第36話:魔導祭に向けて
「ベルホルト! もっと背中に力を入れて腰の力を抜け! そうだ! そうやって馬に楽な姿勢を取らせろ!」
「バカ野郎! 拳をあちこち動かすな! 馬が迷うだろ!」
「ジャンプさせるのに手綱を強く引き過ぎだ!」
「お前まるで才能ねぇな! やる気あんのか!?」
白組のブラウとの決闘騒ぎから丸一ヶ月、課外活動で俺は毎日バシルから猛烈な指導を受けていた。
午後の授業が終わると駆け足で厩舎まで来て、課外活動が終わって辺りが暗くなっても、周りに松明を灯して特訓だ。
休日も時間のある限り乗馬しているお陰で、クリスと会う時間がかなり減ってしまった。
まあそれは仕方のないことだ……。
ただまあ、カーリナにはかなり心配を掛けてしまったな。
俺がブラウと決闘することになったと聞いた時は、「危ないことにはならないよね?」とか、「お兄ちゃんは負けないよね?」なんて不安そうな顔で聞いてくるものだから落ち着かせるのに時間が掛かった。
落ち着いたら落ち着いたで、今度はブラウに対して怒りを露わにして大変だったが……。
「そんなことでアイツらに勝てるか! 出来ないなら辞めちまえ!」
俺が乗馬して練習している最中は、こうしてバシルが大声を上げて発破を掛けてくる。
指導を受け始めた当初、バシルは声を出し過ぎて声が枯れた程だ。
勿論、技術的な指導やアドバイスも的確に教えてくれていた。
いつもならその言い方にカチンと来ていただろうが、今は素直にバシルの言葉を受け入れている。
言い方をいちいち気にしていたら上達するものも上達しないからな。
そういうわけで、俺は今日も馬術の特訓をしていた。
上達しているかどうかは、今のところ分からない。
課外活動も終わり、陽も落ちて他の部員達もいなくなり、残っているのは俺とバシルだけだ。
「よし! 今日はここまでにしよう! 戻って来い!」
「ああ! 分かった!」
最後に一通りコースを周り終えた後、バシルの指示で俺は馬と一緒に厩舎へ戻る。
しかし、毎日長時間馬に乗っているのもしんどいな。
剣術や格闘と違い、馬術は俺が独りよがりでするものじゃない。
馬に合わせられないと何もできなくなってしまうからな。
「や、ベル。今日もやってるね」
「アール……」
厩舎に馬を入れ、簡単な世話をしてからバシルの許に戻ると、そこにはアールがいた。
アールにも決闘のことを教えていて、たまにこうして俺の訓練の様子を見に来るのだ。
こうやって気に掛けてくれるのもありがたいことだ。
「で、どうなの? ベルは勝てそう?」
「どうだろうな……ブラウがどの程度やれるかにも由るが、今のままでは厳しいな……」
「取りあえずは最低限、障害を越えられるくらいにはならないとな」
「頑張ってるんだねぇ」
アールを交えて三人で話をしながら寮へと戻る。
バシルの評価では、俺はまだまだのようだ。
部屋に戻ったらもう一度バシルからアドバイスを聞こう。
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「お兄さん、お馬さんは……どう?」
「あー……まあまあかな? それなりに頑張ってるつもりだけどな……」
「昨日もバシルと遅くまで練習してたもんね」
「まあな」
翌朝、俺はアールとリンマオの三人で朝食を食べていた。
話題は魔導祭のことや、俺の馬術の話についてのことになりがちだ。
因みにカーリナとイリーナは、二人が出る代表競技の打ち合わせをするため、違う時間帯で朝食をとっていた。
「おい見ろよ、アイツ、ハルトマンじゃないのか?」
「ああ、クリスティアネ殿下を襲ったっていう噂の……」
「なんでまだこの学校にいるんだよ」
今日はカーリナ達がいないだけで、いつもと変わりはない。
ただ、最近変わってきたことと言えば、ふと耳にする俺の噂だ。
恐らくブラウが意図的に流しただろう噂がまことしやかに囁かれている。
どれも嘘ばかりで、聞こえる度に腹が立つし、カーリナが聞くとその場で怒りだすのだが、それでも俺は我慢していた。
所詮噂なんて七十五日、いずれは収まるだろうし、まともに取り合っていても無駄なことだ。
だから気にはしてないんだからね!
