再びの旅立ち 11
マヤが怪しい悪巧みを思いついたので、それをユーリたちにも説明する為に皆が再び広間へと集まる。
広間に集まったのはローズにマヤにジュラード、それにユーリにアーリィ。それと彼らを転送する為に行動を共にすることを決めたウネに、何故かマヤに指名されて呼ばれたイリスもその場にいた。ついでにラプラとうさこもだ。
ユエはレイヴンに昨夜の話をしに行って、そのまま仕事に向かったので今この場にはいなかった。
「それで? 病気の治療法を知るためになんとかって建物に不法侵入するって話だっけ?」
大人数が一度に集まって若干狭い広間で、事前に軽く話を聞いていたユーリがそう口を開く。その隣でイリスが物凄く不安そうな顔をしていた。
「な、なんで私まで呼ばれたの……? 何か嫌な予感しかしない……」
イリスがそう呟くとおり、マヤの考えた不法侵入作戦では彼は重要な役割が課せられていた。なのでマヤはイリスに嘘臭い優しい笑みを向けて、こう言葉をかける。
「大丈夫イリス、何も心配なんてしないでいいの。ただあなたには、アタシの言うとおりやってもらいたい事があるだけなの。それだけよ。ほ~んとそれだけ、うふふふふっ」
「……嫌な予感が当たりそうだね」
胡散臭いマヤの態度を見て、イリスは深く溜息を吐く。だが色々彼らには世話になったので、今更要求を拒否することは出来そうもなかった。
イリスが諦めたのを確認し、マヤはローズの胸元といういつもの定位置から皆に改めて説明するため口を開く。
「それじゃリリンちゃんの病気の治療法を手に入れる為の作戦の説明をするわ。まずはウネの転送術で、アサドのモルガド皇国に行く。そっからレイマーニャを目指し、貴重な医学書のある中央医学研究学会の施設に向かいましょう」
「施設に着いたらどうするの? 一般人は中に入れてもらえない場所らしいけど」
一番の問題をウネが問い、マヤはニヤリと意地の悪い笑みを見せる。何かまたイリスはひどく嫌な予感を感じた。魔物の本能だろうか?
「そこで便利な最終兵器……いえ、イリスの出番よ」
「イリス? どーいうことだ?」
ユーリの怪訝そうな問いに、マヤはノリノリの笑顔でこう説明を語った。
「夢魔の力で施設の中の連中全員に幻覚見せとくのよ! アタシたち全員が施設の関係者だっていう幻覚をね! いえ、全員じゃなくても誰か一人でもいいから、とにかく関係者だっていう幻覚見せといて堂々と正面から乗り込むわよ!」
「え、ええぇっ!?」
マヤの作戦に真っ先に驚きの声を上げたのは当然ながらイリスだった。彼は顔色悪くなり、「そんなの出来るわけ無い!」と強くマヤに主張する。が、マヤは彼の訴えを切り捨てた。
「出来ないじゃなくて、やれって言ってんのよ。いいからやれ」
「出た、有無を言わさぬマヤ様の命令。イリス、諦めるんだな。こうなるとやるしかねぇよ」
ユーリの言葉にイリスは「マジで……?」と無理そうに呟く。だが無理そうでも何でも、マヤはとりあえずイリスにやらせてみるつもりのようだった。
「大丈夫よ、アーリィとか魔法的な力に強いアタシならともかく、一般人なんて簡単に幻覚見せられるわよー」
「……いや、だって私昨日”こう”なったばかりだし……幻覚見せろって言われて、『はい』って見せられる自信無いんだけど……」
イリスのもっともな主張を聞き、小さくても強いマヤ様は「じゃあすぐ出来るように練習をしろ」と鬼の命令を下す。その容赦無いマヤの態度に、イリスはちょっとだけ泣きたくなった。
「練習って……どうやって……」
「あーもう、うだうだうっさいわねー。いいから思うとおりやってみなさいよ。昨夜は絶好調だったんだから出来るでしょう?」
「…… わ、わかった」
諦めたイリスは溜息と共に頷き、「とりあえずやってみるけど」と言って周囲を見渡した。
「やってみるのはいいけど、誰を実験台にしたらいいの?」
イリスのその疑問に、何となく実験台にされそうな予感を感じたローズと男たちが怯えたように肩を震わせる。
