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第35話:挑発

「それで、昨日話し合ったんだよね? 青組で」

 「ん? ああ、魔導祭のことでな」

 「お兄ちゃんどの競技に出るの?」

 「それがまだ決まってないんだよ……」


 昨日、青組の全学年で魔導祭について話し合ったものの、結局何も決まらないまま終わってしまった。

 で、今朝からカーリナ達と朝食を食べていたところ、魔導祭のことをカーリナに聞かれたのでありのままに答えることに。

 因みにバシルの奴はここにはいない。やったぜ。


 「3、4年の先輩達がやる気なくてさ……あんまり話が進まなかったんだ」

 「ふ~ん……何でやる気なかったんだろうね?」

 「さあな……」


 それは聞いてみないと分からん。

 今度暇があったら聞いてみよう。


 「青組はそんなことで大丈夫なのかしら?」

 「まだ半年もあるけどさ……僕もあの先輩達を見てちょっと不安なんだよ……」


 イリーナも青組の状況を聞いて心配してくれているようだ。

 アールもあの温度差を感じて少し危機感を覚えているみたいで、割と真剣な顔で答えていた。

 どうでもいいが、童顔のアールが真剣な顔をしても、いまいち迫力が無いな。


 「お兄さん……そういうこと、私達に喋って……いいの?」


 さっきまでいつも通りの無表情でフルーツを食べていたリンマオが聞いてきた。

 一瞬何を言いたいのかが分からなかったが、多分、魔導祭についての青組の状況を簡単に喋っていいのか? と聞きたいのだろう。

 俺はそう勝手にリンマオの言葉を解釈し、特に問題が無いことを話した。


 「……まあ別に、今の時点で決めたことが最終決定になるわけじゃないからな。それに、今の俺達の状況を知った所であと半年あるんだし、その間に状況が変わってるかもしれないだろ?」

 「うん……そう……」

 「秘密にする部分は喋るつもりないしな」

 「そう……あ、新しいお香を作ったの。お兄さんにも、あげる」

 「話変わり過ぎだろ……」


 何食わぬ顔でお香の入った小袋を受け取りつつも、俺はそうツッコまずにはいられなかった。

 俺の話興味無いだろ……。

 ホント、マイペースな子だな……。


 「ねぇお兄ちゃん、その秘密の話は私にも教えてくれないの?」


 リンマオとの話を聞いていたカーリナが少し身を乗り出しながら、上目遣いに聞いてきた。

 ああ……今日もカーリナは可愛いな……。

 こんな可愛い妹の為なら何でも答えて……いやいや駄目だ! 喝っ! 喝っ!!


 「……いくらカーリでも、そればっかりは教えられないな」

 「む~……お兄ちゃんのケチ!」

 「……」


 あ、どうしよう。カーリナになら喋ってもいいよね?

 だってほら、見てみろよ。こんなに頬を膨らましてツンとした表情をしたカーリナにケチって言われたら、そりゃ誰だって答えたくなっちゃうだろ?

 お兄ちゃん困っちゃうな……。


 「わたくしはそのままでもいいですわよベルホルト」


 そんなマイプリティエンジェル・カーリナとは違い、イリーナは少し挑むような顔で言ってきた。


 「ほう、その心は?」

 「その方が張り合いがありますもの」

 「成程」


 実にイリーナらしいな。

 彼女はどこまでも自信満々で、相手がどう策を弄しようとも勝ってみせる! とでも思っているのだろう。

 まるで戦闘民族のようだ。

 角竜族って皆こんなのばっかりなのか?


 「ですから、アールもベルホルトも、存分に掛かってらっしゃいな!」 

 「あ、僕たちが掛かっていくのね……」


 「相変わらずだね~……」とアールは呑気に言っているが、これは赤組からの宣戦布告と俺はとった。

 この前はクリスからも似たことを言われたからな……こっちも本気で掛からねばなるまい!