本当だぞ!
「お兄さん……気にしないで」
「そうそう、変な噂なんて誰も信じないよ」
「お前最初は信じてただろ」
「い、今は信じてないよ!」
ホントかよ? お前真っ先に変な噂を信じていたじゃねーか。
なんだよ、実は俺が女でレズビアンって……誰が言い出したんだよ……。
「まあ、アホの子はほっといてだ」
「酷くないッスか?」
「リンマオも、あんまり俺といると妙な噂に巻き込まれるかもしれないから――」
「いい」
「いい、ってお前――」
「いい、友達、だから……一緒にいて、当たり前」
「リンマオ……」
リンマオが変な噂の的にされたくなかった俺は、ほとぼりが冷めるまで離れていた方がいい、と言おうとしたのだが……しかしリンマオはそれを制して言った。
いつものボンヤリとして無表情なままで、しかしその目は俺を真っ直ぐ見つめてくる。
リンマオは俺の友達で、いつもカーリナに良くしてくれていた。
そんな大事な友達を、こんなしょうもない噂話のせいで傷つけたくなかったのだが……。
どうやら余計なお節介のようだ。
「うぅ……いい子だね……」
「なんでお前が半泣きなんだよ」
そして何故か、俺とリンマオのやり取りを見ていたアールが涙目で感動している。
変なところで涙もろいのな。
「むぐ、むぐ、ん……ご馳走様。そろそろ、行くから……お兄さん、頑張って」
「ああ、ありがとう。またなリンマオ」
「またねリンちゃん!」
「ん……」
朝食を食べ終えたリンマオは、食器を乗せたトレイを持って立ち上がり、俺達の座るテーブルから離れていく。
その後ろ姿は心なしか、少し機嫌が良さそうだ。
先の丸い尻尾が機嫌良さそうにゆらゆらと揺れているのが少し可愛いな。
リンマオが行った後、アールは能天気な顔で俺に聞いてきた。
「……ところでさ……僕のことは心配してくれないの?」
「……悪いな、アール」
「え? 何その悲しい笑顔、すごい不安なんですけど……」
野郎のことなんて心配してもな……。
というのは嘘だけど、実際アールは自分のことを気にせずに俺と気兼ねなく付き合ってくれている。
それだけで俺は嬉しいんだよ。
「言わせるな恥ずかしい!」
「なんにも言ってないよね!?」
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午後の授業が終わり、課外活動でまたバシルにシゴかれようとした時のことだった。
「クソッ、やられた!」
「いくらなんでも、これは酷いぞ……」
「どうしたんだいバシル君、ベルホルトく……ってなんだこれ! 酷いじゃないか!」
馬術競技部では厩舎以外に道具や私物を置く小屋がいくつかある。
俺とバシルはいつも通りに走ってやって来ると、ここで着替えと準備をしようとしたのだが……。
何故か、俺とバシルの道具が滅茶苦茶になっていたのだ。
そんな惨状を、緑組の先輩が見て驚いていた。
入会した時に初めて会った気のいい先輩だ。
「鞍も手綱も鐙もぐちゃぐちゃに切り刻まれてるじゃねーか……普通ここまでやるのか? あのくそったれ共め!」
バシルが自分の道具の状態を確認しながら悪態をつく。
道具や競技用の服などは全部丁寧に切り刻まれていて、もう使い物にならなかった。
俺は無言で鞍を持ち上げると、その無残な姿を見て悲しくなってくる。
1年ちょっととは言え、いつも使っていた愛着のある道具だったのに……。
「……ベルホルト君が白組とトラブルになっているって聞いていたけれど、もしかして彼らかい?」
「十中八九そうでしょう。アイツらしかいません!」
先輩は、同情的は表情をしつつバシルに問いかけていた。
バシルもこれをやった犯人について予想がついているのか、白組の誰かがやったことだと言い切る。
もう誰がやったって関係ないよ……どうしたら人の道具をこんなに滅茶苦茶に出来るのかね……。
「でも、証拠が無ければ彼らは認めないよ。第一白組の誰がやったのか、っていうことすら分かってないんじゃないのかい?」
「それは……俺達と同じ学年のブラウ達や、この活動の白組の連中がやったんでしょう。証拠は――」
「誰が何をしたって?」
