苦戦と覚悟
……急速に出来上がりつつあるソレは生物を連想させる影となり、僅かながら魔物の気配を帯びていた。
そんな信じられない光景を目の当たりにして、ソフィア姫が叫ぶ。
「復元、いいえ。まさか生成しているというの? 有り得ないわ、だってアッカド基地周辺の魔力の乱れは解消されたもの。肉体を変化させる魔法なら納得できるけど、こんなに早く土地から純然な魔物が産まれるわけが無いッ」
「えぇ、確かに。ですが、それを可能とする代物を自分たちは入手できました」
勝ち誇る顔でセレネ将軍はソレを見せびらかした。
……燻製したような黒色の人差し指。
ゴーレムを倒した時、セレネ将軍が持って行ったモノだ。
それで俺には判らなかったカラクリが読めたのか、神様が苦々しい声で呟く。
【そういえば、その邪神の指とやらは魔力を淀ませていた原因だったな。悪用すれば虚無から魔物を生み出す土台くらい作れるという訳か?】
「悪用とは人聞きの悪い事だ。実験ですよ、実験。滅多に手に入らない魔石と、さらに貴重な神具を掛け合わせたら一体、どうなるのか? じつに興味深い結果です。なにしろ肉体の死を乗り越え、魔物以上の性能を持った生命が誕生したのですから」
「……待ってください。魔石って、まさか」
「えぇ。クローくんには以前、見せて差し上げましたね。今回は死体に埋め込んで魔物にした現象を、生きた人間で試してみた訳です。核が無いまま魔力が収束する理屈は不明ですが、解明は後でも出来ます。今は、あの現象を見守りましょう」
「――――」
理解不能すぎて、思考が停止する。
……まともな生死観ではないと言われる俺でさえ、彼女の倫理観は破綻していると断言できる。
【随分と狂っているな。まぁ、貴様の人格に興味は無い。我が問題視するのは将軍の立場でコレを実験と言った事だ。つまり部下の身勝手な犯行という言い訳は通じない。この不始末、どう片付けるつもりだ?】
「……やれやれ。自分は言いましたよ、傍観者だと。何より、貴方達も自力でカドモスを排除するつもりだったでしょう? それとも状況が不利になった途端、他国の武力に頼りますか?」
神様の指摘に、セレネ将軍はいっそ清々しいくらいに開き直った。
そんな不遜な態度に、ソフィア姫が強く反発する。
「ぬけぬけと、よくも。私に余力が残っていたら、貴方を狙い撃ちたいわ」
「自分との敵対関係は望んでいないのでしょう? この状況下で戦う相手を増やしたいというなら、止めませんが」
「…………」
悔しそうに顔を歪めつつ、しかしソフィア姫はそれ以上口を開かずにいた。
それはつまり、この厄介ごとを自分たちで処理すると決めたと言う事だ。
「悔しいけど、予定変更ね。クロー、男爵。悪いけれど、後を頼めるかしら。私はエレナの治療に集中したいの」
【ソフィアは回復魔法は扱えないだろう。どうやって介抱する気だ】
「補給部隊がくれたポーション、とかいう回復薬をエレナに飲ませてみるわ」
そう言いながらソフィア姫は、服のポケットから紫の液体が詰められたガラス瓶を取り出した。この緊急事態に見慣れない品物を前にして、俺は思わず質問する。
「なんですか、それ?」
「王都で開発中の身体能力や魔力を向上させる試験薬らしいわ。本当に効果があるのか不明だし、使うのは初めて」
「……危険じゃないですか?」
「私も取りたくなかった手段だけど、今はこれ以外の手立てが無いわ。だからエレナが安静に休む為にも、早めに片付けて」
「了解です」
「言われるまでもない。クロー、まずは吾輩が撃つ。早急に吹き飛ばすぞッ」
命令を受けて、電光石火でイーシュさんが塵に拳を当てる。
鉄さえ砕く一撃。しかし、そんな魔力の込められた攻撃にもかかわらず目の前の脅威は霧散しない。
「……バカな、霧散しないだと? これは一体どういう事だ、セレネ将軍ッ」