 「望む所だ、目に物を言わせてやるぜ!」

 「そうこなくては!」

 「私も! お兄ちゃん達に負けないから!」


 俺とイリーナ、カーリナは立ち上がり、「フッフッフッフッフ!」と対峙しながら笑い合う。

 はたから見れば可笑しな光景だろうが、俺は気にしない。

 アールは少しポカンとした様子で俺達を見ているだけだ。

 リンマオに関してはまた無表情でフルーツ食べてるし。


 まあ、そんなこんなでワイワイと騒いでいたが、最初っから俺達青組の目標は優勝することだ。

 白組が相手だろうが赤組が相手だろうが関係ねえ、俺達が優勝すればどの組にも勝ったことになる。

 だから目指せ優勝だ。


 ……そのためには、先輩達にやる気になってもらわないといけないのだけどね。

 どうしようか?



 _______________________________________________




 いつも通りの日常、いつも通りの授業風景。

 メコーニのキノコ野郎に侮辱されたからと言って普段の生活が変わるわけではない。

 俺達2年の青組は、魔導祭は絶対に優勝するぞ! という意識で取り組むつもりだが、そのために普段の授業を疎かにするつもりはなかった。


 クラスの皆も真面目に授業を受けているし、アールはたまに寝るし、バシルの奴も真剣に教授の話を聞いている。

 うん、いつも通りだ。

 生憎の曇天なのだが、クリスと会う時間まで持ってくれるだろうか?


 「おいベルホルト」

 「あ? なんだよ?」


 3時間目、歴史の授業が終わり、これから食堂で昼食を食べに行くため、アールを起こそうとした時にバシルが話しかけてきた。

 バシルが真剣な表情をしていることから、どうやら真面目な話のようだ。


 「魔導祭の競技で、”障害馬上魔術”ってあっただろ?」

 「ああ、確か最後にやるやつだったか?」


 魔導祭のトリとして伝統的に行われていた馬術の競技だ。

 審判員による採点方式で、大体白組が勝つらしい。

 何らかの力が加わっているんだろうか……。


 「そう、それなんだが……青組で馬術競技会に所属しているのは俺とお前と、後は1、3年に一人と4年に3人いるだけなんだが、お前、出ないか?」

 「……何で俺なんだ? お前も出るとしたら、枠はあと一人だろ?」


 青組で馬術部の先輩がいるならなんでその人を出さないんだ?

 出場枠は2枠だし、馬術部でもかなり……褒めるのも癪だが……上手いバシルが出るなら、あとは先輩に任せればいいんじゃないのか?

