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勇者増殖  作者: T村
獣の聲
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増殖2体目「ビルド村」その2

「こんな恐ろしい森の中に村なんかあるのか……?」


 ばあさんに連れられた僕は森の更に奥深く、木々の鬱蒼と生い茂る獣道を進んでいた。


「なに、ここでの暮らしはいい老後の運動になるのでのう。かかか」


 この森での暮らしがいい老後の運動とか本当に何者なんだろうこのばあさん。……いや、まて、何かおかしくないか? なんでさっき会った女の戦士は言葉が通じなかったのに何でこのばあさんとは普通に話ができているんだろうか。


「それはおそらくお主の獣の力じゃろうて、のう【獣宿し】の渡り人」

「いきなり心を読むのはやめていただきたい」


 さっきからちょくちょくこうやって僕の考えていることに口をはさんでくるのだが、何で分かるんだろうか。というか、何で僕が【獣宿し】ってわかったんだ?


「普通の人間は増えたり減ったりできないじゃろうて。どうみても獣の力よの」

「それもそうだな……」


 考えるまでもない事だった。


「それにのう。気づいとらんようだから教えておくがの、【獣宿し】は皆左手の甲に獣の紋章が刻まれるのじゃよ」


 ほれ、見てみるがいい、とばあさんに指をさされ、左手を見やると、確かにバッタの顔のような形の黒いあざが浮かび上がっていた。き、気づかなかった。こんな分かりやすく【獣宿し】をアピールしていたとは……。


「ま、まあいい。ところで渡り人ってなんだ。初めて聞く単語だが」


 そう尋ねると、ばあさんは立ち止まって顎を撫ぜた。


「ふうむ、その黒髪に内に秘めたオドの気配、初めはユスティアの民かとも思ったんじゃがな、ユスティアの月も無いようじゃし、するとまあ渡り人位じゃろうて。そんな黒い髪は」

「髪? 黒髪はこっちじゃ珍しいのか?」

「珍しいというか、な。それは星の民、ユスティア人のみが持つものなのじゃよ。それ以外の種族は、魔族でさえも黒髪はいない、それだけ神聖な色なんじゃ」


 へえ、ユスティア人とやらが何なのかは知らないが、この世界で黒髪なのはその人たちだけらしい。となると渡り人っていうのは、


「世界を渡って来たから、渡り人ってわけか」

「左様。召喚されたものは召喚印が刻まれるが、お主にはそれが無いでな。すると狭間に巻き込まれてきた渡り人というわけよの」


 呵々、と笑いばあさんは再び歩き始めた。


「しかし、のう。まさかあの【蝗の王】が選んだのが渡り人の小僧とは……」

「あんた、アバドンを知ってるのか?」

「古い馴染みさね」


 遠くを眺めるようにばあさんはぽつりとつぶやいた。ああ、そうか。それでばあさんが目覚めたときアバドンは慌てて眠ったのか。一体この二人に何の因縁があるのかは少しばかり気になったが、僕がそれについて尋ねようとする前にばあさんが口を開いた。


「ついたぞ、ここがビルド村じゃ」




 ◆ ◆ ◆




「とその前にじゃな。消毒せねばならんのだ、お主をな」

「え? 消毒?」


 村の門をくぐろうとした僕の腕をがっと掴み、何やら不穏なことを言うばあさん。ちょっと言ってる意味が分からないんだが、消毒とは一体……。


「異世界っていうのは未知の病原体の宝庫だからね。渡り人は人のいるところに行く前に全身消毒して、この世界のある程度の病気の抗体を摂取させないといけない決まりなんじゃよ。お互い死ぬのは嫌じゃろ?」


 ……盲点だった。確かに空港なんかには外国の病原体を国内に入れないようにするための検疫があるし、実際に新大陸発見の時代にはスペイン人が持ち込んだ病気に現地の先住民が大量にかかって途方もない数の死人が出たという話を聞いたことがある。異世界ならばなおさらのこと徹底しなければならないだろう。


「本当なら生物単位で効果のある消毒の魔法や抗体付与の魔法を使うんだが、ここにはそんな治癒魔法を使える導師はいないんでの、少々手荒な方法でやるから、壊れたらまずいものはそこらに置いておくがええ。小物程度なら消毒できる魔法がある」