「では特別に忠告してあげましょう。魔力が固定化する前に攻撃しても無駄なのは実験済みです。倒したいのなら、完全に魔物として形成されるのを待つことだ」
他人事のように語るセレネ将軍を無視して、今度こそ俺は意識を切り替えた。
その間にも、黒い塵は渦巻きながら成長していく。
だが焦る気は無かった。自分でも驚くくらい冷静に、見定める。
……そして。
「風の刃に慈悲は無く」
そう口にした途端、グワリと意識が混濁するような酔いが頭に巡った。
直後に、満腹の状態で水を一気飲みしたかのような吐き気が産まれる。
【その体調不良は体内の魔力に乱れが産まれたのが原因だ。遅延魔法の弊害だな。こんな延長戦は想定外だったが、かなり不味いぞ。ある程度の休息を取らなければ、魔法を行使する際に弱体化するだろう】
神様の分析を聞いている間にも魔法は完成を迎えつつあった。
今更、止める訳にも行かない。
「……弓より早くその身を喰らう、無色の咆哮」
言い慣れた呪文の筈なのに、標高の高い山頂を登ったように息が荒くなる。
脂汗さえに滲み出る辺り、具合が悪くなっているのは明かだ。
それでも密集してどんどん形作られていく魔力の渦を見てしまっては、最後まで唱えずにはいられなかった。
「死神の嵐」
実体化したと確信した瞬間、魔法を放つ。
これまで戦ってきた中で、もっとも気分の乗らない一撃だ。
それでも放った威力は枯渇した大地を巻き上げ、砂嵐を作り出す。
だが吹き荒れる大気が収まり視界が鮮明になった光景を見て、俺は戦いが終わっていない事を理解した。
【……ちっ。魔力酔いを起こしているとは言え、並の魔物なら一度に百体は消滅している威力だぞ。ゴーレムでさえ無傷ではなかったというのに。いったい、どれだけの耐魔力を宿しているというのだ】
神様の苦々しい声を聞きながら、俺は無言でショックに耐えた。
視線の先に佇む魔物から、かつて居た世界に伝わる神話上の生物を連想する。
――キメラ。
獅子の頭と山羊の胴体を持ち、背中は蝙蝠の羽根を生やし、蛇の尻尾を併せ持つ異形がそこに居た。
真空の鎌に切り刻まれた傷跡など一切無く悠然と構える姿に、柱のように聳え立っていた闘志がボキリと折れそうになる。
「あれってイーシュさんと同様、防御力を一時的に強化した結果なのでしょうか」
【無傷である理由は、その考えで間違いは無いだろう。だが解せん事もある。あの形状変化だけは不明だ。二足歩行だった魔物が機動性を備えた強靱な四肢を得るなど、我にも埒外の現象だぞ】
「……神様も慌てる事態ですか。困りましたね、予定が狂うにも程がある」
暗雲に包まれたような気持ちで呟くと、それとは対照的にセレネ将軍が機嫌良く笑いながら口を開いた。
「まぁ当然の結果ですね。アレは南方の魔物を多く生産してきた権能を、たった一人に向けて使用した特別製ですから。余計な肉体を捨てた今、上級魔法程度の威力では致命傷を負うことはないでしょう」
セレネ将軍の言葉が、呪詛のように俺の心を蝕む。
上級魔法程度、ときたか。
絶望的な説明を聞いては、さすがに平常心よりも焦燥感がふつふつと湧いてしまう。
「神様、無理を承知で聞きます。あの奇跡をもう一度、使って良いですか」
【無理だ。我が禁止せずとも燃料不足で扱えん】
「魔力は消費しないでしょう?」
【貴様の分はな。ソフィア姫が消費したばかりで、周囲の魔力が足りん。貴様の精神力も摩耗している状態では、発動もしまい。奇跡は安くないというわけだ】
「……残念です。そろそろ倒せる自信が無くなってきました」
それは、こちらの戦力では撃破が難しいと言われたに等しかった。
そんな気落ちした俺を慰めるように、神様が別の案を提示してくる。
【いっそ倒さず耐える、という選択もあるぞ。最上級魔法を耐えた防御機能は消失したが気休め程度の効果は残っている。それでなくとも、長期戦になればコチラが有利だ】
「……どうして戦いが長引くと有利なんですか?」