 俺は単純にそう思って聞いたのだが、バシルはやや苦々しい顔をして訳を話した。


 「実はな……今朝先輩達に頼んだんだよ、出てくれってな。そうしたら、『どうせ負けるから俺達はいい。お前達で出てくれ』って言われたんだよ……」


 何処までやる気ないんだよ……。

 どうせ負けるからって、なんで最初から諦めるんだ。

 そんなこと、修○が聞いたらブチ切れるぞ……。


 「はぁ……それで俺に話を持ってきたのか?」

 「ああ……こういうのも癪だが、お前はそれなりに馬術の腕も上達してきたし、それに魔法も使える。だから声を掛けたんだよ」

 「成程な……」


 先輩達が断ったから仕方なしに、ってことか。

 まあそうじゃなかったらコイツから話を持ってこないもんな……。


 「少し、考えさせてくれ」


 だが俺は、即答する気にはなれなかった。


 確かに雷属性なら上級魔法まで短詠唱で使えるが、それを大っぴらに使ってもいいのか? という思いがある。

 この学院には真神教の生徒もいるし、まかり間違って、俺やカーリナが魔神に近い人……オークス先生の弟子だとバレれば、それだけでカーリナに危険が及ぶ可能性もあった。


 考えすぎなのかもしれないが、少しでも真神に目を付けられるリスクを押さえたい。

 だからこの場では、答えることが出来なかったのだ。

 カーリナとも相談しないといけないしな。


 「……そうかよ」


 ただ、俺のそんな曖昧な返事を拒否と取ったのか、バシルは不機嫌な表情を隠そうともせずに俺の許から去って行った。

 いつもならそんなバシルの態度に腹を立てるところだが、今回ばかりは俺に非がある。

 アイツがあんなに不機嫌に、というか失望したような表情をするのも無理はないよな……。

 それだけバシルが、魔導祭に向けて本気で取り組んでいた、ということだ。


 早いこと、カーリナと話をしておこう。


 「ぐ~……んがっ! ……ん~、あれ? もう授業終わったの?」

 「ああ、もうとっくに終わってるぞ……」

 「そっかぁ……ふぁ~あ、お腹へった~」


 アールよ、何故君はそんなにのんびりできるのかねぇ?

 というか鐘が鳴っても起きないってどれだけ熟睡してたんだよ……。



 _______________________________________________




 昼食をアールやクラスメイトらと一緒に食べた後は、いつも通りに授業を受け、馬術競技会にも参加し、今はいつもの場所で椅子に座り、頬杖を突いてクリスを待っているところだ。

 ただ、いつもと少し違うところを挙げるなら、それはやはりバシルのことだった。


 昼の一件以来、バシルは俺とまともに目を合わせることをしなかったのだ。

 これまでは、なんだかんだ言い合いつつも目を合わさないということはなかった。

 恐らく俺のことも3、4年の先輩達のように、やる気のない臆病者、という認識なのだろう。

 まあ実際そうなのだろうが、しかし俺の場合は身の危険が及んでくる可能性も……いや、これは言い訳か……。


 アイツにとって俺は、同じ青組の仲間という意識だったはずだ。

 特に、カーリナのことが好きなバシルのことだ、メコーニにカーリナが侮辱されて怒り狂った俺に、アイツはシンパシーを感じていたかもしれない。

 「カーリナの為にあそこまで怒ったコイツなら、白組に勝つために本気になってくれるだろう」と。


 当初は先輩を頼ったみたいだが当てが外れ、代わりに俺を頼ろうとしたが、しかし期待を裏切られてしまった。ということだろうか?

 勝手に期待して、勝手に勘違いしやがって。とは思わなくもないが、今回ばかりは俺が曖昧な返事をしたのが悪い。


 「はぁ……」

 「どうかされましたか?」

 「ああ、クリス……」


 どうしたものか、と思わず溜息を吐いた瞬間、後ろからクリスが声を掛けてきた。

 どうやら今ここに来たみたいだ。

 クリスの後ろにはちゃんとテレジアが控えている。

 少し、女々しい所を見られちゃったかな?


