67 襲来①
「朝だスバル、ほらほら朝なのだ。早起きは三文の徳だぞ。だから、早く起きるのだ」
声に混ざりチリンチリンと、アラームにしては相応しくない心地よい……鈴の音? 全開にはならないまぶたの隙間から、のど飴くらいの大きさの鈴をふりふり鳴らす、少女がいた。
「う……う、桜子かあ」
なんだか最近、目覚めるとお前が居るよな。
床で寝ていたからだろう。やや痛みを感じる上体を起こして状況確認。『夢落とし』で寝かされる前となんら変わりなく。……桜子が朝と言うのだからきっと朝なんだろうけれど、窓も無いし照明は薄暗いままだから、実感はないな。
そして、ああこれは夢だと思えない程には意識が覚醒しているので、考えてしまった。
家にも連絡せずに無断外泊が痛いなとか、今日月曜日だよな学校どうしようとか。
自分の置かれた状況からすると心配する優先度が間違っているし、青ざめたところで好転はしない訳で……よしっ。
俺は寝起きを理由に、考えるのをやめた。
「スバルおはようなのだ。それからこれ。スバルの分」
過剰な俺と違い適度な睡眠をとれたのだろう。肌ツヤの良い元気ハツラツな桜子は、自分が持つ鈴と同じ物を一つ手渡してくる。
「おう……おはよう。で、なんだこれ」
「鈴だ。おじさんが持っていなさいって言ったのだ」
鈴は見ればわかるけど……ジンがか。
意味不明な物を桜子にあげたらしいおっさんは、テーブル代わりの木箱の中をごそごそ腕を突っ込んで、何か取り出している。
「起きたか。嬢ちゃんはこれを履きな」
ほれっとジンが桜子に投げたのは、くるまぶし辺りの長さしかないスニーカーソックス、厚手のホワホワした感じの靴下だった。一組に合わせるタグが付いていたから新品のようで、水玉模様の可愛らしいそれは、間違ってもジンのおっさんのではないと断言できる。
俺は靴下を履いているが桜子は素足だったので、履かないよりは……って思わなくもないけれど、今更ね……。
言われるまま靴下を履く素直な桜子に構うこともなく、おっさんはまた木箱の中を、ごそごそ。その木箱はアレか。なんでも出てくる四次元木箱だったりするのだろうか。
次にジンのおっさんが取り出した物は――体が一気に硬くなる。
「ジンのおっさんそれ……」
短剣、ダガーって言うやつじゃないのか。
握り易いように丸みがある形状の柄。その先にある刃は、ベルト付きのしっかりとした黒塗りのケースに収まっており、サイズははっきりしないが、林檎を剥くのにその大きさはいらないだろう、って程はありそうだ。
「ああ、さすがに丸腰ってわけにもいかねえからな」
ジンはコートの下にダガーを装着する。……そうだろうとは思ったが、やっぱり武器なんだな。
刃物が俺達に向ける為の物だとは、今までのジンの様子からすると思えない。けれど、直接的な身の危険は遠いが、京華ちゃんの日本刀然り、カッコイイなそれって単純な感想で済ませれない、嫌なものがあった。
「嬢ちゃんは靴下履いたな。んじゃとっとと行くぞ」
「わかった」
と、おっさんに頷く桜子は立ち上がり、さあスバルも立てと言わんばかりにあぐらをかく俺に手を差し伸べる。
「え、桜子どっか行くの」
間抜けな声を出して、整理が付く。
おっさんの武器携帯、桜子は俺に代わり、ジンがリンネを取り戻す際の人質。
差し出される桜子の手を取り立ち上がり、斜め前へ。
「ダメだダメだ。桜子を連れて行かせるかよっ。おっさんの目的もはっきりしないのに、人質交換の取引きなんて。そんな危なさ満載なことに桜子を巻き込ませないからなっ」
「あん、いきなりいきり立つんじゃねえよ。頭に響くだろうが。でよ、わけわかんねえこと言ってねえで、さっさと逃げる用意をしろっ。いいか少年。時間がねえんだ。お前さんとうだうだやってる暇なんてねえんだよっ」
左手でこめかみ辺りを抑え、右手でビシっと指を指し、俺が間違っているような物言いのジン。
「訳わかんないことはないだろっ。俺はいきり立ってねーし冷静だ。おっさんの方こそ何イラ立ってんだよ。大体、逃げる用意も何も……」
ジンからわざわざ言われなくたって、俺はいつだって逃げ出す気はあるよ。何言ってんだ、このおっさんは。
「ジンのおっさんが見逃してくれるんなら、俺も桜子も喜んでおっさんから逃げるさ」
言って後ろの桜子へ、なあと同意を求める。
てっきりうんうんと首を縦に振ってくれるものだと思っていたら、桜子はあうーと釈然としない反応だった。
あれ、俺おかしなこと言ってる……のか。そんなことないだろ。お前だっていつまでも、こんなむさ苦しいおっさんと居たくないよな、な。
はっ、桜子まさかお前、
「お、おま、おっさんフェチなのか……」
「スバル? オッサンフェチとはなんなのだ」
わかんないならいいよ。安心した。
それに桜子のフェチズム詮索よりも、今はこっちかな。
「おい、いまいちな時はとことん飲み込みがわりい少年。いいか耳をダンボみてえに大きくして聞きやがれ」
向き直るやいなや、ジンから馴染みのある皮肉と馴染みのない、どこか焦りを感じる声を受けた。
「逃げんのは俺とそっちの嬢ちゃん。ついでにお前さんだ。招かれざる客が来たんだよ。まだ日も出てねえ時間だってえのに……なんで年寄りってえのはこう、朝が早えんだか、つっ」
盛大な舌打ちをするジンの目は俺から移り、天井から下るスクリーンを見ているようで、そこには監視カメラがとらえる映像がある。
スクリーンの端には赤い色の英字が点滅しており、さながら警告シグナルといった有り様だった――。




