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銀の首輪の小英雄  作者:
邂逅編
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第一章玖記「忘却と願望」

 美しい情景の表現の仕方というのは様々である。

 奥深さがあり、それに同居するように壮大さや優雅さを際立たせているものだ。

 だが、今、目前にあるこれはどうだろう。

 素朴で簡素で何の変哲も無い森林。

 


 されどもどこか懐かしい、望郷の念にかられるのだ。



 木々の間をまるで生き物の如く枝葉を震わせながら流れ行く風。

 後ろ髪を(なび)かせながらこの野趣にあふれ風趣にとんだ景色を眺める女が一人。



「此処は……」



 頬に伝う雫も何故そこにあるのか、キシリアには分からない。

 悲しくもない、嬉しくもない、悔しくもない。

 ただ、空虚な思いを馳せる。



「不思議なところだろう? 此処は」



「此処に来ると嫌なことを忘れることが出来るんだ」



「思い出すのは一瞬。それでも苦しいものは苦しい。そんな記憶ならいらないから」



「此処に来れば嫌なことを思い出す。だけどもそれも一瞬のこと」



「数瞬の後には何も覚えていない」



「何故自分は涙しているのか、何故自分はこんな気持ちなのか」



「分からなくなる」



「でも、気にはしない方が良い」



「それはそれで幸せなのだから」



 男は語る。



 強引に引き摺られてきた所為だろう。

 男の股間にあるべき青々とした若葉が舞ってしまっていた。

 


「そんな状態で言われても何もこみ上げてきません」



 そうキシリアは微笑しながら吐き捨てると再び何事もなかったように歩き出す。

歩き出した方向とは逆の方へと進んだ男はそこらへんに自生していた何かの樹木の葉を毟り取り悠長に股間へと巻いていた。



 さらに森の奥へと突き進むキシリアだが、唐突にその歩みを止める。

 男は不思議に思い傍に駆け寄るとその理由を把握した。



「まだ泣いているんだね」



 そう言った男はキシリアに向ける表情を柔らかいものへと変える。

 キシリアの頬には絶えず雫が零れ落ちていた。

 頬を伝い顎に溜り大粒の水滴となり落下するその様は傍から見れば男泣きをしているようにしか見えないだろう。

 だが、彼女の脳裏には様々な思い出が蘇りそして消えることを繰り返している。

 耐え難い苦しみが波のように押し寄せてくる筈だ。何が悲しいのか何に悲しいのか明確に分からないままに涙は零れ落ちる。

 それを止める術は無い。

 追想、追憶、追懐。

 彼女が否定したい過去が消え去るまで忘却は止まらない。



「理解できない。訳が分かりません」



「頭が朦朧としてすごく気分が悪いです」



「でも、何故か心地いい。爽やかな、清々しい気分にもなります」



「何で、こんなことを見ず知らずの貴方に吐露しているのでしょうか」



「普通なら在りえないです」



「よく分からなくなってきました」



 キシリアには此の場所は薬であって毒にも等しい。

 あまりにも多いのだ。

 それは彼女が悲惨な人生を送ってきたからなのか。

 人には幸せと感じられる生き方を自身で否定し己を虐げているのか。

 それは、本人にも未だ理解できない。



「行こう。このまま此処にいては駄目になる」


 

