66 スバルの戦い②
ソファで横になる不満そうな大男はきっとまだ起きているし、ジンはなんだかんだで、俺の話に応えるおっさんだ。返答の内容次第では、俺と桜子がここに残るのもやぶさかではない。
「……御子神のヤツらから、リンネを取り戻す。そん為の人質つったろ」
「リンネはおっさんの仲間なんだろうし、それはわかるんだ。俺が聞きたいのはおっさんの本当の目的だよ。だってアレだろ、別に獅童さん達は警察じゃない。リンネを捕まえたのは、はた迷惑なあいつから”あてられ”を還す目的があったからで、それでリンネが変なことになったり――」
御子神家には、リンネと死闘を演じた京華ちゃんがいる。だからこそ、
「まして命を奪われることなんてないと思う。人質交換が出来るってことは、リンネ本人は無事ってことだろ。もしアテラレを”還し”たいだけなら、リンネの命を奪えばそれで済む訳だし」
それをしないってことは、相手がたとえリンネだろうとも、獅童さん達は使命より人命を大切にする人達なのだとわかる。
「俺が説明しなくても、ジンのおっさんなら理解しているはずだ。おっさんはアテラレや獅童さん達の事情に、かなり詳しいからな。”還し”さえ終われば、リンネは解放される」
うちの学校の向島がそうだった。
「でもジンのおっさんは、人質交換を計画してまでリンネを奪い返そうとしてる。どうしてだ。それがまず引っかかるのと」
「あのな少年。御子神の連中が”還し”の後、リンネを解放するとは限らねえ。俺たちゃ世間で言う、危ない橋を渡ってる人間だからな。警察にでも引き渡されたらリンネは檻ん中だろうさ。んでその可能性は、ダーティーハリーが『44マグナム』をぶっ放すくれえにゃ高けえ。少年は知ってるか、この街のお上は登城家と繋がってんだぜ。登城も眷属の一つだわな」
俺の長々とした喋りに痺れを切らしたジンが、最もなことを返してくる。が、構わず。
俺が聞きたいことは、まだ途中だ。
「これは俺の感みたいなもんなんだけどさ。おっさんらが獅童さん達を敵視してるのはなんとなく感じる。だからなのかジンのおっさんって、さっきも言ったけど”アテラレ”に詳しいよな。おっさんがそうだってのもあるからだろうけど、妙に”詳し過ぎる”気がするんだ」
「少年の言うようにおりゃ、お前さんと違って”あてられ”だ。てめえのことを知って何が悪い」
「そうなんだけどさ、なんて言うか上手く言えないけどさ……おっさんって”アテラレ”に対して、何かしらの目的があったりするんじゃないのか?」
少年、と小さく聞こえた気がして、会話に休符が打たれる。
諦めずに俺はそれを打ち消す。
「なあおっさん、答えられないってことはやっぱりなんかあるんだな」
「……情報はギブアンドテイクって言ったろ。教えてもらいたきゃそれ相応のもんをよこしな」
「情報って……ねーよそんなもん。けど」
「なら、答える必要はねえよな」
ソファに寝転あるジンは、ぷいっと後ろを見せた。その背中はもう話しかけるなと言っていたが、しつこく粘る。
「なんつーか、俺ジンのおっさんが悪い人間に思えなくてさ。だからおっさんの目的が、なんか事情とか理由があるなら、話にもよるけれど。その、力になれるならなってもいいかなってさ」
「少年。寝言は寝てから言いな」
ジンの袋の緒が切れる様子はなかったが、これが『夢落とし』による、戦いの鐘を鳴らすきっかけになってしまった。
パチンと弾かれた音が、鼓膜を震わせ頭蓋骨を揺らしリバーブした後、残響は霧を呼んだ。
こうして召喚された霧と、脳内で戦うことになった訳だが……さすがにもうダメっぽい、限界かも。
夢の国から出向して来たネズミのレフリーが、まだやれるかまだやるのか。俺にほざいている。
――だっ、無理です。
「”やっと”落ちたのかよ……」
濃霧の中で聞こえたジンの声が、カンカンと打ち鳴らされる試合終了のゴングだった。
俺は霧からノックアウトされた。