 「いや、何でもないんだ。気にしないでくれ」

 「そうですか……」


 小さいテーブルを挟んで椅子に座るクリスに、俺は気にするなと手を振りながら答える。

 それを聞いたクリスは、少し心配そうに短く言っただけで、あとは何も聞いてこなかった。

 話してください。とも、相談に乗ります。とかもなく、言いたくないことは無理に聞きません、と言わんばかりに。


 俺にとって、それは有り難いことだ。

 クリスには俺が魔法師であることも教えてあるし、相談すれば真面目に応えてくれるだろうと思う。

 ただ、彼女には無詠唱のことを教えていないし、魔神の孫弟子であることも明かしていない。

 それに何より、真神が怖いから皆の前で魔法を使いたくない、何てクリスに相談するのも、少し抵抗があった。

 要は見栄っ張りなんだよ……。


 「……クリスは魔導祭でどんな競技に出るんだ?」

 「私達は、まだ何も決めていませんよ?」

 「ああ、そうか……」


 少しの沈黙の後、俺は苦し紛れに魔導祭の話題をクリスに振ったが……。

 そりゃそうだよな、俺達青組が早すぎるんだよな。


 「ただ、今日の授業が終わった頃ですが、カーリちゃんとイリーナさんが張り切っていました。『私達も優勝しよう!』と」


 朝の件だな。

 目指せ優勝! の火が、カーリナ達にも伝播したようだ。

 どうやら俺は、強敵(カーリナ)を目覚めさせてしまったらしい。


 「だったら、俺達も張り切って準備しないとな」

 「お手柔らかにお願いしますね?」

 「それは約束できないな」

 「まあ! 酷い方ですね」

 「勝負するなら真剣に、だ」

 「そうですね。ふふ!」

 「ははは!」


 ああ、やっといつもの雰囲気が出てきたみたいだ。

 こうしてお互いに軽口を言い合い、お互いに笑い合う。

 それだけで、俺の中にあったモヤモヤが晴れていった。

 クリスと話をしているだけで癒されるんだよな……。


 よし、これからはクリスのことをセラピストと呼ぼう。

 ……多分、なんだそれ? って顔されると思うから言わないけど。


 「……いつも通りの笑顔が見れてよかったです」


 ひとしきり笑い合った後、クリスはいつもの柔らくて優しい笑みを湛えながらそう言った。

 相変わらず笑い黒子が色っぽい。

 ああ……相手の笑顔を見たいと思っていたのは俺だけじゃなかったんだな……。


 「……うん、もう大丈夫だ。ありがとう」

 「いえ、私は何もしていませんよ?」


 そんなことはない。

 クリスの笑顔を見ているだけで、俺は幸せになれるんだよ。


 そう言おうとしたが、これは流石にこっ恥ずかしかったのでやめた。


 「……そう言えば、魔導祭って……って、ん? 雨?」


 照れ隠しに話題を変えようと話しかけた途端、手に水滴のような物が当たったのを感じた。

 自分の右手を見やり、キョトンとしているクリスと顔を合わせてから二人で上を見ると、木の葉の間からポツポツと雨粒が振ってくる。


 「姫様、雨が降ってきましたので中へお戻りください」

 「あ……そう、ですね……」


 雨が降って来たと知るや否や、テレジアはすかさずクリスを学生寮へ戻るように促した。

 まるでここぞとばかりにだ。


 ま、最初から雨の日はここに来ることはないが、今日みたいに途中から雨が降ってきた日はテレジアが嬉々としてクリスを連れて行くんだよな……。


 テレジアの手を取りながら立ち上がったクリスを見送ろうと座ったまま待っていると、クリスは俺に向き直り、微笑みながら言ってきた。


 「ベルホルトさんも、一緒に行きましょう?」

 「え、いや、でも……」

 「いいではありませんか。今日は短い時間でしかお話し出来ませんでしたし、すぐそこですが、寮へ一緒に戻りましょう?」


 これまで一緒に寮へ戻ることが無かったため、クリスのこの誘いに一瞬躊躇する。

 俺なんかと一緒にいるところを目撃されると、余計な噂を立てられてクリスに迷惑が掛かるかもしれないから、俺は今まで彼女達を見送ってから部屋に戻っていた。

 それが暗黙の了解として理解してくれていたと思っていたのだが、クリスは気にしていないのだろうか?


