49 獅童②
俺の小さな頷きに、獅童さんが沈黙を破る。
「事実だよ。私は二人、人を殺めている。……スバルくん、怖いかい?」
俺の表情は怯えているように映ったのだろうか……。
獅童さんを怖いとは感じてない。ただ、人殺しの意味と言葉だけが、怖いだけだ。
「いえ、そんなこと……」
「私が君にこんな話をしてしまうのは、私の心の弱さだと思う。あはは、本当に情けないよ。それに比べて、京華は……強い子だ」
「あの、獅童さん。その理由があるんですよね。いやあるはずです。じゃなきゃ、獅童さんや京華ちゃんが人を……」
「スバルくん、理由と呼べるものがあるとしても、人を殺めた事に変わりはない。そしてこれからも私は、食われた者をこの手で殺してゆくんだよ」
獅童さんの語気は、穏やかでありながら大きな揺れを感じさせる。
そして、
「……すまない」
深く息を吸った後に、獅童さんはぽつりと詫びた。
空気が重い……。
何か何かないかと、言葉を探すも、俺の口は動かない。意味のない焦りだけが活発である。そんな中、こんこんと部屋の扉をノックする音がした。
「はいっ」
なんか無駄に元気よく応えた自分に嫌悪してしまいそうになるが、今はノックする人に感謝するのが先である。
ドアノブが回った。
「登城ですぅ。失礼しますぅ」
「よっ」
ベットの上で、軽く手を挙げる獅童さん。
「あら獅童さんもいらしたのですね。フフ、お邪魔でしたでしょうか」
「いえいえ、先輩。そんなことないです。お邪魔どころか、助かりました」
「助かりました?」
「あ、いやこっちの話です。ハハ」
「ユイお邪魔と言えば、お邪魔だったかもね。折角の私とスバルくんの熱い夜が、台無しになってしまったよ」
「まあ」
「あはは」
目をきらきらさせる先輩と楽しそうな獅童さんに、俺は沈黙することで抗った。
過度に反応しないのが、大人の対応である。
「ところでユイは、スバルくんに何の用なんだい?」
「私はスバルさんに、お写真を持ってきただけなのですぅ。それが済み次第、お暇しますので」
登城先輩の写真だけの『だけ』に、微妙な残念さが残る。
「写真スか?」
「はい。先程お片付けをしておりましたら、出てきましたので、これは良いきっかけだと思い、持ってきました」
そう言って、先輩は俺に一枚の写真を手渡してきた。
二、三歳ぐらいの子供が二人写っている。男の子と女の子だ。
写真の子供らはお互いに向き合い……唇と唇が触れ合っていた。要は、チューをしているのだけれど、さすがは子供である。微笑ましいこと、この上ない。
「……可愛らしい写真ですね」
「フフ、本当に可愛いですぅ。左の女の子が、小さい頃の桜子ちゃんなのですよ」
俺が、『ほう』などと言ってまじまじ写真を見ていたら、獅童さんが『どれどれ』と後ろからのぞき込んでくる。
近い近い……。
「確かに可愛らしいね……家に帰ったら、京華の昔の写真でも探そうかな~」
この獅童さんの発言は、京華ちゃんに教えてあげた方が、良い気がしないでもない。
「ユイの用事は、これでお終いかい?」
「はい。これだけですぅ」
「なら……そうだな、ユイ、少し時間をもらえるかな。御子神獅童として、登城の者に話があるんだ」
「……ええ、構いませんけれど、ここででしょうか」
「いや、場所を変えようか。なあに大した事でもないよ。宗司のじい様の”移し”の事でちょっとね」
「お祖父様の事ですか……わかりました」
先輩と獅童さんの会話からすると、二人はこの部屋から出て行く算段のようだ。
俺の気持ちは複雑だった。
獅童さんが現れるまで、一人でゆっくりしたかったのだけれど、今となっては人が去っ
て行くのはなんだが忍びない……。
登城先輩と話をしたいのはもちろん、獅童さんとは『アウストラル』の話もしたい。
しかしながら、『移し』やら『御子神、登城』の言葉がある以上、俺が引き止める道理
はないと思った。
「スバルさん、お邪魔しました」
「じゃあ、またねスバルくん」
「あっはい。またですね……って、獅童さんは次来る時、ちゃんとドアから入って来て下さいよ」
「あはは、善処するよ」
獅童さんの笑い声は、扉が閉まるとともに途絶えた。
「はあ……あの人、また壁から来そうだよな……」
自分一人になった部屋にて、よっとベッドへ飛び込み、横になる。
それからどれぐらい、ぼーとしていたのかわからないが、ふと思い出したように、先輩が忘れていった写真を手に取り、眺めた。
「可愛いねえ……。てか可愛い子ってのは子供頃からそうなんだな。それに比べて……。こいつ桜子の兄妹なのか……似てねえよな」
右の方、男の子に関しては、贔屓目に見てもかっこいい男の子だね、とは言いがたい。
「まあ子供っていうのは、かっこいいより可愛いの方が先行するものなので、この子の将来が、どんなものかなんてわかんないけれどね」
誰だかわからん男の子へエールを送り、寝ながら窓の外に、月を探す。
昨日は今日の繰り返えしで、明日は今日の繰り返しだった俺の今日。そんな日々からは想像もできなかった今日を、俺は月に映す。
そして、考えてしまうのである。俺のこれからの明日を――――。




