第16話 エリアナの試練
昨日、ヘディンさん達の不幸を知り暴漢たちにいいように殴られ、絶望のどん底にいた僕は、ナヴィ姉さんの妹であるナヴァリアとの出会いによって救われた。
そのおかげか深い眠りに就くことができて体調は良くなっていた……それでも体の痛みは少し残っているけれど。
僕は手早く着替えを済ませ、朝食を食べに行こうと部屋から出ると、ちょうどナヴァリアが僕を迎えに来ていた。
ナヴァリアは昨日のボロボロの魔法使いに見える服装とは違い、普段着だと思われる女の子らしい服装で来ていた。
「おはよう、スヴィル。よく眠れた?」
「おはよう、ナヴァリア。うん、おかげさまでね。でも、こんなに早く迎えに来るとは思ってなくて、朝食を食べに行こうかと部屋を出たところなんだ」
「あぁ、そっか……ごめんね」
僕は彼女が少し元気がないように感じて気遣った。
「体の痛みまだ残ってる? これからのことは別に急いで決めなくても大丈夫だから休んでなよ」
「えっ⁉︎ ち、違うのよ……体は大丈夫……その……」
ナヴァリアの歯切れの悪い返答に、僕は何かあったのか不安になった。
「お、お母さんがスヴィルを連れてきてって……お願いできるかな……?」
「う、うん。全然大丈夫だけど……どうしたの? 元気がないように見えるんだけど」
「だ、大丈夫だよ」
何で悩んでいるのか僕は気になったが、とりあえず彼女の後についていった。
ナヴァリアが東門の衛兵らと軽く言葉を交わしそのまま東門をくぐると、眼前には美しく整理された農作物の畑と農道が広がっていた。
「へ~、結構遠くまで広がっているんだね」
僕は感嘆の声を上げるとナヴァリアはクスリと笑い、得意げに教えてくれた。
「まぁまぁな広さよね。ルードスロアの人口は王都より多いから、たくさん作らないといけないからね。それに私のお父さんとお母さんは、この農業地区のまとめ役なんだよ」
「じゃあ、この農業地区のリーダーってこと?」
「話を聞いてまとめて、ルードスロアの役人との連絡役みたいなものだよ」
「すごい人なんだね」
ナヴァリアは照れくさそうに笑いながら嬉しさを隠そうとはしなかった。
道は簡易的な木の柵で農道と畑の境がわかるように設置され、その柵沿いに何度か曲がった先でナヴァリアの家へとすぐに辿り着いた。
ナヴァリアは家の前で立ち止まり、申し訳なさそうに言った。
「スヴィル。お母さんを悪く思わないでいてくれたら嬉しいかな……」
「え……どういう……」
ナヴァリアは僕の問いを最後まで聞くことなく扉を開け中へ入っていった。
「お母さん、ただいまー。連れてきたよー」
「お邪魔します」
僕も連れられるように中へ入っていった。
部屋は大きめで綺麗に清掃されており、中央にテーブルと椅子が四つあり、入り口から左奥と右奥に別の部屋へ通じる扉があった。
「いらっしゃい、スヴィルくん。話は大体娘から聞いているわ」
部屋の右奥からは一目でナヴィ姉さんとナヴァリアのお母さんだと分かるほどよく似た女性が出てきた。
僕は緊張で固くなってしまった。
「は、初めまして、スヴィル・エルダーグです。よろしくお願いします」
「母のエリアナよ。よろしく……それと、父のダズホフは今、ナヴィアナのことで冒険者ギルドに行ってるの……ごめんなさいね」
「……はい、大丈夫です……」
僕はナヴィ姉さんの名前を聞いた瞬間に、申し訳ない気持ちで胸が苦しくなった。
「スヴィルくん。早速で悪いのだけど、場所を移しましょうか」
「へっ?」
突然のエリアナさんからの提案に僕は訳がわからず、おとなしくついて行くだけだった。
ナヴァリアにどういう事か尋ねようと顔を見ると、ものすごく辛そうな暗い表情をしてトボトボとついてきていた。
そんな顔を見て僕はこれから何があるのかと不安になった。
◇
「この辺でいいわね」
エリアナさんが案内した場所は畑や家から随分と離れた広い所で、辺り一面土ばかりで草一つ生えていない場所だった。
「ここは?」
僕が辺りを見回していると、ナヴァリアが教えてくれた。
「ここは農業地区の人達が剣術や魔法の訓練に使う訓練場みたいな所なの……私とお姉ちゃん、ヘディンさんもここで訓練してたよ」
「えっ、そうなんですか!」
僕はヘディンさんたちが訓練をしていた場所と聞いて感慨深く感じ、辺りをぐるりと見て回った。
そして、ふと疑問が浮かびエリアナさんの前に戻った。
「あの~、どうしてここへ?」
エリアナさんは鋭く冷たい目線を向けて僕に言った。
「スヴィルくん。ここでわたしと戦いあなたの力を証明して見せて……でないと、ナヴァリアとの旅の許可は出せません……」
「え……」
