再びの旅立ち 22
「だ、だってですね……私だって本音を言えば今すぐにイリスを抱きしめたいんです。しかしイリスの気持ちも理解してますから、最大限に妥協して順番という提案をしたんですけど……私だって我慢しているんですよ」
「我慢って……意味がわからないよ、ラプラ……」
「そうだねぇ。あたしばっかりイリスを抱きしめるのは不公平だよね。じゃあ次はラプラさん、どうぞ」
「いいいいいよユエ、そんな気遣いはやめて! っていうか『どうぞ』っておかしい! 何で私を彼に引き渡すの?!」
「ん? だからさ、不公平だなってあたしも思ったからだよ。まぁいいじゃない、イリスも抱きしめられるの好きだろう? あたしがしょっちゅう抱きしめても嫌がらないじゃな い」
「男に抱きしめられても嬉しくない! そういうのは女性がいいの! ユエだからよかったの!」
「じゃあイリス、私を女性だと思えば大丈夫ですよ! ……ハァハァイリスの良い匂い、癒されます……」
「ハァハァ言いながら人の匂いを嗅ぐ女の子がどこにいる! てかマジでやめて、ユエの前でこんなの……だ~か~らぁ、止めろって言ってんだろ……っ!」
ラプラの登場で急に賑やかになった場で、ユエは微笑を湛えながらラプラを全力で拒絶するイリスを見つめる。元気になった彼の姿に改めて喜びを感じ、そして彼女はリリンもまた彼同様に回復することを静かに願った。
レイマーニャ国へ出発の前夜、お風呂上りのアーリィが一人で孤児院の庭先で考え事をしていると、そこにうさこの頭に腰を下ろした状態でマヤがやって来る。ちなみに今ローズは風呂に入っているために彼女と共にはいない。
マヤはうさこと共にアーリィに近づき、彼女に声をかけた。
「アーリィ、こんなところでボーっとしてどうしたの?」
「マヤ……」
マヤに声をかけられ、アーリィは彼女の方を向く。うさこもアーリィを心配するように、「きゅうぅ」と鳴いた。
「何か心配事?」
マヤを頭に乗せたうさこは、アーリィの隣で座る。アーリィはマヤの問いに、「心配って言うか」と口を開いた。
「レイチェルたち、大丈夫かなって考えてた」
「あ、そっか。お店任せて来たんだもんね」
マヤの言葉にアーリィは「うん」と頷き、「大丈夫だと思うけど」と付け足す。
「でもまだ帰れないみたいだから、ちょっと気になっただけ」
「……そうだね。一度お店に戻る?」
マヤが気遣うようにそうアーリィに問うと、アーリィは笑って首を横に振った。
「ううん、大丈夫。魔法薬の在庫は一杯作っといたし、その他の商品の仕入れはちゃんとレイチェルに教えといたし……レイマーニャに行って、まだもう少し治療に時間かかりそうならまた帰ることも考える」
「そう……わかった」
「あの二人もしっかりやってくれてると思うし……そう信じてる」
微笑みながらそう答えるアーリィを見て、マヤは唐突にこんな言葉を彼女へ向ける。
「アーリィは今、幸せ……だよね」
「え?」
突然の問いを不思議に思ったアーリィがマヤを見つめる。マヤはその視線を受け、今の問いの真意を誤魔化すように笑った。
「ごめんごめん、急に変な事聞いちゃって」
「……うん、幸せだよ。好きな人と一緒にいられて、やりたいことが出来て……幸せ」
問いの意味を何となく理解したアーリィは、微笑みながらマヤへそう言葉を返す。それを聞き、マヤは何か考える表情で「そう」と呟いた。
「幸せならよかった」
そう呟いたマヤの表情が、どこか寂しげに見えたのは気のせいではないだろう。
アーリィはマヤを頭に乗せた状態のままのうさこを抱き上げ、膝の上で抱えるように抱きしめてこう口を開いた。
「マヤのおかげ。マヤが私に、たくさんの感情を与えてくれた……その意味をユーリやローズたちが教えてくれて……だから今の私がいる。今、幸せを感じれる自分がいると思う」
「アーリィ……」
アーリィは優しい笑みをマヤに向け、「ありがとう、マヤ」と告げる。その微笑みはマヤの中でアリアと居た頃の過去と繋がったが、しかし確かにそれはアーリィの微笑みだった。
「……こっちこそ、『ありがとう』だよ、アーリィ。なんか今、すっごい元気もらった気がした」
「そうなの? そっか、よくわからないけどよかった」
微笑んだまま首を傾げるアーリィに、マヤも明るい笑顔を向ける。
「アーリィが今笑顔で幸せなら、アタシもすっごい嬉しいって事 だよ」
ずっとアーリィを苦しめる形で束縛し続けてきた自分だ。アーリィには長い間、謝罪しても仕切れない行為を行ってきた。そしてそれが後悔という負い目になっていた。
しかし自分に縛られない今の状態のアーリィに『ありがとう』と言われた事で、自分の中にあった後悔と懺悔の思いは軽くなったとマヤは自覚する。
「そう……じゃあ、もっと幸せになれるよう頑張る。私もマヤが嬉しいなら、嬉しいから」
「うわ、また可愛いこと言ってくれるわね。もー、そんな可愛いこと可愛い笑顔で言われちゃうと、アーリィに浮気したくなっちゃうわよ」
「だ、ダメだよ。マヤにはローズがいるじゃん。浮気なんかしたらローズ、怒るよ?」
アーリィが慌てると、マヤは楽しそうな笑顔で「冗談よ」と言った。
「でもアタシが仮に浮気したとして、ローズが怒るかしらねぇ」
「ローズが浮気したら、マヤは怒る?」
「ん? まぁ、怒るより悲しむかな。でもローズだから、そんなことしないって思うけど。信じてるからねー」
「そう……ローズも幸せだね、信じてもらえてて」
「あら、そう? アーリィはどうなのよ。ユーリが浮気したらどうしちゃう?」
「んー……私もユーリを信じてるけど……ユーリがもし仮に浮気したら、私は怒らないけど彼を縄で縛って家の中に閉じ込めておくかもしれない」
「閉じ込め……アーリィ、それは怒ってるからの行動じゃなくて?」
「……うん、大丈夫。怒ってるわけじゃなく、もう浮気しないように縛るの。ただそれだけだから」
どこか黒い笑顔でそう語るアーリィの姿に、マヤは背筋が寒くなるのを感じる。
ユーリが浮気なんてした日には即暗黒面に堕ちそうなアーリィの愛情を知り、マヤは今度ユーリにしっかり忠告を行おうとこっそり心に誓った。
「でも……マヤもローズも、早く元に戻れるといいね」
唐突に呟かれたアーリィのその言葉に、マヤは驚いた顔でアーリィを見上げる。
「え? いきなりどうして?」
「だって不便でしょ? そのサイズ……ローズだって、ちゃんと男としてマヤのこと大事にしたいって思ってるだろうし」
心配そうな眼差しを向けるアーリィに、マヤは少し考えながら「そうね……」と口を開いた。
「でも、正直アタシはそこまで不便感じてないのよね。大きさとかそういうことより、ローズと一緒にいられることがアタシには重要だからさ。ローズは早く元に戻りたがってるけどね」
「そうなんだ。マヤがそう考えてるなら、ローズも少し安心だね」
「私がどうかしたか?」
唐突にそうローズの声が聞え、アーリィとマヤとうさこは声がした方へ視線を向ける。そこには濡れた髪をタオルで拭きながら立つローズの姿があった。
「んーん、なんでもないわよん」




