第37話 もう、1人は、イヤだから
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今話は、クリスティーナ&ルウ視点です
「ルウちゃん。ハルちゃん、帰って来た?」
「ん? ……ハルト、まだ帰って来ない」
玄関で待っているルウちゃんに、ハルちゃんの事を訊ねてみたが、まだ帰って来て無いのは聞くまでもなく分かっていた。
ハルちゃんが1人で出掛ける様になってから、夕方近くになるとルウちゃんはいつも玄関でハルちゃんの帰りを待っている。
ハルちゃんは、帰って来た時に、ルウちゃんに『おかえりなさい』と言われるのが偶然だと思ってるみたいだけど、真実はルウちゃんがずっとハルちゃんの帰りを待っているからだ。
外はもう完全に陽が落ちて、すっかり辺りは暗くなっていた。
雲1つ無い夜空に星が輝き、月明かりが暗闇を照らし始める時刻だ。
いつもならとっくに帰って来ている時間だけど、今日はまだ帰って来ていない……。
「もう夕飯の時間なのに帰って来ないなんて……、何かあったのかしら?」
「……ハルト、だいじょぶ、かな?」
「心配ねぇ。……もう少しだけ待って、それでも帰って来なかったら、私が捜しに行ってみるから、ルウちゃんはお留守番お願いね」
「ルウも、行く」
「ダメよ。夜は危ないし、それに、誰かが家に居ないと、ハルちゃんが帰って来た時困るでしょう」
「うー……でも」
「ダ・メ・よ。ルウちゃんが家に居ないと、今度はハルちゃんがルウちゃんを捜しに行っちゃうでしょ」
「うー……わかった……」
何事にもあまり興味を示さなくて、口を開く事もほとんど無いルウちゃんが、ハルちゃんの事になると、よく話すし感情を表に出してくる。
ルウちゃんが記憶を失くしている事も、ハルちゃんから聞かされて知っているし、そんなルウちゃんの記憶を取り戻してあげたい、家族を捜してあげたい、護ってあげたいと話すハルちゃんの気持ちも良く分かる。
2人が互いに想い合っているのも私は知っているけど、ハルちゃんはルウちゃんに相手にされてないと思ってるのが見ていて微笑ましく思う。
ハルちゃんは、多分帝都に住む何処かの貴族なんだろうと私は考えている。
帝都が魔女に滅ぼされたと、最近ではその話しばかりが聞こえてくるから、ハルちゃんの家も家族も、もう無いのかもしれない。
ハルちゃんは、自分の家の事や、家族の事、昔の事ですら話したがらないから、だから、きっと私の勘は間違っていないのだと思う。
いい歳の割に、世間知らずで、何も苦労せずに育ってきた甘さみたいな物も感じられるけど。
大変な筈の自分の事よりも、他人の事を優先して頑張れる、そんな優しいハルちゃんが気に入った。
ルウちゃんも記憶を失くして大変な筈なのに、いつもハルちゃんの心配をしてるし、2人共、本当に良い子達で、どうしても放っておけない気持ちになる。
だから、私は……、2人がここに住む事を許したのだと、……そう思う。
あの時から、私は1人で、もう誰も必要無いと思っているし、誰とも深く関わりたく無かったのだけど……。
そんな私が、2人を放っておけなくて、傍に居る事を許した。
ホント、不思議なものね。
あれから100年余り過ぎたけど、今迄こんな事は無かった。
皆、私を見たら逃げ出すか、恐がるか……。
でも、ルウちゃんは私を恐がらないし、ごく自然に接してきてくれる、ハルちゃんだって、たまに変な顔したりするけど、瞳の奥に恐怖や蔑視の光は感じない。
本当に、不思議な子達だ。
それにしても、いくらなんでも遅すぎると思う。
雑用系の依頼なら夕方までには終わるはず、なのに未だに帰って来ないという事は……。
「やっぱり、依頼で何かトラブルがあったのかしらね。……仕方ないわね、あまり行きたくはないのだけど、冒険者組合で確認をとりましょ」
そう決めて、ハルちゃんを捜しに出ようとした時、玄関の扉がゆっくりと開いた。
「た……ただいま」
そこには、扉にしがみつきフラフラになったハルちゃんが居た。
「ハルちゃん! 何があったの!? フラフラじゃない!」
「ハルト!!」
ルウちゃんが声をあげてハルちゃんに駆け寄る。
ちょっと、ビックリした……。
突然隣から大きな声が聞こえて、その声に私は少し驚いた。
普段物静かで大声を出さないルウちゃんが、突然大きな声を出したものだから、不意を突かれて驚いたってのもあるけど。
ルウちゃんが泣きそうな顔でハルちゃんの心配をしている……、普段の姿からはあまり想像出来ない光景で、2度驚いた。
……ルウちゃんって、あんな顔もするのね。
別の驚きがあった事で、かえって冷静になった私はハルちゃんを観察する。
たしかにフラフラで、今にも倒れそうな状態だけど、特に外傷は見当たらない。
怪我をしてどうにかなっている訳では無さそうだ。
「とりあえず、そこの階段で良いからハルちゃんを座らせましょう」
そういってハルちゃんに近づくと、私はハルちゃんをお姫様抱っこして階段まで運ぶ。
ハルちゃんが何か言いたげな微妙な顔をしていたけど、私は気にせず運んでいった。
「お水、持ってくるわね。ルウちゃん、ハルちゃんを頼むわね」
「……うん」
そして私は食堂に向かった。
*******
「ハルト……、だいじょぶ? どこも、怪我してない?」
ハルトが今にも死にそうな顔で帰ってきた時、私は心が張り裂けそうになった。
また……大切な人が居なくなっちゃう……。
また? また? ってナニ?