エリアナさんの突然の言葉に僕の頭は真っ白になった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕は戦いたくありません!」
僕はたじたじとしていた。
「それじゃあ、ナヴァリアとの旅は諦めてくれるのよね?」
エリアナさんの目は本気だった。
おそらくこのまま諦めるか、戦って力を証明しなければナヴァリアとのパーティは、一日も経たずに解散ということになってしまう。
それだけは絶対に嫌だった。
「エリアナさん! 何故なんですか? 僕は戦うのは嫌だし、ナヴァリアを諦めるのも嫌です!」
エリアナさんは身構えると声を震わせながら語った。
「ナヴィアナが死んだのよ……魔王自らの手によって処刑されたって……」
僕にとっても聞きたくない話だ。
「そして、今度はナヴァリアまで旅に出ようとしているのよ……大事な娘たちが……。ナヴィアナが生きていたなら、すんなりと送り出していたかもしれない……だけど……ナヴィアナを失って、今度ナヴァリアまで失うなんてことになったら……わたしは……わたしは何の考えもなしに、何の判断もせずに、ただ見送っただけでいた自分自身を許せなくなる! 絶望の底で泣き叫ぶだけの大馬鹿になってしまう! ……二人が目標を持ったときから覚悟はしていたつもり……だけれど……あの子を失ったと知ったとき……わたしはナヴァリアもいなくなってしまうことへの恐怖心も感じてしまったの……」
エリアナさんは溢れる涙を抑えることも、拭うこともせずに鋭く僕を睨み続けていた。
それでも僕は戦うことを躊躇っていると、エリアナさんは冷たく言い放った。
「スヴィルくん。好きになさい……殺しはしない、でも痛い目にあってもらう……そして、立てなくなったら……ナヴァリアは諦めなさい」
「身体強化魔法!」
エリアナさんは魔法発動と同時に僕の方へ突進してきた。
「は、速い!」
ノーザント一家は生命系魔法の使い手で皆、魔法使いとして冒険者ギルドで活動していたと聞いている。
エリアナさんはナヴィ姉さんと戦い方が全く違い、僕はかなり焦らされた。
「魔法使いって突進して戦うんですか⁉︎」
僕は詰め寄られまいと後方へと大きく下がった。
「誰がそんなこと決めつけたのよっ! 火球魔法!」
エリアナさんは立ち止まると火球魔法を僕に放ってきた。
ナヴィ姉さんと比べれば威力としては劣るかもしれないが、直撃すれば無事では済まないのは明白だった。
僕はすんでのところで回避できた。
「エリアナさん待ってください! 僕は剣も盾も持っていないんです! 魔法も戦いに使えるものは一切できないんです!」
僕の必死の訴えにもエリアナさんは容赦なかった。
「だから? 魔族相手にその言い訳で『じゃあ、取りに帰ってください』と言ってくれるの? それでいて魔法も使えない? そんな事でどうやってわたしのナヴァリアを守るのよ!」
エリアナさんの闘志に火が点いてしまい、いよいよ僕はエリアナさんに対してどうするか決断しなければいけなくなった。
「スヴィルくん。そろそろ終わらせましょうか……」
エリアナさんが前へ歩みを進めたとき、ナヴァリアが僕とエリアナさんの間に立ちはだかった。
「お母さん! やめて! お願いだから……」
ナヴァリアは涙を流しエリアナさんに訴えた。
「お母さん……ごめんね……私、スヴィルと旅に出る……お姉ちゃんとヘディンさんと旅が出来なくなっちゃって、諦めてお母さんとお父さんと一緒に過ごすのも悪くないと思う……」
「ナーヴァ」
「でもね……スヴィルはお姉ちゃんとヘディンさんが大切にしていた人だと思うの。だってあの魔導書にはスヴィルの教育計画なんかも書いてあった。……今ここでスヴィルとの旅を諦めたら、お姉ちゃんと一緒に冒険の旅に出るって夢の代わりが永遠に叶わなくなっちゃうよ。……お姉ちゃんとの旅の思い出を語れるのはスヴィルだけなんだよ。……私はそんな思い出を聞きながらスヴィルと旅をして、お姉ちゃんとの旅の記憶を共有することで、私の夢を叶えたことにしたいの……」
ナヴァリアの訴えにしばらく沈黙が支配したが、エリアナさんはナヴァリアを諭した。
「ナーヴァ……あなたも魔法が使えなくなったのに、旅に出てどうするつもりなのよ。スヴィルくんは力もない役立たずだし、あなたは魔法も使えない役立たずじゃなくて?」
エリアナさんの心に刺さる指摘に僕とナヴァリアは顔を歪めたが、ナヴァリアは予想外の反論をした。
「お母さん、魔法が使えないなら武器を持って戦えばいいんじゃないかな……」
ナヴァリアの瞳は力強い決意にみなぎり、エリアナさんに訴えていた。