バシルが声を荒げて白組の仕業だと決めつけていたところ、小屋の入り口付近から声が聞こえてきた。
三人でそちらへ振り向くと、そこには白組の先輩達が立っている。
皆この部活の先輩で、全員ニヤニヤと笑って俺達を見ていたのだ。
「オスカー先輩! まさか先輩達が!?」
「そんな訳ないだろクラプトン。俺が馬術競技会の可愛い後輩達に、そんな酷い仕打ちをすると思っているのか?」
「……野郎っ!」
緑組の先輩が白組の先輩に詰め寄るが、軽くあしらわれていた。
バシルも憎悪の目を向けている。
「そんなに怖い顔するなよダヴィド。俺達は何もしてないぞ? ただまあ、|ウチ(白組)の後輩がお前達と仲良くしたがっていたからなぁ」
へっへっへっと厭らしく笑う白組の先輩達はひとしきり笑った後、その場を去って行き、残された俺達三人は三者三様にその場で佇んでいた。
緑組の先輩……クラプトンは悔しそうにぎゅっと目を閉じて静かに泣いているし、バシルは握りこぶしを作って未だに白組連中の背中を睨んでいる。
俺は……ただただ悲しくて、その場に立ち尽くすのみだった。
先輩は俺達と違う組で、直接被害を受けていないハズなのに……いい人だな……。
「……先輩、余っている鞍とかってありますか?」
しかし、いつまでも悲しみに暮れているわけにもいかない。
さっきの白組の先輩連中の言い方では、多分あのブラウ達が犯人だろう。
アイツらに大事な道具がボロボロにされたのだと考えると、悲しみから段々怒りへと変わり、そして絶対に負けらんねぇ! という気持ちが沸いてきた。
「え? あ、うん。古くてボロボロなのでよかったらそこにあるけれど……」
「じゃあ、使わせてもらいます。バシル!」
「……ああ!」
気持ちを切り替え、先輩に余り物の道具の場所を聞くと、俺はバシルを促して古い道具を取り出した。
先輩もポカンとしている。
バシルも負けん気の強い奴だ。だからこそ、俺と同じように立ち直りが早いのだろう。
「カビだらけだな」とか「埃くせぇ」だのとブツクサ言いながらも、俺達は必要な道具の状態を確認し、それを持って小屋を出て行く。
「あ、君達! それ壊れやすいかもしれないから気を付けてね!」
「はーい!」
俺達のことを心配してくれる先輩に見送られ、バシルと共に厩舎へと向かう。
その途中、乗馬のコース付近には先ほどの白組の先輩連中がいて、遠巻きに俺達の様子を見てた。
まだやる気か? とでも言いたげな様子でこっちをニヤニヤと見ているだけで、特に何もしてこない。
今に見てろ。
ただ、白組のグループ以外にも俺達を見ている人がいて、それが青組の先輩達だ。
彼らは何とも言えないような表情でこっちを見るばかりで、少し気になった。
「ベルホルト、物体強化を掛けるぞ」
「ああ、『プロテクション』」
古い鞍や鐙などに対し、俺達は下級強化魔術の『プロテクション』を掛ける。
これは物体の強度を強くする魔術で、込めた魔力が多ければ多い程、強度と持続力が増す魔術だ。
最低限これを掛けておけば、練習中の事故を防ぐことが出来るだろう。
「ベルホルト」
「なんだ?」
そうやって強化した鞍を馬に取り付けている最中、バシルに呼びかけられた。
一旦手を止め、振り向くと、バシルはやる気に満ち溢れた目で俺を真っ直ぐ見ながら言う。
「絶対に勝つぞ」
「……ああ!」
そう言い放ったバシルは、勝負はこれからと言わんばかりの頼もしい表情だ。
今ほど、バシルが頼もしいと思ったことはなかったな。
その後、俺達はいつも以上に馬術の練習に取り組んだ。
時には白組の奴に妨害まがいのことをされたりしたが、それでも気にすることなく、やるべきことをこなしていった。
ただ、一度一息入れた時にふと第7校舎の方を見ると、その屋上からクリスがこっちを見ていたような気がしたのだが……。
『サイトセンス』で視力を強化して見ても良かったが、その時は練習に集中していたのでそこまで頭が回らなかったし、何より、その生徒の傍にはテレジアっぽい人物が立っていたので、恐らくクリスだったのだろう。
その後すぐにいなくなっていたけれど。
俺が練習しているところ、見ていたのかな?