わからない……、わからない、けど……。
居なくならないで……、1人はもう、嫌なの……。
私は、何もわからない……、何も思い出せない……。
でも、ハルトは……。
ハルトは大切な人、だから……。
あの場所で目が覚めた時、私は、知らない場所に驚いて、ここはどこ? ってすごく慌てて、どうしてこんな場所にいるのかが分からなくて、不安で、どうしたら良いか分からなくて、誰かを求めた。
その時の私には……。
ただ『帰りたい』と、『1人は嫌』それだけが強く心の中にあった。
知らない場所、誰も居ない場所……。
そこには居たくなくて、続く通路を歩いていた。
そんな時、出逢ったのが、『ハルト』だった。
初めてハルトを見つけた時、とても懐かしく思った。
1人で怖がって、謝ってたのが、ちょっとだけ、可笑しかったかも……。
ハルトに私の事を訊かれた時、私は、自分の事も分からなくなっているのに気付いた。
ただ、何となく、浮かんだ名前が口をついたけど、『ルウ』が、本当に私の名前なのかは自信が無い……。
でも、ハルトには懐かしい感じがした。
何故かは、わからない。何が懐かしいのかも、わからない。
でも、ハルトを見ていると、思う。
この人なら、私を連れて行ってくれる。私の帰りたい場所に、きっと連れて行ってくれる……、そんな気がした。
帰りたい? 帰りたい? ってドコに?
私は、ドコに、帰りたいの?
わからない……、わからない、けど……。
きっと、ハルトなら……。
だから、ハルトは、私の大切な人なの……。
「ハルト……」
私は、ハルトの右手を握って、ハルトの様子を見ていた。
「ゴメン……心配かけて、ちょっと疲れた、だけ、だから」
暫くすると、クリスティーナが戻って来た。
「ルウちゃん、ハルちゃんを見ててくれてありがとう。はい、ハルちゃんお水よ」
クリスティーナは私にお礼を言ってきた。
別に、お礼を言われるような事は、してない。
そんな事を考えているうちに、クリスティーナはハルトにお水を飲ませていた。
ハルトは、身体に力が入らないみたいで、手も、足も、ダラリと投げ出されたままだ。
お水を飲み終わると、ハルトの目が閉じられ、静かな吐息が聞こえてきた。
「ハルちゃん、眠っちゃったみたいね。……ベッドまで運ぶから、ルウちゃんは扉、開けてくれる?」
私は頷くと立ち上がり、クリスティーナはハルトをお姫様抱っこした。
私は、ハルトの部屋の扉を開けるために先に行き、クリスティーナがその後ろを付いてくる。
私がハルトの部屋の扉を開けると、クリスティーナは部屋に入り、ハルトをベッドに寝かせる。
「何があったのか分からないけど、かなり疲れていたみたいね。今はゆっくり寝かせてあげましょう。ハルちゃんも無事だったし、話しは明日聞きましょう」
「ルウは、ここにいる……」
「……そう。……なら、ハルちゃんの事、お願いね。また、後で夕飯持ってきてあげるから、ルウちゃんはちゃんと食べるのよ」
「わかった……」
クリスティーナは、部屋の入口で1度だけこちらを振り向くと、何も言わず静かに部屋から出ていく。
部屋には、ベッドで眠るハルトと、その横で椅子に座っている私の2人だけになった。
もう、1人は、イヤだから……。