 う~ん……クリスが気にしないのならいいのかな……。

 学生寮もすぐそこにあるし、誰かに見られても、偶然そこであったと装えばいいか。

 うん、じゃあ、今日は一緒に行こう。


 「……そうだな、一緒に行こうか!」

 「はい!」


 こうして俺は、クリスの誘いを受けて彼女と一緒に寮へと戻ることに。

 ただ、俺が立ち上がってクリスの横に立とうとしたら、彼女の後ろにいたテレジアが不機嫌さを露わに俺を睨んできた。

 ちょっとくらいいいじゃないの~。


 「ちょっと雨足が強くなってきたし、あんまり悠長に歩いていられないな」

 「はい、少し急いで戻りましょう」

 「ああ」


 そうお互いに頷き合いながら、俺達は足早に学生寮へと戻る。

 俺の暮らす寮の玄関口に一旦雨宿りし、各自濡れたところを手で払った。


 「……一緒に戻るといっても、本当にすぐでしたね」

 「ああ、そうだな……」


 本当にすぐのことだったな……。

 この寮のすぐ裏手が、俺達がいつも逢瀬を重ねている場所だ。

 人通りが少ないとは言え、いつもあんなところでクリスと会って話をしていたんだな。

 そう思うと、少しイケナイ気分になってきた……やめる気はないけど。


 「名残惜しいですけれど、今日はこれで――」

 「これは……クリスティアネ殿下ではないですか! テレジア殿もご機嫌麗しく!」


 俺とクリスは見つめ合い、別れを惜しんでいたのだが、そこへ誰かが邪魔……もとい、声を声を掛けてきた。

 というかクリスとテレジアに話しかけた形だが。


 「貴方は……ブラウさん」

 「はい。殿下のブラウでございます!」


 そいつはいつぞやの白組だった。

 ブラウって名前だったっけ? 無駄にゴツイそいつの後ろには6人程取り巻きがくっ付いている。

 取り巻き、増えてね?


 コイツと初対面の時は確か、入学式の時にアールに絡んでいた時だっけ?

 その後も、俺とクリスが食堂なりで一緒に話をしていると、必ず邪魔をしてきた連中だ。

 多分同い年だったはず。


 ……うん、面倒くさい奴に見つかったな……。


 「このような場所で如何されましたか? 殿下」

 「さっきそこであって――」

 「お前に聞いていない、このドブネズミ」

 「あ?」


 コイツ……! 俺が説明しようとしたら、サラッと罵倒してきやがった。

 後ろの取り巻き共もニヤニヤと俺を見てくるし、ホント、メンドくせーなコイツら。


 そう一人で憤慨していると、俺のことを罵倒したブ、ブ……なんだっけ? ブラコン? あ、ブラコンは俺か、まいいや、そのブラ何某に対し、クリスは数歩歩み寄ると――。


 「今の彼への言葉、取り消しなさい!」


 今までに聞いたことに無い声で怒鳴った。

 その表情は、怒り心頭と言った様子だ。


 そして、クリスのその怒りようにこの場の全員が唖然となった。

 鳩が豆鉄砲を喰らった。

 まさにその言葉がぴったりな状況で、あのテレジアでさえも目を見開いている。


 「な、何を、仰られるのですか? この下民は殿下にすり寄る存在で――」

 「すり寄っているのは貴方ではないのですか?」


 クリスの余りの剣幕に、ブラ何某はどもりながらもその場を取り繕うとしたが、しかしクリスはそれを許さず、さらに語気を強めて厳しく問いただす。


 「他者を蔑み、権力者の娘に媚びるようなその言動! それを私が許すとでもお思いですか?! 『持つ者は持たざる者を貶めるなかれ』という言葉、よく噛みしめなさい!」

 「ぐ……!」


 ピシャリと言い放つクリスに、ブラ何某は苦虫を噛み砕いた様な表情になる。

 しかし、それも一瞬だった。

 奴は、険しい表情のクリスと俺を見やり、何かを思いついた様子で、そして大仰な仕草で捲くし立て始める。


 「私としたことが申し訳ありません殿下! 殿下の置かれている状況を理解せずにとんだ誤解をしてしまいました! さては殿下、この男に何か弱みを握られておりますね?」

 「なっ! そのようなこと――」

 「ああ何も仰らないで下さい! 分かっていますとも! この下劣な男に脅されているというのなら、私達白組の生徒達が解決しようではありませんか! 勿論殿下に迷惑をかけるような方法ではなく、真っ当な手段によってです!」


 思わず感心してしまった。よくもここまで咄嗟に適当なことでっち上げられるな、と。

 俺はクリスの弱みを握っているみたいだ。

 いつの間にそんなもん握ったんだろうか?