「あ、ああ。頼む」


 壊れてはいけないもの、といわれポケットをまさぐるが、携帯電話と、院長先生から貰ったお守りくらいしか見当たらない。僕はその二つを近くの木の枝の上に置いて、ばあさんに向き直った。


「準備できたけど、手荒な消毒って一体なんなんだ?」

「うむ、まずはこの酒を頭からかぶれ。一滴残らず余すことなく全身にかけるのじゃ」


 なるほど、まずはアルコール消毒というわけか。戦場ではウォッカで消毒なんてのもあるらしいし、確かに設備も魔法もないならこういう手を使うのもありなのか。僕は受け取ったバケツサイズの樽に入った酒を頭からかぶる。辺りに何とも言い難い酒の匂いが広がる。……酒を飲んだことは無いが、この匂いからして相当度数の高い酒なのでは? そんな疑問がふと脳裏をよぎるが、実際アルコール消毒にはそこそこの度数が必要らしいし、こんなものなんだろう。

 そう納得してばあさんの方へ向き直る。


「なあ、次はどうすればいいんだ?」

「この石を両手にひとつづつ持つのじゃ」


 へえ、石。異世界だし、殺菌効果のある石があってもおかしくない。そもそも石ではなく殺菌作用のある液体が固体化したものかもしれない。僕はとりあえずそう自分に言い聞かせて二つの石を受け取った。


「これをどうすれば?」

「思いっきりかち鳴らせ」


 ぶつけ合ったら何か起こるのかな? まあ異世界だしこれくらいの不思議なアレがあってもいいのかもしれない。

 僕は言われた通り二つの石をカチカチとぶつけ合った。


 カチッ、ガチッ、カチッ、ボッ


 …………………………………………………………あ。


「ああああああああああああああああああああああああっつうううううううあああああああああああ!?!?」


 燃えてる! 燃えてる! 畜生手荒な消毒って加熱消毒のことだったのか。全身くまなく行き渡らせたアルコールのおかげでとにかくもう燃える燃える。僕は絶叫を上げながら地面を転げまわった。いやうん確かに戦場とかだと雑菌が傷口から入らないように患部を焼くってのは聞いたことあるし、お湯が用意できないときはナイフをライターで炙って消毒してメスがわりにってのも聞いたことはあるが、普通これを人間に対して全身でやろうと思うか普通。普通おかしいだろ普通。いけない痛みのあまりなんか思考まで混乱してきた。というかここまでこんがり焼けると熱いというか寒い。肺の中まで焼けているのか胸の奥が苦しい。


「こんなところかの」

「ぐえ」


 ばあさんの一言で僕は突如として降り注いだ滝のような水量の水に押しつぶされた。


「火ィ消えたが、生きとるかの?」

「……正直生きてることに驚いてるよ」


 息も絶え絶えで、全身のやけどもかなりやばいが、かろうじて生きている。呼吸困難で死にたくはないので、オドの枯渇覚悟で【シューツ】を全身にかける。しばらく全身に魔力を流しつづけたところで何とかまともに動けるようになった。メンヘラブローカーの奴に受けた傷と違いこちらは普通に治ったのでやはり呪い説が濃厚だが、そんなことは今はどうでもいい。僕はよろよろと立ち上がってばあさんに抗議する。


「いくらなんでも燃やすのはないだろ燃やすのは!」

「……いくら枯れた婆相手とはいえ、その格好で立ち上がるのもないと思うがの」


 そんな恰好って言っても学生服……今僕全身焼けたよな? ってことは……。恐る恐る視線を下げると、そこには一糸まとわぬ自らの裸体があった。


「うわあああああ先に言えよおおおおおお」

「いや燃えてたんだから気づけよという話なんじゃがのう……。ほれ、これでも着ておけ」


 ばあさんが門の近くにあった箱の中から取り出して投げてよこした服をいそいそと身に着ける。始めてみるタイプの服だが、穴の開いている位置からシャツかズボンかくらいはわかったのでなんとか着ることができた。着心地良くないしパンツもないけど大事なところが隠せてるから今はもう良しとしよう。