「そぉねー。やっぱりここは一番簡単に幻覚に引っかかりそうなユーリを実験台にするべきじゃないかしら?」
マヤのその一言で、ユーリ以外はホッと胸を撫で下ろした。そして見事予想通りに一人貧乏くじを引かされたユーリは猛烈に抗議する。
「ちょっと待て、なんで俺が実験台なんだよ! 嫌だっつの! なんだよ、引っかかりやすそうって!」
「あら、言葉どおりよ。魔法に耐性無くて単純なほど幻覚ってのはかけやすいもんだからね。単純馬鹿なあなたが一番、初心者の練習にはもってこいかなって」
「単純馬鹿ってなんだ、単純馬鹿って! 俺は嫌だぞ、んな怪しい実験台なんて!」
普通に嫌がるユーリの反応はごく当然のものだったが、そんなものマヤ様には関係ない。マヤは面倒くさそうな表情でユーリを一瞥し、「いいから練習させなさいよ」と彼に言った。
そしてマヤはトドメの一言をユーリに告げる。
「ユーリ、あなたはジュラードの妹ちゃんの病気を治したくないの?! 苦しむあの子を思えば、実験台くらいいいじゃない!」
「ぐっ……!」
それを言われるともう拒否することも出来なくなる。ユーリは物凄く嫌そうな顔で、しかし渋々「わかったよ」と返事した。
「よし、じゃあユーリも駄々捏ねるの止めたから早速練習してみましょうか」
マヤはイリスにそう言うと、「ここじゃ狭いから外行きましょう」と言う。そんなわけで一先ず皆は外へ向かった。
外に出たジュラードたちは、外で遊んでいたギースたち年少組に何事かと見学されながら、イリスによる幻覚の実験を始める。
「はーい、ちびっ子たちは危ないから離れててねー。とばっちりで君たちがとんでもないことになったら、アタシも責任取れないからねー」
マヤはギースたちにそう言い、彼女は少年たちが興味深そうながらも言われたとおり離れていくのを確認すると、準備するイリスとユーリの方へ視線を向けた。
「んじゃイリス、ユーリ、準備はいい?」
「私は……いいよ」
「……俺も」
微妙にやる気無い返事の二人にマヤは「もっと気合入れなさいよ」と言い、それを聞いた二人はわかりやすくまた嫌そうな表情となる。マヤは構わず「そんじゃ始めてみて」と二人に声をかけた。
しかし『始めてみて』と言われても、まず何をどうしたらいいのかイリスはさっぱりわからない。とりあえず彼はユーリにこう聞いた。
「ユーリ、どういう幻覚見たい?」
すると問われたユーリは少し真面目に考えた後、真顔でこう答える。
「とりあえず巨乳美女に大量に囲まれてハーレム的な……」
「ユーリ?」
純粋な男の夢を正直に語ったところで可愛い奥さんの恐ろしく冷たい声が耳に聞えたので、ユーリは即座に男の夢は諦めた。
「えと、じゃあ……あったかい南国リゾートの浜辺に行った的な……そういう幻覚見たいです」
「南国ってことは水着美女が見たいとか?」
「……アーリィちゃんの視線が怖いのでそれは結構です」
「了解。……じゃあ代わりにマッチョなビキニパンツの良い男とのデート的なシチュエーションをオプションで付けてみるね。それならあの子も怒らないでしょ」
「そんな恐ろしいオプションいらねーよ! よけーな事すんな、バカ!」
「えー? でもただ南国見ただけじゃつまらないんじゃない? どうせならもっと楽しくしてあげようと思って……」
「マッチョな男とデートする行為のどこに楽しい要素があるんだ! いいからフツーにやれ! フツーに!」
「……浜辺だけじゃ面白くないと思うんだけどな」
イリスの提案する余計なオプションは断り、ユーリは緊張しながらイリスの術にかかるのを待つことにする。一方でイリスもとりあえず思うとおりにやってみることにした。
「そ、それじゃやるから……」
「お、おう……」
イリスは緊張した面持ちのユーリが頷くのを確認すると、なんとな~くうろ覚えで覚えているような昨夜の自分の行動を思い出してみる。ユーリと同じくらい緊張しながら、彼はユーリを真っ直ぐ見据えた。そして直後、僅かに空気が変わる。