だったら、無様な姿は見せられないな。
次に見られていた時には、もっと上手くなったところを見せよう。
で、結局俺とバシルは、食堂が閉まるギリギリの時間まで特訓を続けていたのだった。
また今日もクリスとは話できなかったな……。
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月日はあっという間に過ぎ、魔導祭まであと2ヶ月に迫った。
あれから俺達は相変わらず馬術の特訓に取り組んだし、全体競技や学年対抗競技での戦術を話し合ったりして着々と準備を進めていたのだが……。
しかし3、4年生の先輩達はやる気のないままで、俺達1、2年組も先輩達をやる気にさせるのを半ば諦めていた。
「――で、このように治療魔導では術者、或いは対象者の血を増大させることが出来、戦傷者や重症患者に対して……あら、鐘が鳴ったわね。それじゃ――」
「よしっ、授業終わり! ありがとうございました!」
「あっ! コラっ、待ちなさいハルトマン!」
7時間目の授業の終わり、講義の途中で鐘が鳴った瞬間に俺は荷物を持って立ち上がると、教授の制止も聞かずに教場を飛び出す。
すまんね教授。俺にはやらねばならぬことがあるのだよ!
「バシル!」
「ベルホルト!」
本当なら厩舎に一直線のはずだが、俺は途中でバシルと合流して寮へと戻って来ていた。
3ヶ月前に道具が滅茶苦茶にされて以来、俺達は自分の道具を寮の自室で管理するようになったからだ。
それからというもの、7時間目の授業が終わる度にこうして寮へと戻り、鞍や鐙や手綱などの道具を持って厩舎へと走って行くことが日課になっていた。
「遅えぞバシル! 急げ!」
「うるせぇ! 毎回言われなくても分かってる!」
ただまあ、毎日バシルに指導してもらっているとはいえ、俺とバシルが仲良く行動するするわけでもなく、未だにこうして口喧嘩したりしている。
今は同じ青組として魔導祭の準備をしている間柄だし、馬術に関して言えば……師弟関係だろうか?
師弟関係だなんてそんなこと、魔導祭やブラウとの決闘が無ければ死んでも口にしないだろうが、今はバシルに頼るしかない。
ともあれ、バシルの馬術スキルが凄いのは確かだ。
コイツなら信頼できる。
だがカーリナとのことは絶対に認めんぞ!
授業終わりで気楽な様子の生徒達を尻目に、俺達は厩舎へと向かい、馬に必要な道具を取り付け、厩舎から連れ出す。
馬場内では既に他の生徒達が練習を始めていて、青組の先輩達もそこにいた。
「ベルホルト! 今日も魔導祭のコースを走るぞ!」
「ああ! 的はどうする?」
「簡単なのを立てておくから、お前は軽く魔術を使うだけでいい! 本番用の魔術の構成はまだ使うな!」
「分かった!」
ここ最近は、前回の魔導祭で使われた障害馬上魔術のコースをひたすら繰り返し練習していた。
障害用のバーを11箇所飛越し、その途中にある6個の的に向かって魔術なり魔法なりを打ち込むのがこの競技のルールだ。
その年によって障害や的の配置が変わっていて、毎回当日に発表されるのが通例なのだとか。
採点は加点方式で、障害を飛越したら+5点、バーを落としたり不従順の場合は-3点。
的に当てる魔術乃至魔法の難易度によって得点が変わり、勿論的を外せば-3点だ。
的に魔術を当てれば+5点に加えて魔術の難易度によって加点され、魔術等は6回しか使えず、それ以上使うと-10点と大きく減点されてしまうのだ。
落馬の場合は失格になる為、焦って競技しないように注意したい。
「よし、位置に着いたな! 用意――」
馬に乗ったバシルが笛を咥え、ピィーー!、っと吹く。
「ハッ!」
笛の合図とともに俺は馬を走らせ、1つ目のバーを越えると次のバーに差し掛かる。