予想外のナヴァリアの言葉にエリアナさんは驚いた表情を見せたが、大きなため息を吐くとすぐに気を取り直した。
「それじゃあ、ナーヴァ……あなたも立っていられなくなったら旅に出ることは諦めなさい」
「身体強化魔法! 火球魔法!」
エリアナさんは魔法を発動すると同時に、火球魔法を僕らの目の前の地面に放った。
眼前の大地から熱風と炎が渦巻いた。
僕は危険を感じ取りナヴァリアの手を掴んだ瞬間、体にピリッとした感覚が走った。
僕とナヴァリアの繋いだ手の側面にエリアナさんがいつの間にか現れ、何かの魔法を発動させようとしていた。
僕はピリッとした感覚に覚えがあり、ナヴァリアを庇いながら咄嗟にエリアナさんのお腹を蹴って、僕とナヴァリアから距離をとらせた。
「かはっ……やだ……スヴィルくん、女性のお腹を蹴るだなんて……」
エリアナさんは片膝をついて肩で息をしていた。
「あぁっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 咄嗟の出来事だったのでつい体が反応しちゃって……本当にごめんなさいっ!」
僕はすぐにその場で土下座し、頭を何度も地面へ押しつけていた。
咄嗟の出来事とはいえ、エリアナさんの……ナヴィ姉さんとナヴァリアのお母さんのお腹を蹴ってしまったことに強烈な罪悪感を覚えて、もう何の抵抗もする気がなくなってしまった。
「スヴィルくん……どうして蹴ることになったのか教えてもらえるかしら?」
僕は冷や汗をダラダラと流しながら正座をし、言われた通り素直に答えた。
「そ、それは……ナヴィ姉さんが範囲麻痺魔法を使う時にピリッとした感覚があったので、それに当たっちゃうと体が動かなくなってしまうのを知っていたからです。もしあの時範囲麻痺魔法を発動されたら、僕とナヴァリアは立っていられなくなってしまうから……」
僕は身を小さくしながらも必死に説明をした。
「フーッ……それってナーヴァも庇ったってことよね……」
僕は素早く何度も首を縦に振っていた。
「まぁ、いいわ……これ以上は流石におばさんの体力じゃあ限界だもの……。できれば、初手の時にねじ伏せて欲しかったかな……情に厚いのはいいけど、もし仲間が敵に寝返っていれば判断の遅れが命取りにもなるからね」
「お母さんそれじゃあ」
「ギリギリ最低限の合格だからね……ナーヴァは殆ど何もできてないけど」
「え……うん……やったねスヴィル!」
バツの悪そうな返事をしたナヴァリアだったが、嬉しそうに僕のところへ駆け寄って手を握ってくれた。
ナヴァリアが嬉しそうに手を握ってくれたことで僕の顔が熱くなっていくのがわかった。
「あ……ん……よ、よかったね……はは……」
そんな僕らをエリアナさんは何故かニヤニヤと見ていた。
「はは~ん、ナーヴァそうなんだ~。お父さんまたしばらく泣いちゃうかもね~」
「えっ⁉︎ お母さん何言ってるの? フツーだよ、フツー……」
ナヴァリアは顔を真っ赤にしていた。
エリアナさんはそんなナヴァリアを見て優しく微笑んでいると、僕は少しナヴァリアとエリアナさんの関係が羨ましく感じた。
僕が立ち上がるとエリアナさんは先ほどまでとは違い優しく問いかけてきた。
「スヴィルくん、一つ聞いてもいい?」
「はい、何ですか?」
僕はエリアナさんに向き直した。
「スヴィルくんのご両親は、ヘディンさんやナヴィアナとの旅に出ることに反対されなかったのかしら?」
エリアナさんの問いに僕はすぐに答えることができなかった。
そのまま沈黙を続ける僕にナヴァリアが声をかけた。
「スヴィル……大丈夫? すごく顔色が悪いけど……」
「もしかして、ご両親に無断で……」
「違います! そんなことはありません!」
僕が強く大きな声で否定したことにエリアナさんとナヴァリアはびっくりしていた。
僕がちらりと二人の様子を窺うと、二人は不安そうな表情で僕を見ていた。
僕は辛い過去の話をしたくはなかったけど、エリアナさんは親として当然の心配をしていた。
ナヴィ姉さんが僕を無理やり旅に連れ出したのかもしれないという不安を取り除くために、僕に尋ねたのだ。
「あの……エリアナさん……」
「何かな……」
エリアナさんが優しく聞き返す。
「僕は……ま、魔族に呪われていたんです……その呪いから解放してくれたのが、ヘディンさん、ナヴィ姉さん、バリルさん、エミルさんなんです……」
僕の言葉にエリアナさんは動揺したようだった。
ナヴァリアも心配そうに見つめてくれていた。
「僕は……五歳ぐらいの時……魔族に両親を目の前で殺されました。その時魔族に『お前も大きくなったら喰ってやる』と言われたんです……」
忘れたい地獄のような記憶だった。