【南方は既に魔力の流れが正常化しつつある。どれだけ強力な魔物であろうと、魔力の乱れが少ない土地に居ては長くは持つまい。倒す為の攻撃では無く、相手の出方を窺いながら防衛に専念すれば自滅する可能性も出てくる。いっそ、逃げるという手段もある】
「いえ、駄目よミウル。撤退戦は止めて。相手は上級魔法に耐える魔物よ。もし生存できる場所まで逃げられたら、とんでもない二次被害が生まれてしまうもの。ここで仕留めるのが最上なんだから」
【では女将軍の持つ神の指を壊すか? 効果があるかは保証できんがゴーレム同様、魔物の核になっている可能性は在る。それに二次被害を生むというなら、アレこそ放置しては危険だろう】
「おっと、ソレは自分を敵に回すと言う事だ。私物を奪われるなら戦う方がマシだ。貴方達もそれを避けたいからこそ、こちらに手を出してこないと思っていたのですが? なにより魔物化実験は今後、帝国で行う方が都合が良いに決まってる。二次被害など心配無用という物です」
【……ふん、どいつもこいつも我が出す作案を駄目出しか。では、もう知らぬ。これでは無策なまま挑むしか無いぞ】
考えた意見が悉く破棄された事で、神様は拗ねてしまった。
対抗策が無く、どう挑めば良いのか分からないというのは正直、不安だ。
「そう、ですか。困りましたね。せめて俺が回復するまで、向こうが待ってくれるなら良いのですが」
無論、闘志が挫けた訳では無い。ただ目の前の敵が遺跡のゴーレム並みに厄介だと思うと、少し戦うのを躊躇うと言うだけの事。
しかし。
「では典型的な攻略を試そうか。つまり消耗戦だ。クロー、手は出すなよ」
「まさか、一人で戦う気ですか? いくら何でも無謀です」
「遅延魔法の影響はまだ抜けないのだろう? すぐさま戦えるのは吾輩だけだ」
そう言って、この場で最も諦めていない人が不屈の意志を行動で示し始めた。
両手の拳を固めて、四本足で直立したまま動かないカドモスの正面に立つ。
「せっかく実体を得たのに、いつまでも攻撃しないとは余裕だな。いや、それとも稼働するには未だ魔力が足りないのか?」
「イーシュさん、それ以上近付くのは危険すぎます」
「もちろん承知しているが、生憎と吾輩の攻撃手段は接近戦だからな」
イーシュさんは迎撃態勢を整えて身構える。
対してカドモスは、威嚇の唸り声を上げながら背中に生える両翼を広げた。
バサリ、と羽根を動かし推進力を増した状態でイーシュさん目掛けて前進する。
激突すれば、イーシュさんに勝ち目はない。
だがそんな事は、誰よりもイーシュさん自身が理解していることだ。
「当然、避けるさ」
文字通り、紙一重の回避だった。
両者の交差する瞬間、まるでスライドするようにイーシュさんは正面ではなくカドモスの側面、脇腹付近へと立ち位置を変える。
「……カドモス副将軍、死者は大人しく眠ってくれ」
ほんの少し哀れむ声を乗せて、イーシュさんは鋼鉄さえ破壊する威力をカドモスの眉間に叩き込んだ。
グチャり、と肉の弾けた音が俺の耳にも届いた。
だが砕けたのは、イーシュさんの拳の方だ。
「ぐっ、一時的強化をした吾輩を上回る防御魔術か」
血を吹き出した利き手の痛みに、イーシュさんは歯を食いしばって耐える。
一方、相手の攻撃など無かったかのようにカドモスは悠然と地面へと着地した。
敵に背中を向けるという愚行を嫌ったのか即座に背後を振り向くが、それでも。
……反撃は無かった。
【あれだけ姿が変貌しても、性根は一緒か。あの魔物、挑発しているな。戦いを愉しみだしていると言うべきか】
神様の推察はおそらく正しい。
あの状況なら、深手を負った直後のイーシュさんを襲うのは容易だった筈だ。
それをあえて見逃した当事者からすれば、さぞや強い優越感があるだろう。だが、わざと見逃されて側からすれば。
「屈辱だな。だが、その余裕は仇になると理解させてみせるさ」