馬を約40°程右に向け、2つ目のバーを越えるとすぐ先には薄いベニヤ板みたいな木の壁が立っていて、その向こう側に1つ目の的があった。
「『ウィンドバレット』!」
的とすれ違い様、初級風属性魔術の『ウィンドバレット』を使ってそれを倒す。
的の配置はこうして壁に隠されている場合と、壁に隠されていない場合がある。
隠されていない的なら、手前から魔術を使ってもいいらしい。
その後、バーを7本、的を2個クリアし、次のバーに差し掛かろうとした時だった。
「『ファイアーボム』!」
「っ!? うおぁあああああっぐは!」
目の前でいきなり小さな爆発が起き、それに驚いた馬が急停止、するとどうだろうか? 騎手は慣性の法則で前方に投げ出され、地面に打ち付けられてしまう。
つまり、俺は馬から投げ出され、思いっきり地面に叩きつけられてしまったのだ。
なんとか受け身を取ったが、背中が超痛ぇ……。
「ベルホルトっ! おい大丈夫か?!」
「クッソ……背中痛ぇ……」
俺が吹っ飛んだのを見たバシルが馬を降りて駆けつけてきた。
まさかバシルに心配されるとはな……。
しかし、誰が『ファイアーボム』なんて使いやがったんだ? 危ないだろ……。
「いや~悪い悪い。俺の魔術が的を外したみたいでさ。お前の前に行ったみたいなんだよ」
「ワザとじゃないんだ」と軽い口調で近づいて来たのは、馬術競技会の白組の先輩だ。
そいつは馬に乗ったままヘラヘラと笑い、俺達を見下してきた。
「ワザとだろ!」
「おいおい、先輩を疑うなよ。今度は外さないようにするからさ。はっはっはっは!」
堪らず俺は叫んだが、それでも先輩はどこ吹く風で笑いながら去って行く。
そんな後ろ姿に、俺もバシルも睨みつけることしか出来なかった。
今ここで殴り合いをするわけにも行かないからな……。
「野郎、ふざけやがって……」
「次だ。次やるぞバシル!」
「あ、ああ」
悔しそうに一人ごちるバシルを促し、俺は再度やり直す準備に取り掛かる。
幸い怪我は無かったし、馬も興奮したわけでもなく落ち着いていたので、すぐに次の準備を済ませた。
再びスタート位置に着いた際、青組の先輩が馬に乗ったまま俺のことを遠巻きに見ていたが、その表情はどこか心配しているような様子だ。
なに他人事みたいに見てんだよ!
その関心の低さに、俺は思わずそう叫びそうになった。
なんでアンタらは立ち向かおうとしないんだ? そういった苛立ちばかりが募り、思わず手綱を握る手が強くなる。
「行くぞ!」
するとバシルが再び笛を鳴らし、その合図で俺は馬を走らせようとしたのだが――。
「ハッ――うぉおっ!」
「手綱を強く引き過ぎだベルホルト!」
バシルに言われた通り、俺はどうやら手綱を強く引っ張り過ぎたようだ。
馬が大きく嘶き、後ろ足で立つ形で前足をバタつかせ、本来走るコースとは違うコースに向かってしまった。
その後、何とか馬を落ち着かせることが出来たのだが、かなり時間が掛かってしまい、白組連中に指を指されて笑われる結果に。
そして余計に苛立ちが募り……これじゃ悪循環だ。
ストレスで禿げそう……。
で結局、この後も何回かコースの練習をしたのだが、俺自身の気持ちが落ち着かなかったために満足のいく練習が出来ず、周りも暗くなってあっさりと課外活動の時間が終わってしまった。
勿論、俺とバシルは居残って練習をするつもりで、今は少し休憩をしていたところだ。
「あ、あの、ベルホルト君……」
「……なんですか?」
水筒の水を飲んでいたところ、同じ青組で4年生の先輩……サマラスが俺に話しかけてきた。
何とも気弱な性格の先輩で、メガネにひょろっとした体型の男子生徒だ。
もうローブ姿に着替えたところを見ると、これから寮へと戻るらしい。
