光の裏側 25
「どうしたんだ?」
ローズが問うと、ユエは驚愕したように目を見開きながら「禍憑きの印が無い」と言った。
「え? ほ、本当ですか?!」
ユエの言葉に、ジュラードが反応する。彼はユエの視線の先を追い、イリスに禍憑きの印が刻まれていた足を見る。すると確かにそこにあったはずのそれは、今は綺麗さっぱり消えて無くなっていた。
「……どういうことなんだ? まさか魔物に変われば、禍憑きは治るってことか?」
ユーリがそう疑問を呟き、ジュラードがひどくショックを受けたように「そんな……」と言葉を漏らす。マヤはそんなジュラードを励ますように、「まだわからないわよ」と声をかけた。
「魔物化することで治ったのかも知れないけど、それ以外にも治療法はあるはずよ。必ずね」
「しかしなぜ彼は魔物化したのだろう? 他の禍憑きの患者で、そんなふうになったという話は聞かないのに……」
ローズも疑問を呟く。確かに何故イリスは魔物に姿を変えたのか……それは最大の疑問だ。
「案外話に聞かねぇだけで、そういう例もどっかにはあったんじぇねぇの?」
「……まぁ、そういう疑問も含めて話をするのは明日ね。今日はもう遅いし」
「そうね……さすがに私も今日は疲れた」
マヤの言葉にウネが同意する。そしてユエは「じゃあ、あたしは先に中に戻ってるよ」と言い、イリスを連れて孤児院へ向け歩いていった。
「んじゃ俺もアーリィ休ませたいし、中戻るわ」
ユエに続けてユーリもそう言い、ローズはアーリィに心配そうな視線を向けながら「アーリィ、大丈夫か?」と聞く。ユーリも若干心配を眼差しに見せながら、しかし彼はこう答えた。
「ん、まぁ……寝てるっぽい感じだから。アーリィには怪我はねぇし、少し休ませれば大丈夫だと思う」
「そうか……お前も無理すんなよ」
「あぁ、わかってる」
ユーリはローズに笑顔を向けて、「とにかくアーリィのことはそんな心配しなくて大丈夫だって」と声をかける。ローズは彼がそう言うのなら大丈夫なんだろうと信じ、「わかった」と小さく笑みを返した。
「ところでローズ、今だから言うんだけど」
「ん? なんだ?」
また急に真剣な表情になったユーリに、ローズはちょっと緊張しながら返事をする。一体何を言われるのかと彼女が構えると、ユーリは真剣な表情のままにこう告げた。
「お前、寝起きで急いでそのまま来たのはわかるけど、すげぇ格好してんぞ。痴女って周りから言われないように、お前も早く中入った方がいいぜ?」
「な……」
ユーリのとても親切なその言葉に、ローズは自分の格好を改めて確認して、そして急速に顔を赤く変えながら「うわあぁぁぁっ!」と悲鳴を上げた。
「あっはは。んじゃ、俺から伝えたい事はそれだけです。お休みローズ、風邪引くなよー」
「ユーリ、お前もう少し早くに指摘してくれよ!」
笑いながら去っていくユーリの背中を睨みつけるローズの格好がどうなっているかと言えば、黒い下着のパンツ一枚に大きいワイシャツ一枚羽織っただけという、絶対にその格好のまま外に出てはいけない服装をしていた。
「うわあぁぁこんな格好で私はずっと……すっごい深刻な顔して、こんな格好……うぅわあぁぁぁ……」
体を隠すようにしゃがみ込んで後悔し始めたローズに、ちょっぴり大きくなったマヤが真顔でこう声をかける。
「実はアタシは最初から気づいてたんだけど、場の空気を読んであえて指摘しなかったわ」
「いや、空気読んだなら指摘してくれよ!」
「だって自力で気づいた時のローズがどういう反応するか想像したら興奮してよだれが……いえ、どういう反応するのかと思ってね。ユーリめ、余計な事を」
「変な本音をぶっちゃけるな!」
相変わらず若干発想がおかしいマヤに突っ込みを入れたローズは、何かを言いたそうな様子でジュラードを見る。ジュラードは気まずそうに抱いたうさこに視線を逃した後、口を開いた。
「俺はちょっと……今までお前のその格好には気が回らなかった。本当なんだ……」
ジュラードが恥ずかしそうにローズから顔を背けながらそう呟く。その隣ではラプラとウネが、真顔でこんな会話を始めた。
「あぁ、やはり恥ずかしい格好だったのですか。ウネの普段の格好がそんな感じなので、あなたもそういう性癖の方なのかと思ってました。ほら、ウネは包帯を服と言い張るようなアレな女性ですから」
「私が服着ないのは窮屈だから。ああいう重くて自由を束縛されるようなものは嫌なの。だから別に性癖じゃない、勘違いしないでほしい。性癖はあなたと違って、至ってノーマルです」
「おや、私の性癖が特殊みたいな言い方ですね……私だって標準ですよ。紳士的かつ常識的な私はちゃんとイリスの気持ちを優先して無理強いはせず、自分の欲求は妄想で満足出来るレベルに自分の心を鍛えてあるのです。どうです、健全でしょう。周りに私しかいないからって、真昼間の外で全裸になろうとするあなたとは違いますよ」
「こんなところにまで彼を追いかけに来てる時点で、全く妄想で満足出来てないじゃない。それに比べて私は周りに一切迷惑をかけていないのだから、私の方がまともだと思う」
「まともな人はまともに服を着ますよ。あと少なくとも私には迷惑かかってますよ」
「あなただって私に迷惑かけてるし、大体調教マニュアル本とか媚薬とか拘束具とか木馬とかその他もろもろを隠し持ってる人にそんなこと言われたくない」
「!? 何故それを知って……っ! 呪術の儀式の道具に偽造しておいたのに!」
非常識を常識と主張し合いながら言い争う魔族二人に対して、マヤは「どっちも同じくらいに異常でアブノーマルよ」とごもっともな一言を小さく呟く。その後怪しいおもちゃ等の所持に対してのラプラの言い訳が始まったが、それはもうマヤたちは聞きたくないので一切無視した。