「というかお主、渡り人なのに治癒魔法が使えるということは、まさか【献身】持ちか?」


 僕が所在なく揺れ動く息子の居心地の悪さに思いをはせていると、物珍しそうにばあさんが声をかけてきた。


「ああ、どうも珍しいらしいな。この【技能】」


 そう答えると、ばあさんは苦虫をかみつぶしたような顔で続けた。


「というよりは、【技能】持ち自体そうそうおらんわい。【技能】は存在の本質ならば、それを具体できるほどの者しか持ち得ぬものよ。その中でおいて【献身】は更に稀有、百年に一人生き残れるか否かの【希少技能】じゃからの」

「そんな珍しいのかこれ……」


 しかし、存在としての本質を具現って……確かにそういう言い方をすると皆が皆持っているというわけでもなさそうだ。


「お主が【技能所持者(ホルダー)】だったのには驚きじゃが、まあそれ位でなければこの森は生きれんじゃろて。ほれ、これを打てば最後じゃ」


 そう言ってばあさんが渡してきたのは緑色の液体の付着したナイフだった。打て、ということは注射的な意味合いかなと思うが如何せんナイフである。刺すといった方がいいのではなかろうか。というか最後ってことは多分これが抗体とかそこら辺のアレなんだろうが、ナイフに付けて刺すとか日本最初の天然痘の予防接種か何か?


「ほれどうした、はよ打てい」

「い、いやー僕リストカッターじゃないんで自刃するのにはちょいと覚悟が……」

「えい」


 右腕をブスッとやられた。なにこのばばあ。もう少し情け容赦とかを持てよ。躊躇ってた時間一分もなかっただろ、どんだけ短気なんだ。


「っていうか、なんかムズムズするな……」


 ナイフに刺された痛いという感覚よりも、なんとも言えないむずがゆさが全身を襲う。今までに感じたことの無い類のそれにどう反応していいか分からない。ナニコレ、いやほんと……何? これ。


「しばらくそんな感覚が続くが、まあ明日には治ってるから気にすることは無いぞい」

「あ、明日までは続くんだこれ」


 少しつらいかもしれない。ま、まあとにかく、これで村に入る準備は整ったわけだから、ひとまず今晩あの森で過ごす心配はしなくて済んだというわけだ。僕はそう自分に言い聞かせて、村の門をくぐった。




 ◆ ◆ ◆




「あ、君は!」

「あ、あの時襲われてた人だ」


 鬱蒼とした木々を切り開いて造られたというビルド村。その村の真ん中に位置する広場で傷の手当てを受けていた女の人が、こちらに気付いて声を上げた。立ち上がろうとして傷が痛んだのか、「うっぐ……」とうずくまりわき腹を押さえて悶絶する。


「お、襲われてた人って言い方は、少しばかりきつくは無いか?」


 そう言って苦笑いをする。何だろう、さっき会ったときは死に物狂いだったから気が回らなかったが、この人結構な美人だ。……そしてすごい筋肉だ。


「まあ、なに、無事だったみたいで何よりだ」

「あれくらいで死ぬようなタマじゃないさ」


 いつものようにケラケラと笑いながら左手をひらひらと振る。そして、一緒に笑っていた彼女の目線が僕の左手に移り、彼女の笑顔が凍り付いた時、僕は今自分が何をしたのかに気付いた。あ、やべ、左手には確か獣の印が……。


「———っすまない!」

「ぅうおいきなりどうした」


 彼女は傷口が開き血がしたたり落ちるのもかまわずに、がばっと頭を下げた。傷口から流れるおびただしい量の血に、慌てて止めに入る。


「ちょ、落ち着いてくれって。僕はこの通りなんともないし、僕が【獣宿し】になったのはアンタの責任じゃないよ。そんなことしたら傷口が開いて———」

「【獣】を宿したということは!」


 僕の制止も聞かずに頭を下げたまま彼女は続けた。


「自分の中の何かを奪われるということは……っ、もう元の自分ではなくなってしまうということだ……!」


 歯を食いしばって痛みに耐え、それでも彼女は頭を上げなかった。


「それが、どれ程恐ろしい事なのか……っ、私が一番よくわかっていたはずなのに……」

「! あんた、まさか」


 彼女は、ここへきてやっと頭を上げてくれた。そして、血まみれの手袋を外し、左手をこちらに向ける。


「あんたも、【獣宿し】だったのか……」


 その手の甲には、蔦の絡んだ槌の様な形をした痣が浮かんでいた。

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