てつお
「話を聞きに行った……?」
開口一番、安西は声を荒らげた。
「うん。S市っていうとこまで。大阪のね」
「あんたバカぁ!?」
「なんで今モノマネなんだよ……」
上手く安西のペースが掴めない。内心どう扱っていいのか困惑する俺とは対照的に、安西は呆れたようにため息を吐いた。なんだか、久遠さんとは違う余裕のあり方だ。
久遠さんはメンタルが鬼強い。この子は、メンタルがどうとか言うよりただひたすら、経験してきたものが常軌を逸していそうだから大抵のものには驚かない、という感じだ。
「それで? どうだった?」
「とりあえず夢に出てきたザリガニ商店っていうのが、S市に元あった村にあったらしいんだ」
「ふむ」
「それで行ったんだけど……久遠さんと図書館まで行って調べたのに、大した成果がなかった。2人で困ってたらさ、その村に住んでたっていう老人に声かけられて」
「ファンタジーだな」
「ちょっ、黙って聞いてくれよ。それでさ、老人が教えてくれた。村であったこと。小さい女の子に神様が取り憑いちゃったみたいでさ、なのにその女の子が強盗にたまたま殺されちゃったから、神様が怒って、村に祟が降りかかったんだって。だから、今度は女の子みたいな男の子を贄にして捧げることにした。そしたらさ、ちゃんと神様の手元には渡ってみたいなんだけど、1つ問題があって……」
「問題?」
「そう。男の子が儀式の途中で逃げ出しちゃったらしい」
「当たり前だな。小さい子は余計にそういうの感知するし、逃げる子は逃げるだろ」
「まぁなんかよく分かんないけど、とにかく逃げちゃって、親とかさぁ、やっぱり見てるわけじゃん? 儀式を。怒ったんだって。そりゃそうだよな。俺だって怒るわ」
「お前の感想はいらない」
「冷たいなぁ。それでさ、親が怒って、村に火をつけたんだとさ。村人いっぱい死んじゃって、今度はその村人が幽霊になったんだって」
「ほぉん」
「幽霊になったもんだからみんな気味悪くなって逃げちゃいましたってそういう話なわけよ。これがたぶん夢の真実。俺だってそういう夢見たわけだし」
「なるほどねぇ……」
安西は氷の入ったカルピスをカランと鳴らしながらうなった。
「いい線は言ってんじゃないかな。知んないけどさ、通り魔の犯人にはなると思うよ、それ」
「お、マジ!? じゃ、これで解決ってこと?」
「そんな簡単には行かないと思うけどな。祟りがどうのって言うならその怨霊たちはまた他の誰かを呪うだろうし、お前だけじゃ終わらないはずだ。もし久遠の友達がそこまで辿り着いてたとしてって考えると、余計気味悪い。とりあえず……いとこに話すわ」
「いとこ?」
「言っただろ? 太いパイプ。強い霊媒師。あいつは最強だから簡単なことじゃ死なないよ。ま、今海外にいるから間に合うかわかんないけどな」
安西はニッと白い歯を出して笑った。久遠さんとは違う、爽やかで気持ちのいいものだった。
「これはさ、ちゃんと調べてよかったと思わない?」
「別に思わないけど、よくやったんじゃないかとは思う。前のあたしは真実を突き止めた方が良いみたいな態度取ったわけだし。真実に辿り着くって意気込んだお前を止めなかったのも事実だ」
確かにそうだ。前に話したとき、安西は何も言わなかった。
「だからあたしにも責任があると言われればそうなんだけどな。ま、一言で簡単に言うと、考えたんだ、あの後」
「考えた?」
「そ。山田が学校に毎日毎日懲りずに気持ち悪いもん付けてくるからさ、とりあえず接触して話聞いたわけだけど。一旦はこれでいいかなって思ったんだけど、それでもずっと考えてた。どうしたらいいかって。考えた先が、あの関わらないってやつなんだけどな。あたしあんま頭良くないから、考えるくらいしかできないんだよ」
そういうわけだったのか。道理で前と態度がまるで違うわけだ。
今まで安西大和という生き物はただのヤンキーで、同じ人間というか、同じ種類のものとは思えなかったけど、やっと人間味を感じた気がする。
「てか今それよりさ、ゲームやろうぜゲーム。マリオやる相手いなかったんだよ。ほら、こっち座って早く早く」
さっきまでの態度とは一変、安西はテレビの前に座り、無邪気に隣を叩いた。しぶしぶ座る。
なぜか安西が着ている白い制服のカッターシャツからは黒いブラジャーが透けて見えていた。見てはいけないものを見たような気がして、慌てて目をそらす。安西が女子だということを再確認された気分。
「ほい、コントローラー」
「あ、ありがとう」
「緊張しなくていいよ。どうせあたし弱いし」
いつの間にかレースは始まる直前だったらしい。急いでボタンを押す。テレビゲームはそこそこやったことあるから、別に下手じゃないはず。
女子には負けたくないというプライドから、全力でプレイした。一方霊感には強いのにデジタルに弱いのか、安西はずっと最下位をひた走っている。バナナに引っかかりまくっていた。
「なぁんか上手くいかないんだよなぁ」
「そっちの才能全部吸い取られてるんじゃないの?」
「否定のできないところがちょっとやだ……よっ、あぁ、また失敗した」
まだ3週目の中間地点にいる安西を横目にゴールする。安西は眉を寄せてカチカチとボタンを鳴らしていた。
「なぁ安西?」
「何?」
「俺帰ってもいい?」
「なんだよ急に。突然だな」
「うん。また来るようなことあったら来るわ。今日はありがとう」
さっさと挨拶を済ませて家を出る。
なんか……なんかああやってずっと一緒に遊んでたら、安西のことを意識しそうで嫌だったから。