再びの旅立ち 12
「あ、良い感じかも」
イリスの様子を観察していたマヤが、そう小さく呟く。彼女の言葉を聞いたローズが、「良い感じ?」と小声で問うた。
「うん。なんか上手くいきそう」
「わかるのか?」
「なんとなくね~」
傍目からはイリスがユーリに何をしているかはよくわからない。ただユーリの正面にイリスが立っている光景にしか見えないが、マヤには何となくイリスが何かをしているとわかるらしい。
ローズは質問ついでに、マヤにこう問うた。
「なぁ、幻覚見せるっていうのは、つまり魔法なのか?」
「ん? そうね……厳密には魔法では無いけど、魔法的な力ね。アタシも詳しくは知らないけど、ドラゴンのブレスとかと似たようなもんよ」
「あー……なるほど、わかりやすいな」
つまり夢魔の力は魔法ではないが、マナを利用した魔法に似た能力らしい。つまり本当にイリスは魔物に変わってしまったということなのだろう。
ローズが納得していると、イリスに術をかけられているらしいユーリの様子に変化が現れる。ぼんやりとただイリスの前に立っていただけだったユーリが、突如大声を上げてローズたちを驚かせた。
「う、わあぁああぁぁあぁぁぁぁぁっ!」
「!?」
突如叫び、そして何か一人で混乱しその場で走り始めたユーリを見て、皆が驚きの視線を彼に向ける。アーリィがひどく心配そうに「ユーリ、どうしたの?!」と声をかけるも、ユーリは半泣きでその場に崩れ落ちて震え始めた。
「な、何したんだ?!」
ユーリのあまりの怯えように、ローズが困惑した表情でイリスを見る。するとイリスは「あ、もう実験終わりでいいかな?」と、見学していた者たちに聞いた。
「あぁ、うん。あなたがいいなら、終わりでいいわよ」
マヤがそう答えると、イリスは「それじゃ……」と言ってまたユーリに向き直る。ユーリはガタガタ震えながら何かうわ言のように言っていたが、イリスが「大丈夫?」と声をかけながら肩を叩くとハッとした様子で顔を上げた。
「あ、い、いない!? 常夏の砂浜で俺を『愛してる』とか言って延々追いかける厚化粧の巨漢肉だるまな汗臭い男たちがいなくなってる?!」
「……ユーリ、お前は一体何を見ていたん だ?」
汗だくでまだ顔色悪いユーリに、ジュラードが心底不思議そうに問いかける。だがユーリは余程恐ろしい悪夢の幻覚を見せられていたらしく、涙目で震えるだけだった。
「怖い……汗だくムレムレの肉厚な女装男たちが踊りながら結婚迫ってきた……怖い……」
ユーリはイリスの余計な幻覚オプションのせいでどうやら何か重いトラウマを心に負ったようだが、しかし彼のその様子から彼が幻覚を見せられていたことは確かなようなので、イリスの能力の実験は見事成功したということだろう。大満足な結果に、マヤは嬉々とした表情を浮かべた。
「よしよし、これならいけるわ……イリス、今のような感じで建物内の人を片っ端から惑わしていきなさい!」
「……片っ端からなんて出来るかな……」
一応自分の意思で幻覚を相手に見せられることは確認できたイリスだったが、マヤの要求はかなり難易度高いのでそれを忠実に実行できるかは、まだ本人も不安が残るようだった。
しかしマヤは「大丈夫よ」と笑い、彼女はまた皆に室内へ戻って話し合いの続きを行う事を促した。
空が夕刻の赤から紺へ変わる頃、ユエが仕事から戻ってくる。
帰宅したユエを交えて皆で夕食を囲みながら、マヤは彼女や子どもたちに今日の昼間に決めた事についてを説明した。
「つまりあんたたちはまたしばらく出かけるってことかい?」
マヤの話を聞き終え、豆のスープを味わいながらユエがそう問いを口にする。マヤの説明を聞くと、つまりはそういうことだった。
「期間はそんなに長くは無いけどね。でも、そういうことになるわね」
「で、今回はイリスも連れて行くと……」
「うん……なんかそういうことに……」
ユエの言葉に、うさこ用に切った果物を皿に乗せて持ってきたイリスがうな垂れつつ返事をする。彼はジュラードの膝の上で食事を待っていたうさこに、持ってきた果物を差し出しながらユエに言葉を続けた。
「だからしばらく私居なくなっちゃうけど……その、大丈夫かな? 中のこととかさ」
「う~ん、そうだねぇ……」
「あ、ギース僕のお肉取った!」
「だってお前食わないんだもん」
「違うよ、取っといたんだよ! もー!」
「お兄ちゃんたち、静かに食事しないといけないんだよぉ……」
「うるせーな、フィーナ、お前の肉も食べちゃうぞ!」
「やだぁ、取らないで」
賑やかに食事をする子どもたちを横目に見ながら、ユエは若干不安そうな顔をする。しかし騒ぐ幼い子たちをエリが「止めな、静かに食べなよ」と注意するのを見て、「まぁ、何とかなるかな」と呟いた。
「元々あんたがいなかった時は、昼間はエリやトウマにギースたちのこと任せてたしな。今回もそうするよ」
「そっか……」
ユエの返事に、イリスは「大丈夫なら、ジュラードたちと一緒に行ってくるね」と彼女に返事する。そして彼は何か思いついたように、こうも続けた。
「あぁ、でもまだこの辺に妙な魔物がいるかもしれないんだよね? 心配だからラプラにはここに残ってもらおうか?」
「え? 私ですか?」
急に自分の名前を出され、『イリスの手料理はぁはぁ』とか言いながら気持ち悪く食事をしていたラプラが顔を上げる。彼はしょんぼりと捨てられた子犬のような顔で、「私は置いてけぼりですか?」とイリスに聞いた。
「いや、置いてけぼりって言うか……だってウネは転送魔法使うから一緒に来てもらわないといけないらしいし、そうなると万が一魔物が出た時子どもたちを守る事はあなたにしか頼めないから」
イリスがそう困った様子で答えると、ラプラは『あなたにしか頼めない』の一言の部分に何かを感じたらしく、彼は急に顔つきを変える。
「私にしか出来ない……ふふっ、イリスがそこまで私を頼りにして下さっているならば断れません。いえ、そもそもあなたの頼みを断るという選択肢が私の中には存在しませんが。とにかくイリスと離れるのは胸が張り裂けそうなくらい苦しく辛いことですが、これも一つの愛の試練として受け止めましょう。お任せください、あなたの留守の最中のここの平和は私が守ってみせます」
「え、あぁ……ちょっと何言ってるかよくわかんないけど、頼めるならお願い」
ラプラと目も合わせずにそうイリスは言い、彼はまたユエに向き直る。
「そういうわけだから、何かあっても多分ラプラがいるから大丈夫だよね」
「そうだね、ラプラさんがいるなら安心だね。イリス、気をつけて行って来な」
「うん」
イリスが返事したのを見ると、ユエはジュラードに視線を向けて、彼にも「あんたも気をつけていくんだよ」と言った。




