あったかい……なんかなつかしい匂い……」
「あぁ、ゆくり乗てね、おじょさん! モロおどろいちゃうヨ!」
アーリィがモロの毛に顔を埋めて至福の時を楽しむのを、男が心配そうな眼差しで見ながら声をかける。だがアーリィは聞いちゃいない。
「す、すみません……彼女はこっちでちゃんとモロに乗せますんで」
ローズに男がそう声をかけ、彼女にはユーリが声をかけた。
「んで、最初は誰が乗るんだ?」
「そうだなぁ……」
基本的に皆より体力が無いし、何よりモロを楽しみにしているアーリィは乗る事が確定として、最初に乗れるのは残り三人となる。
「ウネとローズは乗ったら? 女性なんだしさ、最初に乗っておいて体力温存しといたらいいと思うんだけど」
イリスがそう言うと、すかさずユーリが「待て、俺も乗りたい!」と手を上げる。イリスは冷めた眼差しで彼を見た。
「自己中……」
「うるせーよ! なんと言われようと俺は乗る!」
ユーリとイリスが睨みあう中、ローズが遠慮がちな様子で「私は別に乗らなくても大丈夫だと思う」と言う。
「ほら、ハルファスの力が戻ったから。今なら別に、そこまで気を使ってくれなくても平気だ」
「なら私も歩ける。体力には自信があるから」
ウネまで遠慮し始め、イリスは困った顔になる。さらにローズたちがこんなことを言うので、ユーリまでもが困惑する羽目になった。
「ユーリ、疲れてるなら乗るといい。私の事は気にしないで。たしかに私も少し疲れてはいるけど、きっとお前ほどでは無いから」
「そうね、私は平気だから体力の無い疲れているあなたが乗るべき」
「ちょっと待て、そう言われると俺が体力無いヘナチョコみてぇじゃねーか」
慌てるユーリにイリスまでもが悪意を込めて「譲ってくれてるんだし、彼女たちを歩かせてあなたは悠々と快適に移動できるモロに乗れば?」と優しい笑顔で言う。するとユーリは苦い顔で「お、俺だって歩けるぜ……」と、今までとまるで違う主張を行った。
「いや、お前さっきまで一番乗りたそうな事を言ってたじゃないか……」
「黙れジュラード、そこまで言われたら黙って乗れるわけねぇだろ。俺にだってプライドってもんがあるんだよ」
「プライドでお腹が膨れるわけじゃないんだから、そ~んなの気にしないで乗ればいいのに。大体、最初からあなたにそんな大層なプライドがあるわけじゃないんだし」
「んだとイリス! つかお前こそ乗れよ、女より体力無くてか弱いんだから」
「はぁ? 誰がか弱いって?」
「なにとぼけてんだよ、俺は覚えてるぜ。ほら、お前昔ヴァイゼスの戦闘訓練での走り込みで途中で体力無くなってぶっ倒れてエレスティンに運ばれたじゃねぇか。しかもお姫様抱っこで。あれはマジでウケたわ」
「ちょっ、そ、そんな昔の話出すなんて最低! 忘れろ!」
「無理、あれは忘れられない俺の中の明るい思い出の一つだから! しっかしエレスティンに運ばれるって……確かにあいつは逞しい女だけど、それにしてもお前情けねぇよなー」
「っ……やっぱりあんたって性格悪ぃ……クソガキめ」
「それはこっちの台詞だバカ、性悪野郎」
放っておくとすぐ険悪ムードになって殺し合い始めそうな雰囲気になるユーリとイリスを見て、ローズがひどく慌てた様子で「止めろ、二人とも!」と仲裁に入る。そしてマヤは「どうでもいいけど、喧嘩してる暇あるならさっさと乗る人決めてよ」と言った。
「話し合いでは決まらないから、ここは平等にじゃんけんで決めるのはどうだ?」
ジュラードがそう提案をすると、ローズは「それ、いいな!」と笑顔で頷く。が、やっぱりこの二人は揉めていた。
「じゃんけんだぁ? んな生ぬるい勝負じゃなくて殴りあいにしようぜ? とりあえず俺はイリスをボッコボコにする!」
「それはユーリ、お前イリスを殴りたいだけだろ!」
「ハッ、殴り合いの方が生ぬるいっつの。殺るなら徹底的に殺らないとねぇ……ユーリ、後悔しないように五秒で言える遺言考えとけよな」
「いいい、イリス! お前はお前で何する気だよ!」
二人の物騒な発言に突っ込んだ後、ローズは疲労した表情で「とにかくじゃんけんで決めよう!」と言う。
「いいか、最初はグーだぞ!」
「そこはそんなに力強く言うほど重要な部分なの?」
ウネのさり気ない疑問に「重要なんだ!」とローズは力強く答え、そして彼女は大きな声で言う。
「最初はグー! じゃんけん……」
「きゅうぅ~?」
うさこが興味深そうに眺める中、謎のじゃんけん大会が実行される。そして何度かのあいこを繰り返し、最終的に勝者となったのはこの三人だった。
「はい、平等なじゃんけん大会の結果、モロに載るのはジュラードとローズとイリス……っと」
「くそおおぉぉぉぉぉっ!」
マヤの結果報告の声に続けて悔しい雄叫びを上げたのは、膝を折って絶望するユーリだ。マヤは本気で悔しがる彼を見て、「そんだけ大声で叫ぶ元気があんなら、ぶっちゃけまだまだ歩けるでしょ」ともっともな事を呟いた。
「って言うかユーリ、やっぱり乗りたかったんじゃないか……」
「と、とりあえず乗ろう。アーリィも待ってるし……」
ユーリは可哀想だが、結果こうなったのだから仕方ないと思いつつ、ローズはモロの首にしがみ付いて自分たちを待つアーリィに近づいた。
「それじゃ私がアーリィと一緒に乗ろう」
「ならもう一頭は俺と先生で乗るのか」
ローズが白いモロに抱きついているアーリィに近づくと、ジュラードはうさこを抱えながらイリスに「先生、いいですか?」と聞く。イリスは「いいよ」と頷いた。
「じゃ、俺たちはこっちの茶色いのに……」
そう言いながらジュラードがイリスと共にモロに近づく。するとモロは何故か怯えて逃げるようにジュラードたちから遠ざかった。