 ただ、状況はかなり悪くなってきたみたいだ。

 クリスは否定しようとしたが、それを遮ってでもブラ何某は俺を悪者扱いしたいらしい。

 学生寮の玄関口という場所柄、通り行く生徒が何事かと俺達の様子を見始めた。

 それを狙ってやっているというのなら、コイツは本当にズル賢い奴だ。


 徐々に野次馬が集まり、会話の主導権を握ったブラ何某はまるで鬼の首を取ったかのような笑顔を浮かべ、、カッコよく俺を指差して声を張り上げた。

 余りの言いように反論しようと口を開いたクリスを無視してだ。


 「決闘だドブネズミ! 殿下に代わりこの俺、イウリオス・パウロス・ブラウが決闘を申し込む!」

 「……お断りします」


 折角カッコよく決めてくれて申し訳ないけど……そんなもん、まともに相手するつもりはないよ?

 だが、そんな俺の返答も予想していたのか、ブラウとやらは尚も続ける。


 「ハッ! お前いいのか? このままお前は殿下を貶めようとした男として学院を過ごすんだぞ?」

 「ふん! そんな疑い、クリス……ティアネが証言してくれれば晴れるだろ」

 「おいおい、分かってないのか? 殿下はお前に、”弱みを握られている”んだぞ? お前の不利なことを言うわけないだろ?」

 「……」


 そう言うとブラウは、やれやれと肩を竦めてニヤニヤと笑う。

 成程、そう言う形で話を広げるのか。クソっ、本当に面倒くさい奴だなコイツ!

 オークス先生にチクってやろうか。

 俺の師匠は魔神の弟子なんだぞ!


 クリスもクリスで不味い状況だと感じたのか、悔しそうな顔でブラウを睨むも、何も言えずに押し黙ってしまった。

 ごめんクリス、俺のせいだ。


 「ところでお前、名前は何ていうんだ?」

 「……ベルホルト……ハルトマン」

 「ハルトマン……?」


 クリスが黙ってしまったのを良いことに、ブラウは調子に乗った様子で俺の名前を聞いてくる。

 名前くらい別にいいか、と思って素直に話したのだが、俺の名前を聞いた途端、ブラウは一瞬眉を顰め、そして何かを思い出したようで、これまで以上に厭らしい笑みを浮かべた。


 「お前、確か妹がいただろ?」

 「ああ……それがどうしたんだよ……」

 「メコーニ教授が言っていたぞ。ハルトマンっていう女生徒は頭のおかしい生徒だ、って。犯罪者の妹はイカレた女なんだな」

 「テメェ!!」


 あのキノコ野郎だけじゃなく、コイツもカーリナのことを侮辱しやがった!

 思わずその場でブラウの胸倉を両手で掴みかかる。

 それでも尚、コイツは余裕の表情だ。


 「おいおいおい落ち着けよ。こんなところで俺の顔を殴ってみろ。すぐに退学になるぞ?」

 「ふっざけんなよ! 人の妹を侮辱しといて、何もされないで済むと思ったら大間違いだぞ!」

 「だったら決闘を受けてみたらどうだ? そうすれば堂々と俺に仕返し出来るぞ?」


 ああ成程、コイツは決闘がしたかったのか。

 成程そういうことか、ちゃんと気付けて良かった。

 うん、俺は冷静だな、頭が冴えてる。


 あの時、バーコードが言っていたことはこれだったんだな。

 逃げ出さずに立ち向かうえ、と。

 ……何か違う気もするが。


 「決闘なんて……いくらなんでも極端過ぎます! 他に方法は――」

 「いいぜ、受けてやるよその決闘!」

 「ベルホルトさん!」


 焦ったクリスが俺とブラウの間に入ろうとしたが、俺は奴の挑発に敢えて乗った。

 それを聞いたクリスは、悲痛な面持ちで俺を見る。


 ここでコイツを殴るのは簡単だ。

 何も言わずに逃げるのも簡単だ。

 話し合いが出来ない時は、強引に、或いは逃げることで解決すればいい。


 だがコイツは、|カーリナ(妹)をバカにした。

 たった一言だが、明確に、悪意を持って俺の妹を侮辱したんだ。

 おめおめと逃げ帰ることも、遺恨を残すこともできない。


 だったら、正々堂々と勝負してやる!