そう口にするイーシュさんに敗北感は一切感じられない。
まったく挫折せず拳が通じぬならばと、今度は足技を使って挑みかかった。
「威力ならば、こちらの方が上だッ」
左足を軸にして半回転の加わった右足からの一撃。
宣言通り、拳を超える速度を伴った蹴り技は再びカドモスの顔面に炸裂する。
しかし。
「――くそ、まだ足りないか」
苦悶する表情をイーシュさんが浮かべた直後、骨の折れる音が周囲に弾けた。
大樹が裂けたようにバキィ、と。
あらゆる魔物を屠った右足が、有り得ない角度に折り曲がっている。
攻撃を受けたカドモスは余裕を示すかのように、尻尾をユラリと振る以外は微動だにしないというのに。
「……ち。ここまで強固だと、さすがにきついな」
悔しそうに言い残すと、イーシュさんはバランスを崩したように倒れ込む。
足が壊れたのだ、まともに立つことなど出来るはずも無い。
そして、そんな相手の隙を見逃すほど、さすがに敵も甘くはなかった。
「ガァァァ」
獣の身体となったカドモスが、前足を出してイーシュさんを横に薙ぐ。
おそらく手加減はしているのだろう。
それでも、まるで紙が舞うようにイーシュさんの身体が吹っ飛んだ。
「イーシュさんッ」
受け入れがたい光景を見て、俺は救護することを忘れて思わず叫ぶ。
すぐさま駆け寄ろうと衝動が身体に巡る。だが。
「平気だ、クロー。吾輩は負けてなどいない。まだ、一人でもやれるさ」
空中で体勢を整えて、イーシュさんは衝撃を和らげながら地面に着地する。
折れていない片足と片手のみで己の体重を支え、内臓と頭だけは地面と激突しないように四つん這いという不格好で、息も荒い。
……誰が見たって満身創痍と言うだろう。
それでも、イーシュさんは未だ闘志を燃やした視線でカドモスを睨んでいる。
【……そろそろ止めておけ。最初から判りきっていたことだ。クローの上級魔法を防ぐ相手に貴様では歯が立たん。いくら時間稼ぎと言っても、ここまで勝ち目のない戦いでは浪費という他ない】
それは余りにも残酷で正しい忠告と言えた。
なのにイーシュさんは神様の言葉に抗い、強気に笑う。
「姫殿下やエレナ殿、そしてクローが己を省みず戦ってくれたのだ。この正念場で、隊長たる吾輩が最も身体を張らずにいてどうする。勝てないと諦め命を惜しむくらいなら、たとえ死んだとしても戦い続けた方が、よほどマシだ」
【貴様は軍人だろう、実益よりも見栄を選んで何になる】
「冷静に判断したからこそ、吾輩が適任なのだと理解しているのです。ここで引き下がれば姫殿下やクローが狙われる。もし命を落とすとしても、それは最も損害のない存在であるべきだ。それが誰なのかは明白でしょう」
その言葉を聞いた瞬間、ドクンと胸の鼓動が痛みを放った。
これは魔力の乱れではなく、心の問題である。
状況こそ違えど、これは俺にとってのトラウマだ。
誰かを犠牲にして助かるという、耐えがたい罪悪感が再び生まれてしまう。
【……あぁ、理解したぞ。つまりイーシュよ、貴様は勝利する事を前提とした戦いではなく、犠牲になる事を覚悟して挑んだと言う事か】
いっそ、そう尋ねる神様の言葉を否定して欲しかった。
しかしイーシュさんは満足そうに笑って、敵を見据えるだけだった。
「さぁ。来い、カドモス。吾輩の命が尽きぬ以上、勝負は終わらん」
「――――」
その不屈の精神に、俺の心は地震が起きたように深く揺らいだ。
自分の命を犠牲にして人を助けるという行為に、強烈な焦燥感を抱く。
不愉快とも言える。それは、俺が為すべきモノなのに。
あぁ、だけれどきっと俺とイーシュさんは決定的に違うのだ。
義務感のような多くの人を救いたいという気持ちではなく、目の前にいる『仲間』を助けたいという欲求で、俺達を守ろうとしている。
その決意を見てしまえば、もはや憧れずには居られなかった。
ゆえに。