そんなサマラスに俺は、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
バシルもあんまりいい顔はしていない。
「その、君達にこんなことを聞くのもなんだけれど……」
と前置きをすると、先輩は意を決した様子で聞いてきた。
「なんでそんなに……頑張れるんだ?」
なんで? ってそりゃあ……。
「勝つためでしょう」
としか言いようがない。
あんた達3、4年が勝ちを捨てたから、俺達1、2年が頑張ってるんだろうが。
そう、ありのままに言いたかったが、そこはグッと堪えた。
「むしろ、何で先輩達はそんなにやる気ないんですか?」
ただ、バシルは我慢できなかったみたいで、ずっと気になっていたであろうことをサマラスに尋ねる。
俺もそれは気になっていた。何でそんなにやる気ないんだ? と。
尋ねられたサマラスは、気弱そうな顔に影を落としつつ、恥じ入る様に、しかしどこか悔しそうに話し始めた。
「……前回の魔導祭では、僕達も君達のように魔導祭に向けて練習して、優勝を目指して頑張っていたんだ」
……それは意外だ。
今の姿からは想像もできないが、前回はやる気あったんだな。
「当時の先輩達もやる気があって、今回こそは優勝だ! って皆息巻いていたんだけど……結果は惨敗だった」
「惨敗だったくらいで、そんなにやる気なくなるものなんですか?」
バシルの言う通りだ。
いくらコテンパンにやられたからといって、そこまで凹むものなのか?
フェリシアなんか負けて凹むなんてことは絶対なかったぞ。
「前々回、青組が準優勝で白組が優勝だったんだ。ただその時、青組が凄い僅差だったみたい。そのせいなのかは知らないけれど、前回の魔導祭で青組は白組に徹底的にマークされて潰されて……嫌がらせも受けたんだ」
「フンっ、奴らのしそうなことですね」
と、バシルが鼻を鳴らして言った。
苛立った様子のバシルに、サマラスは何とも言えない表情だ。
「それで結局、僕達は途中で諦めてしまってね……今回もそうやって潰されるくらいなら最初から諦めた方が疲れずに済むかな、って」
話を聞いているうちに、俺の中に怒りが沸いて来るのを感じた。
勿論、前々回に嫌がらせをした白組に対してもだが、そこであっさり諦めたコイツら3、4年の先輩連中に対してもだ。
何が、「諦めた方が疲れずに済む」だ! フザケンナ!
「それはただ逃げいてるだけだ!」
「……え?」
「それも疲れるから努力しないって、最悪の理由じゃねぇか! そりゃぁ努力したって負ける時は負けるさ! でも努力しなかったら、勝てる戦いも勝てるわけがない! そうだろバシル!」
俺は立ち上がり、先輩を睨みつけながら心のままに叫んだ。
突然のことに唖然とするサマラスを余所に、バシルも立ち上がる。
「ああそうだ! だから俺達は毎日努力しているんだ! 負けたくないから! 勝ちたいからな!」
「徹底的にマークされるって分かってるんなら、それを見越してやればきっと勝てるでしょう? だからあなた方が諦めても俺達は絶対に諦めません!」
「……あ……う……」
俺達の言葉を受け、サマラスは呻きながら数歩下がり、ついにはその場にペタリと座り込んでしまった。
「行くぞバシル。練習を再開しよう」
「ああ」
座り込み、そして俯いてしまったサマラスを放っておいて、俺達は再び特訓を始める。
馬に乗ってコースのスタート位置に着き、またバシルの合図を待つ。
その間、チラリとサマラスの方を見ると、彼は顔をこちらに向けて涙を流しながら俺を見つめていた。
何を考えているのかは分からない。
諦めたままなら、それでいいさ。
ただ、俺は最後まで諦めるつもりはない。
青組の優勝も、ブラウとの決闘も、俺は諦めないぞ!