 「そうこないとな。決闘は明後日の――」

 「決闘は半年後の魔導祭でだ」


 ただ、コイツの土俵で勝負するほど俺もバカじゃない。

 どうせ卑怯な手を使うに決まっているからな。

 それに、半年後の魔導祭にすれば、コイツのやる気も少しは萎えているかもしれないし、魔導祭の競技であれば皆の見ている中で不正もし辛いだろうからな。


 「魔導祭で? おいおい、俺は人気のない所で恥の掻かないようにしてやろうとしたのに、わざわざ大勢が見てる中で恥を掻きたいのか? ま、別にいいけどな」


 しかしブラウは、それでも余裕の表情を崩さず俺の案に乗ってきた。

 半年も待てるか! と断られるか少し不安だったので良かったが……何を考えているんだ?


 「ただし、勝負する競技は”障害馬上魔術”だ。それも一番最後、二人目でだ」


 ……意図が読めないな……。

 ”障害馬上魔術”を持ってくるということは、当然コイツも馬に乗れるということだ。

 馬術競技部には在籍していないが、それでも自身があるのかもしれない……。

 だからこその余裕なのか? ……クソっ、読めないな。


 「……最後の”障害馬上魔術”の二人目だな。分かった」


 何か見落としている部分があるかもしれないが、ここはコイツの提案に乗ろう。

 それに俺だって毎日、馬術部で練習しているからな。

 もしかしたらコイツは、俺が馬に乗れないと思っているのかもしれない。


 「よし、じゃあ俺が勝ったらお前は殿下に二度と近づくな」

 「そんな勝手なこと……」

 「これも殿下の為でございます」


 ブラウが決闘で勝った時の要求を言ったのだが、それを聞いたクリスが露骨に顔をしかめた。

 しかしそれでもブラウは、恭しく礼をしながらクリスの為だとぬかしやがる。

 その光景を見ながら俺は、一つ鼻を鳴らして言う。


 「分かった……その代わり、俺が勝ったらカーリナの前で跪いて謝れ!」

 「ああいいだろう、勝ったらな。おい聞いたか? お前達が証人だ! 俺とハルトマンの決闘のな!」


 俺の要求を聞いたブラウは、自分の取り巻きや周りの野次馬に対し、高らかに宣言した。

 取り巻き達もその言葉を聞いて口々に「ああ」だの「分かった」だのと了承する。

 野次馬達もざわざわと騒がしくなった。


 そんな中、クリスは心配そうに俺を見つめているだけだ。

 多分、ブラウ達の前で俺の心配をすれば、ブラウに何を言われるか分からない、と、そう思っているかもしれない。


 「フン、ではな、ベルホルト・ハルトマン」


 そう言うなりブラウは取り巻きを連れ、雨が弱まった中、寮の外へと出ていった。

 というかアイツはなにをしに来てたんだ?


