15.学食みたいで懐かしかったです
その後、ティタニアさんが戻ってくる気配に、リアムはいつも通りの純真無垢そうな顔になって王宮の方へと歩いていってしまった。やっぱりメイド達のチーフをしているティタニアさんに見つかってはまずいらしい。その辺りうまく立ち回っていて凄いと思う。流石お姉さまキラー、抜け目がない。
「ふう……」
そして今、午前の仕事を終えた私は食堂の隅の席でようやく一息ついたところだった。ここは王宮とは離れた使用人達専用の食堂で、高校の学食みたいな雰囲気だ。調理場とテーブル席はカウンターで区切られており、そこから一人分の食事が乗ったトレイを受け取っていくシステムらしい。
(疲れたなあ)
あの凄まじい量のシーツを踏みすぎて足がちょっとふやけたような気がする。最初は水の冷たさも気持ちよかったけれど、やっぱりずっと洗濯していると体が冷えてしまったみたいだった。
ぶるりと肩を震わせた私の前には今日の昼食がトレイの上に並んでいる。野菜を煮込んだスープとパンと、それにオムレツとサラダといった簡単なものだ。湯気の立つそれにごくりと喉が鳴る。体を動かしてすっかり腹ペコだった私は手早く小さな祈りを捧げた。
「頂きます」
早速スプーンを手に取ってスープを一口。食道を通って体全体にじんわり浸み込んでいく温かさに私は思わず顔を綻ばせた。
(美味しい……)
トマト味のそれは程よい酸味と旨味でとても食欲をそそる。パンは焼き立てでふんわりしているし、オムレツも半熟でとろりとしていてサラダはしゃきっとした歯ごたえがたまらない。カフェご飯みたいで盛り付けもしっかり綺麗にされているし、量も十分あるから大満足のメニューだった。
(んー、野菜がしっかり煮込まれてて美味しいー!)
夢中になって黙々と食べていると、不意にくすくすと笑い声が私の耳に届いた。顔をあげると見知らぬ男性がいつの間にか私の向かいに座っている。本当にいつの間にいたんだろう。食べるのに一生懸命過ぎて気付かなかった。
「何か御用ですか?」
「ああ、ごめん。君のお口に合うか気になってね」
尋ねると少し垂れ目気味の瞳がにこりと微笑む。ブルネットの柔らかそうな髪を後ろで一つに結んで、着ているものはコックの白い制服のようだった。両方の袖を捲ったその腕は筋肉質で、よくよく見れば結構がたいがいい。
「あなたが昼食を作ったんですか?」
「そうそう、新人さんが入ってくるって聞いたから腕によりをかけたんだけど」
言われて、私ははたと気付く。
さっきまで賑やかだった食堂の中が少し静かになっていた。遠巻きに見られている視線に、なるほどと今更ながら納得した。悪役令嬢に近付こうなんて勇者はそうそういない。私の机だけ結界でも張られているように誰も座っていないのはそういう訳でしたか。
「どうかな」
にこにこと笑いながら聞くのはきっと純粋な好奇心だろう。私は手元の食事を一度見て、それからにっこり微笑んで見せた。答えは一つしかない。
「とっても美味しいですわ!」
「本当?」
「ええ! もちろん!」
そうすると彼はほっとしたように胸を撫で下ろした。
「あー、良かった。ちょっと心配だったんだよね」
「こんなに美味しいのに?」
正直にいって、簡単だけどかなり美味しい部類に入ると思う。シンプルなものほど作る人の腕が反映されるというし、何より一つ一つ丁寧に作られているのが分かるのだ。これだけ大人数の食事を作るのに手間暇かけてくれたものが美味しくない訳がない。
それに、クリスティアラ家の食事の方が確かに豪華ではあるけれど、個人的には前の世界で慣れ親しんだメニューを食べれるのが何より嬉しい。盛り付けもカフェご飯みたいで大満足だ。
「いつだって心配だよ。食べてくれる人に美味しいって思ってもらえるか一日三回はどきどきしてるもの」
苦笑した彼は机の上で頬杖をつく。ちらりと周囲に視線を向けた彼の気持ちはよく分かった。今でこそ一人暮らししていたけれど、実家でご飯作るときは上手に出来てるか心配だったものだ。美味しいよってお母さんに言ってもらえてほっとしたのを覚えてる。
「それに君、公爵令嬢なんだろう? 『こんなもの私の口に合いませんわ!』って言われたらどうしようかと思ってたんだ」
裏声を使って体をくねくねさせる彼に思わず吹き出してしまった。
「まあ、私ってそんなイメージなんですの?」
「ふふ、ごめんごめん」
ぺろりと舌を出す彼に、けれど悪い気はしない。遠巻きにひそひそされるよりも、こうして面と向かって正直に言ってくれた方が楽だ。
「公爵令嬢としての身分は剥奪されませんでしたが、今の私はただのメイドです。そんなこと言える立場ではありませんし、美味しいものは美味しいといいますわ」
そしてまたオムレツを口に含む。ふんわりとした卵の柔らかさと、中に入った挽肉がジューシーで食べ応えがあった。いや本当に美味しいんですこれ。
「それは良かった。ええと……」
少し困ったように彼が口を噤む。私のことを公爵令嬢といっていたから敬称をつけるか迷ったんだろう。結構律儀だなあ。
「シンシアで大丈夫ですわ」
「俺はスズ。主に使用人達の食事を作ってるんだ、よろしくね」
「ええ、こちらこそ」
にかっと笑う顔はまるでお日様のようだ。ゲームでは顔グラもないキャラクターだったけれど、こういう風に触れ合えるのは嬉しい。
乙女ゲーの世界だからかやたらイケメンなスズはそれから私が食べ終わるまで向かいの席でずっとにこにこしていた。お陰で箸が進みました。ご馳走様です。