第1章 夏合宿、最後の夜
2026年8月12日 午後11時47分。
山梨県の山奥にある古民家を借り切った「黒の騎士団」の夏合宿は、相変わらずカオスだった。
木造二階建ての古い建物の中は、エアコンが弱いせいで蒸し暑く、床にはアニメBlu-rayの空ケース、Switchのコントローラー、空になったポテチの袋、500mlのコーラのペットボトルが散乱している。壁には手作りの「黒の騎士団 夏合宿2026」と書かれた垂れ幕が斜めに貼られていた。
「うおおおお! やっと勝ったぞ!!」
鈴木拓海(1年生、アニメ視聴担当)がコントローラーを握りしめて雄叫びを上げた。画面では『大乱闘スマッシュブラザーズ』の結果画面が表示されている。
「は? お前運ゲーだろ」
高橋大輔(FPS廃人)が悔しそうにコントローラーを投げ捨てた。
隣では山田健太がノートPCで新作ガンダム模型のレビュー動画を見ながら、「この可動域マジでヤバい……」と呟いている。
二階の隅では小林悠(萌え担当)がタブレットで二次創作イラストを描きながら、時々「きゃー……この組み合わせ尊い……」と小さく悶えていた。
渡辺翔(戦略オタ)は床に座り込んで太平洋戦争の資料本を読みながら、時々メモを取っている。
そんな中、佐藤宏樹(艦これ廃人)が大きな声で零に絡んでいた。
「部長! やっぱり次はミッドウェイ海戦の再現やりましょうよ! 俺、南雲艦隊で完璧に動かせる自信あるわ!」
天野零(部長)は笑いながら、古い木製ラジオをいじっていた。
「宏樹、お前毎回南雲機動部隊で負けてるだろ。俺が米軍側やったら一瞬で終わるぞ」
「うるせー! 今回は勝つ!」
零は笑いながらラジオのダイヤルを回した。ネットオークションで3000円で落札した「1940年代製・動作品」という触れ込みの代物だ。見た目は本物っぽいが、まだまともに鳴らない。
「零、そろそろ寝ないと明日チェックアウトだよ」
白峰凛が麦茶の入ったコップを差し出しながら言った。彼女はいつものように冷静で、少し疲れたような微笑みを浮かべている。
零はコップを受け取りながら凛を見上げた。
「凛、悪いな。いつも俺が盛り上げすぎて……」
「いいよ。夏合宿最後くらい、みんな楽しそうでしょ」
凛は零の隣に腰を下ろした。二人は高校時代からの付き合いで、サークルの中では自然と「兄妹みたいな関係」と周りから言われている。でも零は最近、凛の存在がただの「副部長」以上のものに感じ始めていた。
「なぁ、みんな」
零が急に真面目な顔になった。
「俺、最近思うんだけどさ。もし俺たちが本当にあの時代に飛ばされたら、どうする?」
部屋が少し静かになった。
宏樹が即答した。 「即・連合艦隊に入る! 艦これ知識フル活用で無双する!」
翔が眼鏡を直しながら、 「現実的には生存率が絶望的だけど……知識があれば歴史を少しは変えられるかもな」
大輔が苦笑い。 「俺は即死しそう。FPSの知識なんて役に立たねえよ」
拓海が目を輝かせて、 「俺は美少女艦娘に会いたい!」
悠が小さく、 「……怖いよぉ。でも、もし生き残れたら可愛い軍服の女の子描きたい……」
健太が現実的に、 「現代の工具と知識があれば、ちょっとした技術アドバイスはできるかも」
凛は零の横顔をじっと見つめながら言った。
「零は? どうしたいの?」
零は少し照れくさそうに笑った。
「俺は……太平洋の海を、俺たちの好きな曲で染め上げたい。『紅蓮華』とか『only my railgun』とか大音量で流しながら、歴史を変えてやるって叫んでみたい」
「相変わらず中二だね」
凛が笑うと、部屋中が笑いに包まれた。
零は古いラジオを手に取り、最後にダイヤルを回した。
「ま、夢の話だけどな」
その瞬間——
ラジオが、突然眩い白い光を放った。
「うわっ!?」
光が爆発的に広がり、全員の視界を真っ白に染め上げた。
次の瞬間、世界の音が消えた。
……気がつくと、そこは見知らぬ暗い部屋だった。
潮の匂い。
湿った木の感触。
遠くから聞こえる波の音。
零は床にへたり込んだまま、呆然と呟いた。
「……マジかよ」
凛がすぐ隣で体を起こし、震える声で言った。
「零……これ、夢じゃないよね?」
零はゆっくりと周りを見た。
拓海が「ひっ……」と息を飲み、大輔がスマホを必死に操作し、翔が冷静に状況分析を始め、悠が小さく縮こまり、宏樹が興奮と恐怖が入り混じった目で零を見つめ、健太が「工具は……工具は持ってきたよな」と呟いている。
零は深く息を吸い、立ち上がった。
「みんな……聞いてくれ」
彼は8人の仲間たちを一人ひとり見つめながら、言った。
「俺たち、どうやら本気で、1942年に飛ばされたらしい」
古民家の夏合宿の記憶が、まだ脳裏に鮮やかに残っていた。
笑い声、コントローラーの音、アニソンのBGM、そしてくだらない夢の話。
それが、突然、終わってしまった。
零の胸に、恐怖と、言い知れぬ興奮が同時に湧き上がってきた。