「万物の喪失は宿命なれば、再生もまた摂理なり、慈悲を求めるのならば捧げよ、対価と共に与えよう」
【待てクロー、何を唱えているのだ、貴様には回復魔術は扱えぬと言ったはずだ。いや待て、そもそも何故、唱えられた? まさか使用できぬ魔術の呪文を暗記したのか?】
神様の動揺した声を聞きながら、俺は自分の血液が沸騰するような激痛と幻覚を味わっている。
相性の悪い魔法は寿命が減るだけではなく、身体に強い拒絶反応と失敗という結果しか残さないと聞いた。
だが、知ったことか。魔力酔いや失敗を恐れたくない。ただ、助けたいのだ。
「……『代償の癒やし』」
その言葉と共にトン、と杖の先を地面に突く。
すると水面に波紋が出来るように、魔力の波が周囲に広がる。
【……これは魔力による効果の拡大か。直接手で触れて回復させる魔法を、クローの魔力に触れるだけで回復できるようにする為の】
「えぇ。残念ながら、今の俺の状態では、イーシュさんとの距離は少し遠いですから」
だから魔法の効果範囲を、出力を上げて無理にでも広げるしかなかった。
魔力の乱れの性で、調整や加減もできず魔力の残量は空っぽに近い。
しかし、その甲斐はあったらしい。
「……む。少しずつだが、痛みが消えていく?」
険しい表情だったイーシュさんが、意外そうに自分の身体へと目を向ける。
その言葉通り、紅く滲み続けていた箇所も止血が始まっているようだ。
【やれやれ、失敗要素は回復の遅延だけで済んだか。不幸中の幸いだな。ここまで魔法の効果が違うと、もはや亜種魔法というべきだが】
神様から安堵した溜息が漏れる。
しかし問題が解決したわけではない。
「グオォォォン」
それは明らかに不機嫌を表明する咆哮だった。
敵の感情がこちらの耳に届くと同時、カドモスが四足で駆けコチラに向かってくる。
その形相は怒りに染まっていた。
【どうやら、戦いの邪魔をされたことに立腹しているようだ。我らを放置すると面倒になると認められたな、クロー】
「むしろ望むところです、魔力酔いも吐き出せましたから」
【体内の魔力が枯渇しかけているぞ、と我が止めても無駄か?】
「もちろんです。ここで俺が逃げては、イーシュさんが倒されてしまう」
神様の言葉に頷きながら、敵を真正面に見据えて杖を構える。
迫り来る脅威を前にしても、俺は恐怖など抱かない。
「カドモスさん。仲間を助ける為に、俺は貴方を殺します」
そう口にする前に何度も躊躇ったが、それでも決意した。
時間さえ稼げれば、殺す必要は無いのかも知れない。
だが俺は、助ける命を区別すると決めたのだ。
その基準は感情に他ならない。だがしかし、もはや抗えない。
――単純な話。
イーシュさんやエレナさんを傷付けた相手に対し、助けたいという気持ちより殺意が上回ったと言う事だ。
その憤怒が燃料となって、命を対価に魔力を俺に与える。
「我が与えしは天の羽衣。常世を喰らう王の権威にして、常勝無敗の証なり。汝、その身に纏うは、霊獣の翼にして蛇王の牙なり」
――竜化の護身。今の俺が使える魔法で、最も対抗できる手段である。
だが今回も不完全だ。俺の身体から鱗が生え、巨大なトカゲのように地を這う体勢になってしまった。
当然、杖になった神様を握ることも出来ずに地面へと落としてしまう。
【気を付けろ、クロー。魔物同士の戦いと言っても、相手の魔力の密度は桁違いだ。貴様の保有している残量では敵わぬぞ】
カランコロンと音を立てながら地面に横たわる神様の声を聞きながら、俺はそれでもカドモスに立ち向かうことを選んだ。
……負けるかも知れない、なんてことは既に了承済みだ。
怖くないと言えば、嘘になる。
だが少なくとも、俺以上に不利な状態でイーシュさんは戦ったのだ。
勝てない状況でも逃げない意志と姿を、俺に教えてくれた。
――ゆえに、たとえ死ぬとしても俺は目の前の敵に挑むのだ。




