旧時代の遺産 3
ユーリに無茶振りで頼みごとをされたイリスは、ジュラードたちが町中に向かってしばらくして、仕方なくアーリィが休んでいる隣の部屋に向かう。
彼はアーリィが好きそうな甘いお菓子を持って、隣の部屋のドアをノックした。そして中から平坦な声で「何?」と返事が返ってくると、何故か妙に緊張しながら部屋のドアを開ける。
「し、失礼します……」
何故か緊張で敬語になりながら、イリスは部屋の中に入る。部屋の中では、アーリィがベッドの上で膝を抱えてブーブーに頬を膨らませてふて腐れていた。
(……これは重症だな)
もうすでに手遅れなんじゃと思うくらいに不機嫌マックスなアーリィを見て、イリスは思わずこのまま何も見なかったことにして退散しようかと思ってしまう。だが、そういうわけにもいかない。一応ユーリには自分と子どもたちの関係の修繕の手伝いをしてもらった恩があるので、それは返さないといけないとイリスは思っていた。
イリスは小さく溜息を吐きながら、近寄りがたいオーラを発するアーリィに近づいた。
「疲れてるんだよね? 疲労には甘いものがいいって聞くからお菓子持ってきたけど、食べない?」
イリスがそう若干引きつった笑顔でアーリィに声をかけると、アーリィはしばらく無言でイリスを見上げた後に、小さく「食べる」と呟く。どうやら甘いものの誘惑に負ける程度には、心にゆとりはあるようだ。
これなら話は出来るとイリスは判断し、彼はアーリィにこう言葉を続ける。
「そう。じゃあお茶でも入れるからさ、これ食べながら少し私と話しよう」
「話……?」
首を傾げるアーリィに笑みを向け、イリスは飲み物の準備を始めた。
一方でユーリは相当へこみながら、ジュラードと共に街の中を歩いていた。
アーリィが機嫌を悪くしたことが相当応えたらしく、ユーリは頭を垂れた状態でとぼとぼとジュラードの隣を歩く。今のユーリはアーリィがどうしたら許してくれるかと、そればかり考えて他の事は頭に入らなかった。
「ユーリ、どうやらあっちが目抜き通りのようだ。あっちに店、あるかもしれないな」
「あぁ……」
「店に着いたらどんなものを買えばいいだろうな。日持ちする食料と水は当然だけど、それ以外では……」
「あぁ……」
「……ユーリ、俺の話聞いてるか?」
「あぁ……」
「きゅいぃ~」
「あぁ……」
ジュラードの問いかけに上の空で返事をするユーリは、うさこの鳴き声にも自動で返事を返してしまうほどに心ここにあらずの状態だった。
そんな様子のユーリを見てジュラードは溜息を吐き、彼はおもむろに持っていたうさこをユーリの頭に乗せてみる。うさこは無抵抗にユーリの頭の上に乗り、その後しばらくしてユーリはやっと頭の上の重量に気づいたらしく、驚いた様子で叫んだ。
「……うおぉっ! んだよ、びっくりした!」
「きゅいー」
ユーリは自分の頭の上からうさこを退かして、ジュラードを恨めしそうに見ながら「お前の仕業か」と言う。ジュラードは素直に「あぁ」と頷いた。
「なんでうさこを乗せんだよ、びっくりしたじゃねぇか」
「だって全く意識が別のとこに行ってて、俺の話を聞いていなかったから。これくらいのことをしないと、気づかないんじゃないかって思って」
ジュラードがそう言うと、ユーリは「あぁ、話しかけてたのか」と、今それに気づいたという様子で言う。それを聞いてジュラードがジトッと彼を睨むと、ユーリは苦笑しながら「わりぃ」と謝った。
「で、何話してたんだ?」
「……いや、それより何をそんなに考えてたんだ?」
問いかけるユーリに、ジュラードは問いを返す。ユーリが何をそんなに考えていたかなんてわかりきったことではあったが、あえてジュラードは彼に聞いてみた。
するとユーリは案の定「いや、さっきのアーリィの態度に悩んでた」と答える。
「そうか……いいじゃないか、なんか愛されてて」
「あー、まぁそうなんだろうけどさぁ……でもここまで機嫌悪くされたの初めてで……なんであんなに怒ったんだろ」
惚気なのかそうでないのかよくわからないユーリの言葉だが、真剣な彼の表情から真面目に悩んでいることだけはジュラードにも伝わる。
ジュラードはふと気になったようにユーリにこんな事を聞いた。
「普段喧嘩とかしたことなかったのか?」
ジュラードに問われ、ユーリは改めて考えてみる。
「そういや喧嘩ってのはしたこと無いな……つーかコレが喧嘩か?」
「俺に聞かれても……でもまぁ、喧嘩ってのはそれぞれだし……喧嘩なんじゃないか?」
「おぉ……じゃあ何気に初めての喧嘩だな」
ユーリは驚いたようにそう言い、ジュラードも「そうなのか」と興味を持ったふうに頷く。
かつてのアーリィには散々ボロクソに嫌われていた経験はあるが、あれは喧嘩では無いだろう。という事は、やはり今回のコレが初めての喧嘩ということになる。
「喧嘩かー……そんなこと出来るくらいに、アーリィの心も成長したってことだよなー」
「?」
何かしみじみとした様子でそう呟くユーリに、ジュラードは不思議そうな視線を向ける。しかしユーリはジュラードの視線に気づかないようで、前を向い たまま独り言のような言葉を続けた。
「つーことは喜ぶべきなんかなー……あー、でもやっぱ複雑。どうしたら機嫌直してくれんだろ」
独り言のようにそう言ったユーリは、しかし何も具体策は思いつかずに「とりあえずイリスに任せてみるしかねぇかなー」と言う。そして、やがて彼はジュラードの視線に気づいて彼の方を見た。
「ん? なに? 俺の顔に何か付いてる?」
「あ、いや、そうじゃないけど……そういえばずっと気にはなってたんだが……」
「?」
ジュラードはずっと以前から気になってはいたが、しかし聞けずじまいでいた疑問を今やっとユーリに問うことにする。
「アーリィって何者なんだ? ローズやマヤも不思議だけど、彼女はなんと言うか……別格で不思議すぎる。普段から何考えてるかよくわからないし……」
ジュラードはそこまでアーリィの印象を正直に言って、ハッとした様子となって慌てる。
「あ! べ、別にアーリィが変だって言ってる訳じゃない! ただ純粋に、不思議だって思ったって言うか……あの、上手く言えないけど……」
しかしジュラードの心配を余所に、別にユーリは怒った様子も無く、むしろ彼は笑んでジュラードを見返していた。
「あぁ、ローズたちから詳しく聞いてはねーんだっけ?」
「詳しく?」
不可解そうな表情をするジュラードを見て、ユーリは「やっぱそうなんだな」と一人で納得する。そして彼はこう続けた。
「ま、別にお前だから話といてもいいよな。アーリィのこと」
「……?」
ユーリは疑問の眼差しを続けるジュラードに、アーリィという存在の正体を話すことを決める。
買い物へ向かう道中の暇つぶしに、ユーリはジュラードにアンゲリクスという造られた”命”のことを語った。