 「あの、ベルホルトさん……」

 「ごめん、クリス。勝手なことを言って……」

 「いえ……」


 ブラウ達が帰り、野次馬も三々五々に散っていく中、クリスは物悲し気なか弱い声で俺の名前を呼んぶ。

 俺も周りに聞こえないような声で応えた。

 クリスとしては、こんな決闘、引き受けて欲しくなかったんだろうな……。


 「俺は、勝つから」

 「……はい」


 俺は真っ直ぐクリスの目を見ると、この決闘に勝つことを約束した。

 クリスも俺の目を見つめ返すと、唇をきゅっと引き締めて短く返事をする。

 多分、俺の覚悟を分かってくれたのだろう。


 そしてそのまま、俺はクリスの許を離れ、自分の部屋に戻ることにした。

 クリスの許を離れる際、テレジアとも目が合ったのだが、彼女はいつも通りの仏頂面だ。


 クリス達に見送られつつ、俺は寮内を進み、階段を上り、2階の自室へ入った。

 中には、バシルが勉強机で復習している最中で、その後ろ姿しか見えない。

 俺が入ってきたことは、ドアの音で分かっただろうが、それでも無視しているのだろう。


 バシルの3歩ほど後ろに立ち、俺はバシルに呼び掛けた。


 「バシル」

 「……なんだ?」


 それでもバシルは、俺の方を向かず、淡々と返事をするだけだ。

 そんなバシルに、俺はその場で土下座をし、大声で言う。


 「頼むバシル! 俺に馬の乗り方を教えてくれ! そして、魔導祭で”障害馬上魔術”に出させてくれ!!」

 「お、おい待……お前なんだその格好は!?」


 土下座をしていて分からないが、振り向いたバシルが土下座している俺の姿を見て驚いたのだろう。

 椅子から立ち上がり、俺を見下ろしているようだ。


 「頼む! どうしても勝たないといけない奴がいるんだよ!」

 「……ちょっと待て、説明してくれ」


 バシルが俺に説明を求めた俺は、簡単にブラウとのやり取りと、今に至る経緯を話した。


 クリスと一緒にいる所をブラウ達に絡まれたこと。

 俺がクリスを脅迫していると嘘をでっち上げられたこと。

 カーリナをバカにされたこと。

 決闘することになったこと。


 それらを簡潔に、ハッキリと説明した。

 その間にも、額を床に擦りつけたままだ。


 「……事情は分かった。でもお前、昼間は出る気なかっただろ」


 障害馬上魔術のことか……。


 「あれは、魔法を人前で使うのを躊躇っただけで、カーリと相談して決めたかったんだ」

 「……そうか……お前、いい加減に顔を上げろよ」


 頭を上げろと言われ、俺は土下座したままバシルの顔を見る。

 バシルは立ったまま腕組をし、険しい顔で俺を見つめ返してきた。


 「お前、魔法使うのを躊躇ったって言ったが、もういいのか?」

 「カーリがバカにされたんだ、もうなりふり構っていられるか」

 「……本気なんだな?」

 「ああ!」


 少しの間、俺とバシルは睨み合う。

 昼間は拒絶されたと思っていたバシルだ、もしかしたら断るのかもしれない。

 ならその時は、俺はなんだってしてやる。

 靴を舐めろと言われたら舐めてやるし、泥水啜れと言われたら啜ってやるさ!


 ただ、俺を睨んでいたバシルは、ふと目を閉じて一つ息を吐くと、再び目を開き、今度は真剣な表情で俺を見つめてきた。


 「……分かった、お前にもう1枠やるよ」

 「本当か!?」


 バシルが許可してくれた。

 どうやら枠はまだ埋まっていなかったみたいだ。


 「ただし、お前には馬術のことを厳しく教えるからな。覚悟しろよ」

 「ああ、頼む」


 こうして俺は、半年後の魔導祭に向けバシルの指導の下、馬術の特訓を受けることとなった。

 まさかバシルに馬の乗り方を教えてもらうなんて、入学したての頃は思いもしなかったな……。

 俺はそれだけ本気になったということか。


 魔法のことや魔神との関わりが周囲にバレることになるかもしれないが、それでも俺は、カーリナを侮辱されたことが許せなかった。


 メコーニにしろブラウにしろ、いいように言わせたままには出来ないからな。

 半年後の魔導祭、絶対に勝って優勝してやる!

次回は5月7日の投稿です。

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