 ゆっくりと青白くか細い手をとる。

 汚れていても力強く大きくなった手が小さく繊細な手をそっと包む。

 男は今まで進んでいた方向の逆へと引っ張ろうと腕に力を込めた。



「それに、河はあっちだしね」



 男がキシリアに向けた恥じらいが無く屈託の無い笑顔は、彼が初めてみせた感情の表現だった。















 広大な砂漠の中に孤立した楽園。

 オアシスと言ってもいい。

 そこは動植物が生活できる唯一の場所。

 人の踏み入れたことのない場所は総じて神秘的で荘厳な景色である。



 では、美しくない景色はどうなのかと言えばそうでもない。

 美しいかどうかなんて人それぞれと言ってしまえば元も子もないが事実ではある。

 少なくともキシリアは産まれてこの方目にしたことの無い光景に感銘を受けていた。



「凄い……」



 轟々と流れ落ちる滝に感嘆の声を上げるキシリア。

 河とは違う、また違った迫力を感じていた。



「あの水が流れ落ちている真下に行けば身体の汚れを落とせる。痛いから嫌いだけど」



 男が指した場所は水流が止め処なく降り注ぐ場所。

 そんな所に裸で行けば痛いのは当たり前である。

 


「じゃ、行きましょう」



 嫌だ、と首を横に振りながら立っている場所から動こうとしない男を無理矢理に滝壺へと押して行く。

 


 水は冷たかったが一度入ってしまえば時間と共に慣れていき流れを感じるだけとなっていた。

 未だに嫌だと踵を返そうとしている男。



「えぇい、まどろっこしい」



 キシリアは埒が明かないと、堪え切れずに男の身体をガッチリと掴み持ち上げる。

 何事かという風な顔をした男が豪快に投げ飛ばされる様はそれはそれは面白いものだろう。

 結局は強制的に水の中へと沈められることとなった。



「痛ぇぇぇ痛えよ!!」



 身体に打ちつけられる水滴が与える痛みに悶えながらもその場に留まる男。

 口では嫌だとは言っているが徐々に身体が痛みに慣れてきたのだろう。

 その証拠に少し後からは文句一つ言わず懸命に身体を撫で、キシリアと会話をしていたのだから。



「此処は、この渓谷は先ほどの様な不可思議な場所がまだ存在しているのでしょうか。興味が出てきました。あのような所が他に在るのかと思うと興奮します。」



「さあ? 在ると思えば在るだろうし、無いと思えば無いだろう?」



「どういうことです?」


 

「思えばそれは現実になる。フェルニゲシュに教えてもらったんだ。見ようとしていないならそれは永遠に見えない、見ようという固い決意を持っていれば何れは見えるときが来るだろう。見えないということはそれは本気で見ようとしていないからかその時ではないからって。」



 男は恥ずかしそうに頭を掻きながらも続けてこう言った。



「よく分かんなかったからどういうことか聞いてみたんだけど、フェルニゲシュ曰く根詰めて行動を起こせば大抵は成就するんだってことらしい」



「それとあの場所のような所が他に在るのかということと何の関係が?」



「ん~。そんなに不思議な場所が見たいなら、頑張って探せばということを言いたかった」



「はぁ……」



「まあでも、見たことの無い、御伽噺や伝承・神話みたいに語り継がれている世界は存在していると自分では思うんだ」



「此処から外の世界は何でも新しいしそれは想像や空想のものより何倍にも綺麗だけど、白昼夢に出てくるような不可思議な世界も楽しそうだとは思わない?」



「それに、そんな世界になればさっきの様な所が沢山在かもしれないじゃないか」



 終始笑顔で語る男はまるで無邪気な子供。

 恥ずかしげもなくそんな事を言う男にキシリアは苦笑しながらも温かい眼差しを送っていた。



「そうですね。そんな世界があれば私の望んだことも少しはやり易くなるんでしょうね」



 











 轟々と鳴動する滝は汚れと共に何かを洗い流すように絶えず流れ落ちていた。





書いててよく分からなくなった。

次回には遂に第六大隊とフェルニゲシュ、そして二人との邂逅です。

どうなることやら。(二回目)


ちなみに今回はキシリアの願望と主人公の思いがちらっと出てきました。

いつか詳しく書きたいなあ……。

あと、嫌な事を忘れると言っても一時的なもので、ふとした瞬間思い出します。それは凄く苦しいこと。そしてまた忘れたくなる。そんな感じのことを考えていました。


※お気に入り登録や感想を頂けると嬉しさのあまりルンバを踊りだします。

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