ピィーーっと笛の音とともに、俺は再び馬と駆け始めた。
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「今日も先輩達、ちゃんと来てるかな?」
「さあ、どうだろうな?」
3日後の休日、俺達青組はジューダスが教鞭をとっている召喚魔術の教場へと向かっていた。
魔導祭に向けての話し合いと打ち合わせのためだ。
隣を歩くアールの言った通り、3、4年の先輩がちゃんと来ているかが怪しい。
というのもここ最近、先輩達がちゃんとこの集まりに来てくれないからだ。
大体3分の1がサボる有様で、最初こそは遠慮がちに注意したり、ジューダスら教授に言って注意させたりしたのだが、まったく効果が無かった。
だから最近ではもう、俺達1、2年だけで話し合っている有様だ。
……3日前、サマラスにあれだけ恥ずかしいことを言ったお陰で、この3日間彼に会うのが恥ずかしかったのは内緒だぞ!
「……んじゃま、取りあえず作戦会議と行きますか」
「そだねー」
といいつつ、目的の教場の扉を開け、中に入った途端――。
「おおベルホルト! お前、アイツらに何か言ったのか?」
とジューダスが少し興奮気味に詰め寄って来た。
その他の教授も同様に、俺の周りにやって来て取り囲んでくる。
アールも「ひぃ……」って情けない声を出してるし。
「んん? 何のことですか?」
思わず身の危険を感じながら後退りし、どういうことかと尋ねた。
「ああ、あれを見てみろ。あれはお前が何か言ったからああなったんじゃないのか?」
「どういう……」
何が起きているのかと、ジューダスに指示された教場内を見渡す。
するとそこには、信じられない光景が広がっていた。
「あれ……? 先輩達皆来てる……というかすっごい積極的に話してない? 下級生に色々教えてるし……どうなってんの?」
余りの光景に、アールが軽く混乱している。
アールはこんらんした!
……うん、まあ要はそういうことだ。
3、4年の先輩達が、1、2年生達にほぼマンツーマンの状態でアドバイスなり経験なりを語っていた。
まさに、ありのままに今起こったことを話すぜ……状態だ。
一体どういうことだってばよ……?
「……これいったいどうしたんですか?」
「んん? てっきりベルホルトがアイツらを焚きつけたからだと思ったが……」
何だろう、俺とジューダスの会話が若干噛み合ってない。
俺とジューダス、それにアールや他の教授は一斉に首を傾げた。
ジューダスは俺がどうこう言ったからだと思っているみたいだが、そもそも俺は、何で先輩達がこんなにやる気になっているのかが分からない。
なんか変なもん食ったのか?
「ああ、ベルホルト君!」
「サマラス先輩……。」
と、皆で不思議に思っていると、馬術部の先輩、サマラスが俺の許に駆け寄って来た。
なんか……3日前と違って今日はハツラツとした笑顔だな……。
「君やバシル君のお陰で、僕は目が覚めたよ! この3日間、3年生や4年生に声を掛け続けたんだ。『もう一度、諦めずに頑張ろうよ!』ってね! そうしたら皆も段々と分かってくれたんだ!」
「あ、はい。そうですか……」
「やはりお前が発破を掛けたんじゃないか」
サマラスが意気揚々と語り、それを聞いたジューダスはニヤリと笑う。
別に俺達は、やる気にさせようとして言ったわけじゃなかったんだけどな……。
しかし、3日前に少し言われただけで、こんなにも人が変わるもんなのか?
なんか目がキラキラしてる気がするし。
わけが分からないよ……。
「ほら、ベルホルト君もアール君も早く来てくれ! 今から白組に勝つための戦略を考えよう!」
「わ、分かりましたから、自分で行きますって!」
「ちょちょっ! 手を引っ張らないで下さいよ!」
「教授! 二人をお借りしますね!」
「ああ。よく話し合ってくれ」
3日前とは同じ人物と思えないほどの行動力を発揮し、サマラスは俺達の手を取って皆が話し合っている輪の中へと入って行く。
3、4年の先輩達も、俺達1、2年とのわだかまりが解消された様子だ。
本当に、人って変わるもんだな……。
……ただ、この大きな変化のお陰で、俺達青組の優勝がかなり近くなった気がする。
この場にまだバシルは来ていないが、アイツが来たらきっと驚くだろうな。
何はともあれ、まずは一歩前進だ!
次回は5月14日の投稿です。




