増殖3体目「ユスティアの民、ロゥベル」その1
「私の【獣の力】は、鍛冶に特化していてな。この村で鍛冶紛いのことをして暮らしているんだが、今日炉にくべる分の薪を探しに行ったところで魔物の群れに襲われて、何とか逃げ出したんだが、そうしたら今度は【蝗の王】と出くわしてしまってな。君がいなければまず間違いなく私は死んでいた。本当にありがとう。感謝してもしきれない。それに、私のせいで君まで【獣宿し】に……」
「気にしないで、感謝されたいからやったわけじゃないし、僕は【獣宿し】になっても別にどうってことないからさ」
申し訳なさそうに唇をかむ彼女に、僕は笑ってそう答えた。
あの森の魔物に群れで襲われるとか考えたくもないような目にあった上アバドンと出くわした人を責めるわけにもいかない。彼女は基本的に被害者だし、悪いのは自分が助かる見込みもないくせにどうにかしようとした僕だ。後アバドン。
「アバドン、お前も寝てないで出てきてちゃんと謝れ」
僕はそう言って【増殖】し、無理矢理にアバドンを引きずり出した。
「……いや、その、俺が謝るのも何かアレだと思うんだが、ほら、自然界の摂理だし、俺結局こいつになにもしてないし」
「怖がらせてただろ、ほら、謝りなさいっての」
「……襲い掛かって、ごめんなさい……」
よし、やればできるじゃないか。僕は案外素直に謝ったアバドンに「よく言った!」と声をかけてにっこりと笑う。何か悪い事したら、やっぱり謝らなきゃいけないよな。
「……ふふ」
釈然としない顔をしながらもしぶしぶ頭を下げるアバドンに、僕は孤児院にいたころをぼんやりと思い出していた。いたころ、って言ってもまあ今朝までいたわけだが、今日は一日色々あったから、もうずいぶん昔の様に感じた。皆、どうしてるだろいか。元気かな、クソ女神のせいで僕の記憶はなくなってしまったらしいから、寂しがってはいないだろうと思える事だけが救いか。
「………うそ、だろう」
息をのむ音がしたので、辺りを見やると鍛冶屋さんだと言った例の彼女が、信じられないものを見るような目でアバドンを見ていた。ああ、確かに初めて見る人には【増殖】なんて何の事だか分からないか。
「これは僕の【獣の力】、【代償技能:蝗の王】の力でね、こうして僕は僕を増やすことができるんだけ———」
「君は、【獣】に肉体を明け渡したのか!? どうして!? 何でそんな馬鹿なことを———っぐ…」
ものすごい剣幕で怒鳴りつけられ、「え、え?」と一人間の抜けた声を漏らす。なにか、マズい事なのだろうか、これは。
「だーから最初に俺が言っただろ? 体を乗っ取られるお前が悪いんだーって」
呆れたようにアバドンが首をすくめる。
「いいか? お前は体がいくつもあるが、普通の【獣宿し】の場合を考えてみろ。体は一つしかないんだぞ? つまり、一般にこうして体の使用権を奪われるってことが【獣宿し】達にとってどれだけマズい事なのか自覚しろ」
「…? あ、ああ!」
アバドンにそう言われ、僕はようやく合点がいった。どうしてこんなに彼女が取り乱しているのか、その理由は単純にして明解。言われなきゃ気づかない僕の方が馬鹿って話だ。
力の代償としてその内に宿した【獣】。今僕はその【獣】に肉体の主導権を奪われているのだ。
「……いや、確かにそう考えるとヤバいな、今の状況」
「ヤバいなんてものじゃない!」
更に怒鳴られる。この怒鳴り方は、クレーマーやDVの親のそれとは違う、泣きそうな顔で叱るそれだった。僕はいつも弟や妹たちを叱る立場だったからわかる。人がこんな顔で血相を変えて叱るとき、それはその人のことが本当に心配だから、大声で怒鳴りつけるのだ。本気で叱るのだ。
「そのまま二度と所有権を取り戻せずに死んでしまう【獣宿し】は五万といるんだぞ! いや、【獣宿し】になることの最大のリスクが体を奪われることだと言ってもいいくらいのことなんだ! それなのに君は…!」
「わ、悪い……。僕は体が増えるから、危機感が薄かったよ、ほんとごめん」
「まあこいつにとって増殖した自分の体の一つを取られるのって微塵もダメージ無いからな」
「それを言うと何で謝ってんのか分かんなくなるからやめろ」
他の、【獣宿し】には深刻な問題だったとしても、正直僕には一切ダメージ無いんだよなあ、体奪われても。むしろ自分で他の体動かすより楽なのでうれしいくらいなんだが。
そんな僕たちのやり取りを見てか、鍛冶屋さんは「ふふ」と静かに笑った。
「……取り乱してすまない。昔私の知人が【獣】に乗っ取られて失踪してな。……少しばかり気が張っていたようだ。君に悪影響が無いようなら、いいんだ」
「あ、ああうん。ていうか僕みたいなケースのが稀だから、君の反応は至極真っ当なんだと思うよ?」
「そうそう、こいつが抜けてるのが悪いんだぜ」
何だとこの野郎。僕が抜けてるのと今この状況はあんまり、まあその直接的には関係ないとも言いきれないわけでもないだろ! ふざけやがって!
「……君たちは、本当に、変わっているな」
「おいアバドンお前の外見は変わっていてこの世のものとは思えない醜悪さだって言われてんぞ」
「さてはお前今の俺に外見の悪口言うとブーメランだって気づいてないな?」
そんなやり取りをする僕たちを見て、「本当に、仲がいいんだな」と鍛冶屋さんが感慨深そうにつぶやいた。いや、これ仲いいのか? 哀しいことに僕は孤児院に弟や妹こそいたがここ数年に渡って友達の類に心当たりが無いから仲がいいとかいうの分からないんだが。そうか、これ仲が良かったんだな。
「そういう事だったのか……仲良くやろうぜ、相棒」
「え、何、いきなり気持ち悪い」
なんでさ。
「……あと、少し気になっていたんだが。その髪、渡り人か?」
僕がなんとも言えない哀しさに心を奪われていると、ふいに鍛冶屋さんが尋ねてきた。
「ああ、そうか。自己紹介がまだだったね。僕は増田玲汰、一応渡り人って奴らしい。それとこっちの目の下に線が入ってる方がアバドンだ」
「もう知ってるだろうが【獣】のアバドンだ。もうお前らを襲うつもりはないから安心しろ」
二人でがっしと肩を組んで自己紹介する。……アバドン結構ノリいいな。
「ああ、そうか、やはり渡り人か」
鍛冶屋さんはそう言って少しだけ哀しそうな顔をした。
「やっぱり、ユスティア人…だったか? アレだと思ったのか?」
そう尋ねると、鍛冶屋さんはすっと被っていたフードを外した。その髪は———黒かった。
「私の名はロゥベルという、見ての通りユスティアの民だ。……もしかして同胞なのでは、と。そんな期待があっただけだよ。君の目を見たときから、ユスティアの民でないことなんてわかりきっていたのにな」
そう呟いて顔を伏せる鍛冶屋さん———ロゥベルさんは、どこか寂しそうに見えた。……ところで、だ。
「なあ、ユスティアってなんなんだ? 僕がこっちの世界に来てから、随分とその名前を聞く気がするんだが」
ずっと気になっていたことを尋ねると、ロゥベルさんはどこか遠くを見つめるように、静かに口を開いた。
「ユスティアは、十六年前の大災厄で滅んだ国の名だ」




